推奨グレード C2 |
30歳未満のBRCA 変異保持者にマンモグラフィなどの被曝を伴う画像診断を行うと,被曝による悪性腫瘍罹患リスクの増加が危ぶまれるため,被曝を伴う画像診断を行うことは推奨されない。 |
背景・目的
BRCA 変異保持者は乳癌,卵巣癌をはじめとする一連の悪性腫瘍に易罹患性を保持しているため,定期的なスクリーニングによる悪性腫瘍の早期発見が必要である。その一方で,電離放射線被曝は悪性腫瘍の発生頻度を増加させるため使用を避けたほうがいいのではないかと考えられている。放射線被曝を伴う画像診断の有用性とリスクについて検討した。
解 説
BRCA は,遺伝子がdouble strand brake を受けた際の相同組み換え修復に不可欠なタンパクで,これをコードするBRCA に生殖細胞系列変異を有する個体では,遺伝子修復にエラーが起こりやすく,がん化のリスクが高い1)。細胞内の遺伝子にdouble strand brake を引き起こす外的な要因として代表的なものとして電離放射線があげられ,BRCA 変異保持者に対しては,被曝を伴う画像診断はなるべく回避すべきではないかという議論がある。
単純X 線検査による被曝量は0.06~0.11mGy,CT による被曝量は全身で10mGy,胸部で7mGy,マンモグラフィによる被曝量は0.72mGy などとなっている2)。電離放射線による遺伝子損傷は確率的影響であるため,電離放射線による発がんのリスクは,用量依存的に増すと考えることができる。実際に,BRCA 変異保持者を対象とした,電離放射線を用いた被曝検査歴と乳癌罹患リスクを分析した大規模な後ろ向きコホート研究(GENE-RAD-RISK study)3)では,総被曝線量別にもハザードリスクが算出されており,用量依存的に乳癌発症率が増加すると報告されている。モダリティ別の被曝歴としては,一般のX 線検査が48%と最も多く,マンモグラフィは33%が経験していた。胸部X 線検査は0.0005Gy,マンモグラフィは0.0042~0.0186Gy として計算されており,総被曝線量が0.0020Gy のときのハザードリスクが1.63 であると報告している。また,30歳以前から被曝検査歴があるBRCA 変異保持者では,被曝歴がないBRCA 変異保持者に比して1.9 倍の乳癌罹患リスクが認められたとして,30 歳以前での電離放射線被曝を乳癌発症リスクを増加させる要因としてあげている。40歳以前からの被曝歴のあるBRCA 変異保持者と30歳以前から被曝歴のあるBRCA 変異保持者とを比較した場合,乳癌発生頻度に違いは認められなかったため,30歳以降の被曝は乳癌発生リスクを著しく上昇させる要因とはならないと考えられている。NCCN*ガイドライン(Genetic/Familial High-Risk assessment:Breast and Ovarian)でも,このエビデンスを取り上げ,30歳未満のBRCA 変異保持者に対しては,電離放射線を使用するマンモグラフィによるサーベイランスを推奨していない。
そもそも,遺伝的に乳癌罹患リスクが高いと考えられる人々を対象としたマンモグラフィによる乳癌スクリーニングが,死亡率減少に寄与するというデータは今のところ,報告されていない。また,マンモグラフィは他のモダリティと比較すると,偽陰性率の高い検査方法であり,特にBRCA 変異保持者や乳腺密度の高い乳房(=高濃度乳房)に対するマンモグラフィでは,偽陰性率が高くなることが報告されている4)。30 歳未満の若年者においては,高濃度乳房が多いことから,スクリーニングとしての有用性は高くはないことが予想され,この点からも30歳未満のBRCA変異保持者全員にマンモグラフィを行うことは,現時点では推奨されない。MRI によるスクリーニングにマンモグラフィを上乗せする効果があるかどうか調査した研究としては,計1,951人のBRCA 変異保持者を対象としたメタアナリシスが報告されており,BRCA1 変異保持者では,マンモグラフィ追加によって感度の上昇は認められなかった5)。40 歳以下のBRCA2 変異保持者では,マンモグラフィの追加により有意差をもって感度の向上が認められ,3 分の1 がマンモグラフィのみで検知された乳癌であったと報告されており,これらの対象者にマンモグラフィを追加することで検出率の向上が期待できる。マンモグラフィは客観性の保持された方法で診断ができ,BRCA 変異保持者に対する乳癌スクリーニングにも活用されてきたが,以上のように,現時点でのエビデンスは限定的であり,最新の知見をフォローしていきたいところである。
胸部X 線検査は,以前は学童に対して定期的かつ比較的頻回に行われていたが,これは学校保健法という法律に規定されたものであった。結核の有無を診断することを目的に行われていたが,現行の学校保健安全法においては,胸部X 線検査を施行すべきとしている回数は大幅に減少している。胸部X 線検査による被曝歴のあるBRCA 変異保持者は,被曝歴のない対照者と比較して,乳癌発生率が高く,さらに,20歳より若年期に被曝歴のあるBRCA 変異保持者は特に乳癌発生率が高かったと報告されている6)7)。
以上のように,BRCA 変異保持者が放射線被曝によりがん化をきたしやすいというデータは非常に限定的ではあるものの,理論的には可能性が推察されるので定期的な撮影は避けるのが賢明と考えられる。
検索キーワード
PubMed で,BRCA,breast neoplasms,radiography,screening 等のキーワードを用いて登録文献を検索した。
参考にした二次資料
① National Comprehensive Cancer Network. NCCN Clinical Practice Guidelines in Oncology. Genetic/Familial High-Risk Assessment: Breast and Ovarian, ver1. 2017.
参考文献
- Hutchinson L. Breast cancer: Radiation risk in BRCA carriers. Nat Rev Clin Oncol. 2012; 9(11): 611. [PMID: 23007269]
- Mettler FA Jr, Bhargavan M, Faulkner K, et al. Radiologic and nuclear medicine studies in the United States and worldwide: frequency, radiation dose, and comparison with other radiation sources-1950-2007. Radiology. 2009; 253(2): 520-31. [PMID:19789227]
- Pijpe A, Andrieu N, Easton DF, et al; GENEPSO; EMBRACE; HEBON. Exposure to diagnostic radiation and risk of breast cancer among carriers of BRCA1/2 mutations: retrospective cohort study(GENE-RAD-RISK). BMJ. 2012; 345: e5660. [PMID:22956590]
- Tilanus-Linthorst M, Verhoog L, Obdeijn IM, et al. A BRCA1/2 mutation, high breast density and prominent pushing margins of a tumor independently contribute to a frequent false-negative mammography. Int J Cancer. 2002; 102(1): 91-5. [PMID:12353239]
- Phi XA, Saadatmand S, De Bock GH, et al. Contribution of mammography to MRI screening in BRCA mutation carriers by BRCA status and age: individual patient data meta-analysis. Br J Cancer. 2016; 114(6): 631-7. [PMID:26908327]
- Andrieu N, Easton DF, Chang-Claude J, et al. Effect of chest X-rays on the risk of breast cancer among BRCA1/2 mutation carriers in the international BRCA1/2 carrier cohort study: a report from the EMBRACE, GENEPSO, GEO-HEBON, and IBCCS Collaborators’ Group. J Clin Oncol. 2006; 24(21): 3361-6. [PMID:16801631]
- Gronwald J, Pijpe A, Byrski T, et al. Early radiation exposures and BRCA1-associated breast cancer in young women from Poland. Breast Cancer Res Treat. 2008; 112(3): 581-4. [PMID:18205043]