Ⅱ-2 乳癌領域
BRCA病的バリアント保持者に対し,乳癌発症の予防を目的として,RRSOを行うことを条件付きで推奨する。
エビデンスの確実性「中」/推奨のタイプ「当該介入の条件付きの推奨」/合意率「83%(10/12)」
推奨文:最新のメタアナリシスの結果ではRRSOにより,乳癌未発症者および既発症者のいずれにおいても新規の乳癌発症率が低下することが報告されている。ただし,RRSOの新規乳癌発症予防効果の測定方法については,異なる方法で検証している研究も散見されており,研究間での結果に非一貫性が存在する。RRSOは卵巣癌発症予防が主目的であり,造影MRIを用いたサーベイランスやRRMによる乳癌発症予防効果を補完するものではない。また挙児希望がある者へは積極的に勧められない。RRSOの実施に際しては患者と医療者の協働意思決定が極めて重要であり,これらを実践できる遺伝カウンセリング体制や病理医の協力体制が整っている医療機関で実施すべきである。
BRCA病的バリアント保持者に対するRRSOは,卵巣癌の発症リスクを低下させ,生存率の改善に寄与することから,RRSO実施については条件付きで推奨されている(卵巣癌CQ1参照)。よって,臨床においてRRSOの第一の目的は,卵巣癌のリスク低減のためであり,本CQの乳癌の発症予防の程度にかかわらず,実施について検討されている。
乳癌発症リスクの高いBRCA病的バリアント保持者にとって,RRSOが乳癌発症リスクや乳癌特異的生存率に影響を与えるかは,重要な項目である。特に,すでにRRSOを行っているBRCA病的バリアント保持者は,乳癌発症リスクに対するマネージメントとして,RRMまたは造影乳房MRI+マンモグラフィの画像サーベイランスがあげられる。乳癌リスク低減のためにRRMを行うか検討する際に,すでに行ったRRSOだけでも乳癌のリスク低減につながるのかどうかは,重要な情報であると考えた。
本CQではBRCA病的バリアント保持者に対して,RRSO施行群と非施行群の2群間で,「乳癌発症リスク」「乳癌特異的生存率(breast cancer specific survival:BCSS)」「費用対効果」「患者の意向」「患者満足度」を評価した。「全生存率」に関する評価は卵巣癌CQ1 にて行うこととした。
アウトカム「乳癌発症リスク」については,2019年にメタアナリシス1)が報告されており,正しい文献検索ストラテジー(search strategy)で論文が選定され,SRチームが二次スクリーニングで抽出した論文がすべて含まれていた。このメタアナリシスでは主要アウトカムの乳癌発症リスクに強い影響を与えるRRSO時の乳癌既往の有無について分離して解析されていたこと,この論文以降に新しい報告がなかったこと等を鑑み,このメタアナリシスの結果を採用することとした。また「乳癌特異的生存率」に関してはこのメタアナリシスに採用されていた4本の文献の結果を用いた。一次スクリーニング,二次スクリーニングを行い,「費用対効果」に関しては,横断研究1編,「患者の意向」について該当論文はなく,「患者満足度」については,前向きコホート研究が1編と横断研究が3編あった。
2019年にXiaoらがメタアナリシス1)を報告しており,この結果に基づき評価した。乳癌発症リスクについては14編でメタアナリシス解析がなされており,7編の前向きコホート研究と6編のランダム化比較試験と1編の症例対照研究だった。背景因子の差やケアの差(非対照群のスクリーニング方法)等,バイアスを生じてしまうことからエビデンスの確実性は中とした。
(1) RRSOを施行時に乳癌を発症していない群(乳癌未発症者)
乳癌未発症者においてRRSOは乳癌発症リスクを低減する。BRCA1ではHR:0.65(95%CI:0.42—0.87),BRCA2ではHR:0.53(95%CI:0.33—0.74)であり,BRCA1と2での有意差はなかった。
(2) RRSOを施行時に乳癌の既往がある(乳癌既発症者)
乳癌既発症者においてRRSOは乳癌発症リスク,再発リスクを低減する。BRCA1ではHR:0.51(95%CI:0.20—0.83),BRCA2ではHR:0.24(95%CI:0.05—0.52)であり,BRCA1と2での有意差はなかった。
未発症者より,既発症者に関して乳癌発症リスク低減効果が大きい。
(3) 分類不可能(論文内に記載がないか,❶,❷を分けて解析を行っていない等)
未発症既発症の分類不能な場合もRRSOは乳癌発症リスクを低減する。BRCA1と2での違いについては研究の数が少ないため,検討できなかった。
2019年にXiaoらがメタアナリシス1)を報告しており,この結果に基づき評価した。BCSSについては4編でメタアナリシス解析がなされており,1編の前向きコホート研究と3編のランダム化比較試験だった。背景因子の差やケアの差(非対照群のスクリーニング方法)等,バイアスを生じてしまうことからエビデンスの確実性は「中」とした。乳癌特異的死亡率低減効果は,乳癌既発症者だけの報告に限られ,HR:0.42(95% CI:0.27—0.58)と生存率を改善した。
Schrauderらによる,横断研究2)が1編報告されている。RRSOを行った際の,乳癌発症に関わる費用対効果(卵巣癌発症に関わる費用を除く)について検討した。報告は海外における算出結果であり,わが国での解釈が必要であるが,BRCA病的バリアント保持者にとって,乳癌を発症した際の治療費はリスク低減手術よりも高額であるため,RRSOを行うことでRRMを行わずとも,コスト節減につながるとしている。
しかし,背景因子の差や,不完全なフォローアップ,不十分な交絡因子の調整にバイアスがあり,エビデンスの確実性は弱とした。
該当論文はなかった。
前向きコホート研究が1編と横断研究が3編あった3)~6)。対象となる集団では,ケアの差(対照群のスクリーニング方法),不十分な交絡因子の調整にバイアスがあり,エビデンスの確実性は弱とした。
RRSOを受けた患者の多くが,手術前と比較して術後1年後は乳癌および卵巣癌への不安が減少し(P=0.021),RRSOを選択する時点に立ち返ったとしても再度RRSOを選択すると回答している。
最新のメタアナリシスの結果では,RRSOにより,乳癌未発症者および既発症者のいずれにおいても新規の乳癌発症率が低下することが報告されている。BCSSについては,乳癌既発症者において生存率を改善させる。乳癌を発症した際の治療費はリスク低減手術よりも高額であるため,RRSOを行うことでRRMを行わずとも,コスト節減につながるとしている。RRSOを施行した場合,患者満足度は高く,癌発症への不安軽減につながっている。しかし,いずれのアウトカムにおいても,対象となるBRCA病的バリアント保持者は,背景因子の差やケアの差(非対照群のスクリーニング方法)等,バイアスがとても大きく生じることを考慮しなければならない。
本CQの議論・投票には,深刻な経済的・アカデミックCOIのない乳癌領域医師3名,婦人科領域医師2名,遺伝領域医師3名,遺伝看護専門看護師1名,認定遺伝カウンセラー1名,患者・市民3名の13名が参加した。
RRSOは卵巣癌の医学的管理として,十分なエビデンスが報告されているが,乳癌発症リスクの高いHBOC患者に対して乳癌発症や予後に関連する影響はとても重要であり,それに伴う心身の侵襲についての議論は大切である。BRCA病的バリアント保持者の乳房の医学的管理は,RRMまたは造影乳房MRI+マンモグラフィの画像サーベイランスがあげられる。RRSOによる乳癌のリスク低減効果はこのいずれを選択するのかという判断に影響を与える重要な問題と考えた。この問題は優先事項かどうかについて,投票では「はい」は7票,「おそらく,はい」が5票だった。
望ましい効果について,RRSOの主目的は卵巣癌のリスク低減効果であることを考慮すると,RRSOによる乳癌発症リスク低減および死亡率低下は,上乗せ効果として判断すると望ましい効果は大きいと考える意見があった。また,転移再発乳癌に対する治療にCDK4/6阻害薬やPARP阻害薬,免疫チェックポイント阻害薬等の新規薬剤が使用されるようになり予後が改善してきていることから,今後リスク低減手術の介入による予後の差を検証することはますます困難ではないかとの意見がでた。投票では,望ましい効果が「大きい」は2票,「中」が10票だった。
望ましくない効果について,投票前までは,RRSOによる手術の合併症や更年期症状等が想定され,卵巣癌領域での検討項目となっていたが,投票の際にバランスを検討するにあたって本CQでも評価が必要であると判断され議論された。卵子凍結や人工授精を並行して検討する場合,費用も高額であり,結婚やパートナーに対するサポートも必要になることが考えられた。投票では,望ましくない効果が「中」は9票,「さまざま」が1票,「わからない」2票だった。
これら益や害を検討するうえで,RRSOの適応・対象者をはっきりさせることが重要であるとの意見が出た。
今回の検討では,2019年のXiaoらのメタアナリシス1)を採用した。
しかし,過去の大規模な4つの先行研究7)~10)では,BRCA病的バリアント保持者において,RRSO施行により乳癌の発症を約50%低減すると報告されていた。しかし2015年Heemskerk—Gerritsenが,HBOC診断時の癌既往者を除外することや,RRSO施行後の観察期間を人年法(観察した人数とその観察期間をかけたものを基本としてその影響を考える inclusion of person—time RRSO)にてバイアスを除外した結果,BRCA病的バリアント保持者においてRRSOによる乳癌の発症減少を示さなかった(HR:1.09,95%CI:0.67—1.77)11)。
人年法を使用している論文とそれ以外とを分けてメタアナリシスを行う方法も議論されたが,採用したメタアナリシスでは乳癌既発症者,未発症者に分けて検討されている点が実臨床に基づいているとの意見があった。
今回,統計手法としては最高レベルのメタアナリシスを採用し評価をしたが,過去の報告において結果が一定しない変遷を踏まえ,統計の手法を含めた真の評価の難しさや,後ろ向きの研究であり背景因子や治療内容のバイアスもあることから,投票では,エビデンスの確実さについては「中」とする意見(8票),「弱」とする意見(4票)に分かれた。
患者の価値観に関する論文は抽出されなかった。
RRSOを積極的に選択する群は,卵巣癌の発症リスクおよび死亡リスク低減が第一の目的であり,乳癌発症リスク低減や予後改善については付加価値的な受け止めにとどまり,その効果に対する期待は,当事者の置かれている状況によりばらつきが予想される。RRSOは挙児希望がないHBOC患者が対象とされているが,それ以外のRRSOの施行条件が明確になっていない。また,挙児希望の有無にかかわらず「年齢や出産経験の有無を問わず,妊娠する能力を失う,ということは女性にとって大きな失意につながることがある」という当事者の意見もあった。
投票では「重要な不確実性またはばらつきあり」8票,「重要な不確実性またはばらつきの可能性あり」4票であった。
望ましくない効果について,投票前までは卵巣癌領域での検討項目となっていたが,効果のバランスを検討するにあたって評価が必要であると判断され,議論したうえで投票を行った。卵巣癌の医学的管理としてRRSOは,有益性が報告されているが,今回検討に採用したメタアナリシスにてBCSS改善や乳癌発症リスクを低下させることから一定の有益はあると考える。投票では,「おそらく介入が優位」が11票,「比較対照がおそらく優位」が1票だった。これは2回投票を行ったが結果は変わらなかった。
BRCA病的バリアント保持者にとって,バイアスはあるものの,RRMによる乳癌リスク低減効果や乳癌を発症した際に治療にかかる費用等を勘案するとRRSOを行うことでRRMを行わずとも,コスト節減につながるとしている。投票では,「おそらく介入が優位」が11票と全票を集めた。
容認性については,RRSOを選択する直接的な目的は卵巣癌の予防だが,乳癌の予防効果もあるということは,1つの医療介入(侵襲)で2つの効果を得られるため,容認されるとの意見があった。しかし,出産を希望する年代では,容認できないため,RRSOを行う年齢によって容認の程度にばらつきがあると考えられた。投票では,「おそらく,はい」9票,「はい」1票,「さまざま」2票だった。
実行可能性については,RRSOの実行は卵巣癌の医学的管理の面から実行可能な介入であることは明らかだが,乳癌発症予防の面からも実行可能な介入である。日本では,RRSO実施施設に一定の基準が設けられており,すべての医療機関では行えない制限はある。
わが国では2020年4月より,乳癌または卵巣癌既発症HBOC患者に対してリスク低減手術が保険収載され,医療費負担は軽減できたが,保険収載の有無は検討条件から除外した。投票では,「おそらく,はい」7票,「はい」5票だった。
以上より,RRSOはBRCA病的バリアント保持者における乳癌発症の予防に推奨されるかについて討議し推奨草案は以下とした。
10/12名(83%)で推奨草案を支持し,採用が決定した。なお,投票では「当該介入もしくは比較対象のいずれかの推奨」を2名が支持した。
推奨決定会議では「当該介入の条件付きの推奨」とした理由として,RRSOの主目的は卵巣癌,卵管癌,原発性腹膜癌の発症予防であり,乳癌発症予防のために実施する際には,RRSOによる身体・心理社会的影響を十分考慮しなければならない。挙児希望がないことが前提になる,という意見があがった。
一方,「当該介入もしくは比較対象のいずれかの推奨」を支持する理由として,過去に行われているいくつかのメタアナリシスの結果に一貫性がなく,評価方法が確立されていないのではという疑問が残ったためという意見があった。また乳癌発症の予防のための介入としては,「推奨」できないという意見があった。
RSSOの意思決定をする際には,多様な価値観があることに関しては卵巣癌CQ1を参照のこと。
日本乳癌学会のガイドライン12)では,「BRCA1あるいはBRCA2遺伝子変異をもつ挙児希望のない女性にリスク低減卵管卵巣摘出術(RRSO)は勧められるか?」のCQで,乳癌発症リスクについて説明書きがあり,人年法で評価を行っている3つの論文をメタアナリシスしたところ,乳癌発症率に有意な減少は認められなかった〔HR:0.89(95%CI:0.73—1.10)〕としている。
乳癌発症リスク,乳癌特異的生存率に関しては,引き続きモニタリングが必要である。
Cochrane Library におけるRRSOのレビューにおいては,BRCA1およびBRCA2に分け,RRSOを受ける年齢(<50歳,≧50歳)での違いについて解析されており13),そのような観点からの研究結果も注目しつつ解釈していく必要がある。
外部評価委員より本文中の表現に関するご意見をいただき,当該部位を修正した。
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