近年,HBOCに適した治療薬や手術方法,サーベイランスの選択が可能となっている。そのため,乳癌や卵巣癌の患者のうちHBOCの体質をもつ患者に気付くことの重要性が増している。家族歴を聴取し家系図を作成し,家系内における対象疾患をもつ他の家系メンバーを把握することはHBOCの可能性をもつ患者に気付くことに役立つ。さらには,正確な診断と予後の推定,遺伝形式の確認,検査方針の決定,治療方針の決定,本人や家族の発症リスクの計算,患者自身の疾患に対する経験や理解についての把握等の意義がある。これらの家族歴聴取にあたっては,診療における家系図作成の意義を伝えることが大切である。
HBOCを念頭に置いて家族歴を聴取する場合,以下の点に留意しながら情報収集をすることで効率的に患者がHBOCの体質をもつ可能性が高いか否かを絞り込むことができる。家系図では少なくとも3世代について,腫瘍の発症年齢や特徴を含めて記載する。下記に家系図聴取の際に確認しておくことが望ましい事項をあげる(表1)。
表1 HBOC家系図聴取の際の確認事項
なお,卵巣癌や腹膜癌は,他の婦人科癌(子宮頸癌,子宮体癌)と区別が難しいことがある。また腹膜癌は,他臓器の転移の可能性もあるので,他のがんの有無やその病状も確認する。
家族歴の記録には,国際標準となっている家系図記載法を用いる。独自のルールや分野別のルールではない標準化された記載法を用いることで,記載者以外の関係者も家系情報を正確に理解することができることから包括的医療を提供するための情報共有が容易となる。
家系図では生物学的な両親・子ども・孫等を記載する。世代は,家系図の左端にⅠ,Ⅱ,Ⅲ…とローマ数字で表記する。個人番号(1,2,3…)は世代毎に左端から付与し,各個人の右下に記載する。家系図内の記号の取り決めを図1に示す。表現型による性別から,男性は「□」,女性は「○」,性別不明は「◇」で示し,出生年や年齢を記号下に記載する。罹患者は各記号を塗りつぶして詳細は欄外に記載する。複数の病態を記載するときには,個人記号内を分割し,病態毎に色やパターンを変えて塗分ける。既死亡は各記号の右上より左下に斜線を引き,死亡年齢を「d.」として記号下に記載する。発端者〔最初に当該家系における遺伝的問題に気づく契機となった人(罹患者)〕は,記号左下にprobandを意味する「P↗」で記載する。また,クライエント(患者や家族などの来談者)は「↗」を記号左下に記載する。
家系図内の線について図2に示す。配偶者および同胞(兄弟姉妹)の関係は横線で結ぶ。世代や個人は縦線で表す。血族婚(いとこ婚等)の場合は,配偶者間を二重線で結ぶ。離婚は配偶者の関係線を途中で「//」で区切る。なお,できるだけカップルの男性を女性の左に記載する。同胞は出生順に左から右に記載するのが原則である。
HBOCに関わるクライエントやその家系では,すでに様々な臨床的また遺伝学的評価を受けていることも多い。このような評価(検査結果)も家系図に記載することができる。これらの情報は家系図内にE(evaluation)の記号を用いて記載する(図3)。Eは一種類に限定する必要はなく,評価の数だけE1,E2,E3のように増やすことが可能であり,その評価を受けたか否かはEに+/-を付記することで表記する。臨床的な情報に関しては,正確な医学情報を得るために診断名とともに,診断を受けた医療機関や診断を受けた時期を記載する。また,遺伝学的検査においては,受検の有無だけではなく結果そのものが入手できることが望ましい。クライエントからの聞き取り情報は時に正確でない場合があるため,クライエントから家系メンバーに確認してもらうことや,クライエントの承諾のもと担当医に問い合わせることが必要となる場合がある。
家系図はいつ・どこで・誰が・誰から得た情報により記録したのかを記録する。家族の状況は変化するので,家系図内容を更新した場合にも同様について更新しておくことが重要である1)。また,家系図を聴取する中で,同施設に来談した別のクライエント同士が同一家系であることが判明する場合もある。しかし,遺伝性疾患に関する家系内での情報共有状態は,各家系において異なることから医療者側は不用意に情報を漏洩しないように留意することが重要である。