Guidebook for Diagnosis and Treatment of Hreditary Breast and Ovarian Cancer Syndrome 2017

CQ11.BRCA 変異を有する乳癌既発症者の対側のリスク低減乳房切除術(CRRM)は推奨されるか?

推奨グレード
C1
BRCA 変異を有する乳癌既発症の女性に対して,患者が希望する場合対側のリスク低減乳房切除は,まだわが国における十分な科学的根拠はないが,細心の注意のもと行うことを考慮してもよい。

■ 推奨グレードを決めるにあたって

BRCA 変異を有する片側乳癌発症者に,対側のリスク低減乳房切除術(CRRM)を施行することにより,新規対側乳癌発症リスクは確実に減少する。また,近年複数のコホート研究で総死亡率の低下を示唆する結果が報告されている。BRCA 関連乳癌の生物学的な特徴,あるいは新たながんの発症に対する不安の軽減の観点から,本人が希望する場合に行う予防的介入である。長期的な観察期間でみると片側乳癌既発症者の対側乳癌の発症リスクは高いため,CRRM の実施は推奨される。ただし,医療者側は決して恣意的にならず,患者が自らの意思で実施を選択するのが原則である。BRCA 変異を有する女性には乳房MRI などの感度の高いサーベイランス法もあり,乳腺科の診療および遺伝カウンセリング外来の中でCRRM 実施の医学的意義および注意事項について十分な説明を受け,理解したうえで受ける必要がある。わが国ではCRRM は保険の適用外であり自費診療での実施となる。また,各医療機関での倫理審査委員会などで承認を受けたうえで実施する必要がある。

背景・目的

生殖細胞系列にBRCA に変異を有する女性における70 歳時の乳癌発症リスクは49~57%と高率である。また,BRCA 変異を有する片側乳癌発症者の対側乳癌発症率は,10 年で22.0%,15 年33.8%と一般女性の対側乳癌発症率(0.4~0.7%/年)より高率である(二次資料②)。よって,BRCA 変異が明らかとなった女性に対して,有効な予防方法を確立することは重要な課題である。

解 説

BRCA に変異を有する女性では,変異をもたない女性と比較して乳癌発症リスクが高いことが知られている。また,片側乳癌発症者の対側乳癌発症率も,一般の乳癌発症者に比較し非常にリスクが高いことが報告されている(二次資料②)。こうした乳癌発症リスクの高い女性を対象としたリスク低減乳房切除のランダム化比較試験は,倫理的理由により実施不可能で報告はみられない。以下,RRM の有用性について,①乳癌の発症リスクの減少効果,②生命予後の改善効果に分けて検討する。

1.CRRM は乳癌発症リスクを低下させる

これまでの研究の17 本の後ろ向きコホート研究のレビューで,BRCA 変異を有する片側乳癌発症女性では術後10 年で20~42%,変異をもたない女性では5~6%となっており,有意差がみられたと報告している(二次資料③)。
オランダのコホート研究では,148 人のBRCA 変異を認める乳癌患者のうち3.5 年の観察期間中69 人のサーベイランス群で6 人の対側乳癌が発症したのに対して,79 人のCRRM を受けた群では1 例が発症した。この結果,CRRM は91%の乳癌発症リスクを抑えることが示された(二次資料④)。また,Kaas らによる研究で,CRRM を受けた107 人のうち平均5.4 年(580 人年)の経過観察中,CRRM 施行後の乳房に1 例で浸潤性乳癌が発症し遺残乳腺による発症とされている。またCRRM の切除標本で5 つのDCIS(非浸潤性乳管癌)が発見されている(二次資料⑤)。
以上より,CRRM により乳癌の発症リスクを下げることは,確実である。また,米国の524 乳房を対象とした後ろ向き研究の結果から,切除標本の潜在がん発見率はCRRM の384 検体で7.0%,両側のリスク低減乳房切除術(BRRM)の140 検体で5.7%との報告がある(二次資料⑥)。

2.CRRM は総死亡率を低下させる

乳癌の発症リスクを下げ,また本人のがんに罹患する不安や抑うつの改善など心理的な便益を医学的根拠として海外では20 年程前よりCRRM を実施してきたと考えられる。しかし,最近複数の総死亡率の低下を示唆する研究がみられている。
カナダの後ろ向きコホート研究では,BRCA 変異保持者390 例のうち,臨床病期ⅠあるいはⅡの乳癌の診断で両側乳房切除(CRRM 群)を受けた181 例,および患側のみ切除209 例(対照群)を最長20 年観察し乳癌による死亡を比較した。フォローアップ期間14.3 年でCRRM 群18 例,対照群61 例に乳癌が発症した。20 年目の生存率はCRRM 群88%,対照群66%であった。多変量解析によりCRRM は乳癌による死亡を48%減少させることが示された〔HR:0.52(95%CI:0.29-0.93)〕。ただし,傾向スコアを調整した79 組の補正解析ではこの差は有意ではなかった〔HR:0.60(0.34-1.06)〕1)
また,英国の後ろ向き観察研究では,CRRM を受けた105 人と受けていない593 人をそれぞれ平均観察期間9.7 年。8.6 年で解析したところ,10 年生存率はRRM 群で89%,CRRM を受けていない群で71%と有意にCRRM を受けている群で生存率の改善が認められた。この生存率改善効果は,卵巣切除・遺伝子変異の内訳・乳癌のグレード・病期を調整しても有意差を認めていた〔HR:0.37(0.17-0.80)〕。さらにこの研究では,CRRM およびリスク低減卵管卵巣摘出術(RRSO)の施行の有無で4 群に分類して10 年生存率を検討している。いずれの予防的手術なしの群では65%であったのに対して,CRRM のみの群では83%〔HR 0.48(0.19-1.14)〕,RRSO のみの群で81%〔HR 0.46(027-0.78)〕,CRRM+RRSO の群では92%〔HR:0.16(0.06-0.44)〕であり,後者の2 群では生存率が有意に改善していた2)。この研究ではCRRM による潜在がんは105 人中6 人(浸潤癌4人,非浸潤癌2 人)(5.7%)に見つかっている。
さらにオランダの前向きコホート研究ではBRCA 変異を有する初発乳癌患者を対象にCRRMを実施した群242 人と対照群341 人を平均11.4 年追跡した結果,CRRM 群では4 例,対照群では64 例の乳癌が発症した。死亡率はCRRM 群で有意に低いことが示されている〔HR:0.49(0.29-0.82)〕。生命予後の改善効果は特に40 歳未満の初発乳癌,高分化乳癌(グレード1/2),非トリプルネガティブ乳癌,薬物療法を受けていない患者にみられた3)
以上のようにCRRM が乳癌の発症リスクを下げることは近年の報告から確実であり,生存率の改善効果についてもCRRM では2 つのコホート研究で有意な生存率の改善を,1 つのコホート研究では改善傾向を認めている。治療法の是非を考慮する場合,最も大きな根拠となるのが生命予後の改善の有無である。現在3 つの研究で有効な報告がされているが,対象症例がまだ少ないこと,経過観察期間が短いこと,コントロール群(非CRRM 群)での乳房スクリーニング方法についての明確な記載がないこと,乳腺のサーベイランスにはMRI など有効な方法があることなどから,現時点では,CRRM の実施については推奨グレードをC1 と結論付けた。
BRCA 変異保持者の医学的管理は,患者本人が現在の社会的状況や家族の意向なども考慮しつつ自らの意思で決めるものである。したがって医療者がCRRM について「実践するように推奨」するものではない。医療者はそれぞれの対策についての十分な情報を提供したうえで,患者本人がCRRM の実施を希望した場合に実施を行うべきと考えられる。また,乳癌のサーベイランスには感度が高く早期乳癌発見が見込まれるMRI の方法もあることに理解を得る。CRRM は現在,保険の適用になっておらず自費診療として実施する(2017 年8 月現在)。また,CRRM 実施の際には,各医療機関の倫理審査委員会など公的な審査機関で実施についての承認を得てから実施する必要がある。
海外ではBRCA 変異を有する乳癌患者の約50%がCRRM 治療を希望し行っている現状に対し,わが国における日本人のCRRM についてのエビデンスの報告はまだない。今後,先進医療としてわが国のデータを蓄積し,日本人のCRRM の効果を検証することが期待される。

検索キーワード

PubMed でBRCA,breast neoplasms,mastectomy 等のキーワードを用いて登録文献を検索した。

参考にした二次資料

① National Comprehensive Cancer Network. NCCN Clinical Practice Guidelines in Oncology. Genetic/Familial High—Risk Assessment: Breast and Ovarian, ver1. 2017.
② Metcalfe K, Gershman S, Lynch HT, et al. Predictors of contralateral breast cancer in BRCA1 and BRCA2 mutation carriers. Br J Cancer. 2011; 104(9): 1384-92. [PMID:21487411]
③ Bordeleau L, Panchal S, Goodwin P. Prognosis of BRCA-associated breast cancer: a summary of evidence.Breast Cancer Res Treat. 2010; 119(1): 13-24.[PMID:19789974]
④ Metcalfe K, Lynch HT, Ghadirian P, et al. Contralateral breast cancer in BRCA1 and BRCA2 mutation carriers. J Clin Oncol. 2004; 22(12): 2328-35.[PMID:15197194]
⑤ Kaas R, Verhoef S, Wesseling J, et al. Prophylactic mastectomy in BRCA1 and BRCA2 mutation carriers: very low risk for subsequent breast cancer. Ann Surg. 2010; 251(3): 488-92.[PMID:20134318]
⑥ Mattos D, Gfrerer L, Ling IT et al. Occult Histopathology and Its Predictors in Contralateral and Bilateral Prophylactic Mastectomies. Ann Surg Oncol. 2016; 23(3): 767-75.[PMID:26577123]
⑦ 日本乳癌学会編.科学的根拠に基づく乳癌診療ガイドライン②疫学・診断編 2015 年版.金原出版,2015.

参考文献
  1. Metcalfe K, Gershman S, Ghadirian P, et al. Contralateral mastectomy and survival after breast cancer in carriers of BRCAI and BRCA2 mutations: retrospective analysis. BMJ. 2014; 348: g226.[PMID:24519767]
  2. Evans DG, Ingham SL, Baildam A, et al. Contralateral mastectomy improves survival in women with BRCAl/2-associated breast cancer. Breast Cancer Res Treat. 2013; 140(1): 135-42.[PMID:23784379]
  3. Heemskerk—Gerritsen BA, Rookus MA, Aalfs CM et al. Improved overall survival after contralateral risk-reducing mastectomy in BRCA1/2 mutation carriers with a history of unilateral breast cancer: a prospective analysis. Int J Cancer. 2015; 136(3): 668-77.[ PMID:24947112]

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