Ⅱ-5 膵癌領域
BRCA病的バリアントを有する一次治療のプラチナ系抗がん剤を含む化学療法に感受性を示す遠隔転移膵癌患者に対してPARP阻害薬による維持療法を条件付きで推奨する。
エビデンスの確実性「強」/推奨のタイプ「当該介入の条件付きの推奨」/合意率「85%(11/13)」
推奨文:1件のランダム化比較試験(RCT)の結果から,BRCA病的バリアントを有するプラチナ感受性切除不能膵癌に対しオラパリブの維持療法がプラセボ群に比べ無増悪生存期間(PFS)を延長させることがわかった。ただし,全生存期間(OS)の延長効果は認めていないことを患者と共有したうえで投与することが望ましい。また,BRCA病的バリアントを有する膵癌患者の家系に対しても,継続的な遺伝カウンセリングを実施していくことが望ましい。
切除不能膵癌は罹患数と死亡数がほぼ同数,5年相対生存率は7.7%とがんの発症部位別で最も低く,極めて難治性のがんである。切除不能膵癌に対する標準治療は化学療法であり,全身状態の良い遠隔転移を有する膵癌に対しては,国内外の臨床試験における結果から,国内外のガイドラインにおいてFOLFIRINOX〔フルオロウラシル(5—FU)+レボホリナート(l—LV)+イリノテカン+オキサリプラチン併用〕療法またはGnP(ゲムシタビン+ナブパクリタキセル併用)療法が推奨されているものの,治療毒性は強く,新たな治療オプションが必要とされている。
BRCA病的バリアントを有するプラチナ感受性膵癌に対し,オラパリブによる維持療法の有用性が大規模第Ⅲ相試験(POLO trial)で示され,海外ではすでに実地臨床に導入されている。BRCA1/2の生殖細胞系列病的バリアントを保持する膵癌患者の頻度は5%程度と推定されるが,これらの患者においては一次治療のプラチナレジメンに感受性を示した場合,ポリ(ADP—リボース)ポリメラーゼ〔poly(ADP—ribose)polymerase:PARP〕阻害薬による維持療法は選択肢の1つとなり得るため,BRCA病的バリアントを有するプラチナ感受性膵癌に対しオラパリブの維持療法が推奨されるかを検討する。
本CQではBRCA病的バリアントを有するプラチナ感受性膵癌に対し,オラパリブ維持療法群とプラセボ群の2群間で,「全生存期間(overall survival:OS)」「無病増悪期間(progression—freesurvival:PFS)」「有害事象」を評価した。
文献スクリーニングではRCT1件を選択した1)。
上述のPOLO trialには日本人は含まれておらず,日本人データは不足していることや,対照が経過観察であり,国内のガイドラインで推奨されている維持療法と異なるため,非直接性は-1としたが,該当するRCTは本CQのPICOに合致している二重盲検ランダム化試験でありバイアスリスクや非一貫性はなく,エビデンスの確実性は強とした。
解析時の観察期間が十分ではなく,OSに関して十分な統計解析が行われていない。OS延長に対するエビデンスの確実性は中とした。
日本人データは不足していることや,対照が経過観察であり,国内で行われている維持療法と異なるため,非直接性は-1としたが,該当するRCTは本CQのPICOに合致している二重盲検ランダム化試験でありバイアスリスクや非一貫性はなく,エビデンスの確実性は強とした。
1件のRCTから,
の3つのアウトカムについて検討した。
POLO試験は,生殖細胞系のBRCA1/2病的バリアントを有する転移を有する膵癌に対し初回治療プラチナ併用化学療法が行われ,膵癌化学療法においてプラチナ系抗がん剤に対する感受性があると判断される化学療法開始後16週以上病勢進行のない患者に,オラパリブの維持療法(300mg,1日2回内服病勢進行まで)とプラセボを比較した第Ⅲ相試験である。オラパリブ維持療法により,無増悪生存期間中央値:7.4カ月vs. 3.8カ月,ハザード比(HR):0.53(95%CI:0.35—0.82,P=0.004)と非常に高い無増悪生存期間の改善効果が認められた。
解析時の観察期間が十分ではなく,OSに関しては有意差が認められなかった〔生存期間中央値:18.9カ月vs. 18.1カ月,HR:0.91(95%CI:0.56—1.46)〕。
PARP阻害薬による有害事象は,CTCAE*Grade3以上の有害事象を認めた症例はPARP阻害薬を投与した群では40.0%であるのに対し,対照群では23.0%であった。オラパリブ投与群における主な有害事象は貧血,消化器毒性,疲労であった(CTCAE Grade 3以上の有害事象はそれぞれ11%,4%,5%)。
CTCAE:Common Terminology Criteria for Adverse Events(有害事象共通用語規準)
本CQの議論は,乳癌領域医師3名,婦人科領域医師2名,遺伝学関連専門医師3名,患者・市民2名,看護師1名,認定遺伝カウンセラー1名で行った。投票は経済的COIのある委員1名が棄権し合計11名で行った。
本CQは9名が優先事項と回答したが,1名は,膵癌領域においてはこのCQはFQでもよいのではないか,との意見であった。望ましい効果に関しては,8名が全生存期間のデータが未成熟であるものの,無増悪生存期間のハザード比から鑑みて「大きい」と判断され,3名がOSの改善効果は現時点では認められないことから評価を一つ下げ「中」程度とした。望ましくない効果については,10名が「小さい」としたが,オラパリブ群でG3以上の有害事象で16%,G3以上の貧血が8%多く発生していることより1名が「中」程度と判断した。二次発がんについては膵癌においては,予後に影響を与えないことが多く,検討しなかった。
初回の投票では10人が「中」等度と判断した。プラセボ対照とした無増悪生存期間延長に対しては強いエビデンスがあるものの,生存期間延長効果については十分なデータがないこと,膵癌においてはPFSがOSのサロゲートとして確立していないことよりアウトカム全体のエビデンスについて最終投票では10名が「中」等度,1名が「弱」に投票した。
初回の投票では10人が「ばらつきの可能性あり」,1名が「おそらくばらつきなし」と判断した。患者の価値観に関する論文は抽出されなかったが,オラパリブ治療が高額であること,予後の悪い疾患であるからこそ治療に対する価値観はばらつきがあるという意見があり,最終投票では11名が「ばらつきあり」に投票した。
初回の投票では10人が「おそらく介入が優位」,1名が「分からない」と判断した。
採用RCTでは対照群はプラセボ経過観察であるが,わが国の実臨床ではFOLFIRINOXを継続することが多い。前述のようにFOLFIRINOXは治療毒性が強く,FOLFIRINOX継続によるQOL低下への影響は,オラパリブ治療による介入を上回ると判断できるため,最終投票では11人が「おそらく介入が優位」と判断した。
費用対効果に関する論文は抽出されなかったため,11名が採用研究なしと判断した。
以上より,推奨草案は以下とした。
11名(100%)で推奨草案を支持し,採用が決定した。
ASCO*ガイドラインではBRCA病的バリアントを有するプラチナ感受性切除不能膵癌に対しオラパリブの維持療法については,利益が害を上回り,エビデンスの質が高く治療を強く推奨としている2)。NCCN*ガイドラインは,BRCA病的バリアントを有するプラチナ感受性切除不能膵癌に対しオラパリブの維持療法をカテゴリー1で推奨している3)。
ASCO:American Society of Clinical Oncology
NCCN:National Cancer Comprehensive Network
全生存期間に関しては,引き続きモニタリングが必要である。また,FOLFIRINOXによる維持療法が行われている日本国内で,オラパリブにより維持療法とFOLFIRINOX継続との治療成績の比較が必要である。
外部評価委員より,遺伝学的検査のタイミングについてご指摘を受けたため,膵癌FQ1内に追記した。
BRCA,gene mutation,pancreatic cancer,parp inhibitor,platinum sensitivity,chemotherapy,FOLFIRINOX