Ⅱ-3 卵巣癌領域
BRCA病的バリアント保持者に対し,RRSOを実施することを条件付きで推奨する。
エビデンスの確実性「強」/推奨のタイプ「当該介入の条件付きの推奨」/合意率「85%(11/13)」
推奨文:メタアナリシスの結果からBRCA病的バリアント保持者に対するRRSOは,卵巣癌,卵管癌の発症予防効果および全生存期間(OS)の延長効果を認めることは確実と判断した。一方で,RRSOを受けることによる身体的,心理社会的影響は個々の年齢や出産経験の有無により異なるものの,重要視しなければならない事項である。RRSOの実施に際しては当事者と医療者の協働意思決定が極めて重要であり,これらを実践できる遺伝医療の体制や婦人科医,病理医の協力体制が整っている医療機関で実施すべきである。
卵巣癌は確実な早期発見法がなく,進行卵巣癌の予後は不良である。
BRCA1/2を有する女性における生涯の卵巣癌発症リスクは高率であるが,早期発見のための有効なサーベイランス方法は確立されていない。
BRCA1/2病的バリアント保持者に対して卵巣癌発症を予防する方法が検討されており,RRSOは有効な方法としてわが国でも実施されている。
本CQではRRSO実施者と非実施の2群間で,「卵巣癌発症リスクの低減効果」「全生存期間(overall survival:OS)」「費用対効果」「当事者の意向」「当事者の満足度」を評価した。
なお,BRCA病的バリアント保持者におけるRRSOによる乳癌発症の予防については,乳癌CQ6で評価した。
「卵巣癌発症リスクの低減効果」「全生存期間(OS)」については,今回新たにメタアナリシスは施行せず,2018 Cochraneのメタアナリシス1)を採用した。「費用対効果」については,観察研究2編2)3)を採用した。
BRCA病的バリアント保持者では,卵巣癌,卵管癌および腹膜癌(高異型度漿液性癌)の発症リスクが高いとされ,予防的に卵巣,卵管を摘出することで術後の高異型度漿液性癌の発症リスクが低減されるかを検討した。これまでの前向きコホート研究,メタアナリシスでBRCA病的バリアント保持者におけるRRSO未実施群に比較して実施群で卵巣癌発症リスクが低下することが一貫して示されている。今回エビデンスとして採用したメタアナリシスでは,3編の前向きコホート研究の研究に参加したRRSO実施者1,269名と2,059名のRRSO非実施者について比較検討がなされている。結果,高異型度漿液性癌の発症頻度はRRSO実施者1%(14/1269)に対しRRSO非実施者9%(194/2059)で,BRCA病的バリアント保持者に対するRRSO実施による卵巣癌発症リスクの低減効果は効果あり〔RR:0.17(95% CI:0.04—0.75,P=0.02)〕と判断されている。
これまでのいくつかの前向きコホート研究,メタアナリシスでBRCA病的バリアント保持者におけるRRSO未実施群に比較して実施群で全死亡リスクが低下することが示されている。
今回エビデンスとして採用したメタアナリシスでは,3編の前向きコホート研究(観察期間0.5~27.4年)に参加した2,548名の全生存期間について年齢やBRCA病的バリアントの有無等の重要な予後因子を調整し検討されて,RRSOを受けたBRCA病的バリアント保持者はRRSOを受けなかった女性に比べて全生存期間の延長が確認されている〔ハザード比(hazard ratio:HR):0.32(95% CI:0.19—0.54,P<0.001)〕。
2編の後ろ向き観察研究では,いずれもRRSOに限った検討ではないものの,コスト削減効果はありと結論されている。1編は日本での検討であり,BRCA病的バリアント保持者において,リスク低減乳房切除術(risk reducing mastectomy:RRM),RRSO,RRM+RRSO はいずれも費用対効果の高い予防法と結論されている2)。もう1編はドイツの研究であるが,RRSOの実施で791,653ユーロの医療費を節約できる可能性から費用対効果が高い医療介入であることを示している3)。
採用すべき論文はなかったが,RRSOの実施については,挙児希望のないことが前提となり,実施に伴う費用や実施後の卵巣欠落症状,女性としてのアイデンティティや,パートナーとの関係性の変化等に対する不安が関係する要因と考えられる。RRSOを受けるBRCA病的バリアント保持者の結婚・挙児希望等の価値観によるが,社会全体としては,全生存期間の延長やRRSOの実施による卵巣癌発症のリスク低減とそれに伴ってQOLにメリットがあるであろうことから考えると受け入れられると予想される。
採用すべき論文はなかったが,RRSOの効果として最も評価されるべきは全生存率の延長とリスク低減効果と考えられ,これら2点についてはメタアナリシスでその効果が報告されている。QOL,費用対効果についてエビデンスレベルは低いものの,望ましい効果が報告されていることから,おそらく介入が優位とした。
2件のコホート研究,1件のメタアナリシスから「卵巣癌発症リスクの低減効果」「全生存期間(OS)」「費用対効果」「当事者の意向」「当事者の満足度」の5つのアウトカムについて検討した。
BRCA病的バリアント保持者におけるRRSO実施による卵巣癌発症リスクの低減効果は,RR:0.17で,採用されている研究において結果が一致していることからエビデンスの確実性は強とした。
RRSO実施によるOSへの影響は,HR:0.32で,採用されている研究において結果が一致していることからエビデンスの確実性は強とした。
RRSO実施による費用対効果の検討では,いまだ十分な検討はなされていないが,今回採用した2編の後ろ向き観察研究では,いずれもコスト削減効果はありと結論されている。研究の異質性,研究数が少ないこと,すべてが観察研究であることからエビデンスの確実性は中程度とした。
当事者の意向について検討した研究はなかったが,卵巣癌発症リスクの低減効果,OS,費用対効果やQOLに関してメリットがあるであろうことから考えると,RRSOの実施は容認され得ると考えられる。
当事者の満足度についても採用すべき論文はなかったが,RRSOの主目的はBRCA1/2病的バリアント保持者のがん死低減であることを鑑みると,卵巣癌発症リスクの低減,OSの延長が示されている点からみて全体として満足し得る結果と思われる。
本CQの議論・投票には,深刻な経済的・アカデミックCOIのない乳癌領域医師3名,婦人科領域医師2名,遺伝領域医師3名,遺伝看護専門看護師1名,認定遺伝カウンセラー1名,患者・市民3名の13名が参加した。
この問題は,BRCA1/2病的バリアントを有する女性における卵巣癌早期発見のための有効なサーベイランス方法が確立されていない現状下で,発症リスク低減手段としてのRRSOはこれまでに複数の検討がなされていることより,優先して検討されるべきとされた。
BRCA1/2病的バリアント保持者に対するRRSOの実施による卵巣癌発症リスクの低減効果は,3編の前向きコホート研究を統合解析した研究で効果ありと判断されている。さらに,全生存率の改善効果もありとされており,バイアスはあるものの,採用した研究において結果は一致していることから予期される望ましい効果は「大きい」と判断された。
一方,望ましくない効果については採用されたメタアナリシス中にQOLに関する研究が1編採用されているのみでメタアナリシスは実施されていないが,RRSOを実施することで,実施しない群に比べ少なくともQOLの低下は報告されていない。したがって,予期される望ましくない効果は「小さい」と判断された。
リスクの低減効果,全生存率については前向きコホート研究3編のメタアナリシスが1編,費用対効果については後ろ向き研究が2編で検討されている。倫理的にランダム化比較試験が困難な課題であることから考えると,アウトカム全体に対するエビデンスの確実性は13名全員一致で「強」と判断した。
アウトカム全体のエビデンスについては,初回投票時は3人が「重要な不確実性またはばらつきの可能性あり」,9人が「重要な不確実性またはばらつきはおそらくなし」と判断した(1人投票なし)。
「重要な不確実性またはばらつきの可能性あり」とする意見には,年齢,家族歴,既往歴,挙児希望のある,なし等,社会的な状況により主要評価項目の重視具合にばらつきが出る可能性の指摘があった。一方,「重要な不確実性またはばらつきはおそらくなし」とする意見には,生存期間の延長の効果は大きく,患者の想いを医療者が十分考慮し,手術の意義について丁寧に説明することでばらつきを軽減できる可能性について言及された。
以上より最終投票を行い,「重要な不確実性またはばらつきあり」1人,「重要な不確実性またはばらつきの可能性あり」7人,「重要な不確実性またはばらつきはおそらくなし」5人となった。
効果のバランスについては,初回の投票時は7人が「おそらく介入が優位」,5人が「介入が優位」と判断した。(1人投票なし)。
「おそらく介入が優位」とする意見には,妊娠出産への影響,更年期障害,骨代謝への影響や心血管イベント等,望ましくない効果を考慮した意見が出された。一方,「介入が優位」とする意見は,RRSO本来の目的である生存期間の延長効果が高く,望ましくない効果は手術担当科の婦人科医師から術前に手術に伴って起こる合併症について十分な説明がなされることや実施前のカウンセリング,実施後のモニタリングと医療介入により解決できる可能性があることがあげられた。
以上より最終投票を行い,「おそらく介入が優位」が3人,「介入が優位」が10人となった。
費用対効果については,初回の投票時は11人が「おそらく介入が優位」,1人が「介入が優位」と判断した。(1人投票なし)。
費用対効果に関するエビデンスについて確認がなされ,最終投票では,「おそらく介入が優位」が9人,「介入が優位」が4人となった。
容認性については,初回の投票時は1人が「おそらく,はい」,10人が「はい」,1人が「さまざま」と判断した(1人投票なし)。
RRSOの実施については,RRSOを受けるBRCA1/2病的バリアント保持者の結婚・挙児希望等の価値観に依存するが,RRSOを希望される場合はむしろ社会的要因や手術合併症についての容認が必要で,生存期間の延長効果のある選択肢があることの妥当性を考慮すべきとの意見が出された。最終投票では,「おそらく,いいえ」が1人,「おそらく,はい」が1人,「はい」が10人となった。
実行可能性については,初回の投票時は1人が「おそらく,はい」,11人が「はい」と判断した(1人投票なし)。
医療行為として確立されているが,未発症者が希望する時期に,希望する施設で自由に受けられる医療か,というと,それはまだ難しいという点が指摘された。また,手術ができる,できないではなく,利益・不利益について十分な話し合いが行われたうえで実施されるということが重要との意見もあった。以上より最終投票を行い,「おそらく,はい」が4人,「はい」が9人となった。
以上より,BRCA病的バリアント保持者に対し,RRSOは推奨されるかについて討議し推奨草案は以下とした。
11/13名(85%)で推奨草案を支持し,採用が決定した。なお,投票では「強く推奨する」を3名の委員が支持した。「強く推奨する」を指示した委員は,「がん治療のエンドポイントはがん死を抑えること。遺伝医療のエンドポイントは遺伝情報を自分のヘルスケアに生かすこと。ガイドラインとしては強く推奨したい。」「RRSOは,遺伝カウンセリングを経て自己決定をする必要があり,医療としては強い推奨としたい」という意見であった。
ESMO*ガイドライン4)では,RRSOは,通常35~40歳で実施すべきとなっている。
NCCNガイドライン5)では,RRSOは,通常35~40歳の間,および出産完了時に実施することを推奨する。BRCA2の病的あるいは病的である可能性の高いバリアントを有する患者の卵巣癌発症は,BRCA1の病的あるいは病的である可能性の高いバリアントを有する患者に比べて平均8~10年遅いため,BRCA2の病的あるいは病的である可能性の高いバリアントを有する患者では,家族内での卵巣癌診断時年齢が予防手術を検討する年齢より早期でない限り,卵巣癌リスク管理のためのRRSOを40~45歳まで遅らせるのが妥当とされている。
ESMO:European Society for Medical Oncology
RRSO後の全生存期間に関しては,引き続きモニタリングが必要である。
現在RRSOはがん未発症者に対して保険適用とはなっていない。また晩婚化が進む社会情勢の中,挙児希望のあるBRCA病的バリアント保持者がRRSOを検討する場合,卵子凍結や,胚凍結等,妊孕性温存に対する体制が十分整備されていない現状があることも考慮して進めていくべきである。これらに対する対策が今後の課題であるため,費用対効果,当事者の意向,当事者の満足度については今後も検討が必要である。
外部評価では内容に関する大きな指摘はなかった。
BRCA,genetic counselling,RRSO ,pathogenesis,cost,patient preference