Ⅱ-1 遺伝子診断・遺伝カウンセリング領域
遺伝学的検査の希望がない場合は,クライエントの臨床所見や家族歴等,個々のリスク評価および状況に応じて,本人と血縁者にとって適切なサーベイランスを提案する。また,遺伝学的検査を希望しないクライエントがその後に検査実施について再考することもあり,いつでも相談窓口があること,意思変更が可能なことを保障することも重要である。
臨床検査としての遺伝性乳癌および卵巣癌における遺伝学的検査の提供は,日本では2006年にBRCA1/2遺伝学的検査から始まった。2020年10月現在,BRCA1/2遺伝学的検査は適応条件を満たす患者に対しては保険診療(コンパニオン診断目的,および遺伝性乳癌卵巣癌診断目的)として提供可能となっているとともに,遺伝性乳癌および卵巣癌の原因遺伝子を含むマルチ遺伝子パネル検査(遺伝BQ6参照)を提供している施設もある。
遺伝性乳癌および卵巣癌の可能性が疑われ,遺伝学的検査を考慮すべきと判断された個人やその血縁者に対しては遺伝学的検査の実施が推奨されるが,これは遺伝学的検査を実施すべきとはしていないことに留意が必要である。遺伝学的検査を受検するかどうかはクライエント個人の自由な意思によって選択され,検査を実施しない選択をする人もいる。
遺伝カウンセリングに来談したクライエントのうち,BRCA遺伝学的検査を提示されたが「検査を受けない」という選択をしたクライエントに対して,その要因を調査した研究がある。国内の研究では,経済的負担への懸念1)~3),臨床的有用性が低い(費用対効果が低い)ととらえていること2)3),遺伝的リスクを知ることへの懸念2)4)等があった。海外の研究においても,経済的負担への懸念5)~9),遺伝的リスクを知ることへの懸念6)8)10),血縁者への影響に対する懸念9)~12),保険に関する心配9)12)等があげられている。これら要因の中でも経済的事由は遺伝学的検査を受けない選択の主な要因であることが示されている。日本では,2018年6月よりオラパリブの適応判断のための検査(コンパニオン診断)として,また,2020年4月より乳癌および卵巣癌患者のうちHBOCが疑われる患者(遺伝BQ2参照)に対する遺伝性乳癌卵巣癌診断を目的として,保険診療でのBRCA遺伝学的検査実施が可能となった。これら保険適用となる患者では,遺伝学的検査受検の経済的事由による障壁は低くなる。
また,クライエントのなかには,家族の反対があるために検査を受けないとの意思表示をする者もある7)10)。医療者は,検査を受けないという意思が本人によるものかを確認し,遺伝学的検査については本人の自由な意思が最も尊重されることを改めて伝え,家族とも十分に話し合ってもらうことも必要となる。
遺伝学的検査を希望しないクライエントには,以下の内容を伝える。
NCCNガイドライン13)では,遺伝カウンセリングにおいて詳細なリスク評価を行い,クライエントが遺伝学的検査の実施基準に合致する場合で検査を希望しなかった場合において,以下の2通りに分けた対応を示している。
病的バリアントが確認されている遺伝性腫瘍に準じたサーベイランスを考慮する。
本人の既往歴および家族歴によるリスク評価から,個々に適切なサーベイランスを提案する。
遺伝学的検査を希望しなかったクライエントが,時間経過の中で再度の遺伝に関する話し合いを希望することや,遺伝学的検査を希望して来談することがある。クライエントのライフイベント,家系内血縁者での新たながん罹患の発生,家系内血縁者における遺伝学的検査の実施,医療体制の整備等を契機に,遺伝学的検査に対する気持ちに変化が起こることは十分考えられる。遺伝カウンセリング以外の場面でも,最新の家系情報の聴取や,遺伝に関る医療体制の変化に関する情報提供は,クライエントにおけるニーズの変化を適切に捉えるために重要である。また,クライエントや血縁者が遺伝カウンセリングを希望したときに適切に対応できる関係性,遺伝カウンセリング受診の窓口を構築しておく必要がある。
BRCA,Hereditary breast and ovarian cancer(HBOC),genetic services,refuse/reject/decline,decision making,stress,psychological