Ⅱ-3 卵巣癌領域
RRSOの際の卵管の病理検索はSEE—FIMプロトコールに準じることを条件付きで推奨する。
エビデンスの確実性「強」/推奨のタイプ「当該介入の条件付きの推奨」/合意率「85%(11/13)」
推奨文:RRSOの際の卵管・卵巣の病理検索はSEE—FIMプロトコールで行うことで,漿液性卵管上皮内癌(STIC)の検出率,オカルト癌の診断率が上昇することは確実であると判断する。一方で,STIC検出の臨床的意義については不確実性が残る。一般的な病理検索に比べ標本作製や診断に時間を要することを考慮すると,SEE—FIMプロトコールの妥当性については今後もモニタリングが必要と判断した。
生殖細胞系列BRCA(germline BRCA:gBRCA)病的バリアント保持者に対してRRSOが開始され,摘出卵管から漿液性卵管上皮内癌(serous tubal intrapepithelial carcinoma:STIC)やオカルト癌が同定されるようになったことがきっかけとなり,卵巣癌の発生起源として卵管が提唱されるようになった。RRSO後にSTICが検出された場合の管理方針についてコンセンサスは得られていないが,オカルト癌が検出された場合には,進行期に合わせて対応が検討される。そのため,卵巣癌発症のリスクの高いgBRCA病的バリアント保持者にとって,RRSO後に摘出した卵管・卵巣を病理学的に適切に評価することは正しい診断およびその後の治療選択に不可欠である。SEE—FIMは,BRCA病的バリアント陽性の卵管を正しく病理学的に評価するために提案された方法で1),RRSO後の病理学的評価に広く用いられている。ただし,SEE—FIMは卵管采から2cmのところで切断後,卵管采側を長軸方向に4分割し,残りの卵管および卵巣を2~3mm間隔で切片を作成するため,病理医にかかる負担が大きい。2020年4月に乳癌既発症のgBRCA病的バリアント保持者に対してRRSOが保険収載されたことを受け,RRSOの件数が増加することが予想され,統一された適切な病理検索方法を確立することがますます重要な事項となっている。そこで本CQでは,RRSO後の病理検索としてSEE—FIMが推奨されるかどうかを検討する。
本CQではRRSOの際に摘出された卵管に対してSEE—FIMでの病理検索とSEE—FIM以外での病理検索の2群間で,「STIC検出率」「オカルト癌検出率」「検索結果が術後治療に与える影響」「全生存期間(OS)」「費用対効果」を評価した。
症例集積研究6編2)~7),コホート研究2編8)9),横断研究1編10),症例対照研究1編11)を選択し,5つのアウトカムに対して定性的なシステマティックレビューを行った。
STIC検出率に関する検討では,SEE—FIMでの病理検索群と対照群との比較については観察研究が1つ報告されている2)。STICの検出率は,SEE—FIMでの病理検索群で6.7%(1/15)に対し,対照群で0%(0/9)であった。同じ論文内でメタアナリシス結果についても報告されているが,STICの検出率は,SEE—FIM実施群と非実施群で統計学的な有意差は認めなかった(P=0.0938)2)。
症例集積研究5編,コホート研究2編,横断研究1編によるシステマティックレビューでは,SEE—FIMでの病理検索が実施された1,289例中27例(2.1%)でSTICを検出したのに対し,SEE—FIM以外での病理検索が実施された38例ではSTICを検出しなかった。STICの検出に対するSEE—FIMの有効性を論じるには,対照としてSEE—FIM以外での病理検索が実施された場合と比較することが望ましいが,直接比較している報告が見当たらないこと,研究数が少ないことからエビデンスの確実性は中とした。
オカルト癌検出率に関する検討では,SEE—FIMでの病理検索が実施された場合とSEE—FIM以外の病理検索が行われた場合での比較については,観察研究が2つのみであった。1つの観察研究においてオカルト癌の検出率はSEE—FIMでの病理検索群で6.7%(1/15)に対し,対照群で0%(0/11)であった2)。もう1つの観察研究では,SEE—FIMでの病理検索群で8.3%(3/36),対照群で18%(5/27)であった7)。
症例集積研究5編,コホート研究1編,横断研究1編,症例対照研究1編によるシステマティックレビューでは,SEE—FIMでの病理検索が実施された1,344例中28例(2.1%)でオカルト癌が検出されたのに対し,SEE—FIM以外の病理検索が行われた場合では88例中5例(5.7%)でオカルト癌が検出され,オカルト癌検出率に差を認めなかった。SEE—FIM実施群と非実施群で比較検討した研究数が少ないことから,エビデンスの確実性は中とした。
症例集積研究1編で術後治療による記載があるが,SEE—FIMでの病理検索が実施された場合とSEE—FIM以外の病理検索が行われた場合で比較検討した論文は認めず,エビデンスの確実性は非常に弱とした。
症例集積研究6編,コホート研究2編,横断研究1編,症例対照研究1編に対してシステマティックレビューを実施した。SEE—FIMでの病理検索が実施された場合とSEE—FIM以外の病理検索が行われた場合でOSや費用対効果を比較検討した論文は認めず,エビデンスの確実性は非常に弱とした。
症例集積研究6編,コホート研究2編,横断研究1編,症例対照研究1編から「STIC検出率」および「オカルト癌検出率」の2つのアウトカムについて検討した。SEE—FIMによる病理検索が実施された群では,SEE—FIM以外の病理検索が実施された群に比し,STIC検出率は高いが,オカルト癌検出については2群間で差を認めなかった。
※卵巣の取り扱いについて
本CQでは,卵管を対象とした病理検索として,SEE—FIMが検討されている1)。RRSO検体では卵巣についても短軸方向に2~3mm間隔で割を入れてすべてを包埋し,標本を作製して評価が行われている。日本婦人科腫瘍学会の「産婦人科における遺伝性乳癌卵巣癌症候群に対する保険診療についての考え方」12)やNCCN ガイドライン13)においても,卵管だけでなく,卵巣についても注意深い切り出しが必要であることが記載されている。
RRSOの際の卵巣の病理検索についてもプロトコールによって定められた方法で実施し,卵巣に対する詳細な評価の妥当性について今後もモニタリングしていく必要がある。
本CQの議論・投票には,深刻な経済的・アカデミックCOIのない乳癌領域医師3名,婦人科領域医師2名,遺伝領域医師3名,遺伝看護専門看護師1名,認定遺伝カウンセラー1名,患者・市民3名の13名が参加した。
この問題は優先事項であるかの問いについて,投票結果では「はい」が7名,「おそらく,はい」が4名であった。RRSOが保険収載され,HBOC診療における重要な選択肢の1つであり,検体の取り扱いについてプロトコールを決定することは重要である。また予期される望ましい効果はどの程度のものかの問いについては,「大きい」が5名,「中」が3名,「分からない」が3名であった。望ましい効果としてのSTIC検出率に関する検討で,STICが検出された場合の治療への影響が明らかとはいえず,今後の課題と考えられた。一方,予期される望ましくない効果はどの程度のものかの問いについては,「小さい」が6名,「わずか」が1名,「分からない」が1名であった。STICやオカルト癌が見つかった場合であっても過剰な治療には結び付かないと考えられる。
STIC検出率・オカルト癌検出率についての結果が報告されているが,SEE—FIM実施群と非実施群で比較した観察研究が少ないことから,アウトカム全体のエビデンスの確実性については2人が「中」,6人が「弱」,3人が「非常に弱」と判断した。特にSTIC検出の臨床的意義については不確実性が残ると考えられる。
投票結果では,「重要な不確実性またはばらつきはおそらくなし」が6名,「重要な不確実性またはばらつきの可能性あり」が4名,「重要な不確実性またはばらつきがあり」が1名であった。SEE—FIMプロトコールとして行われること自体については「不確実性またはばらつきはない」と考えられる。
投票結果では,「介入が優位」が1名,「おそらく介入が優位」が10名であった。STICは卵管采を適切に切り出すことで発見される病変であること,一般的な卵管の病理検索では十分な切り出しが行われないこと,SEE—FIM以外にRRSO摘出標本に対する病理検索法が確立していないことから,介入が支持される。
費用対効果に関する論文は抽出されなかった。この問題に対する容認性についての投票結果は,「はい」が5名,「おそらく,はい」が6名であった。RRSOに対して一定の基準に基づいて病理学的検索が実施されることは,RRSOの目的のうえでも非常に重要で,十分容認される。またSEE—FIMによる病理検索に関する実行可能性については,「はい」が5名,「おそらく,はい」が6名であった。現状では,RRSOを行う施設では,SEE—FIMプロトコールによる病理検索が行われており,実行可能であると判断された。ただし,SEE—FIMによる病理検索は標本作製や診断に時間がかかるため,病理医の協力が不可欠である。
以上より,本CQについて討議し推奨草案は以下とした。
8/11名(73%)で推奨草案を支持し,採用が決定した。3名の委員から,SEE—FIM以外の病理学的な評価でSEE—FIMと同じ精度の評価ができることが証明されていないため,SEE—FIMを強く推奨するとの意見があった。
また,「条件付き」とした理由として,STIC検出後の管理方針にコンセンサスの得られたものがないため,STIC検出の臨床的意義が不確実であること,SEE—FIMでは一般的な病理学的評価に比べ,標本作製や診断に時間がかかり,病理医の負担が大きくなることがある。
日本婦人科腫瘍学会の「産婦人科における遺伝性乳癌卵巣癌症候群に対する保険診療についての考え方」12)では,「RRSO実施の際の留意点」として,以下のように記載されている。RRSO時にオカルト癌またはSTICが発見されることがある。そのため卵巣と卵管を連続切片で評価する必要があり,病理医との協力体制を構築しておくこと。実際にはSEE—FIMプロトコールに従い,卵管采は長軸方向に切開を加え,残る卵巣および卵管は2~3mm間隔で切片を作製し評価を行うこと。
また,NCCNガイドライン13)において,リスク低減手術後の病理評価のためには卵管はSEE—FIMプロトコールで処理すべきであり,卵巣についても,注意深い切り出しが必要であることが記載されている。
SEE—FIMの妥当性については,今後もモニタリングが必要である。またSEE—FIMの必要性について,RRSOを実施する産婦人科医および摘出卵管・卵巣を病理評価する病理医との間で共有していくことが求められる。
SEE—FIM法は卵管の系統的切り出し方法であって,卵巣の切り出し方法ではないこと,連続切片とは通常1つのブロックから4μmの組織片を連続して薄切すること,の2点の指摘があり,関連する文書を適切に修正した。
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