Ⅱ-2 乳癌領域
BRCA病的バリアントを有する転移再発乳癌に対し,プラチナ製剤の投与を条件付きで推奨する。
エビデンスの確実性「弱」/推奨のタイプ「当該介入の条件付きの推奨」/合意率「100%(11/11)」
推奨文:これまでの臨床試験の結果から,BRCA病的バリアントを有する転移再発乳癌に対するプラチナ製剤の投与により無増悪生存期間(PFS)や奏効割合(ORR)が改善される可能性が示唆されている。ただし,いずれの臨床試験もBRCA病的バリアントのみを対象としたものではなく,サブ解析の結果であることから,エビデンスの不確実性が残る。また,転移再発がんに対してプラチナ製剤は保険適用外(2021年5月現在)であることは診療上の障壁となっている。
BRCA病的バリアントを有するHER2陰性転移再発乳癌患者に対するプラチナ製剤の意義を検討した。
転移再発乳癌患者の約5%がBRCA病的バリアントを有し,これらはDNA阻害薬であるプラチナ製剤に感受性が高いと報告されている。生存期間の改善や有害事象等の観点から,アンスラサイクリンやタキサン等の標準的化学療法薬と比べた臨床的有用性については検討の余地がある。化学療法薬の選択に先立ち,患者,担当医の治療決断の一助となることが望まれる。
本CQではプラチナ製剤を含む治療群と含まない治療群の2群間で,「全生存期間(OS)」「無増悪生存期間(progression‒free survival:PFS)」「有害事象」「費用対効果」「患者の希望」「患者満足度」を評価した。
介入研究2編を選択した。「無増悪生存期間(PFS)」「全生存期間(OS)」「有害事象」「費用対効果」「患者の希望」に関して定性的なシステマティックレビューを行った。
BRCA病的バリアントを有する転移再発乳癌患者のみを対象とし,プラチナ製剤と標準治療を比較したランダム化比較試験は存在しない。BRCA病的バリアントを含むトリプルネガティブタイプを対象としたランダム比較試験が2つ存在する(TNT試験1),CBCSG006試験2))。いずれもサブグループ解析結果を採用した。また,BRCAバリアントは割付因子でなかった。このためエビデンスの確実性は弱と判断した。
TNT試験は一次または二次治療がほとんどで,CBCSG006は一次治療が対象の試験であった。これらのBRCA病的バリアントを有する集団の部分解析の結果から,プラチナ製剤のPFSに関する有効性は示唆されるが,OSの延長に寄与するか定かでない。TNT試験では病的バリアントを有する43人中11人がER陽性であった。
TNT試験のBRCA病的バリアントにおけるサブグループ解析では,PFSはカルボプラチン群で良好な傾向がみられた(PFS中央値6.8 カ月vs. 4.4 カ月,P=0.002)。奏効割合(objectiveresponse rate:ORR)はカルボプラチン66.7%,ドセタキセル35.7%であった1)。CBCSG006試験全体ではPFSはシスプラチン+ジェムシタビン群(GP)がパクリタキセル+ジェムシタビン(GT)より優れており〔HR:0.692,(95%CI:0.523‒0.915)〕,BRCA病的バリアントにおけるサブグループ解析でもPFSはGP群で優れる傾向がみられた(PFS 中央値8.90カ月vs. 3.20カ月,P=0.459)2)。ORRはGP83.3%,GT35.7%であった2)。
TNT試験のBRCA病的バリアントにおけるサブグループ解析では,カルボプラチンによる有意なOS延長はみられなかった(P=0.97)1)。CBCSG006の全体解析ではGP群で,GT群と比較してOS延長を示していたが,BRCA病的バリアントに限った結果は不明である2)。
これらのエビデンスとしては早期ラインでの報告が主体となっており,後方ラインでの効果には不確実性が残る。
TNT試験より,Grade3,4の血液毒性はカルボプラチンよりドセタキセルで多くみられた。重篤な有害事象もドセタキセルでより多くみられた(カルボプラチン102,ドセタキセル174)。非血液毒性に関しては差がなかった。
採用論文なし。
採用論文なし。
採用論文なし。
システマティックレビューでは5つの臨床試験が抽出された1)~5)。5試験のうち,2試験はプラチナ製剤単剤とタキサンとの比較(うち1つはTNT 試験),1試験はプラチナ製剤単剤のBRCA病的バリアント保持者と非保持者間での比較,その他2試験は併用療法同士の比較である(うち1つはCBCSG006試験)。プラチナ製剤単剤で投与している論文では,対照群(タキサン)と比較して良い奏効率が得られている1)3)。BRCA病的バリアントの有無で比較をした試験(TBCRC009)では,BRCA病的バリアント群でよい奏効率を得られる傾向はあったが,有意差を認めなかった4)。プラチナ製剤と他剤を併用している2試験では,介入群・対照群いずれのレジメンもわが国の転移・再発乳癌に対して一般的に行われているものではなく,また直接的にプラチナ製剤の有用性を示すものではないが,プラチナ製剤を含むことでアウトカムが悪化するということはない2)5)。
本CQの議論には,深刻な経済的・アカデミックCOIのない乳癌領域医師3名,婦人科領域医師2名,遺伝領域医師3名,遺伝看護専門看護師1名,認定遺伝カウンセラー1名,患者・市民2名の12名が参加した。投票は1名が棄権し,11名で行った。
この問題が優先事項であるかについては委員の中で判断が分かれた。現在の日本において保険適用となっていない薬剤であるため優先事項ではないとされる意見がある一方,諸外国では一般診療に用いられている現状から保険適用の有無を超えて優先事項であるという意見も聞かれた。患者側からは海外での承認に近づいてほしいという希望からも,優先事項として考えたいとの意見もあり,最終的には「いいえ」1名,「おそらく,いいえ」3名,「おそらく,はい」6名,「おそらく,分からない」1名の結果となった。
予期される望ましい効果に関してはPFSの改善効果を強くとらえ「中」が2名,OSの延長効果がないことやサブセットからの結果であること等から「小さい」としたのは4名,現状のエビデンスからは「分からないと」の回答が5名であった。
予期される望ましくない効果は主に化学療法薬の有害事象を念頭にディスカッションが行われたが,プラチナ製剤の有害事象が他化学療法薬と比較して有害事象が強いかと考えた場合には大きくはないとの判断で全員一致した。
2つの試験のサブグループ解析であることやランダム化の際にバリアントの有無で層別化されていないこと等を考え合わせると確実性は「弱」という意見で全員一致であった。
価値観に関する文献はなかったものの,転移・再発の状況においては「OS」「PFS」「有害事象」等の価値観の置き方には「重要な不確実性またはばらつきはおそらくなし」との投票が8名,「重要な不確実性またはばらつきの可能性あり」との投票が3名であった。
プラチナ製剤の使用によりPFSの改善が期待できることや他剤と比べても特異な有害事象が増えているわけでない点等を考えると「おそらく介入が有位」が6名,「介入が有位」が5名であった。
費用対効果については9名が採用研究なしと回答したが,保険適用になっていない現状等から「介入も比較対照もいずれも優位でない」1名,奏効へ期待から「おそらく介入が優位」1名であった。
一部の乳癌にはプラチナ製剤が使用されている現状や癌腫横断的に広く使用されている薬剤であること等から容認性については「おそらく,はい」に8名,「分からない」には3名,実行可能性については「おそらく,はい」に9名,「はい」1名,「さまざま」に1名の投票があった。
上記議論を通じ,プラチナ製剤は望ましいオプションの1つとして期待したいとの意見が多く聞かれ全員一致で「当該介入の条件付き推奨」で全員一致した。
以上より,プラチナ製剤について討議し推奨草案は以下とした。
いずれの臨床試験もBRCA病的バリアントのみを対象としたものではなく,サブ解析の結果であることから,エビデンスの不確実性が残る。また,転移再発がんに対してはプラチナ製剤は保険適用外(2021年5月現在)であることに留意する。
これまでの臨床試験の結果からBRCA病的バリアントを有する転移再発乳癌に対するプラチナ製剤の投与によりPFSやORRが改善される可能性が示唆されている。ただし,いずれの臨床試験もBRCA病的バリアントのみを対象としたものではなく,サブ解析の結果であることから,エビデンスの不確実性が残るためこれらのエビデンスに沿って投与を検討することに対しては弱く推奨する(推奨の強さ「弱」/エビデンスの確実性「弱」)との意見も聞かれた。また,転移再発がんに対してプラチナ製剤は保険適用外(2021年5月現在)であることは診療上の障壁となっている。
ASCOではタキサンと比べてプラチナ製剤の使用が推奨されている6)(Type:evidencebased;Evidence quality:intermediate;Strength of recommendation:moderate)。
NCCNでは優先レジメンと掲載されている7)。
ESMOでは明確な推奨なし8)。
病的バリアント(変異部分)の多様性と治療の効果の関連について今後の課題であるとの意見が聞かれた。
外部評価委員より,有害事象発現の表現についてご指摘を受けたため,本文中の当該部位を修正した。
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