Guidebook for Diagnosis and Treatment of Hreditary Breast and Ovarian Cancer Syndrome 2017

CQ10.発症前遺伝学的検査は誰を対象とすべきか?

背景・目的

遺伝性腫瘍においては,発端者の遺伝学的検査によって変異が同定された場合,同一の多型を有する可能性がある血縁者はすべて発症前遺伝学的検査の対象となり得る。検査の目的は,リスクのある血縁者を確定し,これら血縁者の健康管理上の利益とすることにあるが,血縁者の年齢や発端者との遺伝的関係により,遺伝カウンセリングにおいて個別の留意点を生じる。ここでは,発端者の第1度近親者を世代ごとに分けて考察する。

解 説

1.親

HBOC におけるがんの発症は不完全浸透であるため,発端者の親が遺伝学的検査を行う状況として,両親にがんの罹患はないが発端者と同じ変異を有しているかどうか確認する場合と,すでにがんに罹患しており,原因として変異が関与しているかどうかを確認する場合とが考えられる。いずれの場合も変異を認めた場合は年齢に応じ,サーベイランスの開始について話し合う。また変異を認めた親の第1度近親者(主に同胞)に対する遺伝学的検査も考慮の対象となる。発端者に同定された変異が両親に確認されない場合は,発端者の変異はde novo 変異(新生変異)と考えられ(両親の一方が生物学的な親ではないという可能性も完全には否定できない),次に述べる発端者の同胞に対する遺伝学的検査は通常考慮されない。BRCA においてはde novo 変異は頻度が低いことが報告されている1)

2.同胞

発端者の変異が両親の一方にも確認された場合は,発端者の同胞は事前確率として50%の確率で変異を有している。がんを発症していない同胞がすでに成人である場合は,Bayes の定理に従って変異を有する可能性は50%より低くなるが,HBOC におけるがんの罹患は不完全浸透であるため,遺伝学的検査が唯一確実な確認方法である。血縁者に対する遺伝学的検査については患者あるいは家族によってその積極性に差があるが,検査結果に対する正確な知識,血縁者に伝えることへの義務感,発症前診断の意義に関する認識などに影響される2)
発症前診断においては,被検者となり得る血縁者に対して遺伝学的検査に伴うポジティブな側面とネガティブな側面についての情報提供が行われるが,最初に提示された情報に被検者が最も強い影響を受けるという実験的報告がある3)
HBOC では男性においても前立腺癌や膵癌,男性乳癌などがんリスクの上昇が明らかであるが,血縁者における発症前診断では男性は女性に比べて検査を受ける割合が低い4)5)。男性の場合は自身の健康よりも娘への遺伝的影響がより強い動機となり得る5)。遺伝カウンセリングにおいては,男性も高発がんリスクを有することを正しく伝えることが重要である。
ひとたび同胞に変異が同定された場合は,同胞に対するサーベイランスと,同胞に子がいる場合にはその子の発症前遺伝学的検査について,遺伝カウンセリングの場で話し合うことになる。

3.子

両親の一方が変異を有する場合,子に対する発症前遺伝学的検査の実施とその時期が問題となる。親によっては早期(幼児期~学童期)に検査を希望する場合もあるし,子に目的を告げずに検査を行うことを希望する場合もある。こうした希望は,子に対して自分たちが考える最善の対応をしたいという思いから発せられているという前提のもとで親の希望は尊重しつつ,HBOC のように検査をより年長に実施しても健康管理上の問題を生じない疾患においては,子の自己決定の権利を守り,不必要に早く検査を行うべきではないとされている6)。不必要に早期の発症前診断は,子の健康管理上の利益がないだけでなく,結果によって親の不安がより強まったり,子に対する烙印付けにつながったりする可能性も指摘されている。
一方,子に結果を伝えることを躊躇する親もいるが,親には,年齢相応の理解できる方法で子にがんリスクについて教える責務もあると考えられる6)。多くの親はがんリスクについて子に伝えることは親の義務と感じており,話すことによって義務を果たしたという満足感を得ている7)
思春期に親から自身のがんリスクについて知らされた青年に対する調査では,多くの回答者は自身の遺伝的状況について良好な理解を示し,健康的な生活習慣への動機付けにもつながっていた8)
成人発症でかつ適切な対応法のあるHBOCについて,わが国では出生前診断や着床前診断の対象となる疾患とは考えられていないが,米国におけるBRCA 変異を有する女性を対象とした調査では,未婚女性の21.5%が結婚に対してプレッシャーを感じ,41%が挙児に関する決断に影響を与えたと報告している9)。遺伝カウンセリングにおいてはこうした結婚,挙児に関連するクライエントの不安に対しても適切に対応する必要がある。

検索キーワード

PubMed でBRCA,HBOC,Genetic Service,pre-symptomatic 等のキーワードで検索を行った。

参考にした二次資料

① 日本医学会.医療における遺伝学的検査・診断に関するガイドライン.2011 年2 月.http://jams.med.or.jp/guideline/genetics-diagnosis.pdf
② 日本乳癌学会 編.科学的根拠に基づく乳癌診療ガイドライン②疫学・診断編 2015 年版.金原出版,2015.
③ National Comprehensive Cancer Network. NCCN Clinical Practice Guidelines in Oncology. Genetic/Familial High—Risk Assessment: Breast and Ovarian, ver1. 2017.
④ Richards S, Aziz N, Bale S, et al; ACMG Laboratory Quality Assurance Committee. Standards and guidelines for the interpretation of sequence variants: a joint consensus recommendation of the American College of Medical Genetics and Genomics and the Association for Molecular Pathology. Genet Med. 2015; 17(5) : 405-24.[PMID:25741868]
⑤ Schneider KA. Counseling about cancer. 3rd Editon. Wiley-Blackwell, 2012.

参考文献
  1. Zhang L, Fleischut MH, Kohut K, et al. Assessment of the prevalence of de novo mutations in the BRCA1 and BRCA2 genes. Clin Genet. 2011; 80(1) : 97-8.[ PMID:21649643]
  2. Dancyger C, Smith JA, Jacobs C, et al. Comparing family members’ motivations and attitudes towards genetic testing for hereditary breast and ovarian cancer: a qualitative analysis. Eur J Hum Genet. 2010; 18(12) : 1289-95.[PMID: 20648056]
  3. Morrison V, Henderson BJ, Taylor C, et al. The impact of information order on intentions to undergo predictive genetic testing: an experimental study. J Health Psychol. 2010; 15 (7) : 1082-92.[PMID:20472604]
  4. Sanz J, Ramón y Cajal T, et al. Uptake of predictive testing among relatives of BRCA1 and BRCA2 families: a multicenter study in northeastern Spain. Fam Cancer. 2010; 9(3) : 297-304.[PMID:20091130]
  5. Denayer L, Boogaerts A, Philippe K, et al. BRCA1/2 predictive testing and gender: uptake, motivation and psychological characteristics. Genet Couns. 2009; 20(4): 293-305.[ PMID:20162864]
  6. European Society of Human Genetics. Genetic testing in asymptomatic minors: Recommendations of the European Society of Human Genetics. Eur J Hum Genet. 2009; 1(7 6): 720-1.[ PMID:19277059]
  7. Farkas Patenaude A, DeMarco TA, Peshkin BN, et al. Talking to children about maternal BRCA1/2 genetic test results: a qualitative study of parental perceptions and advice. J Genet Couns. 2013; 22(3) : 303-14.[ PMID:23093334]
  8. Bradbury AR, Patrick-Miller L, Pawlowski K, et al. Learning of your parent’s BRCA mutation during adolescence or early adulthood: a study of offspring experiences. Psychooncology. 2009; 18(2): 200-8. [PMID:18702049]
  9. Chan JL, Johnson LN, Sammel MD, et al. Reproductive Decision-Making in Women with BRCA1/2 Mutations. J Genet Couns. 2017; 26(3): 594-603.[ PMID:27796678]

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