推奨グレード C2 |
BRCA 変異保持者の早期乳癌患者に対し,術前化学療法においてプラチナ製剤を投与する十分な根拠がない。 |
推奨グレード C2 |
BRCA 変異保持者の再発乳癌患者に対し,プラチナ製剤を投与する十分な根拠がない。 |
■ 推奨グレードを決めるにあたって
BRCA 変異に対し,近年プラチナ製剤の有効性が注目されるようになってきている。BRCA 変異とプラチナ製剤の作用機序との関連や,PARP 阻害薬との併用の観点から,プラチナ製剤の効果が期待されているところであるが,その有効性を支持するほどの大規模臨床試験はまだないのが現状である。
背景・目的
これまでの臨床試験で,トリプルネガティブ乳癌(TNBC)に対しプラチナ製剤の有効性が検討されてきた。BRCA 変異とTNBC には強い関連があり,TNBC の約20%にBRCA 変異があるとされている。特にBRCA1 変異は主にTNBC に認められる一方,BRCA2 変異は主にLuminal 乳癌に認められる。BRCA はDNA 修復に関与する。プラチナ製剤はDNA 鎖内架橋を形成しDNA障害を起こすことで殺細胞効果をもたらすため,BRCA 変異を有するがんであればプラチナ製剤の効果がより高くなることが見込まれる。これまで乳癌に対しプラチナ製剤の有効性が検討された臨床試験から,BRCA 変異による治療効果を検討したものを検討し,解説する。
解 説
これまで,再発後化学療法や術前化学療法においてプラチナ製剤の有効性がいくつかの臨床試験で検討されているが,そのどれもが第Ⅱ相試験であり,プラチナ製剤の有効性はまだ定まっていないのが現状である。さらに,BRCA 変異による治療効果が検討されている試験はごくわずかである。
1.術前化学療法
BRCA1 に変異を有する腫瘍に対するシスプラチンの有効性が初めて示されたのは,Byrski らによる臨床病期Ⅰ-Ⅲの10 人の乳癌患者を対象とし,術前に4 サイクルのシスプラチンを投与した少数例の研究である。10 人中9 人にpCR が得られ,本研究によりBRCA 変異に対するシスプラチンの有効性が注目されるようになった1)。その後Byrski らは,術前治療におけるシスプラチンの有効性をさらに検討した。BRCA1 変異を有する乳癌患者107 人を対象とし,術前にシスプラチン75 mg/m2を3 週ごと4 サイクル投与し,術後に標準化学療法が行われた。pCR が107 人中65 人(61%)に得られ,BRCA1 変異に対するシスプラチンの有効性が示された2)。また,Silverらは,臨床病期Ⅱ,ⅢのTNBC 患者28 人に対し,Byrski らと同様,術前にシスプラチン75 mg/m2を3 週ごと4 サイクル投与し術後に標準化学療法を行い,シスプラチンによる腫瘍縮小とバイオマーカーとの関連を調べた。22%にpCR が得られ,奏効率は64%であった。BRCA1 の低発現,BRCA1 プロモーター領域のメチル化が腫瘍奏効と相関していたことから,BRCA1 変異とシスプラチンの有効性が関連していると考えられる3)。さらに,TNBC に対しカルボプラチンの有効性を検討した報告がある。Von Minckwitz らは,術前化学療法としてパクリタキセル+リポソーマルドキソルビシン(PM)にカルボプラチンを上乗せすることによりpCR が改善するかを検討する臨床試験を行い,その中でDNA 障害の修復能を測る指標として相同遺伝子組み換え欠損(homologous recombinant deficiency:HRD)スコアやBRCA 変異が化学療法の効果に影響するかを検討した。相同組み換え欠損のある患者HRD 高スコアもしくはBRCA変異を有する)においては,PM にカルボプラチンを上乗せすることによりpCR が改善することが示された4)。ただし,これらのプラチナ製剤による高いpCR が長期予後に寄与しているかはまだわかっていないため,術前化学療法においてプラチナ製剤を投与する根拠は十分とはいえない。
2.再発後化学療法
再発がんに対するプラチナ製剤の有効性を示した研究は限られている。Byrski らは,BRCA1変異を有する再発乳癌患者20 人を対象とし,シスプラチン単剤療法の有効性を検討する第Ⅱ相試験を行った。奏効率80%,無増悪生存期間12 カ月,全生存期間30 カ月という良好な成績が得られた5)。Isakoff らは,BRCA 変異患者11 人に対しシスプラチンもしくはカルボプラチンを投与し,54.5%に奏効が得られた6)。Tutt らは,TNBC 患者に対しカルボプラチンとドセタキセルを比較する第Ⅱ相試験を報告した。BRCA 変異を有する患者においては,奏功率が68% vs. 33.3%,無増悪生存期間が6.8 カ月vs. 4.8 カ月と,カルボプラチンのほうが高い治療効果を示した7)。再発がんに対するプラチナ製剤の有効性については,まだ少数例の第Ⅱ相試験の結果しかないこと,またシスプラチンとカルボプラチンは異なった治療効果を有する可能性があり,カルボプラチンの有効性の検討が今後より必要になることなど,まだまだ解決すべき課題が多く,プラチナ製剤を投与する根拠は十分とはいえない。
検索キーワード
検索はPubMed にてBRCA,breast neoplasms,platinum compounds 等のキーワードを用いて登録文献を検索した。
参考文献
- Byrski T, Huzarski T, Dent R, et al. Response to neoadjuvant therapy with cisplatin in BRCA1-positive breast cancer patients. Breast Cancer Res Treat. 2009; 115(2): 359-63.[ PMID:18649131]
- Byrski T, Huzarski T, Dent R, et al. Pathologic complete response to neoadjuvant cisplatin in BRCA1-positive breast cancer patients. Breast Cancer Res Treat. 2014; 147(2): 401-5.[PMID:25129345]
- Silver DP, Richardson AL, Eklund AC, et al. Efficacy of neoadjuvant Cisplatin in triple-negative breast cancer. J Clin Oncol. 2010; 28(7): 1145-53.[PMID:20100965]
- Von Minckwitz G, Timms K, Untch M, et al. Prediction of pathological complete response(pCR)by Homologous Recombination Deficiency(HRD)after carboplatin-containing neoadjuvant chemotherapy in patients with TNBC: Results from GeparSixto. J Clin Oncol 2015; 33(Suppl: Abstr 1004).
- Byrski T, Dent R, Blecharz P, et al. Results of a phaseⅡ open-label, non-randomized trial of cisplatin chemotherapy in patients with BRCA1-positive metastatic breast cancer. Breast Cancer Res. 2012; 14(4): R110. [PMID:22817698]
- Isakoff SJ, Mayer EL, He L, et al. TBCRC009: A Multicenter PhaseⅡ Clinical Trial of Platinum Monotherapy With Biomarker Assessment in Metastatic Triple-Negative Breast Cancer. J Clin Oncol. 2015; 33(17): 1902-9.[PMID:25847936]
- Tutt A, Ellis P, Kilburn L, et al. The TNT trial: A randomized phase Ⅲ trial of carboplatin (C) compared with docetaxel (D) for patients with metastatic or recurrent locally advanced triple negative or BRCA1/2 breast cancer(CRUK/07/012). SABCS 2014; abstr S3-01.