Ⅱ-2 乳癌領域
BRCA1/2 病的バリアントを保持する乳癌患者において,温存乳房照射を必要とする乳房温存療法は条件付きで行わないことを推奨する。
推奨のタイプ:当該介入に反対する条件付きの推奨
エビデンスの確実性:中,合意率:100%(12/12 名)
推奨の解説:本ガイドラインで実施したメタ解析の結果から,BRCA1/2 病的バリアントを保持する乳癌患者における乳房温存療法は,散発性乳癌患者に比べて温存乳房内再発率が高いことが示された。この傾向は観察期間が長くなるほど明確になることから,温存乳房内の新規乳癌の発症リスクは長期にわたって継続するものと推察された。ただし温存療法後の温存乳房内の新規乳癌発症のリスク,継続的な温存乳房のスクリーニングの必要性,また温存療法後の新規乳癌に対する乳房再建術の困難さ等を十分理解し,患者と医療従事者が十分なリスクコミュニケーションのうえshared decision making(SDM)を行い乳房温存療法を選択する場合には,これを否定しな い。
早期乳癌患者がBRCA1/2 病的バリアントを保持する場合,乳癌の術式選択として将来の新たな発がんリスクも検討したうえで乳房全切除を選ぶか,すでに発がんしている乳癌に対する必要十分な治療として温存療法を選択するか,悩むことが多い。2020 年4 月に家族歴をもつ患者などにBRCA 遺伝学的検査を行うことが保険適用となり,また術後薬物療法の選択肢にも関わることから,乳癌診断時にBRCA 遺伝学的検査を受ける患者が増加傾向にある。整容性の観点からは患側の乳房全切除後だけではなく健側である対側乳房全切除・乳房再建術も保険適用になったことから,以前とは臨床状況が大きく変わってきている。温存乳房照射を伴う乳房温存療法を行うのか,患側のみ乳房全切除・再建術を行うのか,両側の乳房全切除・再建術を行うのか,限られた時間の中で,患者が納得のいく治療方針を選択していくことは容易ではなく,本CQ は臨床上重要な検討課題であると考えられる。
BRCA1/2 病的バリアントを保持する乳癌患者の治療方針を検討する際には,乳房全切除を行う場合を比較対象として,乳房温存療法を行うことの益と害を検討すること(B)が重要となる。その際,乳房温存療法は放射線治療を行うことが標準的であることから,放射線治療のリスクも検討したうえで術式選択を行う必要があり,温存療法を「温存乳房照射を伴う,乳房部分切除術」として検討・議論を行った。また,散発性乳癌患者が同様の乳房温存療法を受ける場合に比べて,BRCA1/2 病的バリアント保持者の場合どれくらいリスクが異なるのか(A)を知ることは,患者に情報共有を行いともに意思決定をしていくという観点において重要な視点であると考えられる。
以上より本CQ では,A「BRCA1/2 病的バリアント保持者に対する乳房温存療法と,散発性乳癌患者に対する乳房温存療法群」との比較と,B「BRCA1/2 病的バリアント保持者に対する,温存後乳房照射を伴う乳房温存手術と乳房全切除術群」との比較に分け,アウトカム毎のシステマティックレビューを行う方針とした。推奨決定会議では,介入の望ましい効果,望ましくない効果,エビデンスの確実性等,エビデンスに対する評価はA,B を分けて検討・投票し,最終的に統合して1 つの推奨として検討・議論を行い,まとめた。
本CQ では,BRCA1/2 病的バリアントを保持する乳癌患者を対象として,乳房温存手術と乳房全切除術の2 群間,および散発性乳癌での乳房温存手術とBRCA1/2 病的バリアント保持者乳癌での乳房温存手術の2 群間で比較した際の「温存乳房内再発率」「対側乳癌発症率」「全生存率」「有害事象」「費用対効果」「患者の意向」「患者の満足度」の7 項目をアウトカムとして設定し,システマティックレビューの評価対象とした。
本ガイドライン2021 年版に加えて新たにPubMed 144 編,Cochrane 47 編,医中誌11 編が抽出され,重複する文献を除いた計200 編がスクリーニング対象となった。2 名のシステマティックレビュー委員が独立して計2 回の文献スクリーニングを行い,抽出された12 編がシステマティックレビューの対象となった。
エビデンス評価シートを用い,アウトカム毎に個別のエビデンス評価を行った。
本CQ では比較対象をA「BRCA1/2 病的バリアント保持者に対する乳房温存療法と,散発性乳癌患者に対する乳房温存療法群」,B「BRCA1/2 病的バリアント保持者に対する,温存後乳房照射を伴う乳房温存手術と乳房全切除術群」とし,「温存乳房内再発率」「対側乳癌発症率」「全生存率」「有害事象」「費用対効果」「患者の意向」「患者の満足度」を評価した。
A「BRCA1/2 病的バリアントに対する乳房温存療法と,散発性乳癌患者に対する乳房温存療法群」との比較
本ガイドライン2021 年版で抽出された13 編のコホート研究に新たに1 編を加えた,合計14 編のコホート研究1)~14)からメタ解析を行った(図1)。今回のメタ解析では,BRCA1/2 生殖細胞病的バリアント保持患者において,散発性乳癌患者と比較して乳房温存手術後の温存乳房内再発は有意に高かった〔RR:1.64(95%CI:1.27-2.11)〕。なおI2=16%であり,統計学的異質性は低いと考えられる。また一部の文献には,germline mutation ではなくアシュケナージ系ユダヤ人におけるfounder mutationに関して,腫瘍検体から抽出したDNA を解析した研究1)5)7)も含んでいる。
【エビデンスの確実性:強】
本ガイドライン2021 年版で抽出された12 編のコホート研究に新たに1 編を加えた,合計13 編のコホート研究1)~6)8)~14)からメタ解析を行った(図2)。今回のメタ解析では,BRCA1/2 生殖細胞病的バリアント保持患者において,散発性乳癌患者と比較して乳房温存手術後の対側乳癌発症率は有意に高かった〔RR:5.64(95%CI:4.03-7.89)〕。しかし,統計学的異質性は中等度であることに注意が必要である(I2=46%)。また一部の文献には,germline mutation ではなくアシュケナージ系ユダヤ人におけるfounder mutation に関して,腫瘍検体から抽出したDNA を解析した研究1)5)も含んでいる。
【エビデンスの確実性:強】
3 編のコホート研究から定性的システマティックレビューを行った2)6)13)。米国とカナダでの多施設によるコホート研究によると,診断から5 年後の全生存率は,BRCA1/2 生殖細胞病的バリアント保持患者において,散発性乳癌患者と比較して有意差を認めなかった〔86% vs. 91%,ハザード比(hazard ratio:HR):1.18(P =0.7)〕2)。オランダの単施設からのコホート研究では,BRCA1/2 生殖細胞病的バリアント保持患者において,散発性乳癌患者と比較して,観察期間中央値6 年で,乳房温存手術後の全生存率に有意差を認めなかった〔HR:1.76(95%CI:0.72-4.3,P =0.22)〕6)。中国の単施設からの報告では,観察期間中央値61 カ月で,BRCA1/2 生殖細胞病的バリアント保持患者において,散発性乳癌患者と比較して,腫瘍径やリンパ節転移状況,サブタイプ,ki-67 発現,術後治療で調節を行った乳房温存手術後の全生存率に有意差を認めなかった(P =0.173)13)。研究対象患者のBRCA1/2 病的バリアント保持者の診断方法,散発性乳癌患者の特定方法,観察期間の測定方法,観察群間でのステージ,年齢,リスク低減手術の有無,術後療法等の調整方法等は研究により異なっており,バイアスの大きい結果であった。
【エビデンスの確実性:弱】
1 編のシステマティックレビューの中で,乳房温存手術後の放射線治療による皮膚・皮下組織障害,肺,骨に関する有害事象の比較について報告された15)。散発性乳癌患者と比較してBRCA1/2 生殖細胞病的バリアント保持患者で有害事象の増加は観察されなかった。しかし,1 編のコホート研究2)からの定性的システマティックレビューであった。【エビデンスの強さ:弱】
費用対効果について検討した研究は存在しなかった。
【エビデンスの確実性:該当論文なし】
患者の意向について検討した研究は存在しなかった。
【エビデンスの確実性:該当論文なし】
患者の満足度について検討した研究は存在しなかった。
【エビデンスの確実性:該当論文なし】
11 編のコホート研究1)3)7)14)16~21)からメタ解析を行った(図3)。今回のメタ解析では,BRCA1/2 生殖細胞病的バリアント保持患者において,乳房全切除術を選択した患者と比較し乳房温存手術後の温存乳房内再発・局所再発率は有意に高かった〔RR:1.76(95%CI:1.03-3.00)〕。しかし,統計学的異質性は中等度であることに注意が必要である(I2=65%)。
また一部の文献には,germline mutation ではなくアシュケナージ系ユダヤ人におけるfounder mutation に関して,腫瘍検体から抽出したDNA を解析した研究も含んでいる1)7)。
【エビデンスの確実性:強】
5 編のコホート研究14)16)17)20)22)からメタ解析を行った。今回のメタ解析では,BRCA1/2 生殖細胞病的バリアント保持患者において,乳房全切除術を選択した患者と比較し乳房温存手術後の対側乳癌発症率に有意差は認めなかった〔RR:2.08(95%CI:0.65-6.64)〕。しかし,統計学的異質性が高いことに注意が必要である(I2=78%)。5 編のコホート研究からのメタ解析であることからエビデンスの確実性は弱とした。
【エビデンスの確実性:弱】
本ガイドライン2021 年版で抽出された3 編のコホート研究に,新たな2 編の研究を加えた,5 編のコホート研究17)19)~22)からメタ解析を行った。今回のメタ解析では,BRCA1/2 生殖細胞病的バリアント保持患者において,乳房全切除術を選択した患者と比較し乳房温存手術後の全生存率に有意差は認めなかった〔RR:1.08(95%CI:0.78-1.48)〕。なおI2=6%であり,統計学的異質性は低いと考えられる。しかし,出版バイアスが疑われること,5 編のコホート研究からのメタ解析であることからエビデンスの確実性は弱とした。
【エビデンスの確実性:弱】
有害事象について検討した研究は存在しなかった。
【エビデンスの確実性:該当論文なし】
費用対効果について検討した研究は存在しなかった。
【エビデンスの確実性:該当論文なし】
患者の意向について検討した研究は存在しなかった。
【エビデンスの確実性:該当論文なし】
患者の満足度について検討した研究は存在しなかった。
【エビデンスの確実性:該当論文なし】
今回行ったシステマティックレビューでは,BRCA1/2 生殖細胞病的バリアント保持患者において,散発性乳癌患者と比較して乳房温存手術後の全生存率に有意差を認めなかったが,研究によって患者背景に偏りがみられた。BRCA1/2 生殖細胞病的バリアント保持患者における研究のメタ解析では,乳房全切除術を選択した患者と比較し乳房温存手術後の全生存率に有意差は認めなかった。費用対効果,患者の意向,患者の満足度に関する研究は存在しなかった。
今回のメタ解析では,BRCA1/2 生殖細胞病的バリアント保持患者において,散発性乳癌患者と比較して,乳房温存手術後の温存乳房内再発,および対側乳癌発症率は有意に高かった。また,BRCA1/2 生殖細胞病的バリアント保持患者において,乳房全切除術を選択した患者と比較し乳房温存手術後の温存乳房内再発・局所再発率は有意に高かった。有害事象に関する研究では,1 編のコホート研究で,放射線療法後有害事象についてBRCA1/2 生殖細胞病的バリアント保持患者と散発性乳癌患者で比較し,発症率に有意差はみられなかった。
今回のガイドライン作成におけるメタ解析では,BRCA1/2 生殖細胞病的バリアント保持患者において,散発性乳癌患者と比較して,乳房温存手術後の温存乳房内再発はリスクが約1.6 倍と有意に高かった。しかし,全生存率に有意な差は認められないことから,BRCA1/2 生殖細胞病的バリアントを保持する患者に対する乳房温存療法を強く否定する根拠につながる結果は得られなかった。費用対効果,患者の意向や価値観,満足度を反映する研究の採用論文がなく,「乳房が温存されることに対する価値観」や「温存乳房への再発への恐怖・ストレス」等はエビデンスから検討することができず,今後の検討課題であると考えられた。
BRCA1/2 病的バリアント保持者の診断方法,比較対象である散発性乳癌患者の選択方法,群間での腫瘍径,ステージやサブタイプ,術後治療での調節方法等は論文で異なっている。また,リスク低減手術の有無を記載している論文は少ない。「同側乳房内再発」や「局所再発」の定義を記載していない論文や,イベント数の少ない研究も含んでいることに注意を要する。また一部の文献には,germline mutation ではなくアシュケナージ系ユダヤ人におけるfounder mutation に関して,腫瘍検体から抽出したDNA を解析した研究も含まれている。
本CQ の推奨決定会議参加対象委員12 名の内訳は,乳癌領域医師2 名,婦人科領域医師2 名,遺伝領域医師2 名,遺伝看護専門看護師1 名,認定遺伝カウンセラー2 名,患者・市民3 名であった。推奨決定会議の運営にあたっては,事前に資料を供覧し,参加対象委員全員がEvidence to Decision フレームワークを記入して意見を提示したうえで,当日の議論を行った。推奨決定会議には参加対象委員全員が参加した。
背景の通り,乳房温存療法が可能な早期乳癌患者が術式選択を行う際,BRCA1/2 病的バリアントの有無にかかわらず,悩むことが多い。特にBRCA1/2 病的バリアント保持者にとって,そのリスクから術式選択の際に考えておかねばならないことが多いことから,この臨床課題を検討することは,納得のいく意思決定を安心して行っていくために重要であると考えられた。
本CQ における,A「BRCA1/2 病的バリアント保持者に対する乳房温存療法と,散発性乳癌患者に対する乳房温存療法群」との比較,B「BRCA1/2 病的バリアント保持者に対する,温存後乳房照射を伴う乳房温存手術と乳房全切除術群」との比較について,システマティックレビューの結果について議論がなされた。臨床上,乳房温存療法後の乳房に再度乳癌が発生した場合,局所再発なのか新規の乳癌が発生したのか,厳密に判断することはできない。そのうえで全生存率の差が認められなかったことから,再度乳癌が発生したことによる予後の差はないと考えられることは介入を選択する際の望ましい効果であるという意見や,乳癌の全生存率についてレビューされた論文の中央観察期間が短い(5~6 年)ことから結果の解釈には注意が必要であるという意見等があった。
本CQ における,A「BRCA1/2 病的バリアント保持者に対する乳房温存療法と,散発性乳癌患者に対する乳房温存療法群」との比較,B「BRCA1/2 病的バリアント保持者に対する,温存後乳房照射を伴う乳房温存手術と乳房全切除術群」との比較について,システマティックレビューの害のアウトカムについて議論がなされた。A に関してのメタ解析の結果から,散発性乳癌患者と比較して乳房温存手術後の温存乳房内再発は有意に高かった〔RR:1.64(95%CI:1.27-2.11)〕。B に関してのメタ解析の結果から,BRCA1/2 生殖細胞病的バリアント保持患者において,乳房全切除術を選択した患者と比較し乳房温存手術後の温存乳房内再発・局所再発率は有意に高かった〔RR:1.76(95%CI:1.03-3.00)〕。B については本ガイドライン2021 年版以降新たな報告が増えており,患者や医療従事者にとって重要であると考えられ,検討が重ねられていることが推察されるという意見があった。
本推奨決定の方法であるGRADE 方式では,重要なアウトカムのエビデンスの確実性のうち最も弱いところに合わせて考えられることから,A,B ともにシステマティックレビューの結果から単純にあてがって考えると「弱」となる。しかしながら,本領域ではランダム化比較試験等,高いエビデンスの創出が困難である中で,システマティックレビューにおいてメタ解析で相対リスクを示せるほどに研究結果が蓄積された臨床課題である。介入の望ましくない効果についての議論や投票結果も踏まえ,エビデンスの確実性について改めて議論がなされた。
患者の価値観については,患者個々人,また同じ患者でもライフステージによって捉え方にはばらつきが大きいであろうという意見が大半であり,それらを示すエビデンスがないというところで「可能性あり」とするか,「あり」とするかという議論がなされた。
望ましくない効果として,散発性乳癌に対し温存乳房内再発率が高いことが明らかであり,また新たな乳癌が発生した場合に乳房再建術の合併症リスクや整容性の問題,また再度薬物療法も含めて治療を行うことから,望ましくない効果は大きいと考えられるという意見があった。一方で全生存率についての有意差は認められておらず,乳房温存療法の整容性やQOL,乳房喪失感の少なさ,また患者の意向や満足度等も考えると温存療法を選択することの心理的な効果について,望ましい効果は中等度であると考えられるという意見もあった。これらのバランスから,比較対象が「おそらく優位」であるという議論がなされた。
望ましくない効果を十分に理解したうえで,「乳房を温存する」を希望する場合,妥当だと考え「はい」とするという意見や,患者,パートナー,関係する医療者の間で価値判断に違いがあることが考えられ,利害関係者が全員一致で容認できない場合も存在すると考えられるため,「おそらく」としたという意見があった。また,温存乳房内の再発の診断や治療が遅れる可能性について慎重な判断が求められるという意見や,温存乳房内再発率は患者個人の確率は不明であり,生存率に影響しないのであれば容認できない理由はないという意見もあった。
乳房温存療法は,標準的な術式・治療であるため「はい」とする意見があった。しかし遺伝カウンセリングやフォロー体制が全国でまだ整備・均てん化されていない現状は否定できず,本推奨での議論を患者とともに考え,意思決定支援を適切に行い,実践していくことは容易ではない。BRCA1/2 病的バリアントの術式決定について,十分なSDM を必ずしもすべての病院で提供できる状況ではないことから,「おそらくはい」とした意見が多かった。
<本推奨決定に至るまでの議論のまとめ>
介入の望ましい効果・望ましくない効果等,システマティックレビューの解釈について行われた議論の中でも,最も重要であると考えられたのは,「患者の価値観によって,望ましい効果や望ましくない効果自体も,程度の受け止め方は大きく異なるであろう」という点であった。
乳房温存療法を受けた患者がその後自身の選択についてどう考えているのか,患者の意向や満足度,新たな乳癌に対する不安等も含めて,価値観に関する研究は残念ながら認められなかった。そして温存乳房内に再度乳癌が発生した場合,一般的に放射線治療後であることから,乳房再建術を伴う乳房全切除の整容性や安全性を考えたときに,初回から乳房再建術を伴う乳房全切除を行った場合との差は実臨床では多く経験されることである。
それら様々な点を踏まえ,温存乳房内に再度乳癌が発生した場合の手術や薬物療法,それらが与える仕事や日常生活への影響,そして自身の心理的負担も含めて考えたときに,患者自身がどこまでを許容するのかは,患者個々人でそれぞれにばらつきがあり,そして同じ患者であっても,ライフステージや人生観によっても変わっていくと考えられる。
また全生存率や温存乳房内再発率等の観察期間についても,どの程度の観察期間で,どの程度の相対リスクであれば許容範囲と考えるのかについては,それこそ患者それぞれにより大きく異なると考えられる。システマティックレビューの結果や本推奨決定に至るこれらの議論を十分理解し,患者と医療従事者の間でリスクコミュニケーションを行っていくことが必要であり,本ガイドラインを実臨床に実装していくために最も重要であると考えられた。
十分なSDM のうえで患者が温存療法を選択する場合,安易に否定されるべきではなく,その選択は容認されるという議論がなされた。一方で実行可能性について,本推奨決定に至るこれらの議論を踏まえたSDM がどの施設でも行えるかという点で,医療従事者と当事者双方から現段階では難しいという意見で一致した。BRCA1/2 病的バリアントであることがわかっている乳癌患者が,現在罹患している乳癌の治療だけではなく,将来の発がんリスクまで考えたうえで目の前の乳癌治療を選択していく際には,患者と医療従事者の十分なSDM がなされる必要性があり,その普及,均てん化に課題があると考えられた。
ASCO-ASTRO-SSO のガイドライン23)では,そのrecommendation 1.1 として,BRCA1/2 病的バリアントであることを理由に,温存療法が可能な患者を適応外とすべきではないという提言がなされている。明らかに乳房内再発は散発性乳癌に比べて多いがそのほとんどが再発ではなく,新規の病変であり,乳房温存療法は安全に施行されると結論付けられている。また全生存率でのリスクについては長期的観察が必要であるとされている。NCCN のガイドライン(Genetic/Familial High-Risk Assessment:Breast, Ovarian, and Pancreatic)24)では,予後に関してのエビデンスが混在しており,散発性乳癌と比較してBRCA1/2 病的バリアントを保持する乳癌患者は予後不良であると結論付けるには至らないと議論されている。併せて,遺伝学的検査の前の心理学的アセスメントとサポート,教育と十分な情報提供,そして遺伝学的検査を受けることへの十分な議論が必要であると記載されている。また,NCCN のガイドライン(Breast cancer)25)でも,手術に先駆けて十分なカウンセリングが必要であると記載されている。わが国の乳癌診療ガイドライン26)では,BRCA1/2 病的バリアント保持者において,温存乳房内再発率は有意に高く,この傾向は観察期間が長期になるほど明確になることが示されており,乳癌患者が乳房温存療法を強く希望する場合以外は,BRCA1/2 病的バリアントを保持する乳癌患者に対し,乳房温存療法は行わないことを弱く推奨するとされている。
BRCA1/2 病的バリアントを保持する乳癌患者が,乳房温存療法を受けた場合,そして両側の乳房全切除を受けた場合,その選択を自身でどう思っているのか,短期的,長期的な満足度や新たな発がんに対する不安も含めて,患者の価値観に対する研究が必要であると考えられる。
また本ガイドラインの実臨床への実装を考えたとき,納得のいく意思決定を行うための患者-医療従事者間の十分なSDM が必要であり,その際に配慮されるべき点についても検討,整理がなされる必要がある。本来これらのSDM は特化した施設のみに必要ということではなく,乳癌治療を行う施設に広く一般的に浸透する必要があることから,その啓発,普及をわが国でどう進めて行くかということも研究課題であると考えられた。
BRCA1/2 病的バリアントにとって本介入により全生存率の差があるかについて,引き続きモニタリングが必要である。またBRCA1, BRCA2 に分けて検討されるべきである。
外部評価団体より本文中の表現に関する指摘を受け,当該箇所を修正した。
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