Ⅱ-2 乳癌領域
BRCA病的バリアントを有する乳癌患者の温存乳房・対側乳房には造影乳房MRIを用いたサーベイランスを条件付きで推奨する。
エビデンスの確実性「弱」/推奨のタイプ「当該介入の条件付きの推奨」/合意率「100%(13/13)」
推奨文:BRCA病的バリアント保持者に対し,造影乳房MRIを用いた乳癌のサーベイランスを行うことにより特異度の低下をきたすことなく感度を上昇させることが示されている。ただし,造影乳房MRIに十分な知識を有する専門医のもと,保険診療におけるMRIスクリーニングの施設要件を満たしMRIガイド下生検可能施設との連携を有する施設での施行が望ましい。
乳癌未発症のBRCA病的バリアント保持者に対し造影乳房MRIを用いたサーベイランスを条件付きで推奨する。
エビデンスの確実性「弱」/推奨のタイプ「当該介入の条件付きの推奨」/合意率「85%(11/13)」
推奨文:BRCA病的バリアント保持者に対し,造影乳房MRIを用いた乳癌のサーベイランスを行うことにより特異度の低下をきたすことなく感度を上昇させることが示されている。ただし,乳癌および卵巣癌未発症のBRCA病的バリアント保持者に対する造影乳房MRIを用いた乳癌のサーベイランスは現在,保険診療で実施できず,希望する場合は自費診療となる。造影乳房MRIに十分な知識を有する専門医が在籍し,MRIガイド下生検可能施設との連携が整備され,遺伝カウンセリングや検診後のフォローアップ体制が整っている医療機関で実施することが望ましい。
BRCA病的バリアント保持者における乳癌発症率は高く,乳癌の早期発見による死亡率減少が期待される。乳癌の検出においては造影乳房MRIの診断能が高く,欧米では乳癌発症ハイリスク群に対しての造影乳房MRIによるサーベイランスが行われている。
乳癌・卵巣癌既発症のHBOC患者に対しては造影乳房MRIによるサーベイランスが保険適用であり,MRIでのみ検出可能な病変に対してはMRIガイド下生検が保険適用となっている。乳癌・卵巣癌未発症のBRCA病的バリアント保持者に対するサーベイランスは現時点で保険適用はないが,MRIを用いたサーベイランスを行うことの有用性が示されれば,そのための体制づくりが必要となる。
乳癌をすでに発症したHBOC患者においては,薬物療法や温存乳房に対する放射線治療が行われることがあるので,乳癌未発症者と比較して新規の乳癌発症頻度が異なる可能性がある。また,既発症者と未発症者では価値観の違いもある。乳癌未発症のHBOC患者においては,卵巣癌発症後であれば保険適用での造影乳房MRIによるサーベイランスが可能であるが,それ以外では保険適用となっていない。したがって,これらの背景の違いに則し,2つの独立したCQとしての設定を行った。
本CQではMRIを含むサーベイランスを行う群と,MRIを含まないサーベイランスを行う群の2群間で,「感度」「偽陽性率」「全生存率」「有害事象」「費用対効果」「患者の意向」を評価した。
「感度」「偽陽性率」「全生存率」「有害事象」については,観察研究16編を選択,「費用対効果」についてはシミュレーション2編を選択,「患者の意向」についてはアンケート調査4編を選択し,それぞれに対して定性的なシステマティックレビューを行った。
11編の観察研究1)~11)による定性的システマティックレビューを行った。MRIを含むサーベイランスでの乳癌検出感度(66.7~100%)は,MRIを含まないサーベイランス(19~81%)より高かった。BRCA1とBRCA2間の差異については論文数がまだ少ないため,今後更なる検討が必要である。すべてが観察研究であるが,研究の直接性は担保されており,研究数も多いことから,エビデンスの確実性は強とした。
9編の観察研究1)~9)による定性的システマティックレビューを行った。MRIを含むサーベイランスの偽陽性率は1編のみ45%,他は10%未満と示されていた。これらの結果は様々な条件にて算出されたものであり,一部に偽陽性の率の低い報告が含まれる等,研究間の異質性も一部認められるが,MRIを含まないサーベイランスの偽陽性率に顕著な差はないと考えられた。BRCA1とBRCA2間の差異については論文数がまだ少ないため,今後更なる検討が必要である。研究の異質性,研究数が少ないこと,すべてが観察研究であるが,研究の直接性は担保されており,研究数も多いことから,エビデンスの確実性は強とした。
3編の観察研究12)~14)による定性的システマティックレビューでは,いずれもMRIを含むサーベイランスのほうが,MRIを含まないサーベイランスよりも高い生存率が示されていた(10年生存率で95.3% vs. 87.7%,100% vs. 85.5%,3年生存率で100% vs. 92%)。症例数が少なく,観察期間も不十分な点があり今後の研究報告に期待される。BRCA1,BRCA2の差異により発症する乳癌のサブタイプが大きく異なることから全生存率の違いに差が出る可能性がある。すべてが観察研究であるが,研究数が少なく,長期の観察期間の研究が不足していることからエビデンスの確実性は中とした。
3編の観察研究15)~17)による定性的システマティックレビューを行った。造影乳房MRI検査に関する論文はあがらなかったが,マンモグラフィの被曝による乳癌発症リスクに関する報告があった。過去にマンモグラフィを受けた回数や初回の年齢による比較のうえでは乳癌発症リスクの有意差は認めていないが,30歳以前よりマンモグラフィを毎年受けることによる影響は定かではないと結論付けられていた。研究数が少ないことや,被曝に関する情報がアンケート調査によるデータ収集のため想起バイアスによる影響が否定できないことから,エビデンスの確実性は中とした。
2編の観察研究18)~19)による定性的システマティックレビューを行った。シミュレーションモデルを用いた費用対効果の算出が行われており,MRIとマンモグラフィの併用は,マンモグラフィ単独と比較して平均余命(life expectancy)およびQALYsは増加するものの,年齢や病的バリアントのある遺伝子(BRCA1かBRCA2)等によって費用対効果は異なる可能性が示唆されていた。患者の意向についてはMRIによるサーベイランスで偽陽性の結果を得ることによる心理的影響やQOLに対して,明らかな負の影響は認められないと考えられた。欧米と日本とで医療の費用が異なるため,欧米のデータを日本に適応することはできず,エビデンスの確実性は中とした。
4編のアンケート調査20)~23)による定性的システマティックレビューでは,MRIによるサーベイランスで偽陽性の結果を得ることによる心理的影響やQOLに対して,明らかな負の影響は認められなかった。BRCA病的バリアント保持者を含む乳癌高リスク者を対象とする報告や,乳癌既発症者や未発症者の両方を含む報告があり,エビデンスの確実性は中とした。
15件のコホート研究,1件の症例対照研究,2件のシミュレーションと4 件のアンケート調査から,
の6つのアウトカムについて検討した。
これらのアウトカムにおいて,探索した文献上は乳癌既発症,未発症の明確な区別は行われておらず,CQ4,5を合わせた形で,BRCA病的バリアント保持者を対象としたエビデンス探索が行われた。
MRIを含むサーベイランスではMRIを含まないサーベイランスと比べて,感度は高く(エビデンスの確実性は強),全生存率は高く(エビデンスの確実性は中等度),偽陽性率については顕著な差はない(エビデンスの確実性は強)と考えられた。有害事象,費用対効果,患者の意向については,いずれも明らかな負の影響はないと考えられた(いずれもエビデンスの確実性は中)。
本CQの議論・投票には,深刻な経済的・アカデミックCOIのない乳癌領域医師3名,婦人科領域医師2名,遺伝領域医師3名,遺伝看護専門看護師1名,認定遺伝カウンセラー1名,患者・市民3名の13名が参加した。
この問題は優先事項かどうかについては,CQ4(乳癌患者)においては「おそらく,はい」が1名,「はい」が12名であり,CQ5(乳癌の未発症者)においては「おそらく,はい」が2名,「はい」が11名であった。
予期される望ましい効果については,CQ4,5合わせて,「中」が1名,「大きい」が12名であった。
予期される望ましくない効果については,CQ4,5合わせて,「小さい」が13名であった。偽陽性が小さいことは評価できるが,継続して造影剤を用いることによるアレルギーのリスクや,喘息等の既往についての懸念があるという意見があった。
アウトカム全体のエビデンスについては,CQ4,5を合わせた投票を行い,2人が「中等度」,11人が「弱」と判断した。感度については得られたデータにおいて良好な結果が明確に示されているという議論があった一方で,症例数はあっても観察期間が短いという意見も聞かれた。
患者の価値観のばらつきについては,既発症者を対象としたCQ4では1人が「重要な不確実性またはばらつきの可能性あり」,11人が「重要な不確実性またはばらつきはおそらくなし」,1人が「重要な不確実性またはばらつきはなし」と投票した。未発症者を対象としたCQ5では1人が「重要な不確実性またはばらつきあり」,7人が「重要な不確実性またはばらつきの可能性あり」,5人が「重要な不確実性またはばらつきはおそらくなし」,と投票した。既発症者においては新たな乳癌を早期検出したい希望が大きいが,未発症の際にはばらつきがあり得るという意見や,費用の点で保険適用となっていない患者群を含む未発症者ではばらつきが大きくなり得るという意見があった。
12人が「おそらく介入が優位」,1人が「介入が優位」と判断した。感度や生存率の向上等の望ましい効果が得られる意義は高い一方で,望ましくない効果は小さいと考えられる。
費用対効果については,4人が「介入も比較対象もいずれも優位でない」,8人が「おそらく介入が優位」,1人が「さまざま」に投票した。造影乳房MRIの費用対効果に対して,生存率向上による効果についてのわが国における実際のコスト算出は行われていない。また,乳癌発症の頻度の高いBRCA1とそれよりは低いBRCA2でも異なってくる可能性もあることが議論された。
容認性については,保険適用の有無,MRIガイド下生検の整備,未発症の家族に対しての考え方についての議論があった。既発症者を対象としたCQ4においては,9名が「おそらく,はい」,4名が「はい」と判断した。未発症を対象としたCQ5においては7名が「おそらく,はい」,6名が「はい」と判断した。
実行可能性については,既発症者を対象としたCQ4においては,8名が「おそらく,はい」,4名が「はい」,1名が「さまざま」と判断した。未発症を対象としたCQ5においては2名が「おそらく,いいえ」,9名が「おそらく,はい」,2名が「さまざま」と判断した。未発症者は自己負担での検査を受けることになるため,今後の課題と考えられた。MRI検査については,これまで多くの施設でMRI検診が行われてこなかったが,「乳房MRI検査マニュアル」(二次資料①)が発刊される等,体制整備に向けた取り組みが行われ,診断基準の均一化を進めている状況にある。医療者に向けての啓発を今後も継続していくことが非常に重要であると考えられた。現時点ではMRIガイド下生検の整備ができていない施設も多く,今後の課題となると考えられた。
以上より,HBOC未発症者,既発症者それぞれに分けて造影乳房MRIを用いたサーベイランスについて討議し推奨草案は以下とした。
13/13名(100%)で推奨草案を支持し,採用が決定した。BRCA病的バリアント保持者に対し,造影乳房MRIを用いた乳癌のサーベイランスを行うことにより,MRIを含まないサーベイランスと比べて特異度の低下をきたすことなく感度を上昇させることが示された。偽陽性による検査頻度の増加や造影剤の有害事象等による負の心理的反応やQOLの悪化を示すデータも認めなかった。ただし,MRIにて異常所見を認めた際にはMRIガイド下生検等により積極的に診断に結び付けていく必要があることから,造影乳房MRI に十分な知識を有する専門医のもと,保険診療におけるMRIサーベイランスの施設要件を満たした生検可能施設との連携を有する施設での施行が望ましい。
11/13名(85%)で推奨草案を支持し,採用が決定した。
BRCA病的バリアント保持者に対し,造影乳房MRIを用いた乳癌のサーベイランスを行うことにより特異度の低下をきたすことなく感度を上昇させることが示された。偽陽性による検査頻度の増加や造影剤の有害事象等による負の心理的反応やQOLの悪化を示すデータも認めなかった。ただし,乳癌および卵巣癌未発症のBRCA病的バリアント保持者に対する造影乳房MRIを用いた乳癌のサーベイランスは現在,保険診療で実施できず,希望する場合は自費診療となる。またMRIにて異常所見を認めた際にはMRIガイド下生検等により積極的に診断に結び付けていく必要があることから,造影乳房MRIに十分な知識を有する専門医が在籍し,生検可能施設との連携が整備され,遺伝カウンセリングや検診後のフォローアップ体制が整っている医療機関で実施することが望ましい。
乳癌・卵巣癌既発症のHBOC患者では保険適用もあり,乳癌の専門医に継続して診察を受けていることが想定される。一方で,未発症者においては保険適用がないことや必ずしも専門的な医療へのアクセスがない状況にあることから,すべての対象者には推奨し難いという意見があった。画像による検査方法としては,卵巣癌既発症者については造影CTが定期的に撮像されることがあり,これで代替できないかという意見もあった。しかし,造影CTでの乳癌検出能には限りがあり,早期の乳癌を検出するためにはコントラスト分解能が高く,すでにエビデンスの示されている造影乳房MRIを使う必要があると考えられる。
MRI撮像の回数については,通常は年1回を想定しているが,増殖能の高いトリプルネガティブ乳癌の頻度が高いBRCA1においては半年毎にすることを検討する等,今後の検討が必要であると思われた。
検査方法においては,フォローアップにおいては時間短縮して造影早期相までの撮像とする短縮乳房MRI(abbreviated breast MRI:AB-MRI)(二次資料②)を導入することで,十分な検査枠を確保することも重要と考えられた。
定期的に施行される造影乳房MRIでは,その費用負担や長期的なガドリニウムによる有害事象の発症等にも配慮する必要がある。
乳房超音波は乳腺診断上重要な診断ツールではあるが,HBOCのサーベイランスにおける乳癌検出能に関するエビデンスは少ない。一方で,超音波は侵襲なく繰り返し施行できる検査方法であるため,MRIでのサーベイランスの半分の間隔(MRIが1年毎であれば,超音波は半年毎,等)での施行,経過観察を要する有意所見に対する短期間でのフォローアップ,MRIが施行できない者に対する施行等,特性を生かした有用性が考えられる。HBOCのサーベイランスにおける超音波の役割に関しては今後の研究課題と考えられる。
わが国でのMRIによるサーベイランスの導入・実施状況や,乳癌既発症者,卵巣癌既発症,未発症者,およびBRCA1/2の違いにおけるMRIサーベイランスの効果についてモニタリングしていく必要がある。未発症の男性のサーベイランスについても,どのような検査が行われ,乳癌検出および予後改善があったかについての調査を行う必要がある。
日本乳癌学会編 乳癌診療ガイドライン24)では,「CQ4.日本人の未発症BRCA遺伝子異変保持者に造影乳房MRI検診は勧められるか?」に対して,「造影乳房MRI検診の死亡率低減効果が示唆され,その感度も非常に高いので乳癌発症リスクの高い日本人の未発症BRCA遺伝子異変保持者に造影乳房MRI検診を行うことを弱く推奨する。〔推奨の強さ:2,エビデンスの強さ:弱,合意率:100%(12/12)〕」としている。
NCCNガイドライン25)では,BRCA病的バリアントを有する25歳から75歳までの女性に対して,年1回の造影乳房MRIスクリーニングを推奨している(推奨カテゴリー:2A,カテゴリー:2Aと低いレベルのエビデンスしかないが,パネルメンバーによるコンセンサスの一致がある)。
わが国での造影乳房MRIによるサーベイランスの導入・実施状況や,乳癌既発症者,卵巣癌既発症,未発症者,およびBRCA1/2の違いにおけるMRIサーベイランスの効果についてモニタリングしていく必要がある。また,未発症の男性のサーベイランスについても,どのような検査が行われ,乳癌検出および予後改善があったかについての調査を行う必要がある。
外部評価委員よりサーベイランス実施頻度についてご指摘を受けたため,本文中に具体的な頻度を追記した。関連学会よりガドリニウム造影剤による長期的な影響の不確実性,造影乳房MRIの費用負担に関するご指摘を受け,追記した。その他,サーベイランスとして超音波の有用性の可能性等についても貴重なご意見をいただき,次回改定時の貴重なご意見として受け賜わった。
乳癌CQ4
乳癌CQ5
二次資料
参考文献