Ⅱ-3 卵巣癌領域
プラチナ製剤を含む初回薬物療法に奏効したBRCA病的バリアントを有する卵巣癌患者に対し,PARP阻害薬の維持療法を条件付きで推奨する。
エビデンスの確実性「強」/推奨のタイプ「当該介入の条件付きの推奨」/合意率「73%(8/11)」
推奨文:これまでの臨床試験の結果から,プラチナ製剤を含む初回薬物療法に奏効したBRCA病的バリアントを有する卵巣癌患者に対するPARP阻害薬の維持療法は無病生存期間(disease‒free survial:DFS)を延長することは確実である。一方,OSの延長効果や,至適投薬期間,長期合併症については不確実性が残る。また治療に際しては,高額な薬剤による経済的負担が患者側に生じる。これらについて十分な話し合いをもうけたうえで,投薬を検討することが望ましい。
進行卵巣癌(FIGO Ⅲ,Ⅳ期)は予後不良であり,初回薬物療法後に再発するリスクの高い集団であることから,新たな治療オプションが必要とされている。BRCA病的バリアントを有するプラチナ感受性再発卵巣癌に対し,オラパリブやニラパリブ,Veliparib,Rucaparib等のいくつかのPARP阻害薬が臨床試験で有効性を示した。その結果から,進行卵巣癌の初回治療において,手術ならびに初回薬物療法により奏効の得られたBRCA病的バリアントを有する患者に対し,PARP阻害薬を維持療法として投与することの有効性が第Ⅲ相RCTで検証された。PARP阻害薬の維持療法が推奨されるかを検討する。
本CQでは,BRCA病的バリアントを有する卵巣癌患者に対し,PARP阻害薬の維持療法の介入群と非介入群の2群間で,「無増悪生存期間(PFS)の延長」「全生存期間(OS)の延長」「有害事象」「患者の意向」を評価した。
進行卵巣癌(FIGO Ⅲ,Ⅳ期)に対する初回治療後のPARP阻害薬の有効性を試みた第Ⅲ相RCT4編(SOLO—1試験1),PAOLA—1試験2),PRIMA試験3),VELIA試験4))を選択した。いずれの臨床試験も,対象患者の組織型を高異型度漿液性癌,高異型度類内膜癌に限定している(PAOLA—1については,粘液性癌を除くBRCA病的バリアントを有する非漿液性癌を含む)。BRCA病的バリアントを有する患者のみを対象とした臨床試験はSOLO—1試験のみで,その他の臨床試験では有効性の解析において生殖細胞系列BRCA(germline BRCA:gBRCA)もしくは腫瘍BRCA(tumor BRCA:tBRCA)の病的バリアントを有する症例のサブグループ解析が行われている。「無増悪生存期間(PFS)の延長」「全生存期間(OS)の延長」「有害事象」「患者の意向」に関して,定性的なシステマティックレビューを行なった。
SOLO—1試験は,Ⅲ,Ⅳ期の高異型度漿液性もしくは類内膜癌でgBRCA1/2もしくは腫瘍BRCA(tumor BRCA:tBRCA)1/2の病的バリアントを有する患者で,初回治療として手術,プラチナ併用化学療法が行われ完全奏効もしくは部分奏効の得られた患者に対し,オラパリブの維持療法(300mg,1日2回内服を2年間)とプラセボを比較した第Ⅲ相試験である。オラパリブ維持療法により,3年無増悪生存割合:60% vs. 27%,HR:0.3(95%CI:0.23—0.41,P<0.001)と非常に高い無増悪生存期間の改善効果が認められた1)。PAOLA—1試験は,BRCA1/2遺伝子病的バリアントの有無を問わず,Ⅲ,Ⅳ期の高異型度漿液性もしくは類内膜癌の患者を対象とし(粘液性癌を除くBRCA病的バリアントを有する非漿液性癌を含む),初回治療として手術,ベバシズマブ併用化学療法が行われ完全奏効もしくは部分奏効の得られた患者に対し,維持療法としてオラパリブ2年間内服とベバシズマブ15カ月の併用療法と,プラセボとベバシズマブ併用療法を行うことの第Ⅲ相比較試験である。PFSについて,全体集団においてHR0.59,さらにBRCA1/2遺伝子病的バリアントを有するサブグループにおいては,PFS:37.2カ月vs. 21.7カ月,HR:0.31(95%CI:0.2—0.47)と,オラパリブ+ベバシズマブ維持療法により高い予後改善効果を認めた2)。PRIMA試験は,BRCA1/2遺伝子病的バリアントの有無を問わず,Ⅲ,Ⅳ期の高異型度漿液性もしくは類内膜癌の患者を対象とし,初回治療として手術,化学療法が行われ完全奏効もしくは部分奏効の得られた患者に対し,維持療法としてニラパリブ(300mg,1日1回内服を3年間)とプラセボ併用療法を行うことの第Ⅲ相比較試験である。全体集団においてHR:0.62,さらにBRCA1/2病的バリアントを有するサブグループにおいては,PFS:22.1カ月vs. 10.9カ月,HR:0.4(95%CI:0.27—0.62)と,ニラパリブ維持療法により予後改善効果を認めた3)。VELIA試験は,BRCA1/2遺伝子病的バリアントの有無を問わず,Ⅲ,Ⅳ期の高異型度漿液性癌の患者を対象とし,初回治療としてカルボプラチン+パクリタキセル(TC)療法を行う群,TC療法にveliparibを併用する群,TC療法にveliparibを併用しかつveliparib維持療法を行う群の3群を比較した第Ⅲ相比較試験である。BRCA1/2遺伝子病的バリアントを有するサブグループにおいて,TC療法にveliparibを併用しかつveliparib維持療法を行う群とTC療法のみを行う群との比較においてPFS:34.7 vs. 22カ月,HR:0.44(95%CI:0.28—0.68)と予後改善効果が認められた4)。
いずれのRCTも対象患者の組織型を限定している。PFSは,VELIA試験はgBRCA病的バリアントを有する症例のサブ解析のデータ,PRIMA試験,PAOLA—1試験はtBRCA病的バリアントを有する症例のサブ解析のデータである。SOLO—1試験,PAOLA—1試験,PRIMA試験は,化学療法終了後の維持療法としてPARP阻害薬を使用している。VELIA試験はPARP阻害薬を化学療法と併用した後,維持療法としても使用している。また,維持療法におけるPARP阻害薬の内服期間は,SOLO—1試験,PAOLA—1試験においては2年間,VELIA試験では2年間である。各試験により対象とする組織型が異なること,維持療法の試験デザインが異なることから,アウトカムに対する非直接性はあると判断した。以上より,PFS延長に対するエビデンスの確実性は強とした。
いずれのRCTも解析時のdata maturityが低く,OSに関して十分な統計解析が行われていない。非一貫性は評価できないと判断した。OS延長に対するエビデンスの確実性は弱とした。
有害事象の発生率はVELIA試験,PRIMA試験,PAOLA—1試験ではBRCA病的バリアントを有さない患者も含めたデータである。PARP阻害薬による有害事象は,いずれの試験においてもほぼ全例に認められている。主な有害事象には,骨髄抑制,疲労,消化器毒性がある。また,頻度が低いものの重篤な有害事象に,白血病/骨髄異形成症候群がある。有害事象に対するエビデンスの確実性は中とした。
VELIAではgermline BRCA病的バリアントを有する症例のサブ解析のデータ,PRIMA,PAOLA—1ではBRCA病的バリアントを有さない患者も含めたデータである。4試験において解析方法が異なるものの,いずれの試験においても介入群と対照群とでQOLの差を認めなかった。以上より,患者の意向に対するエビデンスの確実性は弱とした。
4編の第Ⅲ相RCTにおいて,BRCA病的バリアントを有する患者に対しPARP阻害薬維持療法による高いPFS改善効果を認めた。一方,OSの延長効果については解析が未成熟であり,有害事象については,頻度が低いものの重篤な有害事象である白血病/骨髄異形成症候群に対する懸念がある。
本CQの議論には,乳癌領域医師3名,婦人科領域医師2名,遺伝領域医師3名,遺伝看護専門看護師1名,認定遺伝カウンセラー1名,患者・市民2名の12名が参加した。投票は経済的・アカデミックCOIがあった1名が棄権し,11名で行った。
本CQは優先事項かについては10名が「はい」と回答したが,1名は卵巣癌診療ガイドラインに記載するのであればそちらを優先すべきであるとの回答であった。望ましい効果に関しては,全生存期間のデータが未成熟であるものの,無増悪生存期間のハザード比から鑑みて「大きい」と判断され,11名全員が効果は「大きい」と判断した。望ましくない効果については,8名が「中」,3名が「小さい」と判断した。
11名全員が確実性は「強」と判断した。エビデンスの質はいずれの試験も高く,3つの試験ではBRCA病的バリアントを有する患者はサブグループ解析であるが,予め計画されている集団であり症例数は評価に値すると考えられた。ただし,再発後には対照群であってもPARP阻害薬を投与される患者がいることが予想されることから,今後も正確なOSの結果は出ないであろう点,いずれの試験もOSのデータが未成熟な点は留意が必要である。
1名が「重要な不確実性またはばらつきがあり」と回答,3名が「重要な不確実性またはばらつきの可能性あり」と回答した。その他の7名は「おそらくなし」と回答した。不確実性,ばらつきについては,急性骨髄性白血病,骨髄異形成症候群についての評価やPARP阻害薬の薬価の高さが問題となった。低い頻度(1%前後)ながら致死性となりうる有害事象をどう評価するかについて,不確実性が指摘された。
7名が「おそらく介入が優位」,4名が「介入が優位」と回答した。第Ⅲ相RCTによるPFSの評価であり,3試験においてはサブグループ解析であるものの統計学的に調整された集団での評価のため,望ましい効果の質を担保すると判断された。一方で,有害事象の高さ,OSのデータが未成熟である点,稀ながら致死的な有害事象である白血病/骨髄異形成症候群の発症リスクも指摘された。
費用対効果に関する論文は抽出されなかった。ただし,PARP阻害薬の薬価が高いことから,高額療養費限度額の支払いを数年にわたり続けることの負担についての認識が必要である。
以上の議論により,推奨草案は以下のようになった。
8/11名(73%)で推奨草案を支持し,採用が決定した。なお,投票では「当該介入の強い推奨」を3名が支持した。
推奨決定会議では「当該介入の条件付きの推奨」とした理由として,薬剤費用が高額なこと,二次がんを含めた長期合併症に関するデータが乏しいこと,投薬期間が臨床試験毎に異なり至適投薬期間に関しては不確実性が残ることがあげられた。
ASCO*ガイドラインでは,オラパリブ,ニラパリブおよびオラパリブ+ベバシズマブ併用療法については,利益が害を上回り,エビデンスの質が高く治療を強く推奨としている。一方,veli-paribについては,利益と害の割合が不明,エビデンスの質は中等度,治療を強く推奨としている5)。NCCNガイドラインは,プラチナ製剤を含む初回薬物療法に奏効したBRCA病的バリアントを有する卵巣癌患者に対するオラパリブ,ニラパリブ,オラパリブ+ベバシズマブ併用療法による維持療法をカテゴリー1で推奨しているが,veliparibについては記載はない6)。
ASCO:American Society of Clinical Oncology
治療期間や投与量の妥当性や長期の安全性については,今後さらに検討が必要である。また,バリアントの多様性と薬効との関連について今後の評価を継続することが勧められる。
外部評価では内容に関する大きな指摘はなかった。
BRCA,PARP inhibitor,maintenance,cost,patient preference