Guidebook for Diagnosis and Treatment of Hreditary Breast and Ovarian Cancer Syndrome 2017

CQ4.BRCA 以外の遺伝子もマルチ遺伝子パネル検査などを用いて検査を行うことは推奨されるか?

推奨グレード C2 BRCA 以外の遺伝子変異を同定するためのマルチ遺伝子パネル検査は根拠が不十分であるので基本的に勧められない。ただし,HBOC 以外の遺伝性腫瘍症候群の家族歴および症状を有する高リスク群に対して実施を検討してもよい。

■ 推奨グレードを決めるにあたって

家族歴などからBRCA 遺伝学的検査が推奨されるケースでは,マルチ遺伝子パネル検査を行うことにより遺伝子変異の検出率が1.5~2 倍程度向上し,将来,高リスク患者に対する標準的な検査方法となることが予想される。しかし,BRCA 以外の遺伝子変異に対するリスク管理および治療の有効性は明らかになっておらず,また,遺伝子および変異の種類によってリスクが異なることから,現時点では実施を勧められない。また,マルチ遺伝子パネル検査によるBRCA 変異同定の感度は従来のBRCA 遺伝学的検査と遜色がないことが報告されているが,実績が不十分であり,まず従来の方法でBRCA 遺伝学的検査を実施すべきである。

背景・目的

家族性乳癌および卵巣癌の半数ないしそれ以上はBRCA 変異を有しておらず,他の遺伝子異常に起因するが,その一部はマルチ遺伝子パネル検査を用いた次世代シーケンサー(NGS)で同定可能である。NGS の普及に伴い,比較的安価に個人レベルでの検査が可能となりつつあり,場合によっては検査結果が個人に不利益をきたす可能性がある。そこで,どのような場合にこれらの遺伝子変異の検査が勧められるのか検討した。

解 説

自然界から単離されたDNA は特許適格外とする判決が2013 年に米国最高裁で下された後,多数の企業よりNGS 解析用のマルチ遺伝子パネル検査が用いられるようになり,大規模コホート研究の結果が報告されている。

1.マルチ遺伝子パネル検査は遺伝子変異の検出率を向上させる可能性がある

従来の方法(Sanger シーケンス法あるいはMLPA 法)とマルチ遺伝子パネル検査を用いたNGSによるBRCA の検出感度を比較した解析結果が3 件報告されている。HBOC 高リスク群168 例を対象とする盲検試験では従来の方法で検出されたBRCA 変異はすべてNGS で検出された1)。また,従来の方法とNGS を使用した2 つのコホートの比較ではBRCA の検出率に有意な差を認めなかった(4.0% vs. 3.6%,P=0.86)2)。さらに,750 例を対象とした解析で従来の方法とNGS で検出された多型がすべて一致した3)。以上よりNGS は従来法と遜色のないBRCA 変異検出率があると考える根拠はあるが,実績としては十分とはいえず,現時点で日常診療として推奨する段階ではない。
HBOC 高リスク群を対象にしたNGS によるBRCA を含む変異の解析結果が4 件報告されている1)2)4)5)。これらを総計した6,000 例あまりでの検出率はBRCA 変異がおよそ6.1%,BRCA 以外の変異が5.4%でBRCA 変異とほぼ同等の確率でBRCA 以外の変異が同定されている。また,BRCA に変異を認めないHBOC 高リスク群を対象にしたNGS による変異の解析結果が3 件報告されている6)~8)。これらを総計した2,000 例あまりでのBRCA 以外の変異検出率はおよそ5.8%で,やはりBRCA 変異とほぼ同等の確率で変異が同定されている。BRCA 以外の変異はBRCAで想定されている危険因子が必ず当てはまるとは限らず,従来のHBOC 高リスク群で検出率を比較した場合にバイアスとなる可能性がある。これに対して家族歴などのリスクが偏らない連続した488 例の原発性乳癌症例を対象として25 遺伝子を解析した研究9)では30 例(6.1%)にBRCA 変異,24 例(4.9%)にBRCA以外の変異を認めている。アシュケナージ系ユダヤ人を除くとBRCA変異は5.1%であり,BRCA 以外の変異と同程度である。
以上の報告はそれぞれ対象と遺伝子パネルが異なるのでプール解析は必ずしも妥当ではないが,マルチ遺伝子パネル検査を行うことにより,遺伝子変異の検出率が1.5~2 倍程度向上すると考えられる。BRCA以外で変異の頻度の高い遺伝子はATM,CHEK2およびPALB2である1)~10)

2.BRCA 以外の変異に対するリスク管理および治療の変更

BRCA以外の変異の同定が,過半数の症例に対してリスク管理や治療の変化をもたらすことが報告されている6)7)。一方,NGS で同定された変異は実際のリスクを反映するかは明らかではない。HBOC 高リスク群2,000 例と健常コントロール群1,997 例を比較した解析10)では,BRCA 以外の変異はコントロール群1.6%に対して高リスク群4.0%と高リスク群で有意に高率に認められた。しかし,遺伝子別にみると有意に高率だった遺伝子はPALB2(26 例vs. 4 例,P<0.001)およびTP53(5 例vs. 0 例,P<0.03)のみで,両群間の検出率に差がない遺伝子も多く,変異がリスクに影響しない可能性が指摘されている。

3.HBOC 以外の遺伝性腫瘍症候群の家族歴を有する場合

HBOC 用に開発されているマルチ遺伝子パネル検査では下記にあげる遺伝性腫瘍症候群の原因遺伝子を解析し得る。これらの症候群の多くは常染色体劣性形式で発症する希少疾患であるが,乳癌および卵巣癌に関しては片アレル変異のみで発症する場合が多いためにより高率に認められ,変異家系の同定の発端となることも想定される。したがって,家族内にこれらの遺伝性腫瘍症候群を疑わせる症状を認めるケースでは,患者ごとに利益と不利益を十分に考慮したうえでマルチ遺伝子パネル検査の実施を検討する意義がある。
Fanconi 貧血:常染色体劣性遺伝である。幼小児期に発症する再生不良性貧血,急性骨髄性白血病,骨髄異形性症候群をはじめ,成人期には広範な種類のがんを発症する。責任遺伝子としてFANCA~FANCTD1D2 を含みH,K はない)の19 の遺伝子が同定されており,このうちD1BRCA2JBRIP1BACH1),NPALB2ORAD51CRRAD51SBRCA1と同一遺伝子であり,翻訳タンパク質の機能としては主にDNA 修復をつかさどる。
毛細血管拡張性失調症:常染色体劣性遺伝である。幼小児期に発症する小脳失調症,毛細血管拡張症を特徴とし,小児期以降にリンパ腫および急性リンパ性白血病を発症する。責任遺伝子はATM であり翻訳タンパク質はキナーゼで,リン酸化シグナルにより細胞周期制御とDNA 修復をつかさどる。
Li—Fraumeni 症候群:TP53 の変異に起因する常染色体優性遺伝疾患である。若年期より肉腫,乳癌,脳腫瘍,副腎皮質癌,白血病などの多岐にわたる悪性腫瘍を高率に発症する。
Bloom 症候群:常染色体劣性遺伝である。低身長,日光過敏性紅斑,免疫不全症に加え,多様ながん腫を高率に発症する。責任遺伝子としてBLM が同定されており,翻訳タンパク質はDNA 修復に必須なDNA ヘリカーゼである。患者細胞における姉妹染色分体交換の過剰が診断に用いられる。
Nナイミーヘンijmegen 症候群:常染色体劣性遺伝である。小頭症,低身長,鳥様顔貌,免疫不全症に加え,リンパ系悪性腫瘍,多種の固形腫瘍を高率に発症する。責任遺伝子はNBS1Nibrin)でDNA修復に必須である。
遺伝性びまん性胃癌症候群:CDH1 の変異に起因する常染色体優性遺伝疾患であり,若年発症のびまん性胃癌と乳癌(小葉癌)を高率に発症する。翻訳タンパク質はE—カドヘリンで,細胞接着を制御する分子である。
その他,主に消化器の家族性悪性腫瘍の原因となることが知られている遺伝子として,Lynch症候群の原因となるミスマッチ修復関連遺伝子MLH1,MSH2,MSH6,PMS1,PMS2,Cカウデンowden症候群の原因遺伝子であるPTEN,Pポイツ・イエーガーeutz—Jeghers 症候群の原因遺伝子であるLKB1/STK11,神経線維腫症の原因遺伝子であるNF1,家族性大腸ポリポージスの原因遺伝子であるAPC,MUTYH 関連ポリポージスの原因遺伝子であるMUTYH などがマルチ遺伝子パネル検査にて同時に解析し得る。
以上より,マルチ遺伝子パネル検査を行うことにより,遺伝子変異の検出率が向上する可能性があるが,変異が同定された場合,リスクとの相関が立証されているものは少なく,また,意義不明の変異(VUS)も高い確率で同定されており3)4)6),専門知識のない個人が実施すると無用な不安と過剰な検査および治療による不利益を被る可能性がある。したがってBRCA 以外の遺伝子変異を同定するためのマルチ遺伝子パネル検査の実施は現時点では勧められない。ただし,HBOC以外の遺伝性腫瘍症候群の家族歴および症状を有する高リスク群に対しては症例ごとに専門家の意見を仰ぎ,実施を検討してもよい。

検索キーワード

PubMed でBreast Neoplasms,Ovarian Neoplasms,FANCJ,FANCN,RAD51C 等のキーワードで検索を行った。さらにハンドサーチで重要な文献を追加した。

参考文献
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  3. Lincoln SE, Kobayashi Y, Anderson MJ, et al. A Systematic Comparison of Traditional and Multigene Panel Testing for Hereditary Breast and Ovarian Cancer Genes in More Than 1000 Patients. J Mol Diagn. 2015; 17(5): 533-44. [PMID:26207792]
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