Guidebook for Diagnosis and Treatment of Hreditary Breast and Ovarian Cancer Syndrome 2017

CQ3.BRCA 遺伝学的検査前後の遺伝カウンセリングで必要な心理社会的支援は?

背景・目的

がん患者やその家族が,がんと向き合う過程で生じる不安・恐怖・心配などの様々な感情,医療費や生活費の経済的な問題,家庭内での役割や生活の変化,就労に関わる問題や医療従事者との関係などの社会的な問題に対応できるよう支援することは,QOL(quality of life)維持のために重要である。心理社会的支援では,患者や家族に寄り添い支える姿勢で話を聞き,抱えている問題を整理し,その背景を理解し,対策や意思決定に必要な社会的資源の情報を提供する,他の専門家や担当窓口につなげることが基本となる。遺伝カウンセリングにおける心理社会的支援も基本は同じである。NSGC(National Society of Genetic Counselors)は,HBOC とBRCA 遺伝学的検査に関するリコメンデーションの中で,「遺伝学的なコンサルテーションには幅広い資源の供給が含まれるべきで,その中には科学的な情報,心理社会的支援,アドボカシー(advocacy)が含まれる」としており1)BRCA 遺伝学的検査の検討に関係なく遺伝カウンセリングのプロセスと心理社会的支援は切り離せないものである。

解 説

海外の各学会や団体がそれぞれHBOC や BRCA 遺伝学的検査に関連するリコメンデーションあるいはガイドラインを制定している。NSGC,ASCO およびNCCN は,遺伝性腫瘍や遺伝学的検査に関わる遺伝カウンセリングの要素として心理社会的アセスメントをあげている2)3)。特にNSGC は,HBOC の遺伝カウンセリングにおいてBRCA 遺伝学的検査前後に遺伝学的情報がクライエントおよびその家族にどのように影響を与える可能性があるかを評価することが重要としている1)。以下に,BRCA 遺伝学的検査を受ける前と受けた後で生じる可能性のある心理社会的側面への支援の在り方について説明する。

1.BRCA 遺伝学的検査前

NSGC 2012 年版およびASCO2015 年版に記述されている遺伝性腫瘍の遺伝学的検査のインフォームドコンセントの基本的項目には心理社会的側面が含まれている2)3)。検査前に被検者が検査を受けるメリット・デメリットを考え,得られる可能性のある結果について理解し,それぞれの結果が得られた際に自身がどのように対応するか,家族や血縁者に与える影響はどのようなものかを考えられるように支援することが求められる。NSGC は2004 年に発表した遺伝性腫瘍のリスクアセスメントとカウンセリングに関するリコメンデーションにおいてインフォームドコンセントの基本的項目で心理社会的側面について具体的に記述しており4),それを 表1 にまとめた。
BRCA 遺伝学的検査前の心理社会的支援のための重要な要素と考えられる。

表1 検討されるべき心理社会的事項

検査結果に対して予測される反応 クライエントが,検査を受けて得られる結果(陽性,陰性,役に立たない,意義不明)それぞれにおいて,どのように反応するかを話し合う。また,予測される対処方法を探す。
検査の用意とタイミング 検査を進めることについてのクライエントの心構えを確認する。よければ後日検査が行われることを再確認する。適応があればDNA バンクの選択肢について話し合う。
家族の問題 クライエントが,配偶者/パートナーや家族と検査について話し合ったか,遺伝学的な情報が得られることへの彼らの反応はどうだったか,その反応がどの程度クライエントとの関係に影響するかについて確認する。また,検査結果を彼らと共有する計画について話し合う。
結果開示の準備 どのように結果が提供されるかについてクライエントに準備させる。誰が結果を聞きに来るか,その結果を共有するための言語や結果を得た後に何が起こり得るかを話し合う。必要があれば,メンタルヘルスの専門家に問い合わせする。

2.BRCA 遺伝学的検査後

BRCA 遺伝学的検査の結果を開示する際の遺伝カウンセリングは,単に結果を伝えるだけではなく,結果の解釈に関する説明,結果によってもたらされる心理的な影響の評価,結果に応じて提供される医学的マネジメントの選択肢の検討,結果を血縁者に伝えることについての話し合いなど多段階のプロセスとなる。
BRCA 遺伝学的検査に関連した苦悩の程度やリスクの認知についてのシステマティックレビューによれば,結果が陽性だった女性はがんに関連する不安や心配が増加し,それ以外の結果では減少したとされる。また,リスクの認知は,遺伝学的検査の結果が得られたことで改善したとされる5)。ただし,これらの研究では比較群の違いやフォローアップの点で限界があり,結果が完全に一致しているわけでない。がんの遺伝学的検査の精神医学的な影響に関するレビューでは,結果告知後数週間から1 カ月のうちに不安が増加したとする報告も心理学的なリスクに変化はみられなかったとする報告もあげ,変異陽性の結果告知後の心理的な影響について乳癌発症者でも未発症者でも結論の一致はみられなかったとしている6)。また,BRCA 遺伝学的検査の結果がVUS だった例を対象にした研究は限られているが,VUS 例においてがんと関連した不安は変異陽性例よりも低く,変異がなかった例よりも高くなかった報告と苦悩が増加したとする報告が紹介されている6)BRCA 関連がんの既発症変異保持者における中長期的な心理学的影響を調査した研究のシステマティックレビューでは,結果開示後の最初の数カ月は苦悩,不安,抑うつなどの状態が増加したという点で心理学的ウェルビーイングにおいて悪影響があり,中長期的には明らかに臨床に関連する症状は発生しなかったとしている。しかしながら,数年後も考慮すべき心理学的な苦悩が継続したとする報告もあれば,6 カ月後,1 年後にはベースラインまで減少していた報告も紹介している7)。同レビューは,現在使用されているスクリーニング方法では遺伝学的検査の心理学的な負担を厳密に同定するためには十分ではないと指摘している。
BRCA 遺伝学的検査の結果を告知された後の心理的な側面は,結果によっては一定の傾向が認められるものの,クライエントごとに異なり,中長期的に変化する場合もあることを念頭に置く必要がある。BRCA 遺伝学的検査前に検査結果を想像し,自身や家族への影響を予想していたとしても,実際にはその予想通りにはいかないこともあるだろう。特にBRCA 遺伝学的検査の結果が陽性だった場合には,結果開示の遺伝カウンセリング,あるいはその後継続して行われる遺伝カウンセリングにおいて様々な心理社会的側面に対応する場面が想定される(表2)。HBOC 関連がんのリスクは生涯関わることでもあり,継続的な支援が望ましい。また,ピアサポート団体とその活動は,心理社会的支援の一端を担うであろう。日本においてもHBOC の当事者団体が存在し,HBOC に限定せず遺伝性腫瘍の当事者や家族が医療従事者とともに活動する取り組みもある。また,国内外のHBOC の治療やサーベイランスについての研究に関する情報提供も望ましい。HBOC に関する医療者向けおよび当事者・患者向けの情報資源として,巻末のお役立ちサイト一覧が参考になる。

表2 BRCA 遺伝学的検査陽性だったときに考慮され得る心理社会的な側面

結果の受容 関連がんや遺伝するリスクの理解における苦労
HBOC 関連がんの発症についての不安・心配
一生変わらない遺伝学的情報への感情(怒り,悲観,侵入的想起,遺伝学的な差別への心配など)
医学的マネジメント 継続的なサーベイランスやリスク低減手術を選択する際の苦慮
(対応策の限界,手術のリスク,経済的負担,挙児や授乳についての問題,喪失感,ボディイメージの変化,術後の副作用,夫婦生活などに関わる不安や心配など)
家族関係 配偶者や血縁者に対する感情(罪悪感など)
開示の際の反応や血縁者のがん発症についての不安・心配情報共有の困難さ(いつ,どのように知らせるか,誰に知らせるかなど)

考: Ovarian Cancer Risk-Reducing Surgery A Decision-Making Resource 翻訳版,National Comprehensive Cancer Network Practical Guidelines in Oncology Genetic/Familial High-Risk Assessment:Breast and Ovarian, ver1. 2017,および参考文献を参考に抽出。これらは例示であり,BRCA 変異保持者が必ず上記にあげられている状況に直面するということではない。

検索キーワード

PubMed でBRCA,HBOC,Guideline,Genetic Services 等のキーワードで検索した。さらにハンドサーチで重要な文献を追加した。

参考にした二次資料

① 日本乳癌学会 編.科学的根拠に基づく乳癌診療ガイドライン②疫学・診断編 2015 年版.金原出版,2015.
② National Comprehensive Cancer Network. NCCN Clinical Practice Guidelines in Oncology. Genetic/Familial High-Risk Assessment: Breast and Ovarian, ver1. 2017.
③ Daly MD, Cherry C. Ovarian Cancer Risk-Reducing Surgery A Decision-Making Resource. (有森直子 監,木本 治翻訳協力.卵巣癌のリスク低減手術―意思決定のための手引き―.2008.)http://narimori2.jpn.org/portal/data/rev.pdf
④ クラヴィスアルクス(HBOC 当事者会).http://www.clavisarcus.com/
⑤ 星総合病院.ジェネティックハンドプロジェクト.2016.

参考文献
  1. Berliner JL, Fay AM, Cummings SA, et al. NSGC practice guideline: risk assessment and genetic counseling for hereditary breast and ovarian cancer. J Genet Couns. 2013; 22(2): 155-63. [PMID:23188549]
  2.  Riley BD, Culver JO, Skrzynia C, et al. Essential elements of genetic cancer risk assessment, counseling, and testing: updated recommendations of the National Society of Genetic Counselors. J Genet Couns. 2012; 21(2): 151-61. [PMID:22134580]
  3. Robson ME, Bradbury AR, Arun B, et al. American Society of Clinical Oncology Policy Statement Update: Genetic and Genomic Testing for Cancer Susceptibility. J Clin Oncol. 2015; 33(31): 3660-7. [PMID:26324357]
  4. Trepanier A, Ahrens M, McKinnon W, et al; National Society of Genetic Counselors. Genetic cancer risk assessment and counseling: recommendations of the national society of genetic counselors. J Genet Couns. 2004; 13(2): 83-114. [PMID:15604628]
  5. Nelson HD, Pappas M, Zakher B, et al. Risk assessment, genetic counseling, and genetic testing for BRCA-related cancer in women: a systematic review to update the U.S. Preventive Services Task Force recommendation. Ann Intern Med. 2014; 160(4): 255-66. [PMID:24366442]
  6. Hirschberg AM, Chan-Smutko G, Pirl WF. Psychiatric implications of cancer genetic testing. Cancer. 2015; 121(3): 341-60. [PMID:25234846]
  7. Ringwald J, Wochnowski C, Bosse K, et al. Psychological Distress, Anxiety, and Depression of Cancer—Affected BRCA1/2 Mutation Carriers: a Systematic Review. J Genet Couns. 2016; 25(5): 880-91. [PMID:27074860]

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