Ⅱ-3 卵巣癌領域
乳癌未発症のBRCA病的バリアント保持者に対し,エストロゲン低下による諸症状を緩和する目的でのHRTを条件付きで推奨する。
エビデンスの確実性「弱」/推奨のタイプ「当該介入の条件付きの推奨」/合意率「100%(11/11)」
推奨文:乳癌未発症のBRCA病的バリアント保持者に対するHRTにより,乳癌,卵巣癌,子宮体癌の発症率が上昇するという強いエビデンスはなく,更年期症状や骨粗鬆症等,エストロゲン低下による諸症状を緩和する等の目的でHRTを行うことは許容できる。しかしながら,長期内服による乳癌発症リスクやBRCA1または2での乳癌発症率の違いについては不確かさが残る。またRRSO実施の有無によっても乳癌発症リスクは異なるため,HRTの実施に際しては,HBOC診療や女性ヘルスケアに精通した専門医や乳癌サーベイランスの体制の整った施設で実施することが望ましい。
BRCA病的バリアント保持者にはRRSOの推奨が考慮される。RRSOは外科的閉経を起こしエストロゲン低下による血管運動神経障害症状,心血管疾患,脂質代謝異常,認知機能低下,骨粗鬆症,性機能低下等の諸症状を惹起しQOLを低下させる。外科的閉経女性は自然閉経女性よりも生存期間が短い1)。そこでRRSOにより低下したエストロゲンを補うホルモン補充療法(hormone replacement therapy:HRT)が考慮される。エストロゲン単独療法あるいはエストロゲン+プロゲスチン併用療法が乳癌リスクにどのような影響を及ぼすのかも重要な課題である。RRSO後にHRTを行っても乳癌発症のリスクは上昇しない2)。また,RRSOを行わずサーベイランス行うBRCA病的バリアント保持者の女性にも周閉経期の諸症状にHRTが施行される。BRCA1病的バリアント保持者のRRSO未施行例でのHRT使用は4.3年までの観察で乳癌発症を増加させない3)。一方,BRCA2病的バリアント保持者のRRSO未施行例でのHRTの安全性に関するデータはない。一般集団でのコホート研究では,エストロゲン単独療法では13年間の観察中乳癌の発症リスクを増加させないが,エストロゲン+プロゲスチン併用療法では5年未満の使用であれば有意差はないが5年を超すと乳癌発症のリスクが増加する4)。したがってHRT,特にエストロゲン+プロゲスチン療法は5年を超えない短期間の使用が望ましい。乳癌既往者に対するHRTは再発,転移,対側乳癌発症が6.9倍増加させるため,HRTは禁忌とされている5)ため,諸症状に対して対症療法が選択されている。BRCA病的バリアント保持者女性に対するHRTのベネフィットとリスクを検討する。
本CQでは乳癌未発症のBRCA病的バリアント保持者に対して,HRTによる「乳癌発症リスク」「全生存期間」「副作用」「費用対効果」「当事者の意向」「当事者の満足度」を評価した。
アウトカム「乳癌発症リスク」については,2018年のメタアナリシス1編6),2019年のシステマティックレビュー1編7),6編の観察研究を採用した。「全生存期間」については該当する論文がなかった。「副作用」はHRTによる卵巣癌,子宮体癌の発症とし,前向きコホート研究1編,症例対照研究1編,観察研究が1編あった。「費用対効果」「当事者の意向」について該当論文はなく,「当事者の満足度」については,更年期症状の改善,性機能の改善,骨粗鬆症の予防とし,前向きコホート研究が1編と後ろ向き横断研究が8編あった。
HRTによって乳癌の発症リスクは上昇するかしないかが最大の関心事である。1編のメタアナリシス,1編のシステマティックレビュー,6報の観察研究においてHRTによる乳癌発症のリスクは認められない〔OR:0.89(95%CI:0.758—1.052)〕。BRCA1またはBRCA2の病的バリアントの違い,RRSOの有無の統一性はないものの,すべての論文でHRTにより乳癌リスクは増えていないことは一致していることからエビデンスの確実性は強とした。
該当論文はなかった。
卵巣癌,子宮体癌の発症を望ましくない効果としてあげた。HRTによる卵巣癌の発生について前向きコホート研究1編12)のみであるが,HRTにより卵巣癌リスクは上昇させないと報告されている〔OR:0.93(95%CI:0.56—1.56)〕。HRTによる子宮体癌の発生について,観察研究1編,症例対照研究1編の報告では子宮体癌の増加は認められない。BRCA病的バリアントを保持する乳癌未発症者にHRTを長期に使用した場合の卵巣癌発症リスクや子宮体癌発症リスクを調べる研究計画自体が困難である。したがって質の高い研究成果はないものと予想されることからエビデンスの確実性は弱とした。
該当論文はなかった。
該当論文はなかった。
HRTにより患者QOLは改善されるかどうかを検討する。ホットフラッシュなどの更年期症状では横断研究4編の研究から症状の改善が認められる。骨粗鬆症予防については横断研究2編ともHRTにより骨粗鬆症の発生率を低下させている。性機能については前向きコホート研究1編,横断研究1編の2編の研究からRRSO後のHRTにより性機能の不快感は改善することが示された。更年期症状では調査項目で一貫性がなかったが症状の改善効果は一致している。骨粗鬆症の症例対照研究2報間でHRT群の骨密度の変化率が違うことやHRTの内容が不明なことが非直接性,非一貫性で低い評価となっている。性機能の評価には調査の性質上聞き取りのみであり客観性に乏しい。しかしながらHRTによりQOLは改善することは一貫していることからエビデンスの確実性は中とした。
BRCA病的バリアント保持者に対するHRTは,BRCA1または2のバリアントの違い,RRSOの実施の有無,乳癌の既往の有無にかかわらず,乳癌発症リスクを上昇させない。ただし,それぞれ単一論文の結果であり,不確実性は残る。HRTの種類(エストロゲン単独,エストロゲン+プロゲスチン併用)によっても乳癌発症リスクは変化しない。BRCA病的バリアント保持者においてHRT施行の有無による卵巣癌,子宮体癌の増加傾向は認めない。BRCA病的バリアント保持者は,特にRRSO後のHRTにより更年期症状,骨粗鬆症や性機能低下などが改善する可能性がある。
本CQの議論は,深刻な経済的・アカデミックCOIのない乳癌領域医師3名,婦人科領域医師2名,遺伝領域医師3名,遺伝看護専門看護師1名,認定遺伝カウンセラー1名,患者・市民3名の13名が参加した。投票は2名が棄権し,11名で行った。
HRTによって乳癌の発症リスクが上昇するかしないかは重要な関心事である。RRSOを選択するかどうかについて当事者の意思決定に影響する因子の1つが更年期障害である。RRSO後の更年期症状が強い人にとっては非常に重要な課題である。この問題は優先事項かどうかについて,投票では「はい」は11票(全員)であった。
望ましい効果については,HRTによる更年期症状の改善,性機能の改善,骨粗鬆症の予防があげられる。報告数が多くなく,報告内容にもばらつきがあるが,個々の報告でいずれも更年期症状・性機能・骨代謝は改善があるという報告である。したがってHRTによってQOLの改善の可能性ありという結果であり,投票では,望ましい効果が「中」が10票,「大きい」が1票であった。
望ましくない効果については,卵巣癌,子宮体癌の発症,再度乳癌発症について議論した。HRTの期間が長いほど卵巣癌発症のリスクは上昇するという意見や,短期間の使用であればイベントの発症リスクは上昇しないという意見があった。子宮体癌はエストロゲンとプロゲスチンの併用であれば問題はないもののプロゲスチンによる乳癌発症のリスクが議論された。Women’sHealth Initiative(WHI)のRCTではエストロゲンとプロゲスチン併用投与が7.6年以上の長期になると乳癌発症リスクが上昇するとの報告がある4)。ただ,BRCA病的バリアント保持者でのデータが少ないこと,日本人のデータがないこと,プロゲスチンの量や種類が未解決な点が今後の課題とされた。投票では,望ましくない効果が「中」は2票,「小さい」が7票,「わずか」が1票,「さまざま」が1票だった。
HRTがBRCA病的バリアント保持者に対する乳癌発症のリスクを上昇させないというエビデンスは「強」となるが,QOLの改善のエビデンスは「中」,卵巣癌・子宮体癌への影響のエビデンスは「弱」である。さらにHRTが長期に投与されたエビデンスがないため全体的なエビデンスは「中」が妥当と考察した。推奨決定会議では,主要アウトカムの一貫性はあるが,観察研究が主体であること,薬剤・内服期間が様々であることからエビデンスとしては「弱」という意見もあった。パラメーターが多く総体のまとめとしては難しい領域であるが方向性としては一貫しているという意見もあった。統計の手法を含めた評価の難しさや,後ろ向きの研究のため治療内容のバイアスもあることから,投票では,エビデンスの確実さについては「中」とする意見(5票),「弱」とする意見(6票)に分かれた。
乳癌発症をアウトカムにした研究では研究デザインが後ろ向きのアンケート調査に基づくものであり,HRTの用法用量についての詳細な記載や検討はなされていない。エストロゲン,プロゲスチンといった分類で検討されている文献もあるものの,患者へのアンケート調査によるものであり信頼性に欠ける。背景を統一している文献もあるもののRRSOの手術歴やHRT 使用の適応理由についての詳細な記載はなく後ろ向きであり多分にバイアスが含まれているものと思われる。推奨決定会議では,「重要な不確実性またはばらつきの可能性あり」とする意見では一般的にHRTの期間が長いほど(5年以上)乳癌発症のリスクが上昇するという懸念,「重要な不確実性またはばらつきはおそらくなし」とする意見では結果の一貫性が薬剤の種類,量のばらつきの懸念を払拭するというものであった。多分にバイアスは存在するため意見はわかれ,投票では,「重要な不確実性またはばらつきの可能性あり」3票,「重要な不確実性またはばらつきはおそらくなし」8票であった。
HRTによっても乳癌発症リスクは上昇しない,HRT有無による卵巣癌,子宮体癌の増加傾向は認めない,RRSO後のHRTにより更年期症状,骨粗鬆症や性機能低下などが改善する可能性があるというリサーチエビデンス結果からHRT介入が優位である。HRTは「介入が優位」としたいところであるが,日本人のデータがないことから,「おそらく介入が優位」と判断した。投票では,「おそらく介入が優位」が11票(全員)だった。
費用対効果は全員「採用研究なし」に合意となった。
容認性については,費用負担について議論された。内服薬の給合型エストロゲン(プレマリン)は安価であり問題ない。貼付剤,ジェルはやや費用がかかるが3カ月4,000円ほどで費用負担感は少ないという意見があった。容認性について投票では「おそらく,はい」が11票(全員)であった。
実行可能性については,HBOCの知識をもつ医師のもとでHRTを行うべきであるとする意見が大半であった。婦人科と乳腺科のある基幹施設でリスク管理をしながらHRTを行うべきとする意見もあった。エビデンス総体から5年未満の短期のHRTの介入は実行可能なことから40歳未満でHRTを行う場合休薬しながら自然閉経まで続けるという方法もある。投票では,「おそらく,はい」8票,「はい」3票だった。
以上より,乳癌未発症のBRCA病的バリアント保持者に対してホルモン補充療法(HRT)は推奨されるかについて討議し推奨草案は以下とした。
11/11名(100%)で推奨草案を支持し,採用が決定した。
推奨決定会議では「当該介入の条件付きの推奨」とした理由として,エストロゲンやプロゲスチンの長期内服による副作用があること,BRCA1病的バリアント保持者とBRCA2病的バリアント保持者では,そもそもの乳癌発症リスクが異なること,RRSO実施/未実施でも乳癌発症リスクが異なることがあげられた。本介入を実施する際は,乳癌のサーベイランスが実施できる施設やHBOC診療と女性のヘルスケアに精通した専門医のもとでHRTを行うことが望ましいとされた。
また会議内では,本CQでは検討されなかった乳癌既発症のBRCA病的バリアント保持者へのHRTの効果やRRM実施後のHRTの効果に関しても今後の検討が必要であろうという意見が出た。
「ホルモン補充療法ガイドライン」で,「BRCA1/2遺伝子変異陽性女性に対するHRTは可能か?」というCQに対して,短期の投与は可能である(推奨レベル1,エビデンスレベル+++-)と記載されている13)。
RRSO実施の有無での違い,BRCA1/2での違いよるエビデンスのモニタリング,乳癌既発症のBRCA病的バリアント保持者へのHRTについて今後のデータの蓄積が必要。
RRMを施行された条件下でのHRTのエビデンスのモニタリングも必要であろう。
外部評価では内容に関する大きな指摘はなかった。
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