Ⅱ-2 乳癌領域
病的バリアント保持者に対し造影乳房MRI を用いたサーベイランスを条件付きで推奨する。
推奨のタイプ:当該介入の条件付きの推奨
エビデンスの確実性:中,合意率:100%(12/12 名)
推奨の解説: BRCA1/2 病的バリアント保持者に対し,造影乳房MRI を用いた乳癌のサーベイランスを行うことにより特異度の低下をきたすことなく感度を上昇させることが示されている。ただし,乳癌および卵巣癌未発症のBRCA1/2 病的バリアント保持者に対する造影乳房MRI を用いた乳癌のサーベイランスは現在,保険診療で実施できず,希望する場合は自費診療となる。造影乳房MRI に十分な知識を有する専門医が在籍し,MRI ガイド下生検可能施設との連携が整備され,遺伝カウンセリングや検診後のフォローアップ体制が整っている医療機関で実施することが望ましい。
BRCA1/2 病的バリアント保持者における乳癌発症率は高く,RRM が選択されなかった際には,乳癌の早期発見による死亡率減少が期待される。乳癌の検出においては造影乳房MRI の診断能が高く,欧米では乳癌発症ハイリスク群に対しての造影乳房MRI によるサーベイランスが行われている。
乳癌・卵巣癌既発症のHBOC 患者に対しては造影乳房MRI によるサーベイランスが保険適用であり,MRI でのみ検出可能な病変に対してはMRI ガイド下生検が保険適用となっている。乳癌および卵巣癌未発症のBRCA1/2 病的バリアント保持者に対するサーベイランスは現時点で保険適用はないが,MRI を用いたサーベイランスを行うことの有用性が示されれば,そのための体制づくりが必要となる。
乳癌の既発症者と未発症者では,新規の乳癌発症頻度が異なる可能性や,価値観の違いがあり得る。 乳癌未発症のHBOC 患者においては,卵巣癌発症後であれば保険適用での造影乳房MRI によるサー ベイランスが可能であるが,それ以外では保険適用となっていない。一方で,サーベイランスは BRCA1/2 病的バリアント保持者に対して既発症者,未発症者ともハイリスク群として行われ,シス テマティックレビューも独立して行うことができないため,1 つのCQ として取り上げることとなっ た。
本CQ ではMRI を含むサーベイランスを行う群と,MRI を含まないサーベイランスを行う群の2群間で,「感度」「偽陽性率」「全生存率」「有害事象」「費用対効果」「患者の意向」を評価した。
「感度」「偽陽性率」「全生存率」「有害事象」については,観察研究19 編を選択,「費用対効果」についてはシミュレーション2 編を選択,「患者の意向」についてはアンケート調査4 編を選択し,それぞれに対して定性的なシステマティックレビューを行った。
MRI を含む検査方法での乳癌検出感度(66.7~100%)はMRI を含まないサーベイランス(19~81%)より高かった1)~11)。BRCA1 とBRCA2 間の差異については論文数がまだ少ないため,今後さらなる検討が必要である。すべてが観察研究であるが,研究の直接性は担保されており,研究数も多いことから,エビデンスの確実性は強とした。
【エビデンスの確実性:強】
MRI を含むサーベイランスの偽陽性率は1 編のみ45%,あとは10%未満と示されており1)~9),MRIを含まないサーベイランスの偽陽性率と比較し顕著な差はないと考えられた。BRCA1 とBRCA2 間の差異については論文数がまだ少ないため,今後さらなる検討が必要である。研究の異質性,研究数が少ないこと,すべてが観察研究であるが,研究の直接性は担保されており,研究数も多いことから,エビデンスの確実性は強とした。
【エビデンスの確実性:強】
5 編の観察研究12)~16)でMRI を含むサーベイランスの生存率が示されていた。MRI を含むサーベイランスとMRI を含まないサーベイランスの10 年生存率の比較では,それぞれ95.3% vs. 87.7%12),100% vs. 85.5%14),90.1% vs. 87.0%15)であった。研究数が少なく,長期の観察期間の研究が不足していることからエビデンスの確実性は中程度とした。
【エビデンスの確実性:中】
有害事象については,乳房造影MRI 検査に関する論文はあがらなかったが,マンモグラフィの被曝による乳癌発症リスクに関する報告があった17)~19)。過去にマンモグラフィを受けた回数や初回の年齢による比較のうえでは乳癌発症リスクの有意差は認めていないが,30 歳以前よりマンモグラフィを毎年受けることによる影響は定かではないと結論付けられていた。
研究数が少ないことや,被曝に関する情報がアンケート調査によるデータ収集のため想起バイアスによる影響が否定できないことから,エビデンスの確実性は中程度とした。
【エビデンスの確実性:中】
費用対効果については,MRI とマンモグラフィの併用は,マンモグラフィ単独と比較して平均余命(life expectancy)およびQALY は増加するものの,年齢や病的バリアントのある遺伝子(BRCA1 かBRCA2)等によって費用対効果は異なる可能性が示唆されていた20)21)。欧米とわが国とで医療の費用が異なるため,欧米のデータをわが国に適応することはできず,エビデンスの確実性は中程度とした。
【エビデンスの確実性:中】
患者の意向については,MRI によるサーベイランスで偽陽性の結果を得ることによる心理的影響やQOL に対して,明らかな負の影響は認められないと考えられた22)~25)。BRCA1/2 病的バリアント保持者を含む乳癌高リスク者を対象とする報告や,乳癌既発症者や未発症者の両方を含む報告があり,エビデンスの確実性は中程度とした。
【エビデンスの確実性:中】
MRI を含むサーベイランスではMRI を含まないサーベイランスと比べて,感度は高く(エビデンスの確実性は強),全生存率は高く(エビデンスの確実性は中等度),偽陽性率については顕著な差はない(エビデンスの確実性は強)と考えられた。
有害事象,費用対効果,患者の意向については,いずれも明らかな負の影響はないと考えられた(いずれもエビデンスの確実性は中)。
本CQ の推奨決定会議参加対象委員12 名の内訳は乳癌領域医師2 名,婦人科領域医師2 名,遺伝領域医師2 名,遺伝看護専門看護師1 名,認定遺伝カウンセラー2 名,患者・市民3 名であった。推奨決定会議の運営にあたっては,事前に資料を供覧し,参加対象委員全員がEvidence to Decision フレームワークを記入して意見を提示したうえで,当日の議論を行った。推奨決定会議には参加対象委員全員が参加した。
委員の意見はほぼ「はい」で統一された結果となった。定性的システマティックレビューに記載された「日本の医療費抑制に貢献する」かどうかは視点によって異なる可能性があり,ここでの議論からは外して考えることとなった。造影乳房MRI によるサーベイランスはすでに行われており,重要な課題であるという共通の認識があった。
委員の意見は「大きい」で統一された結果となった。今回は発症者,未発症者とも含めたCQ とする 方針となったが,リサーチエビデンスとして得られている結果はほとんどがこれらを含めたものであ り,新たな乳癌の検出には再発病変も含まれている可能性があることが議論された。病変の検出感度 だけではなく,生存率の改善も期待されることから,介入の望ましい効果は大きいと考えられた。
委員の意見は「小さい」で統一された結果となった。議論の中では,偽陽性はそれほど多くないということで容認できること,MRI は日常の診療で用いられていて患者にとっても許容しやすいこと,造影剤の使用による有害事象の可能性については通常の診療において同意を取得のうえで用いられていることから許容できる,といった意見があった。
委員の意見は「小さい」で統一された結果となった。議論においては造影MRI による感度が高いことは明らかであるが,生命予後のエビデンスにおいてはマンモグラフィだけの検診と比べた場合にどれだけの違いが得られるのか等,さらなる研究結果が求められるという意見があった。対象となった研究はすべて造影剤を用いたものであり,非造影でのエビデンスは得られていないことから,現時点では造影剤を用いることが必要であることを明確に伝えるべきという意見があった。
重要な不確実性またはばらつきはは「なし」あるいは「おそらくなし」という投票結果となった。患者の価値観においては有害事象をどの程度重視するかと,費用負担に重きを置くかによって考え方が異なり,それらを患者が「重要」と考えるかどうかで変わるかもしれないという議論があった。
委員の意見はほぼ「介入が優位」で統一された結果となった。議論の中ではMRI を用いた場合と用いなかった場合の比較であること,新しいエビデンスが得られていることを重視するといった意見があった。
委員の意見は「おそらく介入が優位」で統一された結果となった。議論の中では,海外でのエビデンスは示されているが,わが国では十分なエビデンスがないという意見があった。また,BRCA1 とBRCA2 での違いが存在する可能性もあるという意見もあった。
委員の意見は「おそらくはい」で統一された結果となった。議論においては,未発症者と既発症者における捉え方の違いや,保険適用の違いがあり得ると考えられた。また,施設によっては造影MRI がいつでもできる体制とは限らないことや,MRI 検出病変に対してのアプローチについても様々であることが意見としてあった。
委員の意見は「おそらくはい」で統一された結果となった。乳房MRI 検査マニュアルが発刊されるなど体制整備に向けた取組みが行われているものの,施設連携や検査方法,読影体制の充実といった課題が残されていること,未発症の際に自費で検査を受けなければならない問題があることが共有された。
各検討項目の議論を踏まえたうえで,当該介入については推奨されるものであることが議論された。ただし,造影乳房MRI に十分な知識を有する専門医が在籍し,MRI ガイド下生検可能施設との連携が整備され,遺伝カウンセリングや検診後のフォローアップ体制が整っている医療機関で実施することを条件として行うことが望まれることが共有された。
わが国の乳癌診療ガイドライン26)では,「検診・画像診断CQ2.BRCA1/2 病的バリアント保持者に対する乳癌サーベイランスには造影乳房MRI が推奨されるか?」に対して,「造影乳房MRI を用いたサーベイランスを強く推奨する〔推奨の強さ:1,エビデンスの強さ:中,合意率:80%(39/49)〕」としている。推奨におけるポイントとして,
・十分な知識を有する専門医のもと,MRI ガイド下生検可能施設との連携を有する施設での施行が望ましい。
・乳癌・卵巣癌既発症のHBOC 患者に対しては保険適用でのMRI 検査が可能である。未発症のBRCA1/2 病的バリアント保持者においては現時点では自費診療となるため,遺伝カウンセリングや検診後のフォローアップ体制が整っている医療機関で実施することが望ましい。
としている。
NCCN ガイドライン27)では,BRCA1/2 病的バリアント保持者や家族歴から考えられる乳癌発症の生涯リスクが20%を超える者に対しての検査の推奨として,年1 回のマンモグラフィ(トモシンセシスを含む)を家族の乳癌発症年齢の10 年前から(ただし30 歳未満では行わない)あるいは40 歳からを行うことと,年1 回の造影乳房MRI 検査を家族の乳癌発症年齢の10 年前(ただし25 歳未満では行わない)あるいは40 歳から行うことを推奨している。造影乳房MRI の施行ができない場合には,造影マンモグラフィや乳房核医学検査を代替として行うことを推奨し,これらいずれの検査も受けられない場合には,乳房超音波を行うこととしている。
ESMO*のガイドライン28)では,HBOC 患者に対して年1 回の造影乳房MRI を最年少の罹患家族の5 年前,または遅くとも30 歳までに開始することを推奨している。BRCA1 病的バリアント保持者においては6 カ月ごとのスクリーニングを推奨するが,MRI を6 カ月ごとに行うのが困難な場合には年に一度のMRI の間に超音波またはマンモグラフィで補うことを考慮してもよいとしている。
* ESMO:European Society for Medical Oncology
感度,全生存率,偽陽性率に関して,長期の観察期間の研究の結果が望まれる。
わが国での造影乳房MRI によるサーベイランスの導入,実施状況や,乳癌既発症者,卵巣癌既発症,未発症者,およびBRCA1/2 の違いにおけるMRI サーベイランスの効果についてモニタリングしていく必要がある。また,未発症の男性のサーベイランスについても,どのような検査が行われ,乳癌検出および予後改善があったかについての調査を行う必要がある。
外部評価では内容に関する大きな指摘はなかった。
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造影乳房MRI が不可能:BRCA,breast neoplasms,surveillance,MRI,mammmography,tomosynthesis,ultrasonography,adverse event,cost,patient preference,patient satisfaction
文献検索式,エビデンス総体評価シート,システマティックレビューレポート,Evidence to Decisionフレームワークは,JOHBOC ホームページに掲載。