Ⅱ-3 卵巣癌領域
BRCA病的バリアント保持者に対し,卵巣癌発症リスク低減目的でOCあるいはLEPの内服を条件付きで推奨する。
エビデンスの確実性「中」/推奨のタイプ「当該介入の条件付きの推奨」/合意率「92%(11/12)
推奨文:メタアナリシスの結果から,BRCA病的バリアント保持者に対するOCあるいはLEPの服用は,卵巣癌発症リスクを低減させる可能性が高い。一方で,卵巣癌発症予防を目的とした場合の服薬用量や服薬期間に関する基準がない点,長期内服による乳癌発症リスクの上昇に関しては不確実性が残る。本介入は,卵巣癌発症予防を目的としたRRSOの効果を上回るものではないことを考慮し,十分な話し合いのうえで決定していくのが望ましい。
一般集団では低用量経口避妊薬(oral contraceptives:OC)あるいは低用量エストロゲン・プロゲスチン配合薬(low dose estrogen‒progestin:LEP)は卵巣癌の発症リスクを低下させる。BRCA病的バリアント保持者の卵巣癌予防には,2020年に一部保険収載されたRRSOが推奨されるが,2021年現在,癌未発症者に対しては適応疾患がなければ保険適用外である。またNCCN等のガイドラインで推奨されるRRSO施行時期は35~40歳であり,わが国では該当年齢でRRSOを施行するBRCA病的バリアント保持者は少ない。一方で,卵巣癌の早期発見に対して,経腟超音波断層法や血清CA125を用いたスクリーニングの有用性は認められていない。そこで本CQでは,BRCA1/2病的バリアント保持者に対する卵巣癌発症リスク低減のため,OCあるいはLEPが化学予防(薬物療法)として推奨されるかどうかを検討する。これら薬剤の多くはエストロゲンとプロゲストーゲンの合剤であり,エチニルエストラジオールが50μg未満のものを低用量という。なお避妊を目的として用いる薬剤をOCといい,月経困難症や子宮内膜症等の疾患の治療を目的として用いる薬剤をLEPと区別している。
本CQでは,BRCA1/2病的バリアント保持者における,OCあるいはLEP服用者と非服用者の2群間で,「卵巣癌発症リスクの低減効果」「乳癌発症リスク」「費用対効果」「患者の意向」「患者の満足度」を評価した。
「卵巣癌発症リスクの低減効果」に関して,定性的なシステマティックレビューを行い,メタアナリシス報告3編,コホート研究1編,症例対象研究1編を選択した。「乳癌発症リスク」については,メタアナリシス報告1編,コホート研究2編,症例対象研究3編を選択した。「費用対効果」「患者の意向」「患者の満足度」に関する該当論文はなかった。
2010年に報告された卵巣癌を発症した1,503例と発症していない6,315例のBRCA1/2病的バリアント保持者を対象としたメタアナリシスでは,BRCA1病的バリアント保持者〔要約相対リスク(summary relative risk:SRR):0.51(95%CI:0.40‒0.65)〕およびBRCA2病的バリアント保持者〔SRR:0.52(95%CI:0.31‒0.87)〕のいずれもOC服用により卵巣癌発症リスクが約50%へ有意に減少した1)。また2011年および2013年に報告されたメタアナリシスでは,それぞれBRCA1病的バリアント保持者〔オッズ比(odds ratio:OR):0.56(95%CI:0.479‒0.69)〕,〔OR:0.55(95%CI:0.47‒0.66)〕およびBRCA2病的バリアント保持者〔OR:0.49(95%CI:0.32‒0.77)〕,〔OR:0.65(95%CI:0.34‒1.24)〕と,いずれにおいてもOC服用により卵巣癌発症リスクが減少した2)3)。上記メタアナリシス以降に報告された各1報のコホート研究4)と症例対照研究5)からもOC服用により卵巣癌発症リスクが低下することが報告されている。以上より,OC服用による卵巣癌発症リスク低減効果に関するエビデンスの確実性は中となる。一方,BRCA2病的バリアント保持者のみを対象とした解析では,1編のメタアナリシス報告において同効果に対するエビデンスの確実性は弱と報告されている。本CQの対象が,BRCA1/2病的バリアント保持者であることから,エビデンスの確実性は中となることが想定される。
乳癌発症リスクについては,2013年に報告されたメタアナリシスにおいて,BRCA1病的バリアント保持者〔OR:1.19(95%CI:0.92‒1.55)〕およびBRCA2病的バリアント保持者〔OR:1.36(95%CI:0.89‒2.10)〕のいずれにおいてもOC服用によりリスクは上がらないと報告されている3)。一方,上記メタアナリシスに使用されたコホート研究と症例対照研究の中には,OC長期服用により乳癌発症リスクが上昇すると報告されているものもある6)7)。乳癌を発症した981例と発症していない981例のBRCA1病的バリアント保持者を対象とした症例対照研究では,5年以上のOC長期投与による乳癌発症リスクの有意な上昇〔OR:1.33(95%CI:1.11‒1.60)〕が報告されている8)。また50歳以下のBRCA2病的バリアント保持者を対象とした症例対照研究においても,同様に5年以上のOC内服により乳癌発症リスクが上昇〔OR:2.06(95%CI:1.08‒3.94)〕することが報告されている9)。以上よりエビデンスの確実性は弱とした。
該当論文はなかった。
該当論文はなかった。
該当論文はなかった。
メタアナリシス3編では,BRCA1/2病的バリアント保持者,BRCA1病的バリアント保持者,BRCA2病的バリアント保持者の3群に分けてOC服用による卵巣癌発症リスク低減効果を検証している。これらの結果より,総じてBRCA1/2病的バリアント保持者を対象とした場合,OC服用による卵巣癌発症リスクの低減効果(OR:0.5‒0.6)が報告されている。またメタアナリシス以降に報告された各1編のコホート研究と症例対照研究からもOC服用による卵巣癌発症リスク低減効果が示されており,再現性の高い結果と考えられる。一方,OC服用による乳癌発症リスクについては,メタアナリシス1編から,BRCA1/2病的バリアント保持者を対象とした場合,有意に乳癌発症リスクは上がらないと報告されている。しかしコホート研究や症例対照研究の中には,5年以上の長期投与による乳癌発症リスクの有意な上昇が報告されている。また一般集団(OR:1.08)に比べるとそのリスクが高い(OR:1.21)ことも示されており,エビデンスの確実性は弱と考えられる。
内服したOC製剤の違い,内服期間の違い,人種の違い等が上記報告に関するバイアスリスクと考えられる。OC製剤の違いに関しては,製剤を特定しないメタアナリシスにおいて,卵巣癌発症に関するリスク低減効果が,また同様に乳癌発症リスクが上昇しないことが報告されており,バイアスリスクは深刻ではないと考えられる。内服期間については,長期投与により,高い卵巣癌発症リスク低減効果を認めることが複数報告されているが,介入群と対照群で内服期間が大きく異なる場合にはバイアスリスクとなり得る。一方,引用した文献はすべて海外において検証されたものであり,いずれのリスク評価も人種の違いが影響する可能性は否定できない。国内での本CQに関するエビデンスを蓄積する必要があると考えられる。
本CQの議論・投票には,深刻な経済的・アカデミックCOIのない乳癌領域医師3名,婦人科領域医師2名,遺伝領域医3名,遺伝看護専門看護師1名,認定遺伝カウンセラー1名,患者・市民2名の12名が参加した。
この問題は優先事項であるかの問いについて,投票結果では「はい」が9名,「おそらく,はい」が3名であった。特にRRSOを希望しない当事者に対する選択肢として重要な優先事項である。また予期される望ましい効果はどの程度のものかの問いについては,「中」が11名,「大きい」が1名であった。望ましい効果としての生存期間に関する効果の検討は今後の課題と考えられた。一方,予期される望ましくない効果はどの程度のものかの問いに対する投票結果では,乳癌発症リスクの上昇については,大規模なメタアナリシスにおいて否定されていることから「小さい」が12名であった。またOCは日常臨床において広く使用される薬剤であり,予期される望ましくない効果は小さいと考えられた。
観察研究の結果であるが,大規模なメタアナリシスにより一貫した卵巣癌発症リスクに対する低減効果が示されていることより,アウトカム全体のエビデンスの確実性については10人が「中」等度,2人が「弱」と判断した。
投票結果では,「重要な不確実性またはばらつきはおそらくなし」が9名,「重要な不確実性またはばらつきの可能性あり」が2名,「重要な不確実性またはばらつきがあり」が1名であった。これまでの検討では,OC服用と経過観察を比較するものが中心であり,RRSOとの比較が行われていないことは,重要な不確実性の要因となる。またどの製剤をどのくらいの期間使用すれば,リスク低減効果が期待できるかの明確な基準がないことは,重要な不確実性の可能性となる。
投票結果では,「おそらく介入が優位」が12名であった。しかしながら,OC服用による卵巣癌と乳癌の発症リスクを同時に検討することは各癌種の発症年齢分布に大きな違いがあることから困難であることに留意する必要がある。
費用対効果に関する論文は抽出されなかった。この問題に関する容認性については,「おそらく,はい」が10名,「はい」が2名の投票結果であった。実臨床上,広く使用されている薬剤である一方,製剤と服薬期間に関して明確な基準がないことが容認性に影響を与える可能性があると考えられた。この介入に関する実行可能性については,「はい」が6名,「おそらく,はい」が6名であった。現時点では,保険適用外であることが実行可能性の障壁と考えられるが,がん未発症のBRCA1/2病的バリアント保持者にとっての重要なオプションであると考えられた。
最終投票では,「条件付き推奨」に11名,「強い推奨」に1名が投票した。強い推奨を支持した委員からは,OC服用はRRSOを選択しない場合の重要なオプションであり,医療従事者は情報提供をする必要があるとの意見があった。
以上より,本CQに対する推奨草案は以下とした。
11/12名(92%)で推奨草案を支持し,採用が決定した。なお,投票では「当該介入の強い推奨」を1名が支持した。
推奨決定会議では「当該介入の条件付きの推奨」とした理由として,卵巣癌発症予防を目的とした場合の服薬用量や服薬期間に関する基準がないこと,長期内服した場合の乳癌発症リスクに関して不確実性が残ることがあげられた。特に,BRCA2病的バリアント保持者ではベースラインのホルモン陽性乳癌発症リスクが高く,OC内服の影響には不確実性が残るという意見があった。今後はBRCA1とBRCA2とでOCの効果に関しての検証が必要であることが話し合われた。
一方,「当該介入の強い推奨」を支持した委員からは,卵巣癌の予防方法として強く勧めたいという意見があった。
NCCNガイドラインでは,以下のように記載されている10)。OC服用と乳癌発症リスクに関して,各種バイアス(症例対照研究で使用された研究デザインの違い)により研究間での比較が困難となっている。例えば,研究の対照集団を規定する基準(BRCA1/2バリアント非保持者ないしは癌未発症のBRCA1/2バリアント保持者),乳癌や卵巣癌の家族歴の判断基準,母集団の基準(国籍,地域,民族,年齢),発症年齢,使用したOCの種類と期間等がそのバイアスの要因となっている。以上よりOC服用と乳癌発症リスクに関する評価は,大規模前向き臨床試験により検討される必要がある。
本CQに関して,OC製剤の種類・OC服用期間・人種(日本人を対象)・乳癌発症を含めたOC服用による副作用等について,各BRCAに分けたモニタリングが必要と考えられる。
外部評価では内容に関する大きな指摘はなかった。
BRCA,HBOC,combined oral contraceptives,side effect,cost,patient preference, climacteric symptom