Ⅱ-3 卵巣癌領域
BRCA病的バリアントを保持する卵巣癌患者の初回薬物療法としてプラチナ製剤併用レジメンを推奨する。
エビデンスの確実性「中」/推奨のタイプ「当該介入の強い推奨」/合意率「90%(9/10)」
推奨文:卵巣癌患者の初回薬物療法で用いるプラチナ系抗がん剤を含む化学療法はBRCA病的バリアント保持者においても,非保持者と同等の治療効果が得られており,初回薬物療法として治療することを推奨する。
卵巣癌の初回薬物療法では,プラチナ系抗がん剤を含む化学療法が強く奨められるが,BRCA病的バリアントの有無によるレジメンの使い分けは行われていない。BRCA病的バリアントは,相同組み換え修復不全と密接に関わり,プラチナ製剤への感受性が高いと考えられている。そのため,進行卵巣癌の初回治療において,BRCA病的バリアント保持者と非保持者で治療成績が異なる可能性が想定される。初回薬物療法には,術前化学療法(neoadjuvant chemotherapy:NAC)と術後化学療法が含まれること,現在,PARP阻害薬を含む様々な治療法(併用療法を含む)の有用性が検証されていることからも,現段階でBRCA病的バリアント保持者と非保持者における治療成績を検証し,BRCA病的バリアント保持者へのプラチナ系抗がん剤を含む化学療法の治療的意義を明確にしておくことが重要である。なお,本CQではPARP阻害薬を用いた報告は含めず,プラチナ製剤併用レジメンに焦点をあてて検討する。
本CQでは,BRCA病的バリアント保持者においてプラチナ系抗がん剤を含む化学療法で治療された群とプラチナ系抗がん剤を含まない化学療法で治療された群の比較検証ができなかったため,BRCA病的バリアント保持者と非保持者の2群間で,同様の治療を行った場合の「全生存期間(OS)」,「無病増悪期間(progression‒free survival:PFS)」を評価した。
第Ⅲ相ランダム化比較試験(randomized controlled trial:RCT)2編1)2)と症例対照研究7編3)~9)を選択した。「全生存期間(OS)」「無病増悪期間(PFS)」に関して定性的なシステマティックレビューを行った。
いずれの解析においても,薬物療法,手術療法ともに,BRCA病的バリアント保持者と非保持者で同様の治療が選択されている。BRCA病的バリアント保持者でのOSの有意な延長はRCT1報と症例対照研究5報で示されている。RCTの結果からは,エビデンスの確実性は中との解釈も可能であるが,症例対照研究において,BRCA1/2のいずれかでのみ有意差が認められた報告があり,研究の異質性,研究数が少ないことも踏まえ,総合的にはエビデンスの確実性は弱と判断する。なお,BRCA2病的バリアント保持者においてOSがより良好な可能性があり,メタアナリシス等,更なる検証が必要である。
BRCA病的バリアント保持者におけるPFSの有意な延長が,RCT2報と症例対照研究6報で示されている。RCT2報からは,エビデンスの確実性は中と考えられるが,BRCA1/2が個々に検討されているものと統合して検討されているものが混在しており,BRCA1,BRCA2いずれも単独でのみPFSに延長がみられた報告がある。研究の異質性,研究数が少ないことから,総合的にエビデンスの確実性は弱とした。BRCA2病的バリアントを有する群においてPFSがより良好な可能性があり,メタアナリシス等,更なる検証が必要である。
2件のRCT 研究,7件の症例対照研究から,OS,PFSの2つのアウトカムについて検討した。
パクリタキセル・カルボプラチン併用療法にベバシズマブを併用した第Ⅲ相RCT(GOG‒218)において,BRCA病的バリアント非保持者におけるPFS中央値は,ベバシズマブ併用時15.7カ月,非併用時10.6カ月であったのに対し,BRCA病的バリアント保持者におけるPFS中央値は,ベバシズマブ併用時19.6カ月,非併用時15.4カ月であり,PFS,OSともにBRCA病的バリアント保持者で有意に予後良好であり,BRCA2病的バリアント保持者が最も予後が良好であった1)。パクリタキセル・カルボプラチン併用療法にパゾパニブを併用した第Ⅲ相臨床試験(AGO‒OVAR 16)では,パゾパニブ非併用群において,BRCA病的バリアント保持者のPFSが有意に良好であった。ただし,パゾパニブ併用群においては,PFSに有意差は認められなかった2)。
Australian Ovarian Cancer Groupにおける1,001例の症例対照研究では,BRCA病的バリアント保持者は,非保持者に比し,PFS(BRCA1病的バリアント保持者20.96カ月,BRCA2病的バリアント保持者19.30カ月,非保持者14.30カ月,P=0.01),OS(BRCA1病的バリアント保持者69.07カ月,BRCA2病的バリアント保持者55.20カ月,非保持者48.17カ月,P=0.01)ともに有意に良好であった3)。腹腔内化学療法(シスプラチンおよびパクリタキセル)を用いたGOG‒172試験における後方視的解析では,BRCA病的バリアント保持者の予後は非保持者に比べ,PFS〔未達vs. 17.3カ月,HR:0.38(95%CI:0.20‒0.73,P=0.003)〕,OS〔110.4カ月vs. 67.1カ月,HR:0.28(95%CI:0.11‒0.73,P=0.009)〕とも有意に良好であった4)。臨床進行期Ⅲ/Ⅳ期に限定した後方視的解析において,BRCA病的バリアント保持者の予後が,OSで有意に延長(中央値:未達vs.67.8 ヵ月,P=0.02)していたもののPFSでは有意差を認めないとする報告,PFSで有意に延長(中央値:22.9カ月vs. 16.9カ月,P=0.001)していたが,OSでは有意差を認めないとする報告があった5)6)。
99例のBRCA1病的バリアント陽性群,13例のBRCA2病的バリアント陽性群,222例のBRCA病的バリアント陰性群を比較した後方視的研究では,PFS中央値が各々2.1年(95%CI:1.9‒2.5),5.6年(95%CI:0.0‒11.5),1.3年(95%CI:1.1‒1.5),OS中央値は5.9年(95%CI:4.7‒7.0),>10年,2.9年(95%CI:2.2‒3.5)であり,BRCA病的バリアント保持者の予後が有意に良好で,BRCA2病的バリアント保持者の予後がBRCA1病的バリアント保持者よりも良好な傾向がみられた7)。The Cancer Genome Atlasにおける316例の高異型度漿液性癌の解析では,BRCA2病的バリアント保持者が,BRCA病的バリアント非保持者に比べ,PFS〔調整ハザード比:0.40(95%CI:0.22‒0.74,P=0.004)〕,OS〔調整ハザード比:0.33(95%CI:0.16‒0.69,P=0.003)〕とも有意に良好であった8)。一方,BRCA1病的バリアント保持者については,BRCA病的バリアント非保持者に比べ,OS,PFSともに有意差がなかったものや8),NAC例に限定した場合に有意にOSが良好(45.7ヵ月vs. 25.3ヵ月,P=0.007)とする報告があった9)。
OS,PFSいずれも,臨床病期Ⅲ,Ⅳ期のみの検討や,手術での残存腫瘍量に差がみられる検討等が混在しており,結果に影響している可能性が考えられた。また,乳癌罹患率に差がみられるものもあり,OSに影響している可能性がある。BRCA1病的バリアント保持者とBRCA2病的バリアント保持者で,個々に検討されているものとBRCA病的バリアント保持者全体で検討されているものが混在していた。
本CQの議論には,乳癌領域医師3名,婦人科領域医師2名,遺伝領域医師3名,遺伝看護専門看護師1名,認定遺伝カウンセラー1名,患者・市民2名の12名が参加した。投票は2名(うち1名は経済的・アカデミックCOIがあった)が棄権し,10名で行った。
この問題は優先事項であるかの問いについて,初回投票時は「はい」が9名,「おそらく,いいえ」が1名,「いいえ」が1名であった。本CQでPARP阻害薬の臨床試験を含んでいないことを確認したうえでの最終投票結果は,「はい」が9名,「おそらく,いいえ」が1名であった。予期される望ましい効果については,「大きい」が2名,「中」が8名であった。RCTを含めた報告がある一方,臨床的背景がそろっていないこと,BRCA1/2のいずれかでのみ有効性が認められる報告がある点で不確実性が残る。予期される望ましくない効果はどの程度のものかについては,「中」が1名,「小さい」が8名,「わずか」が1名であった。
初回投票時は「強」が1名,「中」が10名であった。BRCA1/2で分けているものがあること,本CQではBRCA病的バリアント保持者全体が対象で,RCTを含めた解析結果があることが議論され,最終投票を行い,アウトカム全般に対するエビデンスの確実性は「中」が8名,「弱」が2名の判断結果であった。
初回投票結果では,「重要な不確実性またはばらつきはおそらくなし」が9名,「可能性あり」が2名であった。患者の収入や社会的状況,価値観による個人差,進行例や組織型による不確実性が議論されたうえで,最終投票を行い,「重要な不確実性またはばらつきはおそらくなし」が9名,「重要な不確実性またはばらつきの可能性あり」が1名であった。
投票結果は「おそらく介入が優位」が10名であった。
費用対効果に関する投票結果は「採用研究なし」が10名であった。容認性についての投票結果は「はい」が10名であった。実行可能性についての投票結果も「はい」が10名であった。
以上より,本CQについて討議し推奨草案は以下とした。
9/10名(90%)で推奨草案を支持し,採用が決定した。なお,投票では「当該介入の条件付きの推奨」に1名の委員が支持した。
CQ原案は「BRCA病的バリアントを有する卵巣癌患者の薬物療法は非保持者と同様の治療が推奨されるか?」であり,1,2回目の投票では,「当該介入の条件付きの推奨」をそれぞれ4名,5名の委員が支持した。CQ原案が婦人科腫瘍担当医以外にはわかり難い,非保持者と違うレジメンでの検証がない,今後BRCA1/2によって異なるレジメンが開発される可能性があるという意見が出された。CQの文面を修正したうえで,最終的な投票が行われ,上記推奨草案の採用が決定した。
NCCNガイドライン10)では,BRCA1/2病的バリアント保持者の予後は非保持者よりも良好とする報告が7報,相関しないとする論文が1報引用されている。また,BRCA2病的バリアント保持者の予後が良好で,化学療法の奏効率が高いと記載されている。
BRCA1/2別の予後に関しては,引き続きモニタリングが必要である。
外部評価では内容に関する大きな指摘はなかった。
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