Guidebook for Diagnosis and Treatment of Hreditary Breast and Ovarian Cancer Syndrome 2017

CQ9.遺伝学的検査の結果をどのように血縁者に伝えるべきか?

背景・目的

HBOC に限らず遺伝学的検査を実施して何らかの結果が得られた場合,血縁者が一定の確率で被検者と同じ遺伝型を有していることが明らかとなる。こうした情報を被検者のみならず血縁者とどのように共有すべきかについては,情報の血縁者に対する臨床的有用性のみならず,被検者の希望や理解,伝えようとする意欲,家族関係,血縁者の年齢や性別など,考慮すべき事項が多岐にわたるため,画一的な対応をとることは望ましくない。また,検査結果によっても伝える際の配慮は異なってくることが想定される。一方で,HBOC に関する遺伝情報を適切な対応のもとで血縁者が共有することは,被検者および血縁者にとって不利益よりも便益のほうが大きいと考えられる。ここでは,遺伝学的検査結果の血縁者間での共有について,検討すべき事項をまとめる。

解 説

遺伝学的検査の結果は基本的に被検者自身に帰属するものであり,厳重な守秘義務の対象となる情報である。したがって原則として遺伝カウンセリング担当者が情報を第三者に提供することはない。一方で,被検者が得た遺伝情報を道義的義務として血縁者に伝えるのを促すことの重要性も強調されており1),そこには様々な倫理的ジレンマを生じる可能性がある2)。HBOC においては,被検者に変異が同定された場合,血縁者も同一の変異を有している可能性があり,その情報を血縁者と共有することは血縁者の健康管理(関連病変の早期発見,早期治療,あるいは予防的介入)において有用性が高いと考えられる。変異が検出されなかった場合には,BRCA 変異に起因する狭義のHBOC は否定できるが,他の遺伝性腫瘍の可能性は否定できない。被検者に結果を開示したのちの遺伝カウンセリングにおいては,以下にあげるような検討事項あるいは状況が生じ得る。

1.誰が血縁者に伝えるか

多くの場合,結果を血縁者に伝えるのは被検者本人もしくは被検者に近い親族(配偶者,親,同胞,成人している子など)となる。被検者あるいは親族が結果とその意味を正しく理解し,正確に血縁者に伝えることが可能かどうかの評価も必要となる。被検者の理解が不十分であることは,血縁者との情報の共有の障害となり得る3)。また意義不明の結果が得られた場合には的確な遺伝カウンセリングを経ないと被検者が得られた情報を正確に理解するのは困難である。情報を伝えるのが被検者ではない場合も,血縁者に伝える家族内のキーパーソンが誰であるのか,また伝えるべき情報の理解の正確さについて確認が重要である。いずれの場合も,結果とその解釈,結果により得られる今後の健康への影響,血縁者への影響,血縁者の遺伝学的検査の意義などについてわかりやすく記載された資料を用意し,理解を確認しながら情報提供を行う。より正確に情報を伝えるために,被検者の同意のもとに,遺伝カウンセリング担当者が血縁者に直接被検者の結果を伝える方法も検討すべきである4)

2.伝えるタイミング

遺伝学的検査は被験者にとって程度の差こそあれ心的負荷を伴うイベントであり,その結果の受容,心理的ストレスの程度と時間的経過には個人差がある。それゆえ被検者が得た遺伝情報をいつどのように血縁者に伝えるかは,基本的に被検者自身の意思を尊重して決定されるべきである。フランスにおけるBRCA 遺伝学的検査を受けた女性を対象とした前向き調査では,検査開示後2 週間では,変異保持者は陰性者に比べて検査結果を血縁者に伝えている割合が低く,心理的インパクトの強さは情報開示の低さにつながっていた5)

3.被検者の意思

時に被検者が自身の遺伝学的検査の結果を血縁者に知らせないことを希望する場合がある。結果を血縁者と共有したがらない理由としては,検査結果の不正確な理解,意欲の低さ,血縁者に伝えることの有用性についての理解の不十分さ,血縁者の心情への配慮,家系内での人間関係への悪影響の懸念,情報を伝える自分自身の責務への負担感,など多様な理由が考えられる6)~8)
被検者が血縁者に結果を伝えることを躊躇する場合には,遺伝カウンセリング担当者はその躊躇に肯定的に対応しつつ,躊躇の理由について対話の中でクライエントの気づきを導いたり,結果を伝える場合と伝えない場合に生じ得る状況についてクライエント自身が考えることを促したりすべきである。
カナダのケベック州での調査研究では,検査結果を血縁者に伝えた3 年後の時点で,85.1%では家族関係にポジティブな影響もネガティブな影響もなかった9)。教育水準が低いことや社会支援の低さはネガティブな影響と相関しており,遺伝カウンセリング担当者の継続的な関わりが重要であるといえる。
最終的に被検者が血縁者への結果の開示を拒んだときでも医療者が血縁者にその結果を伝えることを正当化できる場合として,当該の病的多型を有する個人におけるがん発症の浸透率が相当に高く,リスクを低減できる有効な介入法が存在し,知らせないことによる重大な不利益が予想され,かつ医療者が血縁者に連絡をとる手段をすでに有している,という条件が必要となる。
HBOC においてこうした対応が必要となる状況は少ないと考えられるが,そのような場合には医療者個人の判断によるのではなく,当該施設の倫理審査委員会に判断を仰ぐなどの慎重な対応が必要である。

検索キーワード

PubMed でBRCA,HBOC,Genetic Service,Confidentiality 等のキーワードで検索を行った。

参考にした二次資料

① 日本医学会.医療における遺伝学的検査・診断に関するガイドライン.2011 年2 月.http://jams.med.or.jp/guideline/genetics-diagnosis.pdf
② 日本乳癌学会 編.科学的根拠に基づく乳癌診療ガイドライン②疫学・診断編 2015 年版.金原出版,2015.
③ National Comprehensive Cancer Network. NCCN Clinical Practice Guidelines in Oncology. Genetic/Familial High-Risk Assessment: Breast and Ovarian, ver1. 2017.
④ Richards S, Aziz N, Bale S, et al; ACMG Laboratory Quality Assurance Committee. Standards and guidelines for the interpretation of sequence variants: a joint consensus recommendation of the American College of Medical Genetics and Genomics and the Association for Molecular Pathology. Genet Med. 2015; 17(5): 405-24. [PMID:25741868]
⑤ Schneider KA. Counseling about cancer. 3rd Editon. Wiley-Blackwell, 2012.

参考文献
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  2. Schneider KA, Chittenden AB, Branda KJ, et al. Ethical issues in cancer genetics: I 1)whose information is it? J Genet Couns. 2006; 15(6): 491-503.[ PMID:17106632]
  3. Forrest K, Simpson SA, Wilson BJ, et al. To tell or not to tell: barriers and facilitators in family communication about genetic risk. Clin Genet. 2003; 64(4): 317-26. [PMID:12974737]
  4. Vos J, Jansen AM, Menko F, et al. Family communication matters: the impact of telling relatives about unclassified variants and uninformative DNA-test results. Genet Med. 2011; 13(4): 333-41.[ PMID:21358410]
  5. Lapointe J, Dorval M, Noguès C, et al; GENEPSO Cohort. Is the psychological impact of genetic testing moderated by support and sharing of test results to family and friends? Fam Cancer. 2013;12(4): 601-10. [PMID: 23475556]
  6. Mesters I, Ausems M, Eichhorn S, et al. Informing one’s family about genetic test ing for hereditary non-polyposis colorectal cancer (HNPCC): a retrospective exploratory study. Fam Cancer. 2005; 4(2): 163-7. [PMID:15951968]
  7. Wiseman M, Dancyger C, Michie S. Communicating genetic risk information within families: a review. Fam Cancer. 2010; 9(4): 691-703. [PMID:20852947]
  8. DudokdeWit AC, Tibben A, Frets PG, et al. BRCA1 in the family: a case description of the psychological implications.
    Am J Med Genet. 1997; 71(1): 63-71. [PMID:9215771]
  9. Lapointe J, Bouchard K, Patenaude AF, et al. Incidence and predictors of positive and negative effects of BRCA1/2 genetic testing on familial relationships: a 3-year follow-up study. Genet Med. 2012; 14(1): 60-8.[PMID:22237432]

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