Ⅱ-2 乳癌領域
PMRTは臨床的な適応に従って行う。
BRCAはがん抑制遺伝子で,DNAの二本鎖切断の修復に重要な働きをしている。したがって,BRCA病的バリアントを有する患者では放射線感受性が高い可能性があり,有害事象の重篤化や放射線誘発性二次がんが懸念される。そこで,BRCA病的バリアントを有する患者に対する乳房全切除術後放射線療法(postmastectomy radiation therapy:PMRT)の有効性と安全性を検討する。
BRCA病的バリアントを有する患者に対するPMRTに関する報告は限られている。乳房温存療法についての報告も引用して検討する。
PMRTは乳房全切除術後の再発高リスク患者に対して行われる。腋窩リンパ節転移4個以上の症例では,局所・領域リンパ節再発を抑止し,全生存率も改善することが示されており,行うことが標準治療である。腋窩リンパ節転移が1~3個の症例でも局所・領域リンパ節再発と乳癌死の抑止が示されており,行うことが推奨されている1)。BRCA病的バリアント保持者におけるPMRTの有効性に関する報告は少ないが,米国からの多施設研究の報告がある2)。BRCA病的バリアント保持者で乳房全切除術を受けた353人のうち,103人が術後の放射線療法を受け,241人は非照射であった。各群における臨床病期Ⅲ症例の占める割合はそれぞれ14.6%および0.6%で,リンパ節転移陽性率が有意に高いのも陽性個数が有意に多いのもPMRT群であったが,局所再発率は両群で同様であり,PMRTの有効性があったと判断されている。
正常組織の安全性については,症例対照研究を中心に報告されている。急性有害事象については,乳房温存手術後放射線治療の検討ではあるが,散発性乳癌との比較で急性皮膚炎の増悪がなかったとの報告がある3)。晩期有害事象についても温存手術後の報告ではあるが,BRCA病的バリアント保持者は,そうでない乳癌患者と比較して晩期有害事象の増悪はみられていない4)5)。
対側乳房の被曝による二次がんとしての対側乳癌の発症リスクも懸念されるが,乳房温存手術後放射線療法による対側乳癌発症リスクを検討した報告では,いずれも対側乳癌の増加は示されていない6)~8)。Hallamらによるシステマティックレビューにおいても照射による対側乳癌の増加はない9)。したがって,BRCA病的バリアント保持者でPMRTを控えるべき根拠はない。
BRCA病的バリアント保持者に対するPMRTについて,患者のQOLや満足度に言及した報告はない。病的バリアントの有無にかかわらず,PMRTを行うことで乳癌再発リスクや死亡リスクは低下するが,皮膚障害や肺障害が生じ,上肢リンパ浮腫のリスクも高まる。PMRTを行うことの益と害についての考え方は,個々の患者の価値観で異なる。わが国における費用対効果についての報告や研究はない。PMRTを行うことで,費用や労力のコストがかかるが,一方で再発した際の治療にかかるコストは非常に高額であり,患者の心身の負担も大きい。
以上より,BRCA病的バリアント保持者であることを理由にPMRTを控えるべきではなく,臨床的適応に従って行う。
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