NSGC*は,遺伝カウンセリングについて,“疾患への遺伝学的関与が医学的,心理学的,あるいは家族に与える影響について人々が理解し受容することを支援するプロセスであり,このプロセスは,病気の発生や再発を評価するための既往歴および家族歴の解釈,遺伝,検査,マネジメント,予防,資源および研究についての教育,リスクや状況の受容とインフォームドチョイスを促すためのカウンセリングを統合したものである”としている1)。日本医学会の「医療における遺伝学的検査・診断に関するガイドライン」に記述されている遺伝カウンセリングの説明もこれにならったものになっている2)。
NSGC は,HBOC のリスクアセスメントと遺伝カウンセリングのプロセスは多くの段階を必要とし,既往歴および家族歴の収集,心理社会的アセスメント,推測される個人のリスクについての検討,遺伝学的検査のインフォームドコンセント,(検査を受けた場合の)結果開示,医学的管理についての選択肢の検討,そして遺伝学的差別に関する問題のレビューを含むとしている3)。HBOC に限らず,がんの遺伝カウンセリングは,クライエントが遺伝性のがんやがん発症リスクについて知り,遺伝学的検査,サーベイランスや予防についてよく理解したうえで選択することで,自身や血縁者のがん対策に活かすことを目的にしている。
*NCCN:National Cancer Comprehensive Network
1.遺伝カウンセリングのセッティング
遺伝カウンセリングは,日本においてはほとんどが医療機関において医療行為としてクライエントと遺伝カウンセラーが直接面談する形式で行われている。遺伝カウンセリングは,保険適用になっている一部の遺伝学的検査に関わるものを除き自由診療であり,受診にかかる費用は医療機関によって異なる。通常の外来診療とは異なり多くが予約制になっており,プライバシーを確保した部屋で十分な時間をかけて実施されることが多い。広大な国土を有する米国では地理的なアクセシビリティを考慮して,電話での遺伝カウンセリングも行われている。
2.HBOC に関わる遺伝カウンセリングの担当者
日本において遺伝カウンセリングの実施者を定めた法制度は現時点では存在しない。前述の日本医学会のガイドラインでは,日本において遺伝カウンセリング担当者を育成する制度として,医師を対象にした臨床遺伝専門医制度と非医師を対象とした認定遺伝カウンセラー制度を紹介している。いずれも日本人類遺伝学会と日本遺伝カウンセリング学会が共同で認定している専門職である。同ガイドラインでは,「遺伝カウンセリングに関する基礎知識・技能については,すべての医師が習得しておくことが望ましい」とあり,「遺伝学的検査・診断を担当する医師および医療機関は,必要に応じて専門家による遺伝カウンセリングを提供するか,または紹介する体制を整えておく必要がある」としている2)。関連のある他の制度として,日本家族性腫瘍学会の家族性腫瘍カウンセラー・家族性腫瘍コーディネーター制度4)や日本看護協会によって認定されている遺伝看護専門看護師5)がある。遺伝カウンセリングの内容によっては,他の医療従事者―例えば臨床心理士やRRM/RRSO を担当する乳腺科・婦人科医師が遺伝カウンセリング担当者として加わることもあるだろう。
HBOC に対する医療は,遺伝カウンセリングだけで成立するものではない。がんの手術,検診やサーベイランス,リスク低減のための対策を行う医師や看護師との適切な情報共有と診療連携が重要である。臨床遺伝専門医の臨床遺伝専門医到達目標(総論)には,「臨床遺伝専門医はチーム医療を行う。他診療科の医師,認定遺伝カウンセラーなど遺伝カウンセリングに関係するコメディカルスタッフおよび他の医療機関等と協力する。また,主治医の要請に応じて臨床遺伝学の立場から適切な助言を行う。」とある6)。認定遺伝カウンセラーの倫理綱領の条文の1 つには「他職種の専門性を尊重し,相互の連携・協同に努める」とある7)。HBOC に関わる遺伝カウンセリング担当者は,遺伝カウンセリングの実施のみならず,他の専門職と連携する,他診療科・他院が受診できるように調整する役割も担っているといえる。
3.HBOC に関わる遺伝カウンセリングの受診者
遺伝カウンセリングの受診は,自律性が基本となる。HBOC に関わる遺伝カウンセリングの受診者として,自身や血縁者の乳癌や卵巣癌がHBOC により発症したのではないかと考えている,がんの遺伝について心配している,BRCA 遺伝学的検査に関心があるなど,様々な背景や理由をもつ人々が考えられるが,受診動機に制限はなく自らの意思で受けたいと思った人々はすべてクライエントになり得る。
一方,臨床で乳癌や卵巣癌の患者さんに接する医療従事者の視点で,どのような患者に遺伝カウンセリングやBRCA 遺伝学的検査を紹介するべきかについてよく議論されている。HBOC の診療に関係する学会や団体には,どのような患者(がん既発症者)に遺伝カウンセリングを紹介すべきか,どのようなケースがBRCA 遺伝学的検査の対象となるかを明文化しているものがある8)~10)。また,BRCA 関連がん未発症の女性における遺伝カウンセリングあるいはBRCA 遺伝学的検査の対象者の妥当性について,U.S. Preventive Task Force(米国予防医学専門委員会)は,家族歴によるリスク評価で陽性だった場合には遺伝カウンセリングを受けるべきであるとし,家族歴がBRCA の変異を有している可能性と関連がないようであれば遺伝カウンセリングや遺伝学的検査をルーチンに推奨すべきでないとしている11)(CQ 1 を参照)。
4.HBOC に関わる遺伝カウンセリングの要素
NSGC の関連するリコメンデーション12)およびNCCN*の関連ガイドライン8)を参考にして構成要素をあげた。遺伝カウンセリングの構成は,クライエントの主訴や状況によって変化する。以下の要素すべてが1 回のカウンセリングで必ず行われるということではない。
1)既往歴・家族歴の聴取
聴取される情報を 表1 にまとめた。これらの情報は,遺伝カウンセリングが予約されたときの電話で,遺伝カウンセリング前の問診票の記入によって,あるいは遺伝カウンセリングの中で聴取され確認される。家族歴は,第3 度近親まで得られるのが望ましい。
がんの既往歴や家族歴の情報は,がんのリスク評価のための重要な情報になる。利用するリスク評価ツールによっては,発症したがんの詳細情報(発症年齢,病理学的な結果など),初経年齢や閉経の有無,体重などを入力する場合もあるので注意する。既往歴や家族歴は,クライエントの記憶があいまいなことにより正確性を欠く場合があること,時間の経過によって変わることがあることにも注意が必要である。
全 員 | がん既往歴がある場合(本人・血縁者) |
年齢,良性/悪性腫瘍の既往,がん以外の疾患の既往歴,入院歴,手術歴,生検履歴,生殖に関する情報,がん検診履歴,環境,人種・民族 | がんを発症した組織(原発),診断時年齢,原発性がんの数,腫瘍の病理・ステージ・グレード,がん治療歴(化学療法,手術,放射線治療) |
2)心理社会的アセスメント
クライエントががんの遺伝に関する情報を得てそれを利用しようとする意思は,様々な要因に基づいている。心理社会的な側面を評価することは,クライエントのリスクの認知や得られた情報の活用に影響する要因を理解するために欠かせず,どのような情報提供や教育が必要か,他の専門職へのコンサルテーションを検討すべきかを考えるためにも重要である。収集される情報は広範にわたり(表2),これらを得るためには,十分な時間をかけて相互的な会話ができ,非言語のサインも評価できるような対面での場がよいだろう。
動機・主訴 | 遺伝カウンセリング受診の動機・目的,どのような情報を得たいのか,希望する対応は何か |
がんについての考え | がんの病因についてどう思っているか,リスク認知はどの程度か |
民族文化的な状況 | 文化的背景,宗教,人種など |
社会経済的な状況 | 年齢,学歴,職業など |
心理社会的な要因 | がんリスクへの感情的な反応(怒り,恐れ,罪悪感など),遺伝学的な情報によってもたらされる可能性があるストレスへの認識,同席する支援者(家族,血縁者)がいるか |
がん検診の受診状況 | その時点でのがん検診の有無,検診の内容 |
健康に関わる行動 | 提案される可能性のある予防対策について理解しているか,遺伝学的情報によって行動や選択が変わるかどうか |
コーピング | クライエントのコーピング(ストレスをどのように受け止め,どのように対応するかの対応方法) |
3)リスクアセスメント
HBOC に関わる遺伝カウンセリングで扱われるリスクは,関連がんの発症リスクと遺伝性腫瘍の責任遺伝子の変異を有している,あるいはその遺伝子変異を共有している可能性である。がんの発症リスクやBRCA 変異を有しているかの予測には,既往歴や家族歴をもとにしたリスクモデルやPrevalence Table が利用されることが多い。NSGC は,乳癌や卵巣癌の発症リスクモデルとして,Gail model やBRCAPRO などを紹介している3)。Prevalence Table としては,米国のMyriad Geneticsや韓国のKOHBRA Studyのものがあり,その情報をもとにしたリスク評価ツールも公開されている13)14)。日本人の乳癌・卵巣癌患者を対象にしたBRCA 遺伝学的検査の研究もあり,それらも参考になる15)16)。リスク評価ツールやPrevalence Table を利用する前には,そのツールの情報元となる研究・データ(人種,がんの種類,デザイン,規模など),評価できる対象,入力が求められる項目などを理解しておくことが重要である。Lynch 症候群など他の遺伝性腫瘍の可能性も含めて検討することも忘れてはならない3)。
前述のツールは,あくまでもリスク評価のためのもので,これだけでHBOC の診断はできない。入力する既往歴・家族歴の情報によって推測されるリスクが変わるのは当然であり,家系のサイズが小さい,がん以外の原因で若くして亡くなった血縁者がいる,養子縁組などの理由で血縁者の情報が不明など,既往歴や家族歴によるリスク評価には限界がある。また,既往歴や家族歴は経時的に変化し,それによって評価が変わる可能性もある。これらについて,クライエントが認識することも重要である。
4)BRCA 遺伝学的検査の検討と実施
BRCA 遺伝学的検査は,乳癌や卵巣癌既発症者全員で検討されるわけではない。NSGC は,ASCO*の関連ガイドラインを引用しながら,遺伝性腫瘍の遺伝学的検査が提案されるべき状況に言及している。既往歴や家族歴から遺伝性腫瘍が疑われること,遺伝学的検査が適切に解釈されていること,遺伝学的検査によって被検者やその血縁者の医学的な管理に影響を及ぼす場合があること,検査を受けることで得られる可能性のある利益が検査によるリスクを上回っていること,自由意思によって行われること,インフォームドコンセントの場が与えられることである17)~19)。また,BRCA 遺伝学的検査を受けるかどうかを決める段階,または結果開示の遺伝カウンセリングをセッティングする段階で,結果を誰と聞くか,誰と情報共有するか,結果が得られた後にどのような気持ちになるか,予防対策のための行動などについてクライエントが想像し,検討しておくことは重要である。検査の実施にあたっては,CQ 2 も参照いただきたい。がんを発症する前にBRCA 遺伝学的検査を検討する場合に考慮すべき年齢については,本章関連 CQ 10 が参考になる。
クライエントがBRCA 遺伝学的検査を受けた場合,その結果の開示が遺伝カウンセリングの場で行われることがある。BRCA 遺伝学的検査の結果を開示する際の遺伝カウンセリングは,単に結果を伝えるだけではなく,結果の解釈に関する説明,結果によってもたらされる心理的な影響の評価,結果に応じて提案される医学的管理の選択肢の検討,結果を血縁者に伝えることについての話し合いなど多段階のプロセスとなる。
*ASCO:American Society of Clinical Oncology
5)医学的マネジメントの検討
BRCA 遺伝学的検査の結果が陽性だった場合にはHBOC と診断されて,それに合った医学的管理が提供される。がんの治療や予防対策については,関連する診療領域の学会が発行している診療ガイドラインが基本となる。
BRCA 遺伝学的検査の結果が陰性あるいはVUS(variants of uncertain significance)であった場合の対応については,CQ 6 が参考になる。BRCA 遺伝学的検査を受けなかった場合の医学的管理については,CQ 7 が参考になる。
6)フォローアップ
BRCA 遺伝学的検査を受けるかどうか,同検査が陽性でリスク低減手術を選択するかどうか,検査結果を家族や血縁者にいつ,どのように伝えるかなどが遺伝カウンセリングで繰り返し検討されることがある。例えば,いったんはBRCA 遺伝学的検査を受けないと決めていたクライエントでも,数年後自身や家族のがん発症などの状況の変化や,就職,結婚,出産などのライフイベントがきっかけになり気持ちや考えが変わることがある。変異保持者が血縁者に結果を開示するにあたって,次世代の年齢を考慮して10 年後の遺伝カウンセリング受診を計画しているケースもあるだろう。BRCA 遺伝学的検査や医学的管理について,選ばないという選択肢も含めて,いつ選ぶか,どれを選ぶのかには,罹患しているがんの治療方針,年齢,経済的な負担や家族計画などが考慮されるが,誰にでも当てはまる正解はない。医療従事者が強制するものではなく,クライエントの意思が尊重される。継続的なフォローアップには,既往歴・家族歴だけでなく,心理社会的な変化の把握も重要である。
また,クライエントが他院でリスク低減手術を検討することやクライエントの血縁者が他院で遺伝カウンセリングを受診することもある。必要に応じて他の医療機関と情報共有する配慮が求められる。
5.遺伝カウンセリングの効果
U.S. Preventive Services Task Force によるBRCA 関連がんのリスクアセスメント,遺伝カウンセリング,遺伝学的検査に関するシステマティックレビューでは,リスクアセスメントと遺伝カウンセリングの利益と悪影響に関する,ランダム化比較研究,コホート研究,症例対照研究が取り上げられて評価された。全体で一致していることとして,遺伝カウンセリングによってリスクの認知(risk perception)の正確性が増すこと,変異を有する可能性の少ない人々における遺伝学的検査への関心が減少すること,がんに関する不安・心配や抑うつを減らすことが示されている20)。ただし,取り上げられた各研究において,遺伝カウンセリング担当者が遺伝カウンセラーや医師など異なること,遺伝カウンセリングのセッティングが医療機関での面談,電話など様々であることに留意する。
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