Guidebook for Diagnosis and Treatment of Hreditary Breast and Ovarian Cancer Syndrome 2017

CQ8.遺伝情報の扱いで注意すべき点は何か?

背景・目的

シーケンス解析技術の急速な進歩により,全エクソン塩基配列解析や全ゲノム塩基配列解析が,比較的安価で実施することが可能になり,単一遺伝子疾患では,既知の原因遺伝子に対する遺伝学的検査に次世代シーケンス解析技術を使用することにより,高精度・低コストの検査が提供され,遺伝子診断や病態解明,薬剤選択に応用されようとしている。同時に,未知の原因遺伝子探索が次世代シーケンス解析技術により積極的に進められ,希少な単一遺伝子疾患をはじめ多くの原因遺伝子が同定され,診断・治療法開発へと展開している。さらに,多因子疾患の発症に関わる遺伝要因や遺伝子多型を利用した個体差の解明など,遺伝性・非遺伝性にかかわらず,患者に対するプレシジョン医療の開発に大きな成果をもたらしている。HBOC に代表される遺伝性腫瘍について,その遺伝学的検査および得られる情報に基づいて行われる診断は,早期診断・早期治療やリスク低減手術,サーベイランスなどに有効に利用され,今後,その重要性はさらに高まると同時に,チーム診療に関わる医師にとっても重要な医療行為となることは明らかである。一方,ここで扱う検査により得られる遺伝情報や診断は,生涯変化せず,血縁者間で一部共有され影響を与え得る重要な個人情報であり,したがって,そのような特性を理解し十分に配慮した取り扱いが求められる。そこで,遺伝情報の取り扱いで留意すべき点を解説する。

解 説

遺伝学的検査・診断に関わる遺伝情報の取り扱いについて,わが国では,日本医学会が作成し
た「医療における遺伝学的検査・診断に関するガイドライン」(2011 年2 月)1),遺伝医学関連の10学会が作成した「遺伝学的検査に関するガイドライン」(2003 年8 月)2)に記載されている。日本医学会が作成したガイドライン(2011 年)の該当部分を抜粋,記載する。

4.個人情報および個人遺伝情報の取扱い
 遺伝情報にアクセスする医療関係者は,遺伝情報の特性を十分理解し,個人の遺伝情報を 適切に扱うことが求められる。
 すでに発症している患者の診断を目的として行われた遺伝学的検査の結果は,原則として,他の臨床検査の結果と同様に,患者の診療に関係する医療者が共有する情報として診療録に記載する必要がある。
 遺伝学的検査で得られた個人の遺伝情報は,すべての医療情報と同様に,守秘義務の対象であり,被検者の了解なく血縁者を含む第三者に開示すべきではない。      
 被検者の診断結果が血縁者の健康管理に役立ち,その情報なしには有効な予防や治療に結びつけることができないと考えられる場合には,血縁者等に開示することも考慮される。その際,被検者本人の同意を得たのちに血縁者等に開示することが原則である。例外的に,被検者の同意が得られない状況下であっても血縁者の不利益を防止する観点から血縁者等への結果開示を考慮する場合がありうる。この場合の血縁者等への開示については,担当する医師の単独の判断ではなく,当該医療機関の倫理委員会に諮るなどの対応が必要である。

つまり,遺伝学的検査の結果は,守秘義務を順守し,他の臨床検査の結果と同様に,医療者が共有する情報として診療録に記載する,としている。これに対し,遺伝医学関連学会が作成したガイドライン(2003 年)では,「一般医療情報と,特定の個人に連結された遺伝学的情報とは,原則として区別して保管されるべきである。」と,遺伝学的情報は一般の診療録と区別して保管するとしている。しかし現在,遺伝性腫瘍の診療には,遺伝医療とがん医療の連携・融合した診療体制の構築が必要であることは広く認められている。したがって,1 人の遺伝性腫瘍患者に複数の診療科の医師が携わり,その遺伝情報を含む医療情報を共有することが必要である。米国では,NC(I National Cancer Institute)の遺伝性腫瘍遺伝子検査の説明に,「医師または他の医療従事者が遺伝学的検査をオーダーした場合,通常,遺伝学的検査結果は,患者の医療記録に含まれます。したがって,遺伝学的検査を検討している人は,その結果が,医療記録に合法で法的にアクセスできる他の人や組織に知られることを理解する必要があります。」と明記されている3)。米国では,遺伝情報非差別措置法(Genetic Information Nondiscrimination Act:GINA)をはじめNational Human Genome Research Institute のホームページに記載されている4)ような遺伝的差別を防止するための法的保護があるためだが,日本でも,遺伝性腫瘍の複数の他科連携によるより良い診療を目指すには,日本医学会のガイドラインが示すように,遺伝学的検査・診断情報は,医療者が共有する情報として診療録に記載し,最大限の配慮と守秘義務の順守により適切に取り扱うことが推奨される。

検索キーワード

PubMed でBRCA,HBOC,privacy,confidentiality,Genetic Test 等のキーワードで検索した。

参考文献
  1. 日本医学会.「医療における遺伝学的検査・診断に関するガイドライン」の概要.
    http://jams.med.or.jp/guideline/genetics-diagnosis.html
  2. 遺伝医学関連学会.遺伝学的検査に関するガイドライン.
    http://jshg.jp/e/resources/data/10academies.pdf
  3. National Cancer Institute at the National Institutes of Health. Genetic Testing for Hereditary Cancer Syndromes.
    https://www.cancer.gov/about-cancer/causes-prevention/genetics/genetic-testing-fact-sheet#q8
  4. National Human Genome Research Institute. Genetic Discrimination.
    https://www.genome.gov/10002077/

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