Ⅱ-1 遺伝子診断・遺伝カウンセリング領域
BRCA1/2に病的バリアントがない場合,検査結果報告書には陰性(negative やbenign等)と記載され,表記方法は検査会社毎に異なる。BRCA1/2に病的バリアントがない要因としては,真にHBOCではない場合の他,検査技術的な限界,BRCA1/2以外の遺伝子の関与があげられる。
わが国ではこれまでBRCA1/2のスプライス部位のイントロン側を数塩基含む全エクソンをシーケンスする検査法と,コピー数異常(copy number variants:CNV)による大規模再構成を検出する検査法を併せて行うことが標準的であり,現在保険診療のBRCA1/2はこの標準的検査法で行われている。実施された検査で病的バリアントがない場合,離れたイントロン部位等,シーケンス範囲外に病的バリアントが存在する可能性もある。特に過去に行われた検査や研究用検査の場合,現在の標準的検査法ではない方法で検査されていることもあり,そのような患者や血縁者がいた場合には実施された検査法と結果を確認し,追加検査の検討を行う場合もある。
欧米諸国では,遺伝学的検査以外に臨床情報から個別に乳癌発症リスクを評価する方法(リスクモデル)があり,生涯乳癌発症リスク≧20%をハイリスクとし,乳房MRIサーベイランスが推奨されている1)。さらに,遺伝性の乳癌/卵巣癌/前立腺癌/膵癌等に関与する複数の遺伝子のリスクとそれに基づく医学的管理が提案されており,遺伝性腫瘍症候群の遺伝子を包括的に調べるMGPが主流となり,BRCA1/2に病的バリアントがない場合でも,リスクのある人への対策が講じられている2)。
一方わが国でも,一部の遺伝性腫瘍症候群の原因遺伝子に関するリスクと推奨される医学的管理を記述した複数の診療ガイドラインが存在する。しかし,MGPを含む多くの遺伝学的検査や医学的管理,リスクのある血縁者への対策は保険未収載であり,一部の医療機関で自由診療として対策が講じられるにとどまっている。
実施した検査技術範囲内(標準的にはフルシーケンス+CNV解析)でBRCA1/2の関与を否定できるが,遺伝性腫瘍症候群をすべて否定できるものではない。
乳癌患者が手術までの限られた期間内で,術式選択目的にBRCA1/2を単独で検査し病的バリアントが同定されなかった場合,TP53等,放射線感受性のある遺伝子を調べていないことから,検査目的である術式の再検討が必要となり,追加で当該遺伝学的検査を提案する場合もある。BRCA1/2に病的バリアントがなかった人へMGPを実施することで,他の遺伝性腫瘍症候群も含め網羅的に診断できる場合もある3)~5)。米国のコホート研究ではBRCA1/2に病的バリアントがない卵巣癌患者466例,乳癌患者353例,乳癌と卵巣癌両方既往歴のある92例の合計911例を対象に,BRCA1/2以外の19遺伝子を含むMGPを実施したところ,卵巣癌患者30例(6.44%),乳癌患者26例(7.37%),乳癌かつ卵巣癌患者11例(11.96%)の合計67例(7.4%)に病的バリアントが検出された。466例の卵巣癌患者の解析では,検出の多い順にBRIP1が8例(1.71%),MSH6が6例(1.28%),ATMが4例(0.86%),RAD51Cが3例(0.64%),CHEK2,MLH1,PTENが各2例ずつ,NBN,PALB2,RAD50,MRE11Aが各1例であった。同様に,353例の乳癌患者の解析では,検出の多い順にCHEK2が9例(2.55%),ATMが3例(0.85%),TP53が3例(0.85%),NBN,PALB2,BARD1,MSH6が各2例ずつ,BRIP1,RAD50,CDH1が各1例ずつ検出された5)。BRCA1/2以外の遺伝性腫瘍症候群もHBOC同様に,遺伝学的診断が治療選択肢や二次発がんの回避,関連臓器を含めた医学的管理とがんの早期発見につながる等,全がん患者とその血縁者にとって重要である。
BRCA1/2に病的バリアントがない場合,遺伝性腫瘍症候群のリスクのある人にはMGP等を含む追加検査について適切に情報提供を行い,MGP希望者に対しては遺伝医療部門と連携し適切な対応を行う(遺伝BQ6参照)。追加検査を希望しない場合には,その後の家族歴・既往歴変更とともに検査に対する考え方に変化がないか,継続的に確認を行うことが望ましい。
MGPの結果,病的バリアントがない要因としては,真に散発性腫瘍である可能性,実施したMGP検査技術範囲外の病的バリアント保持,MGPに含まれていない遺伝子が原因の遺伝性腫瘍症候群等があげられる。がんに罹患しない,あるいは罹患し難いことを意味するわけではなく,少なくとも一般的ながんの発症リスクはある。医学的管理については,遺伝学的リスク再評価に応じて対応する。乳癌や卵巣癌の場合,性別や年齢(加齢),家族歴,既往歴,出産歴,肥満,喫煙等,一般的ながんのリスク因子や対策について情報提供を行うことが望ましい。
血縁者でBRCA1/2の病的バリアント保持がすでに判明しており,血縁者診断目的に実施したBRCA1/2遺伝学的検査(シングルサイト検査)で病的バリアントが同定されなかった場合,調べた特定の検査部位にはBRCA1/2の病的バリアントを保持していないと診断できる。この検査は,BRCA1/2のすべてのタンパク翻訳部位を検索する検査法ではなく,さらに遺伝性腫瘍全体を調べる目的でもない注意点に理解を得るよう検査前から説明する。結果報告時は今回の検査目的を振り返り,臨床的な検査目的が果たされたことを説明する必要がある。
本人および血縁者は,病的バリアントなしの結果報告直後は落ち着いた心理状態であっても,既往歴や家族歴等からリスクの高い人,検査前に陽性であることを強く意識している人等は,もともともつ認識からの影響を再度受け,検査後にがんに対する不安や疑念を改めてもつ場合もある6)~9)。また,病的バリアントのない人がリスクやフォローアップの必要性を理解していても,検査結果を血縁者と情報共有する価値は低いと認識し,必要な情報が共有されないこと等により,血縁者の不必要な心配や誤解を招く場合もある。他に,検査費用が高い,保険適用範囲,多忙,既往歴に変化がない,遺伝医療提供体制が未熟な施設,医師の否定的意見,恩恵を受ける血縁者がいない等が,病的バリアントのない人と適切な医療行動が結びつかない因子として報告されている10)~11)。
心理的影響は個別性が高いものではあるが,まず病的バリアントがない場合の意義と対応について検査前から個別に説明する。結果報告後,本人や血縁者の心理的変化,検査ニーズの変化,保険収載等,社会的状況の変化があった場合は,遺伝学的リスク再評価を行う。追加検査の再検討等を含め,フォローアップが必要な人に対しては遺伝医療部門等と連携し,適切な医療提供へつなぐことが望ましい。
hereditary breast/ovarian cancer,HBOC,non—BRCA,genetic test/testing,negative