Ⅱ-7 疫学領域
全体としてBRCA病的バリアント保持者における卵巣癌のリスク要因に関するエビデンスは乏しく,特に生活習慣に関する要因については評価が困難であった。また,生殖に関連する要因のうち出産歴では,結果が一致せず評価が困難であった。一方,経口避妊薬の使用者における卵巣癌リスクの減少は多くの研究で一致して観察され,一般集団を対象にしたエビデンスの評価結果とも一致していた。
WCRF/AICRの報告書では,BRCA病的バリアント保持者の卵巣癌に限らず一般的な卵巣癌のリスク要因として肥満は「ほぼ確実」な要因と評価されている(二次資料①)が,アルコール摂取や身体活動については評価が定まっていない。また国際がん研究機関の評価によると喫煙は卵巣癌(粘液性)の「確実」なリスク要因である(二次資料②)。生殖に関連する要因としては,出産歴あり(出産数が多い),授乳歴あり,経口避妊薬の使用は,卵巣癌のリスク減少に関連するといわれている。本FQでは,このような変容可能な生活習慣に関する要因や生殖に関連する要因が,BRCA病的バリアント保持者において卵巣癌リスクと関連するかどうかについて,これまでのエビデンスを整理し,現状を概説する。
各項目について0から9件程度の報告があった。研究デザイン上の特徴とそれに伴う結果の解釈における注意点は,疫学FQ1の解説に記載した通りである。
体重・BMIに関しては1件の報告があった。BRCA1/2病的バリアント保持者22,588人(うち卵巣癌2,923例)を対象とした大規模国際共同研究〔Consortium of Investigators for the Modifiers of BRCA1/2(CIMBA)〕において,BMIは卵巣癌リスクとの間に有意な関連は観察されなかった1)。しかし,閉経前女性を対象にした解析および非漿液性腺癌(粘液性腺癌,類内膜腺癌,明細胞腺癌,その他の組織型)を対象にした解析において,BMIの増加に伴う有意なリスク増加がみられた。
身体活動に関する文献は確認できなかった。
アルコール摂取に関する文献は確認できなかった。
喫煙についてはこれまでに2件の報告があった。ポーランドのBRCA1病的バリアント保持者を対象にした症例対照研究においては,喫煙と卵巣癌リスクとの間には有意な関連は観察されなかった2)。一方,多国間の多施設共同研究によるBRCA1/2病的バリアント保持者を対象としたコホート研究においては,喫煙期間が10年以上,pack—yearsが4.3以上の群で有意なリスク増加が観察された3)。
経口避妊薬の使用に関しては9件の報告があった。このうち1件の研究では,経口避妊薬の使用歴と卵巣癌リスクとの間に有意な関連は観察されなかった4)。一方,残りの8件では,使用歴がない群に比べてありの群において有意なリスク減少がみられた2)5)~11)。現時点で最大規模の症例数(1,329例)を含む多国間の多施設共同の症例対照研究では,BRCA1/2病的バリアントのうちいずれの病的バリアントにおいても,使用歴がある群において有意なリスク減少が観察された。また,BRCA1病的バリアント保持者の解析では使用期間1年以上の群において,またBRCA2病的バリアント保持者の解析では使用期間が3年以上の群で有意なリスク減少がみられた10)。
国際がん研究機関による発がん性評価に関する報告書では,経口避妊薬の使用は卵巣癌の「確実」な予防要因と評価されている(二次資料③)ことから,BRCA病的バリアント保持者を対象にしたエビデンスの結果は,一般集団を対象としたエビデンスの評価結果と一致していた。
出産歴および出産数に関しては8件の報告があった。初期の北米の症例対照研究において,出産数の増加に伴い卵巣癌リスクの有意な増加がみられた12)。多国間の多施設共同の症例対照研究では,BRCA1病的バリアント保持者の解析において出産歴がある群の有意なリスク減少と出産数の増加に伴う有意なリスク減少が観察されたが,BRCA2病的バリアント保持者の解析では出産歴がある群で有意なリスク増加がみられ,出産数との間には有意な関連は観察されなかった8)。多国間の多施設共同のBRCA1/2病的バリアント保持者コホート研究では,出産歴との間に有意な関連はみられなかったが,出産歴がある群においては出産数の増加に伴い有意なリスク減少が観察された9)。スペインのBRCA1/2病的バリアント保持者コホート研究では,BRCA1病的バリアント保持者の解析では出産歴がある群で有意なリスク減少がみられたが,BRCA2病的バリアント保持者の解析では有意な関連はみられなかった13)。現時点において最大規模の症例数(1,329例)を含む多国間の多施設共同の症例対照研究では,BRCA1病的バリアント保持者の解析において,出産歴との間に関連は見られなかったが出産数の増加に伴う有意なリスク減少が観察された10)。また,BRCA2病的バリアント保持者の解析では出産歴と出産数のいずれも有意な関連は観察されなかった。その他,残り3件においては,出産歴および出産数に関して有意な関連は観察されなかった2)4)11)。このように「リスク増加」と「リスク減少」の相反する結果が示されていることから評価は困難である。
初産年齢については5件の報告があった。このうち4件の研究では,初産年齢と卵巣癌リスクとの間に有意な関連は観察されなかった9)~12)。一方,スペインのBRCA1/2病的バリアント保持者コホート研究では,BRCA1病的バリアント保持者の解析において,初産年齢が5歳増える毎に有意なリスク減少がみられた13)。ただし,BRCA2病的バリアント保持者の解析では有意な関連は観察されなかった。
授乳歴については5件の報告があった。このうち3件の研究では,授乳歴と卵巣癌リスクとの間に有意な関連は観察されなかった2)10)11)。McLaughlinらによる多国間の多施設共同の症例対照研究では,BRCA1病的バリアント保持者の解析において授乳歴がある群における有意なリスク減少がみられたが,BRCA2病的バリアント保持者の解析では有意な関連は観察されなかった8)。その後,研究を拡大し,症例数を増やした研究により,いずれの病的バリアント保持者の解析においても授乳歴がない群に比べて,12カ月以上の授乳歴がある群では,有意なリスク減少が観察された10)。
BRCA,gene mutation,ovarian cancer,smoking,alcohol,BMI,physical activity,parity,full—term pregnancies,age at first birth,breastfeeding,oral contraceptive,epidemiological study
二次資料
参考文献