JOHBOC 日本遺伝性乳癌卵巣癌総合診療制度機構 | 編

Ⅱ-1 遺伝子診断・遺伝カウンセリング領域

BRCA病的バリアントの臨床的意義と遺伝学的配慮は?

ステートメント

BRCA病的バリアントを臨床診断する意義は,患者自身の遺伝学的検査結果に基づく適切な医療提供と,患者本人のみならず家系員への適切な医学的管理が提供可能となる点にある。卵巣癌あるいは乳癌既発症者の一部にはHBOCを念頭に置いた保険適用でのBRCA遺伝学的検査が実施可能であり,乳癌,卵巣癌,前立腺癌,膵癌を対象としたPARP阻害薬の適応を判断するために実施された場合,HBOCの診断が付けば分子標的薬の選択肢が増えることになる。また,未発症者に対しては,遺伝学的診断がつくことで,リスク低減手術やサーベイランス等の適切な医学的管理が可能となることが臨床的意義といえる。一方で遺伝学的検査の特徴を鑑み,検査前の主治医からの説明や遺伝カウンセリングを通じて,十分な情報提供と心理社会的支援を行うことが望ましい。

  1. 1背景

    2020年4月の診療報酬改定に際し,保険診療で実施可能なBRCA遺伝学的検査の適応が拡大し,リスク低減乳房切除術(risk reducing mastectomy:RRM)およびリスク低減卵管卵巣摘出術(risk reducing salpingo‒oophorectomy:RRSO)が保険収載されたことはわが国における大きなパラダイムシフトといえる。ただし,対象者等に限りがあることから,依然として自費診療で対応すべき診療も存在する。従来遺伝診療を行ってきた施設では,保険診療での遺伝カウンセリングも実施できるようになったが,一方で遺伝カウンセリング加算の算定条件を満たさない施設での遺伝学的検査の際は,自費での遺伝カウンセリングが必要な状況には矛盾がある。

    ガイドラインの推奨と実際の保険診療で提供可能な医療に乖離があることを理解したうえで,ガイドラインを参考にしつつ適切な対象者に適切な遺伝医療を提供することを第一に重視し,適宜目の前にいる患者・家族に最適と判断される医療を,医療者自身が吟味して提供できる体制を整えることも肝要である。その際,ガイドラインに従うことは大切であるが,これに盲従するのではなく,患者と医療者が相談しながら患者利益の最大化のために賢く活用することが望ましいといえる。

    一般にBRCA1/2病的バリアント保持者に対してはがん予防法を伝える必要があり,リスク低減を目的とした乳房全切除術および卵管卵巣摘出術とサーベイランスが選択肢となる。また,一部の卵巣癌や乳癌,前立腺癌,膵癌既発症のBRCA病的バリアント保持者に対しては,PARP〔poly(ADP‒ribose)polymerase〕阻害薬の適応判断が,臨床的診断意義として大きな意味をもつ。同時にBRCA病的バリアント保持者であることが明らかになった患者家族に対して,それぞれの家系員の発がんリスクについて正しく評価することが重要である。

    現在保険診療でのBRCA遺伝学的検査が一部の患者には実施可能となり,多くの施設では主治医から検査前の説明と結果開示が行われていると考えられる。その際重要なことは,主治医が遺伝性腫瘍や遺伝学的検査に関する最新のガイドライン等で知識を得て,BRCA遺伝学的検査の提出から結果開示とその先の治療に至るまで,適切な医療提供をするべく責任をもって診療にあたることである1)。その際,主治医に求められる役割については,日本乳癌学会2),日本婦人科腫瘍学会3)がそれぞれ提言を出しているので参考にされたい。主治医が遺伝医学に明るくない場合は,遺伝医学の専門家と連携をとりながら,その後の心理社会的支援を含めて継続的なフォローを提供できる体制が望ましい(遺伝BQ4)。欧米では遺伝カウンセリングの有用性について報告されており,遺伝カウンセリングを提供する意義について臨床医が把握しておくことが望ましい4)

    そもそも遺伝カウンセリングとは,「医学における遺伝学的検査・診断に関するガイドライン」5)において“疾患の遺伝学的関与について,その医学的影響,心理学的影響および家族への影響を人々が理解し,それに適応していくことを助けるプロセスである。”と定義されている。また,“遺伝カウンセリングに関する基礎知識・技能については,すべての医師が習得しておくことが望ましい。また,遺伝学的検査・診断を担当する医師および医療機関は,必要に応じて,専門家による遺伝カウンセリングを提供するか,または紹介する体制を整えておく必要がある。”と記載がある。実際に保険診療としてのBRCA遺伝学的検査は主治医が担当している施設が多いと考えられるが,遺伝学的検査結果の解釈に難渋する症例やその他の遺伝性腫瘍が否定できない症例,また未発症家系員への遺伝学的検査前後の遺伝カウンセリング等は専門的な知識を有する医療者との連携が不可欠である。遺伝性乳癌卵巣癌(Hereditary breast and ovarian cancer:HBOC)診療は一診療科だけで成り立つものではなく,各科連携のもとに患者にとって最善の医療を提供できる体制を個々に整備することが肝要である(遺伝BQ4,5)。

    遺伝学的検査前に患者に説明すべき内容としては,対象遺伝子や検査精度といった検査の限界,家系員と同じ遺伝子バリアントを共有する可能性,患者家系員に対して発症前不安やストレスについて遺伝カウンセリングを通じて心理社会的支援が提供可能であること等があげられる(遺伝BQ5)。

    HBOC診断の際に遺伝学的配慮が必要な背景には,遺伝学的検査の特性を理解する必要がある。遺伝学的検査の特性として,結果が生涯変化せず,血縁者間で一部共有され,血縁関係にある親族について影響があること等を鑑み,遺伝学的検査前に検査に関わる詳細や結果がもたらし得る影響について十分に情報提供し理解を助けるプロセスとして,遺伝カウンセリングが重要視されてきた(遺伝BQ4)。

  2. 2解説

    HBOC診療において遺伝学的診断の意義は,端的にいえば「患者・家族への適切な医学的介入が可能になること」といえる。以下のポイントについて,遺伝学的診断の意義を概説したい。

    ❶ PARP阻害薬適応判断のためのコンパニオン診断

    2021年1月現在,一部の卵巣癌と乳癌,前立腺癌,膵癌領域では治療選択のためにコンパニオン診断としてBRCA遺伝学的検査が実施され,病的バリアント保持者に対してPARP阻害薬が適応可能である。この場合,患者にとって有効性が期待される治療選択肢が増えることとなり,臨床診断意義は大きい。実際の診断後の遺伝カウンセリングの注意点については,遺伝BQ3を参照いただきたい。

    ❷ 未発症臓器を対象としたリスク低減手術

    2020年4月に乳癌および卵巣癌既発症者を対象に,BRCA病的バリアント保持者に対するリスク低減手術として,RRMおよびRRSOが保険収載された。BRCA遺伝学的検査の意義として,生涯にわたる発がんリスクを不安に思う病的バリアント保持者に発がんリスク低減のための選択肢が増えたといえる。この保険承認は手術の実施そのものを強制するわけではなく,それぞれの手術によるリスク低減効果と注意点については,乳癌CQ2,卵巣癌CQ1を参照いただきたい。

    ❸ 未発症臓器を対象としたサーベイランス

    2020年4月にHBOCに対するサーベイランスが保険収載された。BRCA病的バリアント保持者を対象に,乳癌既発症者の卵巣および対側乳房サーベイランス,卵巣癌既発症者の乳房サーベイランスが保険診療として実施可能である。乳癌または卵巣癌既発症者における乳房・卵巣以外の臓器に対するサーベイランスについては,現時点でHBOCにおける保険適用はないものの,医学的な有用性については,乳癌CQ4,5,卵巣癌BQ3,前立腺癌CQ1,膵癌FQ2を参照し実施について検討していただきたい。

    ❹ 家系員を対象とした医学的管理の提供

    2021年1月現在,未発症家系員に対するBRCA遺伝学的検査は保険診療では認められず,BRCA病的バリアント保持者の家系員への確認検査は自費診療で行われるのが実情である。したがって保険診療でのサーベイランスやリスク低減手術も適用ではないが,未発症者に対してこそ,サーベイランスおよびリスク低減手術の有用性があるといえる。

    ❺ 遺伝情報の管理と共有

    2021年5月現在保険適用となっている検査のBRACAnalysisやmy Choiceでは,主治医(もしくは担当医)個人のメールアドレスに結果が報告される。こうした情報を,主治医以外の施設内の関係者が将来にわたって参照できるよう,適切な管理のもとに電子カルテ上に保管する等の対応が必要である。

    ❻ 社会実装

    日本国内ではいまだに遺伝性腫瘍についての認知は十分とはいえない。今後は医療従事者のみならず,国民が正しい遺伝の知識を得るための教育・啓発活動の更なる展開が必要である。社会が成熟し,遺伝情報に基づいた適切な管理が可能となれば,既発症者と未発症者を問わず,遺伝情報に基づいた生活が一般的になるかもしれない。例えば日本の生命保険業界の対応として,保険加入に際して「遺伝情報や家族歴の開示を求めない」という不文律があり,遺伝情報の取り扱いについて注意は必要であるが,保険加入の際に必ずしも不利益を生むわけではないことは事実である。遺伝情報を利活用し,適切な医学的管理を実施することが理想であろう。日本は国民皆保険制度であり,地域格差等で提供される医療に隔たりがないよう十分配慮する必要がある。

  3. 3キーワード

    BRCA1,BRCA2,BRCA,germline,hereditary breast and ovarian cancer,HBOC,breast cancer/ovarian cancer/prostate cancer/pancreatic cancer/BRCA associated cancer,genetic predisposition to disease

  4. 4参考文献

    • 1) Giri VN, Hyatt C, Gomella LG. Germline Testing for men with prostate cancer:navigating an expanding new world of genetic evaluation for precision therapy and precision management. J Clin Oncol. 2019;37(17):1455‒59.[PMID:30978156]
    • 2) 日本乳癌学会将来検討委員会,HBOC診療ワーキンググループ規約委員会.遺伝性乳がん卵巣がん症候群の保険診療に関する手引き.2020年4月.
      http://jbcs.gr.jp/member/wp-content/uploads/2020/07/1_hboc_re_final.pdf
    • 3) 日本婦人科腫瘍学会がんゲノム医療,HBOC診療の適正化に関するワーキンググループ.卵巣癌患者に対してコンパニオン診断としてBRCA1あるいはBRCA2の遺伝学的検査を実施する際の考え方.
      https://jsgo.or.jp/opinion/02.html
    • 4) Zakas AL, Leifeste C, Dudley B, et al. The impact of genetic counseling on patient engagement in a specialty cancer clinic. J Genet Couns. 2019;28(5):974‒81.[PMID:31293033]
    • 5) 日本医学会.医療における遺伝学的検査・診断に関するガイドライン.2011年2月.
      http://jams.med.or.jp/guideline/genetics-diagnosis.pdf