推奨グレード C1 |
BRCA 遺伝学的検査を行うときは,その遺伝情報がもたらす影響に関して十分に配慮する。 |
背景・目的
PARP 阻害薬のオラパリブはBRCA 変異を有する卵巣癌に対して奏効することから1),2014 年に欧州医薬品庁(European Medicines Agency:EMA)と米国食品医薬品局(Food and Drug Administration:FDA)により相次いで承認された。FDA はBRCA の生殖細胞系列変異の検査をコンパニオン診断薬として承認している。一方,EMA はBRCA の生殖細胞系列変異に加えて腫瘍組織におけるBRCA の体細胞変異を有している例もオラパリブの適用としている。わが国においては現時点でPARP 阻害薬が承認されていないものの,オラパリブについては,プラチナ感受性再発卵巣癌のうち,BRCA の生殖細胞系列変異例を対象とした適用申請がなされている模様である(2017 年9 月現在)。そこで近い将来,BRCA 遺伝学的検査がPARP 阻害薬のコンパニオン診断として利用される可能性が高いので,BRCA 遺伝学的検査の実施を検討する際の注意事項について述べる。
解 説
本CQ は,新規治療法およびコンパニオン診断の導入に伴う診療体制に関するものであり,ランダム化比較試験や症例対照研究がないことから,ガイドラインなどをもとに推奨レベルを決めた。
PARP 阻害薬に対するコンパニオン診断としてのBRCA 遺伝学的検査の実施は,当然ながらがん発症者に限定される。既発症者に対する遺伝学的検査は,日本医学会の「医療における遺伝学的検査・診断に関するガイドライン(2011 年)」では以下のように述べられている(二次資料①)。
3—1 すでに発症している患者の診断を目的として行われる遺伝学的検査:
すでに発症している患者を対象とした遺伝学的検査は,主に,臨床的に可能性が高いと考えられる疾患の確定診断や,検討すべき疾患の鑑別診断を目的として行われる。遺伝学的検査は,その分析的妥当性,臨床的妥当性,臨床的有用性などを確認した上で,臨床的および遺伝医学的に有用と考えられる場合に実施する。複数の遺伝学的検査が必要となる場合は,検査の範囲や順番について,臨床的に適切に判断した上で実施する。検査実施に際しては,検査前の適切な時期にその意義や目的の説明を行うことに加えて,結果が得られた後の状況,および検査結果が血縁者に影響を与える可能性があること等についても説明し,被検者がそれらを十分に理解した上で検査を受けるか受けないかについて本人が自律的に意思決定できるように支援する必要がある。十分な説明と支援の後には,書面による同意を得ることが推奨される。これら遺伝学的検査の事前の説明と同意・了解(成人におけるインフォームド・コンセント,未成年者等におけるインフォームド・アセント)の確認は,原則として主治医が行う。また,必要に応じて専門家による遺伝カウンセリングや意思決定のための支援を受けられるように配慮する。
同ガイドラインにあるように,BRCA 遺伝学的検査に対する事前の説明と同意は原則として主治医が実施するが,患者や家族からより詳しい説明を求められた場合など,臨床遺伝専門医や認定遺伝カウンセラーなどの専門家の協力体制は不可欠である。
「かかりつけ医として知っておきたい遺伝子検査,遺伝学的検査Q & A」(日本医師会,2016)では,主治医による事前の説明と同意に関して,「確定診断を目的とした遺伝学的検査の際の主治医による事前説明と,検査結果の説明も遺伝カウンセリングの1つであると考えられ,遺伝カウンセリングに関する基礎知識・技能については,すべての医師が習得しておくことが望ましいとされています。」と述べられている(二次資料②)。
このように卵巣癌診療に関わる医療従事者は,各種セミナーや講習会などの教育機会へ参加することが望まれる。
患者の検査結果が陽性であった場合,その近親者への対応を構築する必要があるため,自施設もしくは地域において臨床遺伝専門医や認定遺伝カウンセラーなどの専門家との協力体制を確立しておくことは必須である。またBRCA の生殖細胞系列変異の結果は高いレベルで管理されるべき個人情報であるため,院内における遺伝情報の管理方法について検討しておく必要がある。
わが国では日本乳癌学会・日本産科婦人科学会・日本人類遺伝学会の3つの学会が中心となって,わが国における診療体制の基盤整備を目的に,一般社団法人「日本遺伝性乳癌卵巣癌総合診療制度機構(JOHBOC)」が設立されている。
ところで2016 年にFDA はオラパリブを,BRCA またはATM 変異を有する転移性去勢抵抗性前立腺癌に対する画期的治療薬に指定した(The Breakthrough Therapy Designation)。さらに同年,PARP 阻害薬のNiraparib(本邦未承認)がBRCA の生殖細胞系列変異を有さず,相同組み換え修復欠損(homologous recombination defect:HRD)と称されるDNA 修復に異常をきたした卵巣癌でも無増悪生存期間を改善すると報告された2)。これらの事実は近い将来,PARP 阻害薬の適用がBRCA の生殖細胞系列変異を有する例のみならず,その他のHRD に関連する遺伝子の生殖細胞系列変異や体細胞変異を有する例などにまで拡大していく可能性を示唆している。
なお,variant of significance(VUS)はPARP 阻害薬の適応にならないと考えられる。
参考にした二次資料
① 日本医学会.医療における遺伝学的検査・診断に関するガイドライン.2011 年2 月.
http://jams.med.or.jp/guideline/genetics-diagnosis.pdf
② 日本医師会.かかりつけ医として知っておきたい遺伝子検査,遺伝学的検査Q & A 2016.2016 年4 月.
http://dl.med.or.jp/dl-med/teireikaiken/20160323_6.pdf
参考文献
- Ledermann J, Harter P, Gourley C, et al. Olaparib maintenance therapy in patients with platinum-sensitive relapsed serous ovarian cancer: a preplanned retrospective analysis of outcomes by BRCA status in a randomized phase 2 trial. Lancet Oncol. 2014; 15(8): 852-61.[PMID:24882434]
- Mirza MR, Monk BJ, Herrstedt J, et al; ENGOT—OV16/NOVA Investigators. Niraparib Maintenance Therapy in Platinum-Sensitive, Recurrent Ovarian Cancer. N Engl J Med. 2016; 375(22): 2154-2164.[PMID:27717299]