Ⅱ-2 乳癌領域
BRCA病的バリアントを有する転移再発乳癌に対し,PARP阻害薬の投与を条件付きで推奨する。
エビデンスの確実性「強」/推奨のタイプ「当該介入の条件付きの推奨」/合意率「90%(9/10)」
推奨文:これまでの臨床試験の結果から,アンスラサイクリン系薬剤およびタキサン系薬剤既治療のHER2陰性転移再発乳癌に対するPARP阻害薬の投与によりPFSの延長が認められることは明らかである。ただし,OSの延長は認めていないことを患者と共有したうえで投与することが望ましい。
BRCA病的バリアントを有するHER2陰性転移再発乳癌患者に対するPARP 阻害薬の意義を検討した。
乳癌のうち5%程度の症例はBRCA病的バリアントを有する。これらの乳癌は,PARP阻害薬やプラチナ製剤に感受性が高い。これは相同組み換えによるDNA二本鎖切断修復能が低下しているためである。PARPはDNA一本鎖切断の塩基除去を修復し,PARP機能が抑制されるとDNA一本鎖切断が蓄積されて,DNA二本鎖切断が生じる。BRCA1/2病的バリアントのある細胞ではDNA二本鎖切断が修復されないため,PARP阻害薬により合成致死が誘導される。
本CQではPARP阻害薬を含む治療群と含まない治療群の2群間で,「全生存期間(OS)」「無増悪生存期間(PFS)」「合併症」「費用対効果」「患者の希望」「患者満足度」を評価した。
介入研究5編,観察研究5編,観察研究の統合解析1件を選択した。「全生存期間(OS)」「無増悪生存期間(PFS)」「合併症」「費用対効果」「患者の希望」に関して定性的なシステマティックレビューを行った。
3つの第Ⅲ相試験と2つの第Ⅱ相試験を選定した。第Ⅲ相試験の1つは,転移性乳癌に対する化学療法未治療集団において,カルボプラチンとパクリタキセル併用療法にveliparibの上乗せを検討する試験である1)。わが国では標準治療ではない併用化学療法をバックボーンとしているため非直接性が著しい。残りの2つの第Ⅲ相試験(OlympiAD2),EMBRACA3))は均一で非直接性はない。
2つのランダム化比較第Ⅱ相試験では併用療法が非標準的なもの(temozolomide,カルボプラチン,パクリタキセル)であり,非直接性が著しい4)5)。
日本乳癌学会ガイドライン(2018年版)で両エンドポイントに関して2試験(OlympiAD 試験2),EMBRACA 試験3))の統合解析が行われており,PFSではPARP阻害薬群で有意な延長を認め〔HR:0.56(95%CI:0.45—0.68,P<0.0001)〕,OSでは有意ではないが延長する傾向が認められた〔HR:0.83(95%CI:0.66—1.04,P=0.11)〕。両試験はHER2陰性を対象とし,当該CQの対象に関するもので,非直接性は小さく,有効性では不均一性も認められない。エビデンスの確実性は強と判断した。
上記2つの第Ⅲ相比較試験からの結果では,オラパリブと化学療法の比較では,Grade3以上の有害事象の頻度はオラパリブ群で低かった(36.6 vs. 50.5%)が2),talazoparibと化学療法の比較では,Grade3以上の血液毒性がtalazoparib群で高く(55 vs. 38%),非血液毒性に大きな差はなかった(32 vs. 38%)3)。
1編の観察研究によると,BRCA遺伝学的検査に引き続くオラパリブ治療と化学療法単独による治療を比較した観察研究では,化学療法と比較して14,677,259 円/QALYの増加を認める。得られる効果に対して高コストであると評価された6)。
これに関する研究報告はない。対象となる集団は40代,50代を中心とした女性が大部分であり,社会的な役割や経済的な背景にばらつきが予想されるが,概ねその価値基準にはばらつきはないと考えられる。生存期間,副作用の種類や程度,経済的負担等が,治療の価値を判断するうえで重要と思われ,選定した研究もこれらを評価・解釈している。
5つのランダム化比較試験(randomized controlled trial:RCT)が抽出され,このうち2つが重篤な非直接性が認められなかった(OlympiAD2),EMBRACA3))。いずれもがん化学療法歴のあるBRCA病的バリアント保持かつHER2陰性の手術不能または再発乳癌患者を対象とし,化学療法と比較してPARP阻害薬群でPFS,OS,安全性をエンドポイントとしている2)3)。
本CQの議論には,乳癌領域医師3名,婦人科領域医師2名,遺伝領域医師3名,遺伝看護専門看護師1名,認定遺伝カウンセラー1名,患者・市民2名の12名が参加した。投票は2名(うち1名は経済的・アカデミックCOIがあった)が棄権し,10名で行った。
この問題が優先事項であるかについては「おそらく,はい」1名,「はい」9名とBRCA病的バリアントに対する分子標的治療であり委員の間で優先度は概ね一致をしていた。
予期される望ましい効果は,臨床試験におけるPARP阻害薬の効果や,内服薬であり点滴投与の化学療法薬と比べて通院頻度や院内滞在時間の点からも全員一致で「大きい」との判断に至った。また副作用を念頭に置いた予期される望ましくない効果は「中」9名,「小さい」1名という意見で概ね一致した見解であった。また,新規の薬剤であり長期の安全性の追跡は重要であるとの意見も聞かれた。
第Ⅱ相・第Ⅲ相のRCT が複数あることから全員一致で「強」と判断された。
エビデンスがしっかりした治療選択であり,「重要な不確実性またはばらつきはなし」1名,「重要な不確実性またはばらつきはおそらくなし」6名であった反面,患者側からは副作用に苦しむより治療を行わず残された時間を有意義に使いたいと判断する患者もいること等を事例にあげ「重要な不確実性またはばらつきの可能性あり」には3名の投票があった。
PFSの延長が明らかなことと副作用の比較を考え合わせると全員一致で「おそらく介入が有意」という意見であった。
費用対効果をQALYの改善にかかる費用として換算すると効果のわりに高価な薬剤と考えられる面もあるが,転移再発治療を行っている患者目線からは効果に期待する向きも大きいと予測されること,費用対効果の判断が1人1人の患者さんの意思決定にどの程度反映されるべきものなのかに関する疑問等も聞かれ最終的に比較対象が「おそらく優位」9名,「おそらく介入が優位」1名の結果となった。
エビデンスがしっかりしていることや,エビデンスの根拠となる試験に日本人集団が含まれていることから容認性を肯定的に捉える意見として「おそらく,はい」5名,「はい」1名の結果であったが,家族まで含めた関係者まで広げた時にはこの選択肢が妥当かに関しては「さまざま」1名,「分からない」2名の結果であった。
現行の保険制度下で処方可能な薬剤であり実行可能であるという意見で全員一致であった。
「当該介入の条件付き推奨」9名,「当該介入の強い推奨」1名。
以上より,PARP阻害薬について討議し推奨草案は以下とした。
9/10名(90%)で推奨草案を支持し,採用が決定した。なお,投票では「当該介入の強い推奨」を1名が支持した。
推奨決定会議では「当該介入の条件付きの推奨」とした理由として,アンスラサイクリン系薬剤およびタキサン系薬剤既治療のHER2陰性乳癌のみの保険適用であること,生存期間延長のデータがないこと,薬剤費が高額なこと,二次発がんのデータがあることがあげられた。
ASCOガイドラインでは一次から三次治療で化学療法の代替治療として強く推奨されている。プラチナとの比較データはない7)(Type:evidence based;Evidence quality:high;Strength of recommendation:strong)。
NCCNガイドラインでは優先レジメンとして掲載されている8)。
ESMOガイドライン(2020年版)ではPARP阻害薬の適応検討のためBRCA病的バリアント検索が推奨されている[germline(LOE Ⅰ), tumour(incorporating germline and somatic)(LOE Ⅰ)and somatic(LOE Ⅰ/Ⅱ)](Level of agreement¼100%;total agreement)9)。
第Ⅲ相試験におけるOSに関する報告をモニタリングしていく。
高額な新規分子標的薬のため費用対効果,病的バリアントの部位・タイプの違いに伴う奏効の差異等がモニタリング対象となる。
外部評価委員より,内服薬の利点および費用に関するご指摘を受けたため,本文中の当該部位を修正した。
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