Ⅱ-2 乳癌領域
乳癌未発症のBRCA病的バリアント保持者に対し,BRRMを条件付きで推奨する。
エビデンスの確実性「中」/推奨のタイプ「当該介入の条件付きの推奨」/合意率「100%(13/13)」
推奨文:本ガイドラインで実施したメタアナリシスの結果から,乳癌未発症のBRCA病的バリアントの保持者におけるBRRMが両側乳房の乳癌発症リスクを低減させることは確実といえる。一方で生存率の改善効果に関しては,RRSOの影響を受けたエビデンスが多く,不確実性が残る。BRRMを提案する際はエビデンスの不確実性を考慮するとともに,価値観の多様性に配慮し,本人だけでなく家族も含めた協働意思決定が重要である。またBRRMの実施に際しては患者と医療者の協働意思決定が極めて重要であり,これらを実践できる遺伝カウンセリングを含む体制が整っている,保険診療での実施基準を満たす施設で行うべきである。
乳癌未発症のBRCA1/2病的バリアント保持者において,80歳までの乳癌累積罹患リスクは約70%と報告されている1)。これらの対象者に対する選択肢は,サーベイランスとBRRMである。卵巣癌は早期発見が難しく,適切なサーベイランスが確立されていないこともあり,欧米の各ガイドラインではリスク低減手術の推奨度が高い。一方,乳癌についてはサーベイランスが機能するため,BRRMの実施について当事者にどのように説明し,意思決定をすることが適切であるかは難しい問題である。また2020年4月より一定の施設基準を満たす医療機関においてHBOC診療を保険診療として実施することが可能になったが,BRRMの実施は卵巣癌・卵管癌・原発性腹膜癌の既発症者に限定されており,これらが発症していない場合には依然として自費診療の中で行う必要がある。
本CQではBRRM実施者と非実施の2群間で,「乳癌発症リスクの低減効果」「全生存期間(OS)」「合併症」「費用対効果」「患者の満足度」「患者の意向」を評価した。
「乳癌発症リスクの低減効果」に関して19編(ハンドサーチによる追加7編含む)の論文を採用し,そのうち6編の論文2)~7)を用いて定量的システマティックレビュー(メタアナリシス)を行った。その他の採用論文は「乳癌全生存期間」8編,「合併症」8編,「費用対効果」10編(ハンドサーチによる追加5編含む),「患者の満足度」10編,「患者の意向」は該当論文なしであり,これらについては定性的システマティックレビューを行った。
BRCA1およびBRCA2を合わせて解析した結果では,RRは0.05(95%CI:0.02—0.16,P<0.00001)であった(図1a)。統計学的な異質性は中等度であった(I2=67%)。またBRCA1およびBRCA2を分けて解析しても,前者ではRR:0.07(95%CI:0.02—0.28,P=0.0002),後者ではRR:0.05(95%CI:0.01—0.20,P<0.0001)であり,2つの遺伝子の違いによる差はほとんどないことが示された(図1b,c)。ただし,いずれの検討においてもfunnel plotにより出版バイアスが否定できない結果には注意が必要である。しかしながら,各研究や今回のメタアナリシスを通して乳癌発症リスク低減効果は一貫しており,エビデンスの確実性は強とした。
OSを検討している論文ではサーベイランス群と比較してBRRM群で予後を改善する傾向を示す報告はあるものの,多くの論文でRRSOが行われている対象者が含まれている。Heemskerk—Gerritsenらの報告によると,死亡率に関する検討ではサーベイランス群に対してBRRM群はHR0.20(95% CI:0.02—1.68)であった2)。またInghamらの報告によると,生存率に関する検討ではサーベイランス群に対してBRRMのみ行われている群ではHR0.25(95% CI:0.03—1.81)であった3)。いずれも予後を改善する傾向を示しているが有意差は認められていない。また多くの研究で多変量解析が行われておらず,RRSO等の交絡因子の調整がされていないことが重要な点である。さらに,BRRMの選択は患者本人の意思によるものであり,この点でも選択・実行バイアスが大きくなると考えられる。このような理由からエビデンスの確実性は弱とした。
研究毎にアウトカムが大きく異なっており,手術関連の合併症,ボディイメージ,満足度,健康関連QOL(health—related QOL)等,多岐にわたる。手術関連の合併症の報告では,30日以内の術後早期合併症が51.6%に認められ,部分的な皮弁壊死が29.9%と最多であり,続いて創感染(17.0%),血腫形成(8.1%),漿液腫(seroma)(7.6%)に認められている。30日以降では感染症が9.9%に認められた。また再建が行われている症例ではインプラント関連の合併症(被膜拘縮,感染あるいは皮弁壊死によるインプラント抜去等)が29.8%,自家組織再建関連の合併症(再手術,皮弁の部分または全壊死等)は58.3%と報告されている8)。
満足度の観点から報告ではRRM+一次乳房再建を行った61名(BRRM 40名,CRRM 21名)を対象にアンケート調査を行ったところ,満足度は高い意見が多く(形:74%,サイズ:76%,対称性:67%等),手術について後悔しているかという質問に対しては全員がNoを選び,同様の術式をまた選びたいかという質問について全員がYesを選んでいた9)。このようにアウトカムに統一性がなく,ほとんどの研究がBRRMを実施した患者の単アーム研究であることからエビデンスの確実性は非常に弱とした。
わが国から1編,Yamauchiらの報告があり,35歳でRRMを実施,45歳でRRSOを実施する設定で検討されているが,BRCA1ではRRM+RRSOを,BRCA2ではRRMを行うことが最も優れた費用対効果があることを示した10)。ただし,この研究ではMarkovモデルを解析に用いているが,その際に用いられているデータはすべてわが国のデータではないことが研究の限界(limitations)になっている。海外の論文も概ねBRRMによる良好な費用対効果があることを示唆する結果を報告しているが,各研究毎に評価基準や比較対象に一貫性がないことからエビデンスの確実性は非常に弱とした。
対象集団にBRCA病的バリアントを確認していない対象者を含むものが複数含まれる。研究毎に満足度の評価項目が異なり,ボディイメージ,QOL,health—related QOL,がんに対する不安(cancer anxiety)等が選択されている。BRRMを行った患者を対象とした研究のシステマティックレビューが報告されており,この中でBRRMの結果について対象者の70%が満足し,実施に対する決断についても高い満足が得られている(84~100%)。その他,心理的ウェルビーイング(psychosocial well—being)(72%),ボディイメージ(66%),セクシャルウェルビーイング(sexual well—being)(62%)といずれも良好な満足度を示している。最も重要な点は対象者の95%がBRRM の実施について後悔していない点である11)。しかし,このような満足度に関してはBRRMを選択していること自体,患者本人の意思によるものであり,ランダム化をされたものではない。このように非直接性,選択・実行バイアス,非一貫性も大きいためエビデンスの確実性は非常に弱とした。
スクリーニングによって採用された論文はなく,エビデンスの確実性は非常に弱とした。
BRRMによる乳癌発症リスクの低減効果については,今回行われたメタアナリシスよりほぼ確実であると考えられるため,確実性は強とした。OSについてはRRSOの影響を十分に調整した研究がないため十分なエビデンスがあるとはいえず,今回の検討では結論を出すことができない。費用対効果については概ねBRRMによる良好な効果を示す傾向であった。合併症,患者の満足度については,それぞれの評価尺度が研究毎に大きなばらつきを認めており,非一貫性が大きいために結論を出すことができない。患者の意向については該当する論文はなかった。
本CQの議論・投票には,深刻な経済的・アカデミックCOIのない乳癌領域医師3名,婦人科領域医師2名,遺伝領域医師3名,遺伝看護専門看護師1名,認定遺伝カウンセラー1名,患者・市民3名の13名が参加した。
本CQを優先事項と考えるかについての投票では,「おそらく,はい」11名,「はい」1名となり,委員の中での認識はほぼ一致した。望ましい効果については,12名が「中」に投票した。乳癌発症予防効果の認識はほぼ一致しているが,全生存率の改善効果のデータに乏しい点が反映される結果となった。一方,望ましくない効果については,「さまざま」11名,「分からない」2名と委員の中でも意見のばらつきが大きかった。卵巣癌既往の有無によって望ましくない効果が与える当事者への影響は決して同等ではないであろうという意見が委員の中でも共有された。
エビデンスの確実性については,「弱」3名,「中」10名であった。システマティックレビューで検索された論文は,BRRMの対象者の中に卵巣癌既往のある者が含まれていないか,あっても数%程度であり,今回の検討からは卵巣癌既往者に対するBRRMのエビデンスに大きな不確実性があることが指摘された。
患者の意向に該当する論文は抽出されなかったため,患者の満足度について検討が行われた。投票では「重要な不確実性またはばらつきあり」7名,「重要な不確実性またはばらつきの可能性あり」6名であった。当事者からはBRRMによって大きな安心感を得られることは理解できる一方で,いざ手術となるとやはり躊躇する気持ちが出ること,また同じ家族の中でも共通の価値観をもっているとは限らないという率直な意見もあった。
効果のバランスは,「おそらく介入が優位」10名,「介入が優位」1名,「さまざま」2名であった。がんになりたくないという当事者にとってBRRMは発症予防という観点からは非常に重要であるという意見があり,委員の中でも効果のバランスとして益が上回るという意見が共通の認識であった。
費用対効果については,「おそらく介入が優位」12名,「介入が優位」1名と見解がほぼ一致した。日本人データを用いた研究も存在し,費用対効果に優れることは確かであろうという認識で一致した。容認性については,「おそらく,はい」8名,「はい」1名,「さまざま」4名となった。HBOC診療に関わる医療者にはBRRMが理解可能な医療行為であっても,各施設の倫理委員のような第三者の立場には共通認識が得られない可能性もあるとの指摘があった。実行可能性については,「おそらく,いいえ」1名,「おそらく,はい」10名,「はい」2名であった。保険診療の中で行うには一定の施設基準を満たしており,かつ卵巣癌既往があることが必要条件となっており,この点を踏まえた投票結果となった。
以上より,乳癌未発症のBRCA病的バリアントの保持者において両側乳房のリスク低減乳房切除術(BRRM)は推奨されるかについて討議し推奨草案は以下とした。
13名全員の一致で推奨草案を支持し,採用が決定した。
パネル会議で指摘された重要なポイントとして,卵巣癌既往のある対象についてのBRRMのエビデンスが乏しい点があげられた。卵巣癌を先に発症している場合に,その予後の悪さ,再発への配慮等から乳癌発症予防まで及ばないことも考えられる。一方では,PARP阻害薬の登場により長期予後も見込めるようになったことから,今後は卵巣癌既往のあるBRRMについての議論も深めていく必要がある。BRRMもCRRM同様にBRCA1とBRCA2を分けた検討が今後必要となるという重要な点が指摘された。また2020年4月より卵巣癌・卵管癌・原発性腹膜癌既発症者に対するBRRMは保険収載されたが,その実施には一定の施設基準が設けられているため,今回の実施に係る条件としてこの基準を付記した。
NCCN,ASCO,ESMOいずれもBRCA病的バリアントを保有しない乳癌患者に比較して乳癌発症リスクが高いことを踏まえた十分な説明をしたうえで,考慮し得る選択肢であるとして記載されている。
BRRMの対象は2つの場合を想定する。1つは卵巣癌の罹患歴のない乳癌未発症者,もう1つは卵巣癌の既往のある乳癌未発症者である。今回のシステマティックレビューで検索された論文の対象のほとんどは卵巣癌・卵管癌既往者は含まれていない。そのため,後者におけるBRRMの効果については不確実性が残っており,さらに検討が必要である。そのため卵巣癌の既往の有無に分けて,今後のモニタリングが必要である。
外部評価では内容に関する大きな指摘はなかった。
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