エビデンスグレード Convincing (確実) |
BRCA 変異が乳癌および卵巣癌発症のリスクを高めることは確実である。 |
エビデンスグレード Probable (ほぼ確実) |
BRCA 以外の一部の遺伝子の変異が乳癌発症のリスクを高めることはほぼ確実である。 |
背景・目的
BRCA 変異に加え,マルチ遺伝子パネル検査を用いた次世代シーケンサー(NGS)にてBRCA 以外の変異の同定が可能となっている。変異が同定された際にリスク管理および治療に反映させるか否かの判断にはそれぞれの変異におけるリスク評価が必要である。しかし,これらの変異によって乳癌および卵巣癌が発症するリスクは必ずしも明らかでない。そこで,BRCA を含むHBOC 関連遺伝子について,これまで報告されているリスクを検討した。
解 説
2007 年にChen ら1)が行ったBRCA 変異の浸透率に関するメタアナリシスによるとBRCA1 変異を有する女性の57%が乳癌,40%が卵巣癌を,BRCA2 変異を有する女性の49%が乳癌,18%が卵巣癌を70 歳までに発症するリスクを有する。年齢別の累積浸透率に関するグラフを 図1 に示す。
図1 年齢別がん発症リスク(文献1 より転載)
各年代における中央の太線がメタアナリシスの結果(95%信頼区間)
一方,BRCA 以外の遺伝子で,HBOC との関連が報告されている遺伝子の主なものは以下である。これらはHBOC 用に開発されたマルチ遺伝子パネル検査で解析されている。
(1)DNA 相同組み換え修復およびチェックポイント機能に関わる遺伝子
Fanconi 貧血の責任遺伝子 :PALB2,BRIP1 およびRAD51C
毛細血管拡張性失調症の責任遺伝子 :ATM
Li-Fraumeni 症候群の責任遺伝子 :TP53
Bloom 症候群の責任遺伝子 :BLM
Nナイミーヘンijmegen 症候群の責任遺伝子:NBN
その他 :CHEK2,MRE11,RAD50 およびRAD51D
(2)ミスマッチ修復経路に関わる遺伝子
Lynch 症候群の責任遺伝子:MLH1,MSH2,MSH6,MLH3 およびPMS2
(3)その他の遺伝子
Cowden(カウデン)症候群の責任遺伝子 :PTEN
遺伝性びまん性胃癌症候群の責任遺伝子 :CDH1
Peutz-Jeghers(ポイツ・イエーガー)症候群の責任遺伝子:STK11
神経線維腫症の責任遺伝子 :NF1
家族性大腸ポリポージスの責任遺伝子 :APC
MUTYH関連ポリポージスの責任遺伝子 :MUTYH
以下に乳癌と卵巣癌について最近報告された各遺伝子の変異のうち,高~中程度リスクを伴うものを列記する。相対危険率(relative risk:RR)が2~4 を中程度リスク,4 を超えた場合を高リスクと判断する2)。個別にリスク管理や治療方針を判断する際には絶対危険率が求められるが,その場合,2012 年の日本における乳癌の生涯罹患リスクは9%,卵巣癌は1%であるため3),相対危険率における中程度リスクは乳癌では18~30%程度,卵巣癌では2~4%程度の絶対危険率となることが予想される。ただし,他の遺伝的要因,生活習慣,家族歴も加味して発症リスクを考えなければならない。例えばBRCA,PALB2 およびCHEK2 に関しては,家族歴がある場合に発症リスクが高いことがわかっている。遺伝子変異が中程度リスクの場合でも他のリスク要因がある場合には高リスクと判断する。
(1)乳癌高~中程度リスク遺伝子変異
相対危険率[90%ないし95%信頼区間](80 歳までに罹患する絶対危険率)
BRCA1: 11.4(75%)2)
BRCA2: 11.7(76%)2)
PALB2: 5.3[3.0-9.4](45%)2)
6.5[2.3-18.8]4)*
TP53: 105[62-165]2)*
11[0.6-201]4)*
CDH1: 6.6[2.2-19.9](53%)2)*
CHEK2: 3.0[2.6-3.5](29%)2)**
1.3[0.5-3.9]4)*
ATM: 2.8[2.2-3.7](27%)2)
2.2[0.7-7.3]4)*
NBN: 2.7[1.9-3.7](23%)2)
NF1: 2.6[2.1-3.2](26%)2)
RAD51C: 3.4[1.5-7.8]5)*
PTEN: [2.0-5.0]6)*
STK11: [2.0-4.0]6)*
MSH2: [1.2-3.7]6)*
BLM: [1.2-3.3]6)*
BRIP1: 1.8[0.5-6.0]4)*
[1.2-3.2]6)*
* 単施設あるいは限られた施設による解析結果
**大多数が北ヨーロッパに多い c. 1100delC 変異に関する解析
(2)卵巣癌高~中程度リスク遺伝子変異
相対危険率[95%信頼区間](70 歳までに罹患する絶対危険率[95%信頼区間])
BRCA1: (39%[18-54%])7)*
(39%[30-50%])8)*
BRCA2: (11%[2.4-19%])7)*
(22%[14-32%])8)*
BRIP1: 11.2[3.2-34.1]9)*
RAD51D: 6.3[2.9-13.9]10)*
12[1.5-90]11)*
RAD51C: 5.2[1.1-24]11)*
5.9[2.9-11.9]12)*
*単施設あるいは限られた施設による解析結果
以上より,乳癌についてはBRCA は高リスク,PALB2 は高~中程度リスク,CHEK2,ATM,NBN,NF1 は中等度リスクであることが明らかである。TP53 はデータにばらつきがあるが,高リスクと考えられる。卵巣癌はもともとの罹患率が低いため,乳癌に比較すると危険率に関する正確なデータは少ない。発症年齢に関しては,BRCA1 およびBRCA2 以外では年齢別の相対危険率は信頼できるデータが少ないが,BRCA1,ATM およびCHEK2 は年齢とともにリスクが減少することが報告されている2)8)。
検索キーワード
PubMed で,BRCA,HBOC,Germ-Line Mutation のキーワードで検索を行い,研究文献に絞った。さらにハンドサーチで重要な文献を追加した。
参考文献
- Chen S, Parmigiani G. Meta-analysis of BRCA1 and BRCA2 penetrance. J Clin Oncol. 2007; 25(11): 1329-33. [PMID:17416853]
- Easton DF, Pharoah PD, Antoniou AC, et al. Gene-panel sequencing and the prediction of breast-cancer risk. N Engl J Med. 2015; 372(23): 2243-57. [PMID:26014596]
- がん情報サービス:がん登録・統計.https://ganjoho.jp/reg_stat/
- Thompson ER, Rowley SM, Li N, et al. Panel Testing for Familial Breast Cancer: Calibrating the Tension Between Research and Clinical Care. J Clin Oncol. 2016; 34(13): 1455-9. [PMID:26786923]
- Meindl A, Hellebrand H, Wiek C, et al. Germline mutations in breast and ovarian cancer pedigrees establish RAD51C as a human cancer susceptibility gene. Nat Genet. 2010; 42(5): 410-4. [PMID:20400964]
- Kurian AW, Hare EE, Mills MA, et al. Clinical evaluation of a multiple-gene sequencing panel for hereditary cancer risk assessment. J Clin Oncol. 2014; 21(9): 001-9. [PMID:24733792]
- Antoniou A, Pharoah PD, Narod S, et al. Average risks of breast and ovarian cancer associated with BRCA1 or BRCA2 mutations detected in case Series unselected for family history: a combined analysis of 22 studies. Am J Hum Genet. 2003; 72(5): 1117-30. [PMID:12677558]
- Chen S, Iversen ES, Friebel T, et al. Characterization of BRCA1 and BRCA2 mutations in a large United States sample. J Clin Oncol. 2006; 24(6): 863-71. [PMID:16484695]
- Ramus SJ, Song H, Dicks E, et al; AOCS Study Group. Germline Mutations in the BRIP1, BARD1, PALB2, and NBN Genes in Women With Ovarian Cancer. J Natl Cancer Inst. 2015; 107(11). [PMID:26315354]
- Loveday C, Turnbull C, Ramsay E, et al; Breast Cancer Susceptibility Collaboration(UK). Germline mutations in RAD51D confer susceptibility to ovarian cancer. Nat Genet. 2011; 43(9): 879-82. [PMID:21822267]
- Song H, Dicks E, Ramus SJ, et al. Contribution of Germline Mutations in the RAD51B, RAD51C, and RAD51D Genes to Ovarian Cancer in the Population. J Clin Oncol. 2015; 33(26): 2901-7. [PMID:26261251]
- Loveday C, Turnbull C, Ruark E, et al; Breast Cancer Susceptibility Collaboration(UK). Germline RAD51C mutations confer susceptibility to ovarian cancer. Nat Genet. 2012; 44(5): 475-6. [PMID:22538716]