Guidebook for Diagnosis and Treatment of Hreditary Breast and Ovarian Cancer Syndrome 2017

総論2.家族歴聴取と家系図記載法

はじめに

遺伝性疾患の診療および遺伝カウンセリングにおける家族歴聴取は,正確な診断や治療の助けとなる。罹患者ばかりでなく家族の発症や予後を推定し,発症前診断や発症予防が可能となる場合がある。誰にどのような情報提供や心理社会的サポートすべきかを検討することもできる。家族歴の記録には,国際ルールに従った家系図記載法を用いることが好ましい1)。関連職種が正確に情報共有するための共通ルールとなる。遺伝性腫瘍の家系図では少なくとも3 世代について,腫瘍の発症年齢や特徴を含めた記載が望ましい。経年変化する家族の状況に合わせた記載内容の確認も必要となる。正確で十分な情報収集のためには,罹患者やその家族が答えやすいように症状等を尋ねる工夫が求められる。クライエントのがんの病歴や遺伝的関連性の知識や認識度を確認しながら進めることも肝要である。遺伝学的検査に基づいた治療の選択が行われる現在,特に遺伝性乳癌卵巣癌症候群(HBOC)における留意点を併せて提示する。

1.家系図作成の意義1)~4)

遺伝性腫瘍における家族歴聴取は,①正確な診断の助けとなる,②予後推定の助けとなる,③遺伝性疾患の発症前診断や発症予防が可能となる,④情報提供や心理的サポートの必要性を判断するのに役立つ,などの意義がある。家族歴の記録には,国際標準となっている家系図記載法が不可欠である。

2.家系図記載法1)2)5)

家系図では生物学的な両親・子ども・孫などを記載する。まずは家系図の具体例を 図1 に示す(HBOC の例)。表現型による性別から,男性は「□」,女性は「○」,性別不明は「◇」で示し,出生年や年齢を記号下に記載する。罹患者は各記号を黒く塗りつぶして詳細は欄外に記載する。既死亡は各記号の右上より左下に斜線を引き,死亡年齢を「d.」として記号下に記載する。妊娠は胎児の性別に相当する記号の中に「P」と書き込み,在胎週数や最終月経日を記す。発端者〔最初に当該家系における遺伝的問題に気づく契機となった人(罹患者)〕は,記号左下にproband を意味する「P↗」で記載する。また,クライエント(患者や家族などの来談者)は「↗」を記号左下に記載する。分娩にいたらなかった妊娠は他の記号よりも小さい「△」で示し,妊娠中絶の場合は記号右上より左下に斜線を引く(図2)配偶者および同胞(兄弟姉妹)の関係は横線で結ぶ。世代や個人は縦線で示す。血族婚(いとこ婚など)の場合は,配偶者間を二重線で結ぶ。離婚は配偶者の関係線を途中で「//」で区切る。なお,できるだけカップルの男性を女性の左に記載する。同胞は出生順に左から右に記載するのが原則である(図3)。また,図4 には遺伝学的評価,検査の情報に関する家系図記号を付記する。

 

3.家系図作成のポイント6)

家系図作成は,クライエントから必要な情報を聴き出しながら記録していく。さらに医療情報(遺伝学的検査を含む検査結果等)を追記する。十分な情報を記録するためのポイントをあげる。

①聴き取り時に家系図をきれいに描けなくてもよい。情報収集後に清書する。

② 対象となる疾患に必要な情報(世代や家系内のメンバーを含む)を把握してから,来談者からの情報収集に努める。発症年齢や死亡年齢および発症や病状の経過も含まれる。死産や新生児期および乳児期の死亡も必要な情報である。養子,子供がいないカップル,不妊についても記録する。さらに血族婚の有無についても確認する。

③ 固有名詞を聞いておくこと,同胞よりも先に子どもの情報を尋ねることにより来談者の話が進みやすくなる。

④ 家系図はいつ・どこで・誰が・誰から得た情報により記録したのかを記録する。家族の状況は変化するので,年1 回程度,記載内容を確認するとよい。
家系図に記載すべき共通の情報を 表1 に示す。

4.家族歴聴取おける留意点7)

家系図作成には,正確な情報収集が不可欠である。クライエントは家系内メンバーの疾患名や症状について必ずしも正確に記憶しているとは限らない。検査結果についても同じである。疾患の鑑別診断に役立つ情報収集も求められる。

①正確な医学情報を得るために
a) 診断名とともに診断を受けた病院や担当医を記録する。クライエントの了解を得て,必要に応じた医療情報の収集に役立てる。
b) 遺伝学的検査においては,結果そのものを入手する。生化学検査や臨床症状(発症や治療法など)は検査時期を確認する。必要に応じて,クライエントの了解のもと担当医に問い合わせることが必要となる場合がある。

②家系情報を聞き漏らしていないか
a)流産/死産/新生児期の死亡や,不妊治療について確認する
b)再婚/離婚・別居/養子/配偶子提供の情報も記録する

③聴取した家系情報が正しく記載されているか
・ 作成した家系図をクライエントに確認する。クライエントが記録した家系図を持参してもらうとよい。

遺伝性腫瘍をもつ家族の状況は様々である。がんの病歴を尋ねるための質問手順を示す(表2, 3, 4)。なお,これらの家族歴聴取にあたっては,診療における家系図作成の意義を伝えることが大切である。

 

5.遺伝性乳癌卵巣癌症候群(HBOC)における情報収集の留意点

①遺伝学的検査を行う理由の確認(治療選択のため,子どものためなど)
・遺伝学的検査の結果によって,リスク低減手術を検討しているか
・遺伝学的検査の結果によって,術式など治療変更の希望の有無
・遺伝学的検査の結果を,血縁者にはどのように伝える予定か
・乳癌のサブタイプ(トリプルネガティブかどうか)
②乳癌の時期や個数(単発,異時両側,同時両側,同側多発など)
③乳癌の治療内容(ホルモン治療,化学療法,放射線療法など)
④乳癌の手術の術式(部分切除術,乳房切除術,再建の有無)
⑤卵巣癌の病理結果(漿液性癌,類内膜癌,粘液性癌,明細胞癌など)
⑥良性疾患の治療歴(乳腺切開生検,卵巣嚢腫摘出術など)
⑦前立腺癌の病理(グリソンスコア≧7 か否か)
⑧男性乳癌,腹膜癌,膵癌,黒色腫の家族歴および既往歴の有無
⑨高い変異頻度と関係する民族出身者かどうか(アシュケナージ系ユダヤ人など)
⑩若年の場合,妊娠の希望の有無

<気を付ける点>
・卵巣癌や腹膜癌は,他の婦人科癌(子宮頸癌,子宮体癌)と区別が難しいことがある。
・腹膜癌は,他臓器の転移の可能性もあるので,他のがんの有無やその病状を確認する。

おわりに

家系図作成にあたっては,正確な情報収集に努めるとともに,標準化された方法に沿って医療情報とともに記載することが肝要である。このためには,クライエントが話しやすい質問の方法を工夫することにも留意したい。

参考文献
  1. Bennett RL, French KS, Resta RG, et al. Standardized human pedigree nomenclature: update and assessment of the recommendations of the National Society of Genetic Counselors. J Genet Couns. 2008; 17(5): 424-33.[PMID:18792771]
  2. 福島義光 監,櫻井晃洋 編.遺伝カウンセリングマニュアル改訂第3 版.南江堂,2016.
  3. Schneider KA. Counseling about Cancer: Strategies for Genetic Counseling. 2nd Ed, Wiley-Blackwell, 2002.
  4. 福嶋義光 編.遺伝カウンセリングハンドブック.メディカルドゥ,2011.
  5. 中村清吾.遺伝性乳がん・卵巣がんの基礎と臨床.篠原出版新社,2012.
  6. Bennett RL. The Practical Guide to The Genetic Family History. 2nd Ed, Wiley-Blackwell, 2010.
  7. Schneider KA. Counseling About Cancer: Strategies for Genetic Counseling. 3rd Ed, Wiley-Blackwell, 2011.

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