Ⅱ-6 皮膚癌領域
BRCA1/2 病的バリアント保持者の悪性黒色腫発症リスクに関してはBRCA2 において発症リスクが高まることが示唆されるものの,定期的な皮膚のサーベイランスを推奨するものではない。日本人におけるエビデンスが不足しているため,今後さらなる検討が望まれる。
BRCA1/2 病的バリアントの保持者は乳癌,卵巣癌以外のがんの発症リスクも高まることが知られている。皮膚癌の中では悪性黒色腫が最も多く研究されており,本BQ ではBRCA 病的バリアント保持者の悪性黒色腫発症リスクに関して検討した。
Mersch らは,BRCA1 およびBRCA2 病的バリアントを保持する乳癌・卵巣癌患者およびその家族993 人を対象として,他の悪性腫瘍の合併を後方視的に調べる手法で,BRCA1 の病的バリアント保持者の悪性黒色腫発生リスクが高い傾向があると報告している1)。同様にBRCA2 の病的バリアント保持者およびその家族3,728 人における研究では,前立腺癌,膵癌,胆嚢・胆道癌,胃癌とともに悪性黒色腫の発生リスクが高くなること〔相対リスク(relative risk:RR) 2.58;95%CI:1.28-5.17〕が示されている2)。皮膚ではないが,BRCA2 病的バリアント保持者においてブドウ膜黒色腫との発症リスクが高くなるとの報告もみられる3)4)。しかし,BRCA1 に関してはその他の研究では悪性黒色腫との関連は否定されており5)~9),BRCA2 においてもその後の複数の研究で悪性黒色腫の発生リスクとの関連は示されていない9)10)。
Debniak らは627 人のポーランド人悪性黒色腫患者におけるBRCA1/2 の病的バリアントを調べ,BRCA2-N991D バリアント(benign)の保持者が健常対象者と比べ有意に多かったと報告している11)。同様にイスラエル人ぶどう膜黒色腫患者143 人中4 人にBRCA2 6174 delT が見出されたことから両者の関連も示唆されているが12),385 人のぶどう膜悪性黒色腫においては病的意義不明のバリアント(variant of uncertain significance:VUS)が1 例のみしかみられなかったとの報告もある13)。
このようにBRCA1/2 病的バリアント保持者の悪性黒色腫発症リスクに関する研究は結果が一定せず,Gumaste らのレビューでもBRCA1 に関しては関連を裏付けるエビデンスはなく,BRCA2 に関してもエビデンスが不十分であるとしており14),2022 年のメタ解析においても両者の間に関連はないと結論付けている15)。
一方,これらの研究はほとんどが欧米人を対象としたものであり,欧米人には少ない末端部黒子型悪性黒色腫が多い日本人にその結果をそのまま適用できない可能性がある。日本人における同様の研究はいまだ少ないが,最近Minoura ら6)16)はBRCA1/2 の病的バリアントを有する123 例の乳癌患者の家族歴を調査し,BRCA1/2 野生型の乳癌患者の家族歴と比べたところ,BRCA1/2 の病的バリアントを有する患者の家族歴における皮膚癌の数が有意に高かったと報告している〔RR:5.06(95%CI:1.27-20.20)〕。ただし皮膚癌にどの程度,悪性黒色腫が含まれているかは不明である。
これらの知見を総合するとBRCA1/2 病的バリアント保持者において悪性黒色腫の発生リスクが高くなる可能性はあるものの,明確な関連性は示されておらず,現時点でBRCA1/2 病的バリアント保持者に対して悪性黒色腫の定期的サーベイランスを積極的に推奨するものではない。しかし,皮膚癌の検診は一般的にダーモスコピーを用い,非侵襲的で経済的にも患者負担が極めて少ない方法で行われる。患者の不安を軽減する効果も期待されるので,必要に応じて皮膚がん検診を行える環境整備は必要であろう。さらに,両者の関連性を明らかにするために,日本人のゲノムデータを用いた研究が望まれる。
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