Ⅱ-5 膵癌領域
膵癌患者におけるBRCA遺伝学的検査は,以下の条件のいずれかを満たす症例に関して,遺伝子検査の1つとしてBRCA遺伝学的検査が推奨される。
がんの統計1)によると,膵癌の罹患数と死亡数はともに5年間で約20%増加している。2006~2009年に診断された膵癌の5年相対生存率は7.9%と報告されており,極めて予後不良の疾患である。膵癌に対しては,切除が唯一の根治治療であるが,診断時の切除可能症例は20~30%程度と極めて少ないのが現状である。BRCA病的バリアントは,乳癌・卵巣癌のみならず膵癌のリスクとなることが報告されているが,膵癌患者の多くは切除不能であることが多く,膵癌患者に対するBRCA遺伝学的検査の意義としては,①患者本人の治療選択の一助となる,②患者家族に対する遺伝性乳癌卵巣癌(hereditary breast and ovarian cancer:HBOC)関連癌(乳癌・卵巣癌・前立腺癌・膵癌・悪性黒色腫等)のスクリーニングがあげられる。
膵癌とBRCAとの関連性は確立されており,膵癌患者の4%~7%でBRCA1あるいはBRCA2の病的バリアントが検出される。
一方,膵癌は約10%に家族性の要素を有すると考えられている2)~4)。膵癌の家族歴がある175家族を対象とした後ろ向き解析では,28%の家族に病的バリアントが認められた5)。838の家系から5,179人を対象とした前向き登録ベースの研究では,膵癌に罹患した第一度近親者が1人いるだけで膵癌のリスクが4.6倍に上昇するのに対し,膵癌に罹患した第一度近親者が2名いると膵癌の罹患リスクが約6.4倍に上昇することが明らかになった6)。膵癌1,718人の近親者9,040人を解析したところ,早期発症膵癌の家族歴は膵癌のリスクが高いこと〔標準化罹患率(SIR):9.31(95%CI:3.42—20.28,P<0.001)〕,膵癌の生涯リスクは膵癌に罹患した第一度近親者の発症年齢が下がるにつれて増加すること〔HR:1.55(95%CI:1年あたり1.19—2.03)〕が示された7)。ただし,これらの調査においてこの遺伝的原因が不明であり,BRCA病的バリアントとの関連についての報告もない。
BRCA病的バリアント保持者である乳癌や卵巣癌の患者や,遺伝性の膵癌患者は,プラチナ製剤に対して特に感受性を有している可能性がある。Johns Hopkins大学が実施した,転移性膵癌で乳癌,卵巣癌,または膵癌の家族歴のある患者を対象とした後ろ向き研究では,ゲムシタビン単剤よりもゲムシタビンとシスプラチンの併用が有効である可能性が報告されている〔ゲムシタビンvs. ゲムシタビン+シスプラチンMST6.3vs. 22.9月,HR:0.34(95% CI:0.15—0.74,P<0.01)〕。また,BRCA病的バリアントをもつ転移を有する膵癌患者6人中5人が,放射線学的に奏効を示したとする報告もある。このようにBRCAを含む遺伝的リスクを有する患者では,遺伝学的検査の結果により治療選択を変更する可能性がある8)。また,別項で述べるように,BRCA病的バリアント保持者では,PARP阻害薬の有効性も報告されている。これらを踏まえ,NCCNガイドラインでは,抗がん剤治療の候補となる局所進行性/転移性疾患の患者には,BRCAを含む遺伝子プロファイリングを早期の段階から行うことが推奨されている9)。
ただ,いずれの報告もBRCA患者に限定したものではない。BRCA病的バリアントに限定した十分なエビデンスがなく今後の研究が必要である。
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