推奨グレード C1 |
卵巣癌発症リスクの低減を目的とした場合,OC 服用は推奨される。 |
推奨グレード C1 |
OC 服用により乳癌リスクの軽度上昇が報告されているため,乳癌発症リスクの観点からは,OC は慎重に投与する。 |
背景・目的
BRCA 変異保持者の卵巣癌予防には両側のリスク低減卵管卵巣摘出術(RRSO)が推奨されるが,日本ではNCCN などのガイドライン通りに35~40歳で施行する患者は少ない。一方,卵巣癌の早期発見には経腟超音波検査や血清CA125 を用いたスクリーニングの死亡率減少効果は認められていない。
そこで,リスク低減のための化学予防(薬物療法)に低用量経口避妊薬(OC)〔あるいは低用量エストロゲン・プロゲスチン配合薬(LEP)〕が推奨されるかどうか検討する。
解 説
OC あるいはLEP 投与とは多くはエストロゲンとプロゲストーゲンの合剤であり,エチニルエストラジオールが50μg 未満のものを低用量という。避妊を目的として用いる薬剤をOC といい,月経困難症や子宮内膜症など疾患の治療を目的として用いる薬剤をLEP と区別している。
1.卵巣癌リスクに対する影響
一般集団ではOC は卵巣癌の発症リスクを低下させる。次にBRCA 変異保持者においてもOC服用は卵巣癌リスクを低下させることが以下の研究(18 研究のメタアナリシス1),44 の論文を調査したシステマティックレビューおよびメタアナリシス2),症例対照研究のメタアナリシス3)4),症例対照研究5)6)),レビュー論文7)~10)で示されている。
2010 年に報告された,卵巣癌を発症した1,503 例と発症していない6,315 例のBRCA 変異保持者を対象としたメタアナリシスの結果では,BRCA1 変異保持者〔要約相対リスク(SRR):0.51,95%CI:0.40-0.65〕およびBRCA2 変異保持者(SRR:0.52,95%CI:0.31-0.87)のいずれでも,OC服用によりBRCA 変異保持者における卵巣癌リスクが約50%へ有意に減少した1)。BRCA 変異保持者と家族歴の濃厚な症例を対象にした1 つのコホート研究(3,181 例)と3 つの症例対照研究(症例1,096 例,対照2,878 例)のメタアナリシスの結果,卵巣癌とOC の使用歴との間に負の関連が示され,OC 服用により卵巣癌リスクは42%低下した〔オッズ比(OR):0.58,95%CI:0.46-0.73〕。
1 年以上のOC 服用から卵巣癌リスクが低下し(OR:0.85),6 年以上の服用でOR は0.62 になっていた。また,BRCA 変異保持者においては未産婦でも経産婦でも卵巣癌リスク抑制に差を認めていなかった。OC 服用の効果は近年市販されたOC あるいはLEP を用いたほうが卵巣癌リスク抑制効果は高い。BRCA1 変異保持者に対するOC 服用の抑制効果はBRCA2 変異保持者に比べてより高い。一方,OC 服用はユダヤ系のBRCA 変異保持者において卵巣癌リスクを低下させなかったが,民族の違いによる可能性が示唆されている。
一般集団では卵巣癌リスクはOC 服用,出産,授乳,卵管結紮により低下し,BRCA1 変異保持者においてもほぼ同様である2)。卵管結紮の影響はBRCA 変異保持者において非保持者とほぼ同等であったが,BRCA1 変異保持者は非保持者より卵管結紮をより多く受けていたため,遺伝子変異保持者において卵管結紮による卵巣癌リスク低下に関しては賛否両論がある。OC 服用以外ではBRCA 変異保持者はタモキシフェンとラロキシフェンを使用することにより,それぞれ1.6 年(1.0~2.1 年)と2.2 年(1.3~2.8 年)の生命延長を認めた。一方,長期のホルモン補充療法(HRT)で卵巣癌リスクは上昇したとの報告がある11)。
2.乳癌リスクに対する影響
BRCA 変異保持者において,OC 内服と乳癌発症の関連性については,リスクが増加するという報告と関連しないという報告がある。一般集団ではOC 服用が乳癌リスクを若干上昇させ,BRCA 変異保持者においてもOC 服用により乳癌リスクは一般集団と同様に軽度上昇するとの報告では,特にBRCA 変異保持者において30 歳未満からOC 服用を5 年間以上持続する場合,第1子を出産する前にOC 服用した場合,出産前に4 年以上の長期使用した場合に乳癌リスクが上昇する可能性があるという11)。さらにBRCA1 変異保持者では20 歳以前からOC を服用すると服用年数に比例して乳癌リスクが上昇した(OR:1.45)が,この影響は40 歳以前で発見された乳癌患者に限定された。1975 年以前のOC は中用量であり,この時期のOC 服用者に乳癌リスクが上昇したが,1975 年以降では上昇しておらず,含有ホルモン量に関連する可能性がある。また,1965 年以降に生まれたBRCA 変異保持者はOC 服用者が多いため,若年で乳癌発生が起こった可能性が考えられる。OC 服用終了後5~10 年で乳癌リスクへの影響は消失するとの報告がある一方,開始年齢,終了後の期間,終了年齢とは関連がないとも報告されている12)。また,BRCA 変異保持者では母乳栄養による乳癌リスクは認めず,出産が多いと乳癌リスクは低下した。喫煙はBRCA2 変異保持者においてのみ乳癌リスクを上昇させた2)。長期にわたるHRT は乳癌リスクを中等度上昇させ,HRT による乳癌リスク上昇にはエストロゲン+プロゲスチンが関与し,エストロゲン単独では上昇しない。
最近の報告ではBRCA変異保持者においてOC 服用は乳癌リスクを上昇させないとの報告が多いことから2),WHO は,「OC 服用は乳癌の家族歴のある患者あるいはBRCA 変異保持者に対して乳癌リスクは上昇させない」と明示している(二次資料①)。ACOG*(米国産婦人科学会)では「乳癌の家族歴のある患者あるいはBRCA 変異保持者に対してOC 服用は禁忌ではない。OC 服用は明らかに卵巣癌リスクを低下させるが,30 歳以前から5 年以上のOC 服用では乳癌リスクが上昇する」と結論付けている(二次資料②)。OC 服用と乳癌リスクに関しては,各種バイアス,つまり,症例対照研究で使用された研究デザインの違い,研究の「対照」集団を規定する基準(現時点でがんと診断されていないBRCA変異保持者,非保持者,発癌者とその姉妹など)の違い,母集団の年齢分布,卵巣癌や乳癌発症時の年齢,乳癌や卵巣癌の家族歴の判断基準,使用したOC の剤形,中用量か低用量か,使用年代,服用期間,アンケート調査法,検討した集団の国籍,地域,民族などの異なる因子が研究間の結果の比較を困難にしている。したがって,実臨床においてはBRCA変異保持者は発がんしやすい環境にあるので,臨床的には注意して対応しなければならない。
OC 服用以外では,selective estrogen receptor modulators(SERM)は乳癌リスクを低下させると考えられるが,タモキシフェンはBRCA2 変異保持者で乳癌リスクを低下させ,BRCA1 変異保持者では低下させなかったとも報告されている。
*ACOG:American College of Obstetricians and Gynecologists
検索キーワード
Pubmed でBRCA,HBOC,combined oral contraceptives のキーワードを用いて検索し,システマティックレビューやガイドライン,臨床研究,RCT,研究デザインで絞り込みを行った。該当した89 件から77 件を除外し,12 件の文献を採用した。さらに重要な二次資料を2 件追加した。
参考にした二次資料
① World Health Organization. Medical Eligibility Criteria for Contraceptive Use. 4th ed. http://whqlibdoc.who.int/publications/2010/9789241563888_eng.pdf
② ACOG Committee on Practice Bulletins-Gynecology. ACOG practice bulletin. No.73: Use of hormonal contraception in women with coexisting medical conditions. Obstet Gynecol. 2006; 107(6): 1453-72. [PMID:16738183]
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