Guidebook for Diagnosis and Treatment of Hreditary Breast and Ovarian Cancer Syndrome 2017

本診療の手引き作成にあたって

本診療の手引き作成にあたって

1.本診療の手引き作成の経緯・目的

 わが国でも,遺伝性乳癌卵巣癌症候群(hereditary breast and ovarian cancer:HBOC)への関心が高まってきた。最近では海外でリスク低減手術が話題になり,HBOC という病態が広く知られることになった。またPARP(poly[ADP—ribose] polymerase)阻害薬がすでに欧米で承認され,わが国でも使用可能になることが想定される。その際,BRCA 遺伝学的検査がコンパニオン診断として遺伝外来のみならず一般医家も関わりをもつことになる。抗がん薬の効果予測の検査を行う際に,本人がHBOC であることを診断していることにもなり,その後の対策について事前に検討しておく必要がある。乳癌や卵巣癌をはじめとするがんのハイリスク者に対して,適切な医療が介入して生命予後を改善することはがんの遺伝医療の大きな目的であり,われわれ医療者の責務である。わが国でもうやく全国登録事業が始まり,また日本遺伝性乳癌卵巣癌総合診療制度機構(JOHBOC)が設立されてHBOC 診療システムが整備されつつある。
 このような現状から,厚生労働科学研究(がん対策推進総合研究事業)の研究班である「わが国における遺伝性乳癌卵巣癌の臨床遺伝学的特徴の解明と遺伝子情報を用いた生命予後の改善に関する研究」では,HBOC 患者の診療に関わる実地医家に,HBOC に関する最新の知見,HBOC 診療の標準化,現在のわが国の医療制度の中で提供可能な医療を示すことを目的として,HBOC の診療に関わる複数の診療科が連携して「診療の手引き」を作成することとした。
 なお,本診療の手引きの他に各診療学会からも優れたガイドラインが出版されている。「乳癌診療ガイドライン2015 年版」,「卵巣がん治療ガイドライン2015 年版」などと内容が重なる領域も多い。今回,われわれの作成するHBOC 診療の手引きの作成にはこれらのガイドライン作成のようにシステマティックレビューを行っていない。わが国のHBOC 診療に早くから関わり多くの経験をもっている先生に2016 年3 月までの論文を総括していただき,さらに各グループで議論したうえでまとめている。多くは2016 年12 月の時点での判断である。前述の既存の診療ガイドラインと大きな齟齬はないと思われるが,若干の判断の相違がある可能性がある。その場合にはJOHBOCのホームページなどを利用して,医療関係者および当事者に誤解のないように最新の見解を示すことにする。

2.本診療の手引きの特徴

 HBOC の診療は複数の診療科や部門,職種が関わっており,その連携が極めて大切である。これは遺伝性腫瘍の診療全般に関わる共通の課題であるが,わが国の診療体制ではこの連携体制を構築することが1 つの課題でもある。本診療の手引きでは,遺伝子診断・遺伝カウンセリング,乳癌,婦人科腫瘍などの複数の領域のHBOC に関わる専門家が,各クリニカルクエスチョン
(CQ)に各専門領域の最新のエビデンスをもとに回答している。また,BRCA 変異保持者の半数は男性であることにも配慮して,男性も留意すべき病態や対策,その他すべてに共通する生活習慣やリスク要因に関する記述も加えた。

3.本診療の手引きの想定する利用者

 本診療の手引きは,HBOC 診療を実際に行っている診療科や遺伝外来の医療者をはじめ,日常診療で乳癌や婦人科癌などを対象としている実地医家が,HBOC の相談があった場合に基本的な情報を提供できるようにしている。

4.診療の手引き作成の手順

 本診療の手引きは,前述のごとく厚生労働省研究費補助金がん対策推進総合研究事業の「わが国における遺伝性乳癌卵巣癌の臨床遺伝学的特徴の解明と遺伝子情報を用いた生命予後の改善に関する研究」(H26—がん政策—一般—012)(以下,本研究班)が中心になって作成することにした。
 具体的な作成手順を示す。

1)執筆者,およびCQ の作成

 本研究班研究代表者は,まず,遺伝子診断・遺伝カウンセリング,乳癌,婦人科癌,その他,の4 領域に分けてそれぞれのグループ代表者(分担研究者)を決定した。各領域のCQ は原案を研究班代表者がまず作成した。各グループの代表者は各領域の専門家から分担執筆者を選定して,グループ内でさらにCQ の見直しを行って最終的なCQ を決定した。
 すでに教科書的な基本事項は総論として別途記載することにした。また,CQ に相当する知見が少ないが,取り上げる必要のあると思われる3 項目については,簡潔にコラムにまとめた。

2)文献検索

 分担執筆者1 人あたりの1~3 つのCQ を担当した。分担執筆者は各CQ に対してキーワードを選定して,文献検索を依頼した。文献検索は,遺伝子診断および乳癌領域は,聖路加国際大学学術情報センター図書館の河合富士美,佐藤晋巨,佐山暁子が,婦人科癌およびその他の領域は,慶應義塾大学信濃町メディアセンターの舘田鶴子,中村亜日香が担当した(敬称略)。
 キーワード検索の対象期間は,1994 年から2016 年3 月までとした。期間設定の根拠は,BRCA1がHBOC の原因遺伝子として同定されたのが1994 年であり,診療に関する情報もその後の知見が重要であると考えたためである。また,この作業を行うにあたり,作業開始の期限として2016年3 月までとした。その後にも重要な知見が得られているが,今回の診療の手引きには原則として含めないこととした。
 検索者はキーワードをもとにした検索式を作成して,網羅的な文献検索を行った。必要に応じて,有効な文献をよりヒットさせるために,執筆者と検索者での検討のうえ,キーワードの変更,追加を適宜行い,再度文献検索を行った。その他,適宜,ハンドサーチを行って重要文献を追加した。二次資料として,適宜海外のガイドラインや参考資料を参照した。

3)文献の検討と本文の作成

執筆者は,文献検索をもとに各CQ に関して,根拠となる論文を吟味して総括を行った。各CQに対する基本的な構成は,「乳癌診療ガイドライン2015 年版」を参照した。

  1. CQ
  2. 推奨文+推奨グレード(またはエビデンスグレード)
  3. 推奨グレードを決めるにあたって(またはエビデンスグレードを決めるにあたって):必要に応じて,根拠を明示する必要がある場合に設けた。
  4. 背景・目的
  5. 解説
  6. 検索キーワード(検索式は一括して巻末に配置)
  7. 参考にした二次資料
  8. 参考文献

4)各グループ内での修正,全体の統一

 まず各担当者がドラフトを作成した後に,領域ごとにグループミーティングあるいはメールでの意見交換を行い,各CQ について再検討を行い,原案を完済させた。用語,表記の統一は,最終的に原稿をチェックして委員長が行った。

5)各学会のパブリックコメント,外部評価委員会

 関係者および一般の方々の意見を求めるために関連学会にパブリックコメントを求めて,さらにグループ内でさらに議論を行い,これをガイドラインに反映させた。
 ご協力いただいた学会は日本人類遺伝学会,日本乳癌学会,日本産科婦人科学会,日本婦人科腫瘍学会(順不同)である。
 上記手順を経て外部評価委員会(委員長:福井次矢,聖路加国際病院院長)で議論を行い,最終版とした。

5.推奨グレード,エビデンスグレード

 HBOC は大規模な臨床試験がなくエビデンスが少ない領域であるので,今回,CQ に対する評価,解説は以下のように行った。 CQ は標準診療を評価するものと,情報提供するものに分けられる。前者は推奨グレード(表1)に基づいて記載し,後者はエビデンスグレードが評価できるものに関しては「乳癌診療ガイドライン2015 年版」に準拠してエビデンスグレードを用いた(表2:CQ516)。また,後者では適切な情報提供を解説の中で行ったものもある。推奨グレードおよびエビデンスグレードの評価はグループ内ミーティングの意見により決定した。

表1.推奨グレード

A 十分な科学的根拠があり,積極的に実践するよう推奨する
B 科学的根拠があり,実践するよう推奨する
C1 十分な科学的根拠はないが,細心の注意のもと行うことを考慮してもよい
C2 科学的根拠は十分とはいえず,実践することは基本的に勧められない
D 患者に不利益が及ぶ可能性があるという科学的根拠があるので,実施しないよう推奨する

表2.エビデンスグレード

Convincing(確実) 発がんリスクに関連することが,確実であると判断できる十分な根拠があり,予防行動を取ることが勧められる
Probable(ほぼ確実) 発がんリスクに関連することが,ほぼ確実であると判断できる十分な根拠があり,予防行動を取ることが一般的に勧められる
Limited—suggestive(可能性あり) 「確実」「ほぼ確実」とは判断できないが,発がんリスクとの関連性を示唆する根拠がある
Limited—no conclusion(証拠不十分) データが不十分であり,発がんリスクとの関連性について結論付けることができない
Substantial effect on risk unlikely(大きな関連なし) 発がんリスクに対して実質的な影響はないと判断する十分な根拠がある

6.利益相反とその管理

1)利益相反の申告

本診療の手引きの作成にあたり,各領域のリーダー,分担執筆者等,執筆に関わった委員に対して本診療の手引きの内容・記載と関連する企業との経済的利害関係につき,下記の基準で利益相反状況の申告を求めた。
申告された企業名を以下のごとく開示する(対象期間は2013 年4 月より2016 年3 月31 日まで)。本診療の手引きの内容と関わりを持たないような経済的利害関係および非営利団体等は除外した。
[申告内容]
執筆者が,個人として何らかの報酬を得た企業・団体
①役員・顧問職(100 万円以上),②株など(利益100 万円以上または全株式の5%以上),③特許使用料(100 万円以上),④講演料など(50 万円以上),⑤原稿料など(50 万円以上),⑥その他の報酬(5 万円以上),⑦研究費など(200 万円以上),⑧寄付金など(200 万円以上),⑨寄付講座(所属)
[作成関係者と企業との経済的な関係(五十音順)]
あすか製薬株式会社,アステラス製薬株式会社,アストラゼネカ株式会社,大塚製薬株式会社,サノフィ株式会社,大日本住友製薬株式会社,大鵬薬品工業株式会社,武田薬品工業株式会社,中外製薬株式会社,株式会社ツムラ,日本イーライリリー株式会社,バイエル薬品株式会社,ファイザー株式会社,株式会社ファルコバイオシステムズ,ヤンセンファーマ株式会社

2)利益相反の管理

 本診療の手引きでは,利益相反状態への対応として,領域ごとに各CQ に対して見直しを行い,見解の偏りがないように配慮した。また関連学会のホームページでパブリックコメントを受け付け,幅広い意見を収集した。さらに外部評価委員会では医師のみならず当事者会の関係者にも参加していただき,公平性を保つように留意した。
 わが国では,各CQ 執筆時に,PARP 阻害薬はまだ承認されていない。また遺伝学的検査やスク低減手術,マネジメントなどに関して利益相反状態が推奨グレードに大きく影響していることはないと考えられた。また関係者の意見が分かれて,voting が必要になったCQ はなく,ほとんどのCQ で各グループでの専門家の意見はほぼ一致していた。
 本診療の手引きの資金は平成28 年度厚生労働科学研究費補助金(がん対策推進総合研究事業)による。

7.改 訂

 HBOC に関して日々新たな知見が集積されており,今後さらに本診療の手引きを見直す必要がある。JOHBOC などを中心として,本診療の手引きを改訂し,アップデートについてはJOHBOCのホームページに掲載する予定である(http://johboc.jp)。

 〔謝 辞〕

本診療の手引きを作成するにあたり,各分担領域のリーダーの先生,分担執筆者の先生には大変な労をおとりいただいた。また,金原出版の宇野和代氏には原稿の整理から細かい作業の進め方などもサポートしていただいた。さらに,文献検索をお願いした聖路加国際大学の河合富士美氏,慶応義塾大学メディアセンターの舘田鶴子氏には本書作成に当たり,様々なアドバイスをいただいた。
ここに改めて謝意を表する次第である。

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