Ⅱ-4 前立腺癌領域
未発症BRCA病的バリアントの男性保持者に対し,40歳からのPSAによるサーベイランスを行うことを条件付きで推奨する。
エビデンスの確実性「強」/推奨のタイプ「当該介入の条件付きの推奨」/合意率「85%(11/13)」
推奨文:1本の大規模コホート研究より,BRCA病的バリアント保持者では,40歳からのPSAサーベイランス(カットオフ値3.0ng/mL)を行うことで前立腺癌の診断率が上昇することが示唆されている。一方で,サーベイランスによる死亡率減少効果は明らかではなく,偽陽性の場合は生検による不利益も生じる。PSAサーベイランスを実施する場合は,遺伝カウンセリングを含め,その後の画像診断や,生検,フォローアップ体制が整った施設で実施するべきである。
BRCA病的バリアントを有する男性では欧米諸国において,一般集団よりも高頻度に若年で前立腺癌を発症する傾向があり,臨床病理学的にも,治療成績も予後不良であることが報告されてきている1)~3)。そこで,BRCA病的バリアント保持者を対象として前立腺癌を早期に発見できるよう,40歳からのより低いPSA値3.0ng/mLからのPSAによるサーベイランスの有効性がIMPACT研究において検証されている4)5)。BRCA病的バリアントの男性保持者において,非保持者と比較して有意に悪性度の高い癌が検出され,早期サーベイランスの有効性が報告されてきており,特にBRCA2病的バリアント保持者においては,PSAの閾値を低くすることの有効性が高いことが報告された4)5)。わが国においては最近,前立腺癌患者の1.2%に生殖細胞系列BRCA(germlin BRCA:gBRCA)病的バリアントを保持することが報告されたが,家族歴等の患者背景や治療経過を含む臨床像は不詳であり,今後の症例の集積を待たねばならない6)。したがって,本CQでは欧米からのエビデンスとガイドラインをもとに考察せざるを得ない。一方,遺伝性乳癌卵巣癌(hereditary breast and ovarian cancer:HBOC)等の家族歴を問わない,転移性前立腺癌患者を対象とした次世代シーケンサーによるgBRCAの病的バリアント検索の研究において,5.35%のBRCA2病的バリアントが検出されたことが報告された7)。この報告の意義は,HBOCや前立腺癌の家族歴からは想定し得なかった,転移を有する前立腺癌患者におけるBRCA病的バリアントの割合の高さである。初期診断時に転移を有する前立腺癌患者という家族歴からのアプローチが加わることにより,今後,さらにわが国においてのBRCA病的バリアントの保持者の発見にもつながることも想定され,前立腺がん検診の意義を再考する時期が来ていることが本CQの背景にあることも強調しておきたい。
本CQではBRCA病的バリアント保持者と非保持者との2群間で,「前立腺癌検出率」「前立腺癌死亡率」「医療コスト」「有害事象」を評価した。
文献スクリーニングでは,観察研究5編を選択した1)5)8)~10)。「前立腺癌検出率」「前立腺癌死亡率」「医療コスト」「有害事象」に関しては定性的なシステマティックレビューを行った。ハンドサーチにより7編の観察研究を追加した。
BRCA病的バリアント保持者は,一般集団よりも相対危険度2~6倍の高頻度に前立腺癌を発症することが知られてきたが,多くは後ろ向きな観察研究である8)10)。前向きな観察研究として英国とアイルランドからBRCA1(n=376)およびBRCA2(n=447)病的バリアント保持者の前立腺癌の発症リスクが検証されている1)。BRCA2病的バリアント保持者では75歳までに27%,85歳までに60%が,BRCA1病的バリアント保持者では75歳まで21%,85歳まで29%の発がんのリスクを有していた。一般の癌登録データを対象としたBRCA2病的バリアント保持者の発症率は一般集団と比べて4.45倍(CI:2.99—6.61),BRCA1病的バリアント保持者は2.35(CI:1.43—3.88)であった1)。IMPACT研究では,BRCA病的バリアントの情報が既知のコホート研究を対象とし,BRCA病的バリアント保持者におけるPSA値3.0ng/mL からのPSA検診のサーベイランスを評価している4)5)。毎年PSA検査が実施され,PSAが3ng/mLを超えると生検が開始される。919人のBRCA1病的バリアント保持者と非保持者709人,902人のBRCA2病的バリアント保持者と非保持者497人がエントリーされた。357回の生検が施行され,そのうち112名が前立腺癌と診断され,前立腺癌検出率の内訳はBRCA1病的バリアント保持者と非保持者,BRCA2病的バリアント保持者と非保持者の順に,31,19,47,15人であった。陽性的中率はBRCA2病的バリアント保持者で39%(対照群28%,P=0.025)と有意に高く,BRCA1病的バリアント保持者で32%(対照群20%,P=0.17)有意ではないものの高い傾向にあった。またBRCA2病的バリアント保持者では有意に発症年齢が低く(61歳,対照は64歳,P=0.044),臨床病理学的悪性度が有意に悪かったと報告されている。IMPACT研究は継続中であるが,BRCA病的バリアント保持者におけるPSA値3.0ng/mLからのPSAによるサーベイランスが,欧米諸国のガイドラインにおいて推奨される根拠となっている。システマティックレビューによる観察研究において,対象に関しては,文献はすべて海外からの報告であるため,人種の違いがPSAのカットオフ値や,サーベイランス開始年齢など,前立腺癌の発見率に影響する可能性は否定できない。またBRCA病的バリアントの男性保持者ではコントロール群より綿密な前立腺癌チェックが施行されている可能性があったり,フォローの期間が限定的であり,観察期間が不十分である可能性も否定できない。コントロール群としてBRCAのバリアントの情報が未知の癌登録データを用いたものもあり,コントロールの対照群に偏りが大きい。ただ,未発症BRCA病的バリアントの男性保持者においては,若年でかつPSAが低くて病理学的悪性度が高いがんが発見される傾向はこれまでの報告と同様であった。以上よりエビデンスの確実性は弱と判断した。
5編の観察研究において,対象に関しては,文献はすべて海外からの報告であるため,人種の違いがPSAのカットオフ値や,サーベイランス開始年齢等,前立腺癌の発見率に影響する可能性は否定できない。死亡率に言及されている報告でも1),BRCA2病的バリアントの男性保持者での死亡症例は447例中4例で,BRCA1では376例中2例と少なく,フォローの期間が限定的であり,イベントの発生数と観察期間が不十分である可能性は否定できない1)。BRCA病的バリアント保持者に前立腺癌サーベイランスを行うことが死亡率改善につながることを証明する研究デザインではないが,BRCA2病的バリアントの男性保持者においてはがんの死亡率が高い傾向はこれまでと同様だった。
1998年から2010年の間に,PSA値4.0ng/mLをカットオフとした4,187名のPSAサーベイランスから検出された1,904名の前立腺癌患者におけるBRCA2病的バリアントの意義が報告されている。24名のBRCA2病的バリアント保持者(1.4%)が同定され,12年の前立腺癌特異的生存率は61.8%であり,非保持者の94.3%に比して有意に生存率が低かったことが報告されている11)。以上よりエビデンスの確実性は弱と判断した。
2030年まで施行されるIMPACT研究において,主要評価目的ではないものの,より低いPSA値3.0ng/mLからのPSAサーベイランスの有効性が生存期間に与える影響については引き続きモニタリングして注視しておきたい。
文献スクリーニングでは医療コスト評価を生検回数で代用している論文を1 本認めた。その報告によるとBRCA2病的バリアントはPSA3.0ng/mL以上で,より生検受診コンプライアンスが高いと報告されていた3)。以上よりエビデンスの確実性は非常に弱と判断した。
BRCA病的バリアント保持者と非保持者における前立腺癌検出におけるコストの比較は難しい。MRIの画像診断等を組み合わせた生検が日常で取り込まれている中で,画像診断を含めた医療コストは今後検討され得る課題である。
有害事象についての検討はなされていなかった。ただし,BRCA病的バリアントのあるなしによって,生検の回数の差や,生検本数の差による,有害事象の出現頻度の違いが予想される蓋然性は認められないと考える。
システマティックレビューの結果から,BRCA病的バリアントを保持する男性に対し,40歳からのPSA値3,0ng/mLをカットオフとするPSAによるサーベイランスを行うことで,有意に前立腺癌検出率が向上することがわかった。一方で,積極的なPSAサーベイランスによる死亡率低下については不確実性が残るという結果であった。医療コストに関する論文報告はなかったものの,実臨床においては生検費用やMRI検査等の医療費負担が患者に発生する。また有害事象に関しては,BRCA病的バリアントの有無で生検回数や生検本数が増えるという報告はなかった。BRCA病的バリアント保持者は,男性家系の前立腺癌の発がんに関連すること,またBRCA病的バリアント陽性の前立腺癌は,がん細胞生物学的な特徴として悪性度や進行度が高いことから1)~3)12),より若年における40歳からのPSA検診の開始と,PSAの閾値を下げた前立腺生検による早期発見,早期診断の重要性が示唆される。
本CQの議論および投票は,深刻な経済的・アカデミックCOIのない乳癌領域医師3名,婦人科領域医師2名,遺伝学関連専門医師3名,患者・市民2名,看護師1名,認定遺伝カウンセラー1名の合計12名で行った。
PSAサーベイランスで早期発見症例が増えること,BRCA関連前立腺癌が生物学的悪性度が高いこと等を考えると効果は大きいと考えられ,望ましい効果という点において委員のうち4名は「大きい」と判断した。しかし,検診におけるサーベイランスの本来の目的は,対象集団の死亡率減少効果との意見があり,ハイリスク前立腺癌発見率がサロゲート指標となっていること,死亡率が下がるというエビデンスはないこと,日本人でのエビデンスがないということから,まだ不十分であると判断され,望ましい効果という点において委員のうち8名は「中」等度と判断した。
アウトカム全体のエビデンスについては初回の投票時は7人が「強」,5人が「中」に投票していたが,パネル会議では人種差,日本人でのエビデンスがないことIMPACT研究自体が,前立腺癌発見率が主要評価項目であり,死亡率低下のエビデンスがないことが議論された。最終投票的には3人が「強」,9人が「中」と判断した。アウトカム全体に対するエビデンスの確実性は「中」等度と判断した。
BRCAの検査は,発症前後の遺伝学的検査である。バリアントが検出されていることは,当事者ばかりでなく家系内に同じバリアントをもつ人がいる可能性があることを,正しく伝えることが大切である。遺伝医療の専門家(認定遺伝カウンセラーや臨床遺伝専門医,遺伝看護専門看護師)の支援があるとよい。当事者に正しく理解してもらうことが重要である。家系内他メンバーを含めて,遺伝に関する相談窓口(遺伝子医療部門)があることを伝えられた,当事者やその家族は家系内のHBOCの可能性を「思わず」知ることになる,というコメントがあった。以上から委員のうち11名は「重要な不確実性またはばらつきの可能性あり」と判断した。
PSAサーベイランスの望ましい効果として「前立腺癌の検出率の上昇」があげられた。一方で望ましくない効果としては患者への侵襲(有害事象),費用負担があげられた。BRCA病的バリアント保持者の前立腺癌は,非保持者と比べると悪性度が高いことを考慮すると,PSAサーベイランスにより早期発見できることは「望ましい」と考えるとの意見が出た。一方で「死亡率減少効果」については不確実性が残るという意見も出た。最終投票では,「おそらく介入が優位」が10名,「介入も比較対照も優位でない」が1名,「比較対照がおそらく優位」が1名という結果であった。PSA採血以外のサーベイランス方法の確立についても今後の検証が必要であるという意見が出た。
費用対効果に関する論文は抽出されなかった。MRIの画像診断等を組み合わせた生検が日常で取り込まれている中で,画像診断を含めた医療コストは今後検討され得る課題である。前立腺癌の罹患リスクが高い集団に対してのPSA測定は採血のみで可能であり比較的非侵襲的であるため,当事者・医療側および社会一般にも容認されるという意見があった。
一方で,IMPACT研究で提唱されているPSAサーベイランスおよび,サーベイランス陽性後の診療体制(画像検査,生検後のフォローアップ体制,遺伝カウンセリング)を整えている医療機関はわが国においては限定的で,すべての施設で実施可能ではないという意見が出た。
以上より,前立腺癌が未検出であるBRCA病的バリアントの男性保持者に対して,前立腺癌のPSAサーベイランスは推奨されるかについて討議し推奨草案は以下とした。
11/12名(92%)で推奨草案を支持し,採用が決定した。なお,投票では「強く推奨する」に1名の委員が支持した。
「強く推奨する」に至らなかった理由として,生検の不利益,MRIでの代替方法の可能性,年齢,サーベイランスのエンドポイントとして死亡率減少効果が明らかでないということがあげられた。また,本介入を実施する条件として,PSA上昇時に前立腺生検のプロセスを提供できる体制があること,生命予後改善効果が期待できる年齢範囲であること等が議論された。
最後に,BRCA病的バリアントを有する前立腺癌においては,本人だけでなく家族も含めた遺伝カウンセリングが必要であり,これらの体制が整っている施設で本介入は実施されるべきである,という条件が議論された。
BRCA病的バリアントの男性保持者に対する,前立腺癌のPSAによるサーベイランスに関して,ESMO*(欧州腫瘍学会)ガイドラインでは40歳以上のBRCA病的バリアント保持者に対してて一般的に推奨される,として記載されている13)(Levels of evidence Ⅲ;Prospective cohortstudies, Grades of recommendation B;Strong or moderate evidence for efficacy but with alimited clinical benefit, generally recommended)。
NCCN*ガイドラインでは40歳以上のBRCA2病的バリアント保持者に対して推奨される,として記載されている14)(Category 2 A;Based upon lower—level evidence, there is uniform NCCN consensus that the intervention is appropriate)。
EAU*(欧州泌尿器科学会)ガイドライン(2020年版)では40歳以上のBRCA2病的バリアント保持者に対して強く推奨されるとして記載されている15)[Levels of evidence 2b;Individual cohort study(including low quality RCT;e.g., <80% follow—, Strength rating;Strong)]。
ESMO:European Society for Medical Oncology
NCCN:National Cancer Comprehensive Network
EAU:European Association of Urology
2030年まで施行されるIMPACT研究において全生存期間に関しては,引き続きモニタリングが必要である。わが国においてもBRCAを含む相同組み換え修復(homologous recombination:HR)バリアントの前立腺癌の報告がなされてきている6)。それらの臨床的特徴は明らかではないものの,今後遺伝子パネル検査の機会が増え,二次的所見として生殖細胞系列由来のBRCAを含むHRバリアントの指摘を入り口として,わが国でもBRCAを含むHRバリアント症例に臨床的に遭遇する機会が増えてくると予想される。発見時にはより臨床病期が進んでおり,治療成績も病的バリアント非保持症例に比較して悪く,予後不良因子となることから,より早期のPSA検診の重要性が欧米諸国で前向きの検証が進んできている。わが国における前立腺癌のBRCAを含むHRバリアントの臨床的背景は明らかではないが,薬剤耐性との関連も報告されてきている(前立腺癌FQ2参照)。
外部評価委員よりステートメント内の表現について指摘を受けたため当該部位を修正した。また関連学会よりPSAサーベイランスのカットオフ値の明記についてご指摘を受けたため,本文内に追記した。
prostate cancer,BRCA2,BRCA1,germline mutation,IMPACT study,PSA screening,MRI