Guidebook for Diagnosis and Treatment of Hreditary Breast and Ovarian Cancer Syndrome 2017

CQ26.男性の未発症BRCA 変異保持者に対し,前立腺癌のサーベイランスは推奨されるか?

推奨グレード
C1
40歳でのPSA のスクリーニング検査が推奨される。一般者を対象にした前立腺癌の早期発見のためのPSA のスクリーニング検査は50歳以上を対象とし,4.0 ng/mL 以上が前立腺の針生検の適応であるが,より低い値(3.0 ng/mL 以上)での生検が推奨される。

■ 推奨グレードを決めるにあたって

HBOC では関連するがんの発症が女性のみならず,男性にも認められることが知られている。BRCA 変異を有する男性では一般集団よりも高頻度に前立腺癌を発症する。しかし,わが国ではBRCA 変異の保持者における前立腺癌の報告は皆無であり,欧米でのエビデンスとガイドラインをもとに考察せざるを得ない。注意すべきこととしてHBOC は人種差が大きく,罹患率と死亡率を一般化することが難しい1)。今後わが国においても全国的な調査が必要であると考える。前立腺癌は家族集積性が高いがんであり,第1 度近親者に1人の前立腺癌患者がいる場合,前立腺癌罹患危険率は2 倍に増加し,第1 度近親者に2 人以上の前立腺癌患者がいる場合は5~11 倍と急激に増加する2)。わが国における家族性前立腺癌の調査はOhtake らによる10 家系の調査があり,健常男性20 人にPSA スクリーニングを行い,5人がPSA 4 ng/mL 以上であり,生検を行った3人全員に前立腺癌が発見されている3)。しかし,HBOC との関連は不明である。以上,わが国ではデータが皆無であるため,推奨グレードはC1 とした。注意すべきは,2016 年版の「前立腺癌診療ガイドライン」ではPSA によるサーベイランスは推奨グレードB であり(二次資料①),齟齬が生じているが,エビデンスに基づく判断を行ったことを強調しておく。

解 説

母親がHBOC であった場合に子息に前立腺癌の発症リスクがあることの啓発が必要である。家族歴として父親,兄弟などの前立腺癌の既往は必ず聴取する項目であるが,母親あるいは姉妹の乳癌あるいは卵巣癌の既往を入念に聴取し,HBOC に対する関心を広めていく必要がある。発端者を中心とした遺伝カウンセリングにおいても今後は男性に対しても遺伝学的検査を行うことが推奨される。BRCA1 の変異を有すると前立腺癌を発症するリスクは2 倍となり,BRCA2 の変異では5~7 倍のリスクとなる4)
後述するように,未発症BRCA 変異保持者における治療アプローチは一般の前立腺癌患者と異なる。まず,第一に悪性度が高く予後不良ながんである可能性が高く,早期発見と根治的治療が推奨されるからである。また,進行癌においてはシスプラチンを中心とした抗がん化学療法あるいは新規の治療薬であるPARP 阻害薬(前立腺癌に対して本邦未承認)が推奨される。
家族性前立腺癌患者382人と家族歴のない60歳以下の前立腺癌患者92人に対してBRCA2 変異の検索を行ったドイツからの報告では,5 人に変異を認めたものの家族歴のない92人においては変異を認めた例はなかった5)。オーストラリアからの乳癌患者を複数もつ1,423 家系のコホートにおける148 人の前立腺癌は予後不良であり,BRCA2 変異を有する患者は有さない患者と比較してがん死亡のリスクが4.5 倍に上昇すると報告されている。一方で米国からの報告で家族性前立腺癌患者266 人に対してBRCA2 の変異を検索したところ,全く変異が検出されなかったという報告もある。BRCA1 変異保持者の前立腺癌は一般の前立腺癌よりは予後不良と考えられるがBRCA2 変異保持者ほどではない6)
全く調査のないわが国において今後はBRCA2 変異をバイオマーカーとして,前立腺癌患者において検索する方策が必要であると考える。HBOC 家系だけでなく,家族性前立腺癌症例や乳癌家系に対してもPSA 検査とともにBRCA2 変異の検索も行っていくことが望まれる。
NCCN*のガイドラインでは変異保持者は40歳でのPSA スクリーニングが推奨されている(二次資料②)。PSA が高値であれば47%に前立腺癌が発見されたという報告がある7)BRCAの変異の情報が既知のコホートを対象としたIMPACT 試験では3.0 ng/mL 以上を生検の対象とし,791 人のBRCA1 変異保持者と非保持者531 人,731 人のBRCA2 変異保持者と非保持者428人のうち,PSA 3 ng/mL を超えた162 人が生検を受けた。そのうち59 人が前立腺癌と診断された。内訳は順に,18,10,24,7 人であった。陽性的中率はBRCA2 保持者で48%と高い値を示している。
一方,HBOC ではない前立腺癌患者を対象に次世代シーケンサーによる全ゲノム検索による報告では両アレルのBRCA2 体細胞変異が検出されている8)。家族性ではなくても,転移を有する予後不良の前立腺癌での治療選択のバイオマーカーとしてBRCA2 の変異が今後考慮されるべきであろう。

*NCCN:National Cancer Comprehensive Network

検索キーワード

検索はPubMed にて,BRCA,prostate cancer,management or surveillance,のキーワードを用いて行った。抽出された126 件のうち,9 件を採用して検討を行った。

参考にした二次資料

① 日本泌尿器科学会編.前立腺癌診療ガイドライン2016 年版.メディカルレビュー,2016.
② Carroll PR, Parsons JK, Andriole G, et al. NCCN Guidelines Insights: Prostate Cancer Early Detection, Version 2.2016. J Natl Compr Canc Netw. 2016; 14(5): 509-19.[PMID:27160230]

参考文献
  1. Bancroft EK, Page EC, Castro E, et al; IMPACT Collaborators. Targeted prostate cancer screening in BRCA1 and BRCA2 mutation carriers: results from the initial screening round of the IMPACT study. Eur Urol. 2014; 66(3): 489-99.[PMID:24484606]
  2. Steinberg GD, Carter BS, Beaty TH, et al. Family history and the risk of prostate cancer. Prostate. 1990; 17(4): 337-47.[PMID:2251225]
  3. Ohtake N, Nakata S, Sato J, et al. Significance of measurement of prostate specific antigen(PSA)in familial prostate cancer lines. Tohoku J Exp Med. 1998; 184(1): 21-8.[PMID:9607395]
  4. Mitra AV, Bancroft EK, Barbachano Y, et al; IMPACT Study Collaborators. Targeted prostate cancer screening in men with mutations in BRCA1 and BRCA2 detects aggressive prostate cancer: preliminary analysis of the results of the IMPACT study. BJU Int. 2011; 107(1): 28-39.[PMID:20840664]
  5. Maier C, Herkommer K, Luedeke M, et al. Subgroups of familial and aggressive prostate cancer with considerable frequencies of BRCA2 mutations. Prostate. 2014; 74(14): 1444-51.[PMID:25111659]
  6. Narod SA, Neuhausen S, Vichodez G, et al; Hereditary Breast Cancer Study Group. Rapid progression of prostate cancer in men with a BRCA2 mutation. Br J Cancer. 2008; 99(2): 371-4.[PMID:18577985]
  7. Tryggvadóttir L, Vidarsdóttir L, Thorgeirsson T, et al. Prostate cancer progression and survival in BRCA2 mutation carriers. J Natl Cancer Inst. 2007; 99(12): 929-35.[PMID:17565157]
  8. Decker B, Karyadi DM, Davis BW, et al. Biallelic BRCA2 Mutations Shape the Somatic Mutational Landscape of Aggressive Prostate Tumors. Am J Hum Genet. 2016; 98(5): 818-29.[PMID:27087322]

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