Ⅱ-2 乳癌領域
乳房部分切除術が選択された場合には,術後放射線療法を行うことを推奨する。
乳房全切除術後に,再発リスクの高い患者では,BRCA1/2 病的バリアントを保持していない乳癌患者と同様の臨床的適応に従って術後放射線療法を行うことを推奨する。
BRCA1/2 はがん抑制遺伝子で,DNA の二本鎖切断の修復に重要な働きをしている。したがって,BRCA1/2 病的バリアント保持者では放射線感受性が高い可能性があり,有害事象の重篤化や放射線誘発性二次がんが懸念されてきた。そこで,BRCA1/2 病的バリアント保持者に対する乳房手術後放射線療法の安全性を検討する。
BRCA1/2 病的バリアント保持者では,乳房部分切除術を行った場合の同側乳房内再発率が高く,術式決定には術前に慎重な検討が必要である(乳癌CQ3 参照)。乳房部分切除術が選択された場合には,標準治療である術後放射線療法が安全に行えるかどうかが問題となる。また,乳房全切除術後であっても腋窩リンパ節転移陽性等の再発高リスク患者への乳房全切除術後放射線療法(postmastectomy radiation therapy:PMRT)が安全に行えるかどうかは重要である。BRCA1/2 病的バリアント保持者において,放射線療法の益が散発性乳癌患者と異なるかどうかを直接検討した報告はない。散発性乳癌患者と同等の益があると仮定し,放射線療法の害について,BRCA1/2 病的バリアント保持者と散発性乳癌患者との比較を行った。対側乳癌については,BRCA1/2 病的バリアント保持者に対して照射を行った群と行わなかった群の比較を行った。BRCA1/2 病的バリアント保持者に対する放射線療法に関する報告は限られ,放射線療法の有効性と安全性に関するランダム化比較試験はなく,後ろ向きコホート研究と症例対照研究で検討した。
Grade 2 以上の皮膚炎,乳房痛,疲労,肺臓炎を評価した。皮膚炎については3編の後ろ向きコホート研究1)~3)と2編の症例対照研究4)5)において,いずれの報告でも散発性乳癌患者との有意差は認めなかった。乳房痛については2編の後ろ向きコホート2)3)と2編の症例対照研究4)5)で検討した。1編の症例対照研究において3)病的バリアント保持者で増加したが,他の3編では散発性乳癌患者との有意差は認めなかった。疲労については1編の症例対照研究4)で報告があり,中等度(moderate)から高度(severe)の頻度は病的バリアント保持者で散発性乳癌患者に比し,8.2%多く認められたが統計学的な有意差はなかった(95%CI:-10.5-26.9)。放射線肺臓炎については1編の症例対照研究5)で報告され,RTOG*/EORTC* スコアGrade 1 以上の肺臓炎が散発性乳癌患者群で0.94%(2/213)に対して病的バリアント保持者で2.82%(2/71)であったが,一般的な放射線肺臓炎の頻度を上回るものではない。
RTOG:the Radiation Therapy Oncology Group
EORTC:the European Organization for Research and Treatment of Cancer
皮膚障害,皮下組織障害,肺障害,肋骨骨折,心障害について評価した。皮膚障害は1編の後ろ向きコホート研究3)で有意差なく,1編の症例対照研究では5),RTOG/EORTCスコアGrade 2 以上の頻度が病的バリアント保持者で1.82%,散発性乳癌患者群で3.76%であった。皮下組織障害,肺障害,肋骨骨折は2編の症例対照研究4)5)で検討した。皮下組織障害については,1編は皮弁壊死,1編はRTOG/EORTCスコア Grade 2 以上についての評価で評価法は異なるが,いずれにおいても有意差は認めなかった。肺障害は,1編は肺線維化,1編はRTOG/EORTCスコアでGrade 2 以上についての評価である。2編ともに散発性乳癌患者群での発症がなく,病的バリアント保持者での発症率は1.82%(1/55)と1.40%(1/70)で低頻度であった。肋骨骨折も有意差を認めていない。心障害については1編の症例対照研究4)で評価され,両群ともに発症は報告されていない。以上のように,放射線療法による有害事象は,急性期,晩期ともに病的バリアント保持者であっても,散発性乳癌患者を上回ることはない。
病的バリアント保持者において照射群と非照射群で差があるかを検討した。kConFab*の後ろ向きコホート研究6)では,643例中148例(23.0%)で対側乳癌を認めたが,放射線療法による対側乳癌増加は認めていない(P=0.44)。オランダからの418例の解析7)でも放射線療法による対側乳癌の増加は認めず,発症時40歳未満の症例に限定しても有意な増加は認めなかった。一方,国際的なコホート研究であるWECARE study の報告8)においては放射線療法による対側乳癌増加を認めたが,有意差はなかった〔リスク比(risk ratio:RR):1.4(95%CI:0.6-3.3,P=0.7)〕。
kConFab:Kathleen Cuningham Foundation Consortium for Research into Familial Breast Cancer
イスラエルからの報告がある9)。放射線療法を受けた病的バリアント保持者で5年以上経過観察された266例が対象で,経過観察期間の中央値は10 年(5~27 年)であるが,1 例(0.38%)に甲状腺乳頭癌を認めたのみであった。
このように,BRCA1/2 病的バリアント保持者であっても放射線療法による害は散発性乳癌患者を上回るものではない。また,BRCA1/2 病的バリアント保持者においては対側乳癌の発症率が高いものの,対側乳癌も含めた二次がんは,照射を行っていないBRCA1/2 病的バリアント保持者と比較して有意には増加しない。ASCO,ASTRO*,SSO*の遺伝性乳癌に関するガイドラインにおいても,乳房部分切除術後またはPMRT が考慮されるBRCA1/2 病的バリアント保持者に対して,放射線療法は差し控えるべきではないと述べられている10)。
以上より,BRCA1/2 病的バリアント保持者においても散発性乳癌患者と同様に,乳房部分切除術後であれば放射線療法を行い,乳房全切除術後でも,散発性乳癌患者と同様の臨床的適応に従って行うことが勧められる。
ASTRO:American Society for Radiation Oncology
SSO:Society of Surgical Oncology
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