Guidebook for Diagnosis and Treatment of Hreditary Breast and Ovarian Cancer Syndrome 2017

CQ12.術前にBRCA 変異保持者であることがわかっている場合,乳房温存療法は推奨されるか?

推奨グレード
C2
放射線療法を含む乳房温存療法は,基本的には推奨されない。

■ 推奨グレードを決めるにあたって

放射線感受性が高いBRCA の変異を有するHBOC の乳癌に対し,海外のガイドラインでは術後放射線療法を必要とする乳房温存療法は相対的禁忌とされている。近年乳房温存療法の研究結果の報告から,同側・対側の乳癌発症リスクならびに生存率への影響に関するエビデンスは乏しいが,いずれもサンプルサイズが少なく,長期経過観察において第二がんの発症リスクが高くなる傾向も報告されており,乳房温存療法を希望する患者には第二がんの発症リスクや,放射線療法後の乳房内再発時の人工乳房再建の合併症リスクなどの十分なインフォームドコンセントを行ったうえで実施可能と考えられる。

背景・目的

BRCA1BRCA2 は高浸透率がん抑制遺伝子の1つで,DNA 二本鎖切断の修復過程に重要な働きをする。したがって生殖細胞系列にBRCA変異を有する患者は放射線感受性が高く,二次がんを誘発するリスクが危惧される。そこでBRCA 変異を有するHBOC 乳癌に対して,放射線療法を必要とする乳房温存療法の安全性,有効性を検討する。

解 説

これまでBRCA 変異を有する乳癌で乳房温存療法の安全性,有効性を検討したランダム化比較試験はない。そこで乳房温存療法で放射線療法を受けた乳癌はBRCA 変異の有無により予後に差があるのか,同側・対側の二次がん発症に差があるのか,BRCA変異を有する乳癌に放射線療法が及ぼす影響について検討する。
海外ではBRCA 変異を有する乳癌の乳房温存療法の研究は古くから開始されており,近年長期成績やメタアナリシスの報告が複数行われている。米国,カナダなどの11施設から乳房温存療法を受けたBRCA 変異を認める乳癌160人と散発性乳癌445 人の症例対照研究(観察期間中央値約7年)が報告されており1),10 年および15 年の温存乳房内再発率は遺伝子変異を有する群で12%,24%,散発群でそれぞれ9%,17%であり,有意な差はなかった(P=0.19)。卵巣摘出術後では差はさらに小さくなった(P=0.37)。対側乳癌の発症は遺伝子変異群では10年,15年でそれぞれ26%,39%であり,散発群の3%,7%と比べて有意に高率であった(P<0.0001)。しかし,タモキシフェンを内服することにより遺伝子変異群で対側乳癌の発症を有意に抑制し(HR:0.31,P=0.05),特に両側卵巣摘出術未施行群ではハザード比0.13 とさらに抑制した。しかし,卵巣摘出術後ではタモキシフェンの抑制効果はみられなかった(HR:0.46,P=0.15)。

また,BRCA 変異に関与する乳癌の予後について考察された14 の論文のレビューでは,ほとんどの研究において,乳房温存療法後の同側乳癌発症リスクは,BRCA 変異を有する乳癌群と散発乳癌群との間で初発乳癌発症後5 年のフォロー期間では,有意差がみられなかった。有意差の認められた論文の研究は卵巣摘出術および術後タモキシフェンを服用している人を含んでいないものであった。一方,フォロー期間5~10 年ではBRCA 変異を有する乳癌群が同側乳癌発症リスクが高くなっており,第二がんの可能性が考えられるが,乳腺組織での放射線感受性や放射線治療後の発症の関連性についてのエビデンスはないとされている(二次資料②)。
Valachis らは10 の研究をプール解析で乳房温存療法後の温存乳房内再発率をみたところ,BRCA 変異を有する群では17.3%,散発群は11%であり,リスク比は1.45(0.98-2.14)で有意差を認めなかった。しかしながら観察期間を7 年以上に限定するとリスク比は1.51(1.15-1.98)に有意に増加した。温存乳房内再発を下げる因子は化学療法と卵巣摘出であった。対側乳癌についてはリスク比3.56(2.50-5.08)とBRCA 変異を有する群で有意に高く,卵巣摘出術,タモキシフェン内服,高年齢で低下していた2)
最近のレビューで,BRCA 変異を有する乳癌4,021 人の放射線療法+乳房温存療法と乳房切除術の25 本の論文を対象とし,同側・対側乳癌発症,生存率を検討したものがある3)。このレビューの考察として,ランダム化試験や前向き研究はなくサンプルにバイアスがあること,乳癌家族歴そのものが予後のリスクファクターであること,BRCA 変異を有する乳癌のほうが一般乳癌より追跡観察が長く追跡調査の対象となること,対象である一般乳癌の多くがBRCA 遺伝学的検査を施行していないこと,予後因子となる病理学的特徴の記載が少ないことがあげられている。結果は,温存乳房内再発はBRCA変異を有する乳癌と一般の乳癌で統計学的な有意差がなかった(1本のみ有意差があったが,真の再発ではなく第二がんがほとんどであったこと,乳房内再発は化学療法により低下したとされている),乳房温存療法と乳房切除術では対側乳癌発症率に照射歴による有意差はないこと3)4),乳房温存療法を受けたBRCA 変異を有する乳癌と213 人の散発性乳癌では急性期の皮膚・肺障害や乳房痛,晩発性反応の皮膚,皮下組織,肺,骨への影響で差がなかったこと3)5)BRCA 変異を有する乳癌の乳房温存療法と乳房切除術による生存率への影響は抗がん薬治療により有意差はみられなくなること3)6),と報告している。
一方,乳房温存療法で放射線療法を施行した後の乳房再建について,乳房切除術と人工物乳房再建を行った場合の合併症率は高率であり,乳房再建成功率は約60%と報告されている(二次資料③)。放射線療法後の人工物乳房再建(ティッシュエキスパンダー+インプラント)の合併症のレビューでは,非放射線療法群で10~31%であったのに対し,放射線療法群で51~68%と非常に高い合併症率の報告がされている(二次資料④)。温存乳房後の第二がんへの患者の不安な気持ちや,放射線照射後の乳房再建は合併症が多くなり整容性が劣る可能性があることを十分に考慮する必要がある。
以上のようにBRCA 変異を有する乳癌に対する,放射線療法を有する乳房温存療法のランダム化試験はなく,後ろ向き研究の報告・レビューにおいては,乳房切除術と比較し同側・対側乳癌発症リスク,生存率への影響については明らかなエビデンスはない。また,いずれの研究もサンプルサイズが小さいこと,長期的にみると第二がんの発症リスクの可能性があること,第一がんが若年で発症した場合にはより慎重な経過観察が必要である。したがって,術前にBRCA 変異保持者であるとわかっている場合には,二次がんを含む温存乳房内再発のリスクや放射線療法後の人工乳房再建のリスクについて十分な説明を行ったうえで,患者が希望すれば行うことができるとし,推奨グレードをC2と結論付けた。

検索キーワード

PubMed でBRCA,breast neoplasms,mastectomy 等のキーワードを用いて登録文献を検索した。

参考にした二次資料

① National Comprehensive Cancer Network. NCCN Clinical Practice Guidelines in Oncology. Breast Cancer, ver2. 2016.
② Bordeleau L, Panchal S, Goodwin P. Prognosis of BRCA-associated breast cancer: a summary of evidence.
Breast Cancer Res Treat. 2010; 119(1): 13-24. [PMID:19789974]
③ Hirsch EM, Seth AK, Dumanian GA et al. Outcomes of tissue expander/implant breast reconstruction in the setting of prereconstruction radiation. Plast Reconstr Surg. 2012; 129(2): 354-61. [PMID:22286418]
④ Pomahac B, Recht A, May JW, et al. New trends in breast cancer management: is the era of immediate breast reconstruction changing? Ann Surg. 2006; 1244(2): 282-8.[PMID:16858192]
⑤ 日本乳癌学会編.科学的根拠に基づく乳癌診療ガイドライン②疫学・診断編 2015 年版.金原出版,2015.

参考文献
  1. Pierce LJ, Levin AM, Rebbeck TR, et al. Ten-year multi-institutional results of breast-conserving surgery and radiotherapy in BRCA1/2-associated stageⅠ/Ⅱ breast cancer. J Clin Oncol. 2006; 124(16): 2437-43.[PMID: 16636335]
  2. Valachis A, Nearchou AD, Lind P. Surgical management of breast cancer in BRCA-mutation carriers: a systematic review and meta-analysis. Breast Cancer Res Treat. 2014; 1144(3): 443-55.[PMID:24567198]
  3. Hallam S, Govindarajulu S, Huckett B, et al. BRCA1/2 Mutation-associated Breast Cancer, Wide Local Excision and Radiotherapy or Unilateral Mastectomy: A Systematic Review. Clin Oncol (R Coll Radiol). 2015; 127(9): 527-35.[ PMID:26113392]
  4. Pierce LJ, Phillips KA, Griffith KA, et al. Local therapy in BRCA1 and BRCA2 mutation carriers with operable breast cancer: comparison of breast conservation and mastectomy. Breast Cancer Res Treat. 2010; 1121(2): 389-98.[ PMID:20411323]
  5. Pierce LJ, Strawderman M, Narod SA, et al. Effect of radiotherapy after breast-conserving treatment in women with breast cancer and ermline BRCA1/2 mutations. J Clin Oncol. 2000; 118(19): 3360-9.[ PMID:110136)
  6. Seynaeve C, Verhoog LC, van de Bosch LM, et al. Ipsilateral breast tumour recurrence in hereditary breast cancer following breast-conserving therapy. Eur J Cancer. 2004; 140(8): 1150-8.[ PMID:15110878]

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