JOHBOC 日本遺伝性乳癌卵巣癌総合診療制度機構 | 編

. 総論

総論1.遺伝性乳癌卵巣癌(HBOC)の概要

  1. 1
    遺伝性乳癌卵巣癌(HBOC)の基礎

    定義

    遺伝性乳癌卵巣癌(hereditary breast and ovarian cancer:HBOC)は,狭義にはBRCA1あるいはBRCA2の生殖細胞系列の病的バリアントに起因する乳癌および卵巣癌をはじめとするがんの易罹患性症候群であり,常染色体優性遺伝形式を示す。BRCA1BRCA2以外の乳癌あるいは卵巣癌の易罹患性に関わる複数の遺伝子が同定されており,広義の遺伝性乳癌卵巣癌とすることもあるが,いまだ診療の場で広く活用されていない。将来,これらの遺伝子変異に基づいて発症する乳癌や卵巣癌の臨床的な特徴が明らかになり,臨床的な対応が明確になればこの定義は変わる可能性もある。GeneReviwsでは,BRCA1—and BRCA2—Associated Hereditary Breast and Ovarian Cancerという用語を用いている1)。わが国では乳癌症例の1.45%にBRCA1病的バリアントが,また2.71%にBRCA2病的バリアントが認められたという報告がある2)。米国では35~64歳の乳癌女性症例の約5%にBRCAの病的バリアントを認めている3)。一方,卵巣癌においては,海外では卵巣癌症例の15%,わが国でも卵巣癌患者の11.8%にBRCAの病的バリアントを認めたとする報告がある4)5)

    HBOCの原因遺伝子

    (1) BRCA1

    BRCA1は,染色体17q21に位置する全長約110kbの巨大な遺伝子であり,22個のエクソン(exon)から構成されており,コーディング領域はexon2の途中より始まり,exon11が非常に大きい6)。ヒトmRNAの大きさは7.1kbで,精巣で強く発現しているが,ほぼすべての臓器に発現がみられる。BRCA1産物は1,863個のアミノ酸からなる。N末端側にはRINGフィンガー構造が存在してユビキチンリガーゼ活性を有する。また中央部にはPALB2との結合領域coiled—coilドメインがあり,PALB2を介してBRCA2と結合する。C末端部には細胞チェックポイントやDNA修復に関与するタンパク質に広くみられるBRCTドメインが2つ存在する。
    BRCA1の基本的な機能は主にDNA恒常性の維持である。DNA二本鎖切断の相同組み換え修復に関わる他,チェックポイント機能により細胞周期を制御したり,多くの転写因子の補助因子として機能する。また,細胞死(アポトーシス)を制御して細胞増殖にも関与している7)

    (2) BRCA2

    BRCA2は染色体13q12—13に位置し,全長は約85kbに及び,27個のexonよりなる8)BRCA1と同様にコーディング領域はexon2の途中から始まる。exon11が極めて大きいが,BRCA1との間に相同性はない。遺伝子産物は3,418個のアミノ酸をコードする384kDaの巨大な核内タンパクである。

    BRCA2の機能は主にDNA二本鎖切断時の相同組み換え修復である。また,BRCA2はFanconi(ファンコニ)貧血の原因遺伝子でもあり,相補遺伝子群の中のFANCD1として知られており,両アレルの欠失がFanconi貧血をきたす。この場合は常染色体劣性の遺伝形式を示す。さらに家族性膵癌の家系でBRCA2の生殖細胞系列病的バリアントを認めたとする報告もある。

    BRCA1BRCA2の類似点と相違点を表1にまとめた。

    (3) 一般集団のBRCA1およびBRCA2の病的バリアント保持頻度

    BRCA1およびBRCA2BRCA1/2)のそれぞれの病的バリアント保持の頻度について,英国の一般集団においてBRCA1が1/860(0.12%),BRCA2が1/740(0.14%)程度との記載があるが9),アシュケナージ系ユダヤ人の一般集団では1/40(2.5%)で存在しているとされる。日本人の病的バリアント保持頻度はMomozawaらによると非がんコントロール集団においてBRCA1病的バリアント保持者が0.04%,BRCA2病的バリアント保持者が0.17%の頻度であり,468人に1人がBRCA1あるいはBRCA2の病的バリアント保持者である2)

    (4) その他の原因遺伝子

    HBOCの原因遺伝子であるBRCA1およびBRCA2の2つ以外にも,遺伝性乳癌の原因遺伝子が同定されている。これらの遺伝子には,CHEK2ATMPALB210)~12)等,DNA二本鎖切断の修復に関わる遺伝子が含まれる。これらの遺伝子変異が乳癌リスクの上昇と関係していることが示されている。PALB2病的バリアント保持者の70歳での乳癌の累積罹患リスクは35%との報告がある13)。わが国の報告では,CHEK2ATMPALB2の乳癌症例における病的バリアント保持者の頻度はそれぞれ0.37%,0.31%,0.40% とされる。

    また,TP53病的バリアント保持者にもHER2陽性乳癌が発症する傾向がある14)

    表1 BRCA1とBRCA2の構造,機能における共通点と相違点のまとめ

    【共通点】

    • 1 ) 精巣と胸腺で強く発現している(乳腺や卵巣でも発現している)。
    • 2 ) 核内でBRCA1/2ともにRad51とともにhomologous recombination(HR)によるDNA損傷修復に関与する。
    • 3 ) BRCA1/2は,中心体に局在し,両タンパク質の発現,および機能消失は,中心体の複製異常と染色体の不安定性に関与することが示唆されている。
    • 4 ) 細胞質分裂の制御にも関与することが示唆されている。
    • 5 ) BRCA1/2は,がん抑制遺伝子である。

    【相違点】

    • 1 ) BRCA1BRCA2にホモロジー(相同性)はほとんどない。
    • 2 ) BRCA1は,ユビキチンリガーゼ(E3)活性を有する。BRCA1はBARD1とともにヘテロダイマーを形成して,ユビキチンリガーゼを構成する。この活性が,乳癌発生抑制に重要であることも示唆されている。ユンビキチン化される基質の候補として,ヌクレオフォスミンやRNAポリメラーゼのサブユニットであるRPB8が報告されている。
    • 3 ) BRCA1は,細胞周期のチェックポイントに重要なBACH1に結合することが報告されている。
    • 4 ) BRCA1は,p53やRNAポリメラーゼⅡに結合し,転写制御に関与していると考えられている。
    • 5 ) BRCA1は,M期に中心体に局在する。siRNAでノックダウンさせると中心体の複製異常が観察される。
    • 6 ) BRCA2は,G1後期からM期前期にかけて中心体に局在し,ヌクレオフォスミン,ROCK2,γ—チュブリン,プレクチンなど多くのタンパク質と相互作用して,中心体の複製やポジショニングを制御する。
    • 7 ) BRCA2は,ミオシンⅡとともに細胞質分裂に関与することが報告されている。
    • 8 ) BRCA2は,EMSYタンパク質と結合し,転写調節に関与することが報告されている。

    わが国のHBOC診療に関する現状

    これまでHBOCのBRCA遺伝学的検査およびリスク低減手術等の医療行為はすべて自費診療で行われていた。

    一方で,BRCA遺伝学的検査は,BRACAnalysis診断システム検査による,ポリ(ADP—リボース)ポリメラーゼ〔poly (ADP—ribose) polymerase:PARP〕阻害薬(オラパリブ)のコンパニオン診断として保険診療がまず実施されるようになった。はじめに2018年7月に「がん化学療法歴のあるBRCA遺伝子変異陽性かつHER2陰性の手術不能または再発乳癌」,続いて2019年6月に「BRCA遺伝子変異陽性の卵巣癌における初回化学療法後の維持療法」,さらに2020年12月に「BRCA遺伝子変異陽性の遠隔転移を有する去勢抵抗性前立腺癌」および「BRCA遺伝子変異陽性の治癒切除不能膵癌におけるプラチナ系抗がん剤を含む化学療法後の維持療法」とBRCA遺伝学的検査をコンパニオン診断とした適応が拡大した。

    また,効果が期待できる分子標的薬を探索するがん遺伝子パネル検査は,2019年6月にOncoGuide NCCオンコパネルシステムおよびFoundationOne CDx がんゲノムプロファイルの2つが保険収載された。これらはがん組織の遺伝子変異を解析する検査であるが,その過程でBRCAの生殖細胞系列バリアントがPGPV(presumed germline pathogenic variant)あるいはPGV(pathogenic germline variant)として認められることがある。

    このように診療科と遺伝関連部門との新しい関わりがみられるようになった。

    さらに2020年4月の診療報酬改定では,乳癌,すべての卵巣癌の発症者にBRACAnalysis診断システム検査が保険適用となった。また,BRCA病的バリアントが確認された乳癌,卵巣癌患者では,リスク低減卵管卵巣摘出術(risk reducing salpingo—oophorectomy:RRSO)やリスク低減乳房切除術(risk reducing mastectomy:RRM)が保険適用となっている。また,リスク低減手術を受けないBRCA病的バリアント保持者はサーベイランスの乳房MRI も保険適用で実施できるようになった。

    条件:45歳以下の発症,60歳以下のトリプルネガティブ乳癌,2個以上の原発性乳癌,第三度近親者以内に乳癌または卵巣癌発症者が1名以上いる,男性乳癌。

  2. 2
    遺伝性乳癌卵巣癌(HBOC)の診断

    BRCA1およびBRCA2BRCA1/2)の遺伝学的検査

    HBOCの診断はBRCA1/2の遺伝学的検査により行う。かつては家族性乳癌の臨床基準を用いて家族性乳癌を定義して検診等の臨床的なマネジメントを行っていた15)。この定義を満たしている頻度は,欧米では約20%であるのに対して,多田らは2.0%,わが国の全国平均では1.1%と報告している16)。現在では高浸透度の原因遺伝子が同定されたことによりBRCA1およびBRCA2の遺伝学的検査により確定診断を行う。約10 mLの採血を行い,2つの遺伝子の遺伝学的検査は,それぞれの遺伝子のexonおよびexon—intron境界領域を含むPCRダイレクトシーケンス(PCR—direct sequence)法およびMLPAを用いて行う。前者はexonおよびexon—intron境界領域の塩基置換,数塩基程度の欠失や重複等を解析する。後者はexon単位の遺伝子再構成の有無を診断する。わが国ではMLPAにより診断可能な病的バリアントは全病的バリアントの5%以下で頻度は低いが,exon単位の大欠失等を否定するために実施しておく必要がある17)。図1にexon1からexon2までの欠失例を示す。最近の遺伝学的検査では遺伝子解析に次世代シーケンサーも用いられている。

    BRCA遺伝学的検査は2020年4月の診療報酬改定により,遺伝性乳癌卵巣癌が疑われる乳癌もしくは卵巣癌患者を対象に,BRCA1/2遺伝子検査として20,200点算定できるようになった。人種によっては,ホットスポットとして頻度の高い病的バリアントが認められることがあるが,わが国では,BRCA1におけるL63X以外の病的バリアントは報告回数が少なく,フレームシフト変異やナンセンス変異が多いが,バリアント部位は遺伝子全体に分布している。また病的意義が不明なバリアント(variant of uncertain significance:VUS)は,2019年1年間に実施されたBRCA遺伝学的検査の3.2%で認められた(JOHBOC 登録事業のデータ)。

    また,以前はわが国のHBOCの頻度は低いのではないかと推測されていたが16),既往歴,家族歴の条件が同じ場合に日本人のほうが,欧米人と比較して病的バリアントが認められるリスクが高いことが報告されている(RR:1.8)18)

    HBOCの遺伝学的検査は,家系内で乳癌や卵巣癌の発症者が最初に受ける場合が多いが,本人が非罹患者である場合には,家系内で最も可能性が高い人(若年発症,両側乳癌,トリプルネガティブ乳癌,卵巣癌),少なくとも乳癌や卵巣癌を発症している人からBRCA遺伝学的検査を受けるのが家系にとっては最も情報量は多い。その人でBRCA1/2病的バリアントが認められなければ,他の血縁者は一般にはその時点で遺伝学的検査を受ける適応はない。一方,家系内ですでにBRCA1/2に病的バリアントが確認されている場合には,他の血縁者はその病的バリアントを有するか否かを診断することになる。

    遺伝子解析技術の進歩は著しく,遺伝学的検査にも次世代シーケンサーが用いられている。すなわち解析できる塩基数が増大して1回の解析でBRCAのみならず多数の遺伝性腫瘍の原因遺伝子を同時に解析することが可能になっている〔マルチ遺伝子パネル検査(multigene panel testing:MPT):効果が期待できる分子標的薬を探索する「がんパネル検査」とは目的や内容が異なるので注意を要する〕。これは遺伝学的診断の診断率を向上させるが,複数の遺伝子を解析するので,1検査あたりのVUSが認められる頻度が高くなる。BRCA1/2遺伝学的検査を受けた198人に42遺伝子解析を実施したところ,1人平均2.1のVUSが認められた19)。また,予期し難い結果が得られる可能性も遺伝学的検査の過程で事前に説明する必要がある(例えば,乳癌を発症してHBOCを考慮してMPTを受けたところ,Lynch(リンチ)症候群であった等)。将来的にはMPTが一般診療に導入されることが予想されるので,データベースの統合整備も急務である。

    遺伝カウンセリング

    これらの遺伝学的検査は生殖細胞系列の遺伝子バリアントを調べる検査であり,遺伝カウンセリングのプロセスの中で実施するのが原則である。遺伝カウンセリングとは疾患の遺伝学的関与について,その医学的影響,心理学的影響および家族への影響をクライエントが理解してそれに適応していくことを助けるプロセスであるとされる。がんの遺伝カウンセリングでは特に適切ながんの遺伝に関する情報提供と,心理社会的支援が重要である20)。また,遺伝カウンセリングに関する基本知識・技能は,すべての医師が習得しておくことが望ましいとされている20)。ASCOのステートメントおよびNCCN遺伝的ハイリスク・アセスメントのガイドラインでは,pre—test counselingとして遺伝学的検査前に実施する遺伝カウンセリングの要点が示されており参考になる21)22)。また,BRCA変異予測モデルとしてBRCAPROやKOHCal等があるが,日本人のデータをもとに作成されたアルゴリズムはいまだなく開発が期待される。

    ASCO:American Society of Clinical Oncology
    NCCN:National Cancer Comprehensive Network

    患者の遺伝学的アセスメントからマネジメントまで

    HBOCは遺伝学的検査により診断が確定する。したがって,どのような人に遺伝学的検査を受ける機会を提供するかは重要な課題である。また,遺伝学的検査は最終的には本人が受けるかどうか自身の意思で決めなければならない。そのためにがんの遺伝カウンセリングではクライエントに該当する遺伝学的検査の医学的な意義と注意点等の適切な情報を提供して本人にとって最善の選択ができるようにサポートする必要がある。がんの領域では,個々の病変に対する治療法が存在し,また早期に発見できれば完治の可能性もあり,遺伝学的検査による情報があることのメリットは大きい場合も多い。例えばLynch症候群では,すべての大腸癌にLynch症候群のスクリーニング検査である免疫組織化学やマイクロサテライト不安定性検査(MSI)を行い,Lynch症候群を絞り込む,いわゆるユニバーサルスクリーニングも海外で提唱されている23)

    HBOCでは簡便なスクリーニング検査がないために,以前はNCCNガイドラインでも臨床情報からHBOCの可能性がある患者を絞り込み,次に詳細な二次評価を行う2段階の遺伝カウンセリングが提案されていたが,現在は,testing criteriaを満たす遺伝学的検査の適応のある方を対象とした検査前遺伝カウンセリング,結果開示以後の検査後遺伝カウンセリング(post—test counseling)に分けて具体的な内容が示されている22)

  3. 3
    臨床的な特徴

    乳癌

    BRCA1およびBRCA2病的バリアント保持者の乳癌の累積罹患リスクは,それぞれ70歳で57%,49%とされる24)。Noguchiらの報告では,日本人BRCA1/2病的バリアント保持者に発症した乳癌には,若年発症(44歳),両側乳癌の頻度が高い(約3割)等の特徴が示されており,これらは海外のデータとも類似している25)。さらにBRCA1病的バリアント保持者の乳癌は,充実腺管癌の割合や核異型度が高く,トリプルネガティブ乳癌の割合が70%を占めるとされる17)BRCA2病的バリアント保持者の組織型は通常の乳癌と同様で,ホルモン受容体陽性HER2陰性のLuminalタイプが68.8%を占めた。また,男性のBRCA2病的バリアント保持者の男性乳癌の累積罹患リスクは7~8%とされる

    卵巣癌

    BRCA病的バリアント保持者の卵巣癌の累積罹患リスクは,BRCA1およびBRCA2病的バリアント保持者でそれぞれ70歳で40%,18%とされる24)。また,BRCA1/2病的バリアント保持者の卵巣癌において組織型では81%が漿液性腺癌であり,また,Ⅲ期,Ⅳ期の進行症例が8割を占めている26)BRCA病的バリアント保持者のリスク低減手術で切除された卵管に,漿液性卵管上皮内癌(serous tubal intraepithelial carcinoma:STIC)が認められ,一部の卵巣癌は卵管采由来であることが示唆されている27)

    前立腺癌

    男性では前立腺癌の罹患リスクが高く,特にBRCA2病的バリアント保持者では一般の2~6倍の罹患リスクがあるとされる。またBRCA病的バリアント保持者に発症する前立腺癌は悪性度が高い傾向を認め,遠隔転移やリンパ節転移の頻度が高く,予後が不良であるとされる28)。また,監視療法(active surveillance)からの逸脱の頻度は,BRCA1/2ATM病的バリアント保持者で有意に高かったという報告がある29)

    膵癌

    BRCA1あるいはBRCA2病的バリアント保持者は,欧米のデータでは,70歳までの膵癌の累積罹患リスクは,1.4~1.5%(女性),2.1~4.1%(男性)とされる。また,一般集団に対して2.4~6倍の発症リスクの増加があると報告されている。さらに膵癌患者の4~7%にBRCA病的バリアントが認められるという30)

  4. 4
    対策

    NCCNガイドラインにおける対策を表2に示す。

    表2 遺伝的にがんリスクが高いと考えられる人々への対策
    (文献22より和訳一部改変)

    <女性>

    • ●18歳から自己乳房検診を開始する。
    • ●25歳から,6~12カ月毎の医師による乳房視触診を開始する。
    • ●乳癌検診
      • ➢25~29歳,年に一度の造影乳房MRI検査(あるいは,MRI検査が利用できない場合にはトモシンセシスを考慮したマンモグラフィ),30歳前に乳癌と診断されている家族歴があれば,家族歴に基づいて個別化して対応する。
      • ➢30~75歳,年に一度のトモシンセシスを考慮したマンモグラフィと造影乳房MRIを実施する。
      • ➢75歳以上,検診対応は個々の状況に応じて実施する。
      • ➢乳癌の治療を受けており,かつ両側乳房全切除術を受けていないBRCA病的バリアント保持者に対しては,年に一度のトモシンセシスを考慮したマンモグラフィと造影乳房MRIによるスクリーニングを継続する。
    • ●リスク低減乳房切除術(RRM)について話し合う。
      • ➢乳癌発症予防効果,乳房再建も可能であること,ならびに乳癌のリスクに関するカウンセリングを行う。さらに家族歴や年齢や余命に伴う残存する乳癌リスクはカウンセリングのときに考慮される。
    • ●理想的には35~40歳の間に,出産の完了に伴って,リスク低減卵管卵巣摘出術(RRSO)を推奨する。BRCA2病的バリアント保持者の卵巣癌の発症年齢はBRCA1病的バリアント保持者に比べると,平均して8~10年ほど遅いので,家系内の診断時年齢で予防手術を考慮するのに,より若い年齢で発症することが確実でない限り,BRCA2病的バリアント保持者については,RRSOを40~50歳に遅らせることは妥当である。RRSOプロトコール(NCCN 卵巣癌ガイドライン―手術の原則)を参照。
      • ➢挙児希望についての話し合いや,がんリスクの程度,乳癌および卵巣癌の期待できる予防効果,更年期症状の対応策,ホルモン補充療法(HRT)を行うか,その他関連する医学的事項に関してカウンセリングを行う。
      • ➢現在,臨床試験が進行中であるが,卵管切除術単独はリスク低減目的のための標準的治療法ではない。リスク低減卵管切除術単独の問題点は,卵巣癌の発症リスクは依然として残ることである。それに加えて,閉経前女性の場合,卵巣切除術は乳癌罹患リスクを低減させるようであるが,その程度は不明であり,遺伝子特異的であるかもしれない。
    • ●限られたデータから,子宮の漿液性腺癌のリスクがBRCA1病的バリアントを有する女性でやや高い可能性が示唆されている。(以下略)
    • ●RRMおよび/またはRRSOの心理社会的,社会的側面および生活の質の側面に取り組む。
    • ●RRSOを選択しなかった患者に対しては,卵巣癌に対する経腟超音波検査は,積極的に推奨を裏付けるほどの十分な感受性も特異性も示されていないが,臨床医の判断で30~35歳から考慮の対象となるであろう。
    • ●乳癌と卵巣癌の化学予防の選択肢について,そのリスクと利益を含めて考慮する(詳細については,考察の項を参照)(乳癌リスクの低減については,NCCNガイドラインを参照)。

    <男性>

    • ●35歳から自己乳房検診の訓練と教育を開始する。
    • ●35歳から12カ月毎の診察を開始する。
    • ●女性化乳房をもつ男性には50歳から,あるいは家系内で最も早く男性乳癌を発症した年齢よりも5~10歳早い年齢から,年1回のマンモグラフィを考慮する。
    • ●40 歳から前立腺癌検診を開始
      • BRCA2病的バリアント保持者には前立腺癌スクリーニングを推奨する。
      • BRCA1病的バリアント保持者には前立腺癌スクリーニングを考慮する。

    <男性・女性>

    • ●新規画像診断やスクリーニング,臨床試験への参加を考慮する。
    • ●がんの兆候や症状に関する教育を行う。特に,BRCA1BRCA2に関連したがんについて教育する。
    • ●悪性黒色腫についてはスクリーニングのための特別なガイドラインは存在しないが,全身の皮膚の診察や紫外線の曝露を最小限にする等,通常の悪性黒色腫のリスクアセスメントは適切である。
    • ●膵癌スクリーニング

    <血縁者へのリスク>

    • ●血縁者に乳癌発症リスクが遺伝している可能性,リスク評価の選択肢,対応策についての助言を行う。
    • ●遺伝的リスクが考えられる血縁者には,遺伝カウンセリングを受けること,また遺伝学的検査を考慮することを勧める。

    <生殖の選択>

    • ●(略)

    計画的なサーベイランス

    BRCA1/2病的バリアント保持者のサーベイランスにおいて,乳癌のサーベイランスではMRIの有用性が指摘されている31)。ハイリスクでの超音波検査を使ったサーベイランスはMRIよりも簡便で安価で低侵襲であるが,超音波検診が一般化されていない欧米ではMRIを推奨している。北米の多くの報告によると,BRCA病的バリアント保持者のサーベイランスにおいて,マンモグラフィにMRIを加えた検査方法が,マンモグラフィ単独よりも感度が高いとされている。

    卵巣癌のサーベイランス法として経腟超音波検査やCA125が提示されているが,有効性は明らかではない。

    化学予防(chemoprevention)

    BRCA1/2病的バリアント保持者の乳癌発症リスクを下げるために,海外では予防的なタモキシフェン(TAM)の内服を行う場合がある。BRCA1/2病的バリアント保持者ではなく,乳癌のハイリスク者を対象とした化学予防として,TAMの浸潤性乳癌の発症予防効果が示されている32)。しかし,BRCA1/2病的バリアント保持者を対象とした前向き試験のデータは不十分であり,複数の臨床研究があるが症例対象研究の結果と必ずしも一致していない31)

    またわが国ではTAMの乳癌の予防目的での使用は保険収載されておらず,自費診療となるため,化学予防単独の目的では一般には使用されていない。

    一方,経口避妊薬の使用は,BRCA病的バリアント保持者においても卵巣癌のリスク低減効果があることが複数の報告で一致して示されている33)

    リスク低減卵管卵巣摘出術(RRSO)

    HBOCでは卵巣癌,卵管癌への対策も必要であるが,がん検診の有用性は示されていない。現在,最も有効な対策はRRSOであると考えられる。卵巣癌,卵管癌の発症率を下げるとともに総死亡率を下げることも示されている34)。RRSO術後,腹膜癌の発症は20年で4.3%という報告がある。わが国とは医療事情が異なり単純な比較はできないが,海外の報告ではBRCA病的バリアント保持者の50~70%がRRSOを受けている35)。RRSOはBRCA病的バリアントが確認されている乳癌患者では,2020年4月より保険適用となった。

    リスク低減乳房切除術(RRM)

    RRMが乳癌発症のリスクを9割以上低下させることは明らかである。一方で,RRMの生命予後の改善効果はなかなか示されなかったが,乳癌に罹患したBRCA1/2病的バリアント保持者が,対側リスク低減乳房切除術(contralateral risk reducing mastectomy:CRRM)を受けることで,生命予後の改善につながるとの報告がなされている36)。オランダの前向き研究によると,BRCA病的バリアントを有する初発乳癌患者を対象にCRRMを実施した群と対照群を平均11.4年フォローアップした結果,死亡率はCRRMを受けた群で有意に低いことが示されている(HR:0.49)。ただしRRSOも行なっている対象も多く,RRSO による生命予後の改善効果と完全に分けて考えることはできない。CRRMもBRCA病的バリアントが確認されている乳癌患者では,2020年4月より保険適用となった。RRMにより確実に利益を受けるBRCA病的バリアント保持者がいることが経験的に推測される。今後はどのような患者にRRMを推奨すべきか,個別化医療をさらに一歩進めることも必要と思われる。

    海外の報告では10~40%のBRCA病的バリアント保持者がRRMを受けているが,研究間でRRMを受ける頻度は大きく異なっている35)

  5. 5
    遺伝子情報に基づいた治療

    術前にBRCA遺伝学的検査を行い,手術方針に反映させることも考えられる。術前に病的なBRCA病的バリアントが判明している乳癌患者は手術時に両側乳房全切除術を受ける患者の割合が有意に高い37)。NCCNガイドラインでは放射線治療を伴う温存療法は相対的な禁忌との記載がある38)

    また,HBOC患者のがんに対するPARP阻害薬の効果も期待される。現状では,一定条件下の乳癌・卵巣癌・前立腺癌・膵癌で保険適用となっている(1-❸参照)。BRCA病的バリアント保持者に発症した悪性腫瘍では,DNA二本鎖切断修復機構のうちの相同組み換え機構が破綻しているため,一本鎖修復を含む代替え修復経路を担うPARP1を阻害することによってDNA修復を不能として,細胞死(アポトーシス)を生じさせる。

    また,散発性のがんがBRCA1あるいはBRCA2の病的バリアント保持者に発症したがんと類似の性格を有する場合があり,これをBRCAnessと称している39)。この原因としてBRCA1FANCFのプロモーター領域のメチル化による不活化,腫瘍におけるBRCAの体細胞病的バリアント,およびEMSYの増幅等があげられる。いずれも相同組み換え修復の機能不全となるため,HBOC患者に発症した乳癌・卵巣癌と同様の機序でPARP阻害薬の効果が期待される。

    遺伝性腫瘍の臨床は個別化医療の最たるものといえる。多くの医療者がHBOCについて認識を深めて,がんのハイリスク者に対して適切な医療が介入して生命予後の改善につなげていくことが期待される。

  6. 6
    参考文献

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