Ⅱ-2 乳癌領域
BRCA病的バリアント保持者が乳癌根治手術・リスク低減手術を受ける場合,合理的な腫瘍学的選択肢としてNSMを検討することを推奨する。ただし,乳頭乳輪壊死,潜在性病変について考慮し,最終的に乳頭—乳輪複合体(NAC)切除・再建の可能性があることを話し合いのうえで決定することが望ましい。
BRCA病的バリアントを保持する片側乳癌発症者に,対側リスク低減乳房切除術(contralateral risk reducing mastectomy:CRRM)を施行することにより,新規対側乳癌発症リスクは確実に減少する。CRRMの術式について,乳房全切除術を行うBRCA病的バリアントを保持する女性は,手術時の年齢が一般的に若いため,乳頭‒乳輪複合体(nipple‒areolar complex:NAC)の温存が非常に重要であると考えられる。実際にリスク低減手術では皮膚温存乳房切除術(skin‒sparing mastectomy:SSM)よりも乳頭温存乳房切除術(nipple‒sparing mastectomy:NSM)の希望は多い1)。そこでBRCA病的バリアント保持者に対するリスク低減手術におけるNSMについて検討する。
乳癌患者に対する治療的NSMについて,2018年版ガイドラインにおいては弱い推奨であり,腫瘍乳頭間距離が遠い症例に適応を限定すれば,根治性の低下は認められず,乳頭壊死,乳頭部再発,乳頭の偏位の可能性等に関するリスクを十分に説明のうえ実施することが望ましいとされる2)。局所領域および遠隔再発の割合は許容範囲内であるとする報告3)もあるが,エビデンスレベルの低い報告が多く,生命予後,局所再発,合併症,整容性について結論は出ないとする総説がある4)。
一方,リスク低減NSMについて,Mullerらは19報告3,716例,経過観察38.4カ月のリスク低減NSMを分析した。NAC断端の前癌病変を含めた陽性率は1.5%であり,NAC以外の再発率は0.2%,NAC再発が0.004%とし,経過観察期間が短いもののリスク低減NSMは癌発生のリスクを増加させないようだと述べた5)。
Jakubらは9施設おける346名548側のリスク低減NSMをまとめた。BRCA1病的バリアントを保持する201名,BRCA2病的バリアントを保持する145名を含み,中央値および平均追跡期間はそれぞれ34カ月および56カ月で,リスク低減NSM後に同側乳癌は発生せず,両側リスク低減NSM後にも乳癌は発生しなかった。BRCA1/2病的バリアント保持者のリスクモデルを用いた場合,リスク低減NSMを行わなくても約22例の新規原発性乳癌が予想され,リスク低減NSMは乳癌発生の有意な減少をもたらし,NSMはBRCA病的バリアント保持者において乳癌の予防効果が高いと述べた6)。
Peledらは予防目的と治療目的のNSMについてBRCA病的バリアントを保持する群と病的バリアントを保持しない群をマッチさせた212側のNSMを分析し,リスク低減NSM群では,BRCA病的バリアント保持者で乳頭1検体(1.9%)にin situがんが認められたのに対し,病的バリアントを保持しない群では2検体(3.8%)に認め,平均経過観察51カ月で両群でも新たながんは発生せず,NSMはBRCA病的バリアント保持者において腫瘍学的に安全な手技であると述べた7)。BigliaらもNSMは,短期経過観察において腫瘍学的安全性を損なう証拠がなく,許容可能な選択肢であると述べている8)。
リスク低減手術を行った乳房の病理検索結果において悪性腫瘍が認められることがあり,Valeroらは310側のリスク低減NSMの中で,24側(7.7%)に潜伏癌があったと報告した9)。Manningらによると,63名のリスク低減NSMを受け,そのうち8名が原発乳管癌の偶発的診断を受けたと報告されている10)。
切開線は下溝線切開7)11)~13),下方縦切開11)13),外側切開12)13)が代表的である。Freyらはリスク低減NSMでは下溝線(67%)と下方縦切開(15%)が多く,自家組織で内胸動静脈への血管吻合の場合は下方縦切開が好まれると述べた13)。Manningらは喫煙者,巨大乳房,下垂乳房をNSMの相対的適応外としている10)が,Gunnarssonらは巨大乳房症や乳房下垂症の患者の一部に前もってWise‒patternアプローチによる乳房固定術を行い,3カ月後に下溝線瘢痕を用いたリスク低減NSMを行い,BMI中央値30kg/m2の22名44側に対して,再建失敗やNACの喪失もなく完了したと報告した14)。
Mullerらは3,716例のリスク低減NSMを分析し,全体の合併症率は20.5%で,NACの壊死率は8.1%,皮膚の壊死率は7.1%であった5)。Manningらによると,BRCA病的バリアント保持者89名177側のNSMと一次再建が実施され,うちリスク低減NSMを受けた63名の患者では5名(6%)は,腫瘍学的またはその他の理由でNACの切除を必要とした。177側のうち13側(7.3%)でデブリードマンが必要で,6側(3.4%)ではエキスパンダーやインプラント抜去が必要であった10)。
NACの知覚について,van Verschuerらは経過観察27カ月でのリスク低減NSM群36側と健常群42側を触覚計であるSemmes Weinsteinモノフィラメントで評価し,NSM群で有意に低いとした11)。
van VerschuerらはSSMもしくはNSMと一次一期インプラント皮下留置再建の再手術率を調査し,経過観察中央値12年で143名中73名(51%)が再手術を受けたと報告した15)。
術後の満足度は高いとする報告が多く,Salibian らはBREAST‒Q 等で評価して30 歳未満の患者でも高い満足度を示すと報告した16)。
van Verschuerらはリスク低減SSM25名(経過観察65カ月)とNSM20名(経過観察27カ月)の満足度をBREAST‒QとHopwoodのボディイメージスケールと独自のNAC満足度調査で比較した。BREAST‒Qスコアは,乳房への満足度,アウトカムへの満足度においてSSM群で高い傾向だが有意差なく,ボディイメージとNAC満足度はNSM群とSSM群で同等であると報告した11)。
近年,見直されている一次一期インプラント皮下留置について,Casellaらによれば,リスク低減NSMと一次一期インプラント皮下留置を行った46例において高い満足度が得られた12)。一方,van Verschuerらは無細胞真皮マトリックス(acellular dermal matrix:ADM)を使用しないSSMもしくはNSMと一次一期インプラント皮下留置再建の長期的な患者満足度,整容性を経過観察中央値12年で評価し,被膜拘縮等による再手術の有無で「乳房への満足度」「転帰への満足度」の有意差がなく,「整容性」は,再手術群ではスコアが有意に低いと述べた15)。
乳癌BQ1で述べたように2020年からHBOCに対する乳房全切除・再建の保険適用が認められたが,NSMは通常の乳房全切除よりも高い点数が設定されている。
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