一般集団を対象としたがんの疫学研究により,いわゆる散発性のがんに対する環境や生活習慣に関連したリスク因子が明らかにされてきた。一方,BRCA1/2 病的バリアント保持者を対象にした研究は少ないものの,それらのエビデンスは,BRCA1/2 病的バリアント保持者のがん予防を考えるうえでは必須である。本ガイドライン2021 年版では,乳癌および卵巣癌に関連する生活習慣についてFQとして取り上げた。今回は,他部位のがんにもレビュー対象を広げたが,前立腺癌を対象とする研究が1 件確認できたにすぎない。そこで本項は,2021 年版のFQ の記述をもとに,それ以降に出版された文献の情報を追加し,現状のエビデンスのまとめとした。
一般集団を対象とした疫学研究からのエビデンスの蓄積とその評価により,アルコールの摂取を控え,閉経後の肥満を避けるために体重を管理し,身体活動量を増すことが,乳癌予防には重要であることが示されている。BRCA1/2 病的バリアント保持者(特にBRCA1)における乳癌はホルモン受容体やHER2 が陰性のものが多く,ホルモン受容体の陽性と陰性ではリスク因子が異なることが指摘されていることを考慮すると,BRCA1/2 病的バリアント保持者のリスク因子は一般集団のものと異なる可能性がある。そこで本項では,特に変容可能な生活習慣に関するリスク因子として,体重・肥満度,身体活動,アルコール摂取,喫煙を取り上げ,さらに生殖に関連する因子として,経口避妊薬,出産歴,初産年齢,授乳について,現状のエビデンスを整理し,解説を加えた1)~4)。また一般集団におけるリスク因子との違いを考察する際の参考として,日本乳癌学会の「乳癌診療ガイドライン2022年版5)(一部の因子は2015年版6))」の評価結果を表1 5)6)にまとめた。
各項目について5~11 件程度の報告があったが,その多くは,遺伝性腫瘍を扱う医療機関においてBRCA1/2 の遺伝学的検査が実施され,病的バリアント保持者として登録された患者を対象としていた。その中で,乳癌の発症例に未発症例をマッチングして構築した症例対照研究,あるいは後向きまたは前向きコホート研究のデザインによる病的バリアント保持者コホートに基づく解析が行われていた。このように調査対象者の条件として遺伝学的検査が必須であるため,対象者の特性が検査を受ける理由により影響を受けている可能性は否定できない。また発症例と未発症例を対象とした症例対照研究の結果については,思い出しバイアスや選択バイアスの影響を考慮する必要がある。その他,発症例を対象にした場合には,その予後に関連する因子の影響,つまり生存バイアスも考慮する必要がある。したがって,結果の解釈のうえでは,このようなバイアスの影響を考慮することが重要である。
全般的にサンプルサイズが小さい研究が多く,それを克服するために多国間の多施設共同研究も実施されている。また病的バリアント保持者の登録数の増加に伴う再解析の結果も報告されており,先行研究の間で対象者が重複している研究があることに注意が必要である。その他,今回の検索では日本人の病的バリアント保持者を対象とした研究は見つからず,主に欧米人を対象とした研究結果に基づく解説である点には注意が必要である。現状のエビデンスと解釈のまとめを表2 に示したが,上記のような注意点を考慮して,慎重に受け止めることが肝要である。
体重・body mass index(BMI)に関しては5 件の報告があった。初期の小規模な研究からは,BMIとの間に関連がみられないという結果7),初経時あるいは21 歳時点で健康的な体重であった群の乳がん罹患年齢は,過体重・肥満の群に比べて有意に遅いという結果8)が報告されている。現時点では最大規模の症例数(1,073 例)を含む多国間の多施設共同症例対照研究では,18~30 歳の間の体重変化と乳がんリスクとの関連を検討し,体重変化が小さい群に比べて,減少した群では有意なリスク低下が観察された9)。この関連は,特に30~40 歳以下で診断された症例とBRCA1 病的バリアント保持者の群において有意な結果であった。また対象者全体では,体重増加との間に有意な関連は観察されなかったが,BRCA1 病的バリアント保持者の中で2人以上の出産歴がある人では,体重増加がリスク上昇と有意に関連していた。その後,フランス系カナダ人を対象にした症例対照研究から,18 歳または30 歳からの体重増加は有意なリスク上昇と関連していることが報告された10)。またオランダのBRCA1/2 病的バリアント保持者コホート研究では,閉経前の乳癌リスクとの間には関連はみられなかった。一方,閉経後についてはBMI および体重増加との間に有意ではないが正の関連がみられ,また体重が72 kg 未満の群に比べ,それ以上の群では有意なリスク上昇が観察された11)。
WCRF/AICR*の報告書によると,一般の乳癌においては,閉経後の肥満・成人になってからの体重増加はリスク因子であり,一方,閉経前の肥満は予防因子という評価である。また18~30 歳ごろの肥満は,閉経前・後いずれにおいても予防因子と評価されている。これは主に欧米人を対象とした疫学研究のエビデンスに基づいた国際的な評価であるが,日本人のエビデンスに基づく評価については,国立がん研究センター研究開発費による研究班「科学的根拠に基づくがんリスク評価とがん予防ガイドライン提言に関する研究」12)によると,閉経後の肥満は「確実」なリスク因子,閉経前の肥満はリスク因子として「可能性あり」という評価であり,閉経前は国際的評価と逆になっている。これは日本人を対象とした8 つのコホート研究からなるプール解析の閉経前を対象にした解析において,BMI が30 以上の群で有意なリスク上昇を観察した点を考慮したことによる。日本乳癌学会の診療ガイドライン5)においても同様の評価となっている。
このような一般集団を対象としたエビデンスの評価結果を踏まえ,BRCA1/2 病的バリアント保持者を対象にしたエビデンスを見直すと,研究数が少なく,閉経前後やBRCA1 とBRCA2 の病的バリアントによる違いなどの評価は困難であるが,全体として若いころの体重管理,特に体重増加に気を付けることが,その後の乳がんリスクの上昇を避けるうえで重要と考えられる。
WCRF/AICR:World Cancer Research Fund/American Institute for Cancer Research
身体活動に関しては5 件の報告がある。1つ目は,10 代に運動をしていない群に比べ,していた群の乳癌罹患年齢は有意に遅いという結果である8)。フランス系カナダ人を対象にしたケース・コントロール研究では,身体活動度との間に関連はみられなかったが10),オランダのBRCA1/2 病的バリアント保持者コホート研究では,身体活動度が高い群においてリスク低下が観察され,特に30 歳以前の身体活動において有意なリスク低下がみられた13)。多国間の多施設共同症例対照研究(443ペア)では,余暇時の身体活動を強度(中等度・高強度)と時期(12~17 歳,17~34 歳)に別けて評価し,乳がんリスクとの関連を検討した。その結果,12~17 歳時の中等度の身体活動度が高い群でのみ閉経前の乳癌リスクの有意な低下がみられ,他の組み合わせにおいては有意な関連は観察されなかった14)。また,米国,カナダ,オーストラリア,ニュージーランドのBreast Cancer Family Registry の登録者を追跡調査し,余暇時の身体活動度との関連を検討したところ,BRCA1 病的バリアント保持者では有意な関連がみられなかったが,BRCA2 病的バリアント保持者において有意な負の関連が観察された15)。
WRCF/AICR の報告書によると,身体活動は,閉経後は「ほぼ確実」な予防因子,閉経前では激しい身体活動が「ほぼ確実」な予防因子という評価である。また国立がん研究センターの研究班は予防因子として「可能性あり」と評価して12)おり,また日本乳癌学会の診療ガイドラインでは閉経前が「可能性あり」,閉経後は「ほぼ確実」と評価されている5)。
BRCA1/2 病的バリアント保持者を対象にしたエビデンスは5件と少ないが,そのうち4件が何らか形で「リスク低下」を示唆していることから,現時点では一般集団を対象としたエビデンスの評価結果と同様と解釈できると考える。
アルコール摂取に関しては5件の報告がある。フランス系カナダ人を対象にした症例対照研究では,アルコール摂取との間に関連はみられなかった10)。50 歳未満を対象にした多国間の多施設共同症例対照研究では,BRCA1 病的バリアント保持者の中ではアルコール摂取との間に関連はみられなかったが,BRCA2 病的バリアント保持者の解析においてアルコール摂取群での有意なリスク低下が観察された16)。多国間の多施設共同症例対照研究(症例数1,925 例)では,BRCA1 病的バリアント保持者の解析においてアルコール摂取群での有意なリスク低下が観察されたが,その一方でBRCA2 病的バリアント保持者の中では関連はみられなかった17)。またフランスのBRCA1/2 病的バリアント保持者コホート研究では,アルコール摂取との間に関連はみられなかった18)。2020 年に出版された3つのBRCA1/2 病的バリアント保持者コホート研究のプール解析では,調査時を起点に前向きおよび後ろ向きのデザインによる解析を実施している19)。前向きデザインの解析では,いずれの病的バリアント保持者においてもアルコール摂取との間に有意な関連は観察されなかった。一方,後ろ向きデザインによる解析では,BRCA2 病的バリアント保持者では関連を認めなかったが,BRCA1 病的バリアント保持者においてアルコール摂取群での有意なリスク低下がみられた。BRCA1 病的バリアント保持者において,解析デザインにより結果が異なる理由として,後ろ向きデザインにおける生存バイアスの影響が指摘されている。
WRCF/AICR の報告書によると,アルコール摂取は,閉経前が「ほぼ確実」,閉経後は「確実」なリスク因子である。国立がん研究センターの研究班では閉経前が「ほぼ確実」,閉経後は「データ不十分」との評価である12)が,日本乳癌学会の診療ガイドラインではリスク因子として閉経前が「可能性あり」,閉経後は「確実」と評価している5)。
BRCA1/2 病的バリアント保持者を対象にしたエビデンスをみる限り,現時点では「リスク上昇」を示す研究がなく,むしろ「リスク低下」を示唆する結果もあることから一般集団での評価とは異なる可能性が考えられる。しかし,乳癌以外の疾病予防も考慮すると,前述の国立がん研究センターの研究班が提言する「日本人のためのがん予防法」に示された「飲むなら,節度のある飲酒をする。飲む場合はアルコール換算で1日あたり約23 g 程度(日本酒1 合)まで」12)が参考となる。
喫煙についての報告は9 件であった。米国,カナダの症例対照研究(186 ペア)において,非喫煙者に比べ喫煙者(過去・現在)の乳癌リスクは有意に低いことが観察された20)。その後,これらの対象者を含め,11カ国の多国間の多施設共同症例対照研究(1,097 ペア)が実施されたが,喫煙との間に有意な関連はみられなかった21)。さらに対象者を蓄積し,2,538 ペアで解析を行ったところ,全体としては有意な関連はみられなかったものの,BRCA1 病的バリアント保持者の解析において,過去喫煙者は非喫煙者に比べ有意なリスク上昇が観察された22)。また,Ghadirian ら21)とGinsburg ら22)の研究対象者を一部含む病的バリアント保持者コホートを前向きに追跡し,喫煙と乳癌リスクとの関連を検討したところ,喫煙期間が18 年以上,pack-years が9.8 以上の群で有意なリスク上昇が観察された23)。
その他,米国,カナダのBRCA1 病的バリアント保持者を対象にしたコホート研究においても,非喫煙者に比べ喫煙者(過去・現在)では乳癌リスクの有意な低下が観察された24)。一方,ポーランドのBRCA1 病的バリアント保持者を対象にした症例対照研究では,喫煙との間に関連は観察されなかったが25),50 歳以下の非ヒスパニック系のBRCA1/2 病的バリアント保持者を対象とした多国間の多施設共同症例対照研究では,いずれの病的バリアント保持者においても喫煙者における有意なリスク上昇がみられた26)。フランスのBRCA1/2 病的バリアント保持者コホート研究では,非飲酒者を対象にした解析において喫煙者における有意なリスク上昇が観察されたが,飲酒者を対象にした解析では関連はみられなかった18)。これはBRCA1 病的バリアント保持者に限っても同様の結果であった。BRCA2 病的バリアント保持者については,飲酒の有無による喫煙の影響の違いはみられず,pack-years が21 以上の群で有意なリスク上昇が観察された。2020 年に出版された3つのBRCA1/2 病的バリアント保持者コホート研究のプール解析では,調査時を起点に前向きおよび後ろ向きのデザインによる解析を実施している19)。全体として,解析デザインによらず,またいずれの病的バリアント保持者においても喫煙との間に有意な関連は観察されなかった。しかし,初産前に5年以上喫煙している群におけるリスク上昇が観察された。これは,病的バリアントによらず後ろ向きデザインの解析では有意な結果であり,また前向きデザインの解析でもリスク上昇を示唆する結果であった。
国際がん研究機関による発がん性評価に関する2012 年の報告書において,喫煙は「限定的な証拠あり」という評価であり,リスク因子の可能性が指摘されている27)。また,国立がん研究センターの研究班でも「可能性あり」と評価されており12),日本乳癌学会の診療ガイドラインではリスク因子として「ほぼ確実」という評価であった5)。
BRCA1/2 病的バリアント保持者を対象にしたエビデンスをみると,「リスク上昇」と「リスク低下」の相反した結果が示されていることから評価は困難である。しかし,喫煙に関しては他の疾患への影響も考慮すると,「日本人のためのがん予防法」に示された「たばこは吸わない。他人のたばこの煙をできるだけ避ける。」が参考となる。
経口避妊薬の使用に関しては10件の報告があった。ノルウェーとポーランドのBRCA1 病的バリアント保持者を対象にした症例対照研究25)28),および12カ国の多国間の多施設共同症例対照研究29)の3件の研究では,経口避妊薬の使用歴との間に有意な関連は観察されなかった。特に3つ目の多国間の多施設共同症例対照研究では,BRCA1 病的バリアントのペアが1,847,BRCA2 病的バリアントのペア数が714と,先行研究の中では比較的規模が大きい研究であった。一方,残りの7件は経口避妊薬の使用歴がある群でのリスク上昇を報告している。11カ国の多国間の多施設共同症例対照研究では,BRCA2 病的バリアント保持者(330 ペア)の中では関連はみられなかったものの,BRCA1 病的バリアント保持者(981 ペア)において経口避妊薬の使用歴がある群の有意なリスク上昇が観察された30)。同様に13カ国の多国間の多施設共同症例対照研究(2,492 ペア)では,BRCA1 病的バリアント保持者において経口避妊薬の使用歴がある群の有意なリスク上昇がみられた31)。また,50歳以下の非ヒスパニック系のBRCA1/2 病的バリアント保持者を対象とした多国間の多施設共同症例対照研究では,BRCA1病的バリアント保持者の中では関連はみられなかったが,BRCA2 病的バリアント保持者のうち5年以上の使用歴がある群で有意なリスク上昇がみられた32)。英国,フランス,オランダにおけるBRCA1/2 病的バリアント保持者を対象としたコホート研究では,いずれの病的バリアントにおいても使用期間が長い群での有意なリスク上昇が観察された33)。同様にユダヤ人のBRCA1/2 病的バリアント保持者を対象としたコホート研究でも,病的バリアントにかかわらず使用歴がある群で有意なリスク上昇がみられた34)35)。2018 年に出版された3つのBRCA1/2 病的バリアント保持者コホート研究のプール解析(BRCA1 病的バリアント保持者6,030 人,BRCA2 病的バリアント保持者3,809 人)では,調査時を起点に前向きおよび後ろ向きのデザインによる解析を実施している36)。BRCA1 病的バリアント保持者における後ろ向きデザインによる解析では,経口避妊薬の使用歴がある群での乳癌リスクの上昇を観察したが,前向きデザインによる解析では有意な関連はみられず,生存バイアスの可能性が疑われる結果であった。BRCA2 病的バリアント保持者では,解析デザインによらず使用歴がある群において有意なリスク上昇がみられた。しかし,後ろ向きデザインによる解析において,生存バイアスの影響を小さくすることを目的とした解析では有意な関連を認めず,解釈が難しい結果であった。
一般集団を対象にした疫学研究の大規模なメタ解析によると,経口避妊薬を現在使用している人は有意なリスク上昇がみられ,使用中止後10年以上経過した群ではリスク上昇がみられなくなるという報告がある37)。国際がん研究機関の発がん性評価の報告書においても「発がん性あり」という評価であり38),日本乳癌学会の診療ガイドラインではリスク因子として「可能性あり」という評価である5)。
前述のBRCA1/2 病的バリアント保持者を対象にしたエビデンスについては「リスク上昇」を示す研究が多く,概して一般集団を対象にしたエビデンスと矛盾しない結果と考える。したがって,その使用についてはその他の利益・不利益なども考慮し,慎重に検討すべきである。
出産歴および出産数に関しては11 件の報告があった。初期の北米の症例対照研究において,出産数が多い群で有意なリスク上昇が観察された39)。その後,対象者数を蓄積するとともに調査地域を拡大して,多国間の多施設共同症例対照研究で検討したところ,BRCA1 病的バリアント保持者の中では出産数が4人以上の群で有意なリスク低下がみられ,一方,BRCA2 病的バリアント保持者では,出産数の増加に伴い有意なリスク上昇がみられた40)。その他,ポーランドのBRCA1 病的バリアント保持者を対象にした症例対照研究でも出産数の増加に伴う有意なリスク上昇がみられた25)。また先行研究の中では最大規模の症例数を含む多国間の多施設共同症例対照研究(BRCA1 病的バリアント保持者1,847 ペア,BRCA2 病的バリアント保持者714 ペア)では,変異にかかわらず,未経産に比べ出産数が1人または2人の群で有意なリスク上昇がみられ,4人以上では関連はみられなかった29)。その他,残りの7件の研究のうち,2件は関連なし7)41),5件は出産数が多い群でのリスク低下を報告している。北米におけるBRCA1 病的バリアント保持者を対象にした症例対照研究では,出産数の増加による有意なリスク低下がみられた42)。英国,フランス,オランダにおけるBRCA1/2 病的バリアント保持者を対象としたコホート研究では,全体として出産数が多い群で有意なリスク低下が観察され,病的バリアント別の検討では統計的に有意な結果ではなかったが傾向は同様であった43)。スペインにおけるBRCA1/2 病的バリアント保持者を対象としたコホート研究でも,これと同じ結果であったが44),フランスにおけるBRCA1/2 病的バリアント保持者を対象としたコホート研究では病的バリアント別の解析でも有意なリスク低下がみられた45)。また,英国におけるBRCA1/2 病的バリアント保持者を対象としたコホート研究でも,同様の結果であったが,対象者全体とBRCA1 病的バリアント保持者を対象にした解析で有意なリスク低下がみられた46)。
一般集団を対象にした疫学研究の大規模なメタ解析によると,出産歴なしに比べ,ありの群では有意なリスク低下がみられ,出産1 回あたりのリスク低下は7%という結果であった47)。日本乳癌学会の診療ガイドラインでもリスク低下は「確実」という評価である6)。一方,BRCA1/2 病的バリアント保持者を対象にしたエビデンスについては,「リスク上昇」と「リスク低下」の相反した結果が示されていることから評価は困難である。
初産年齢については9件の報告があった。初期の小規模な研究では,初産年齢との間に有意な関連は観察されていないが7)42)48),そのうちの1件では初産年齢の遅い群におけるリスク低下の傾向を報告している48)。その後,英国,フランス,オランダにおけるBRCA1/2 病的バリアント保持者を対象としたコホート研究では,BRCA1 病的バリアント保持者を対象にした解析で,初産年齢が20 歳未満に比べて30 歳以上の群で有意なリスク低下を観察した43)。一方,BRCA2 病的バリアント保持者を対象にした解析では,逆に,20~24 歳と25~29 歳の群で有意なリスク上昇がみられた。初産年齢が遅い群でのリスク低下は,スペインとフランスにおけるBRCA1/2 病的バリアント保持者を対象としたコホート研究でも観察されており18)44),スペインではBRCA1 病的バリアント保持者を対象にした解析で20 歳未満に比べて30 歳以上の群のリスクは有意でないものの低下傾向がみられた44)。またフランスの研究では,いずれの病的バリアントにおいても有意ではないが25~29 歳と30 歳以上の群でリスク低下の傾向がみられた18)。このように,特にBRCA1 病的バリアント保持者では,初産年齢が遅い群におけるリスク低下に比較的一致がみられるものの,比較的規模が大きい多国間の多施設共同症例対照研究(1,853 ペア)では,いずれの病的バリアント保持者においても初産年齢と乳癌リスクとの間には有意な関連は観察されなかった49)。また,北米におけるBRCA1/2 病的バリアント保持者を対象にした症例対照研究において,初産年齢が30 歳以上の群で有意なリスク上昇がみられた41)。さらに英国におけるBRCA1/2 病的バリアント保持者を対象としたコホート研究では,BRCA1 病的バリアント保持者を対象にした解析では初産年齢との間に関連は観察されず,BRCA2 病的バリアント保持者を対象にした解析において,30 歳以上の群で有意なリスク上昇がみられた46)。
一般集団を対象にした疫学研究の大規模なメタ解析によると,初産年齢が遅い群に比べ早い群では有意なリスク低下がみられ,1歳早くなるごとのリスク低下は3%という結果であった47)。日本乳癌学会の診療ガイドラインでも初産年齢が遅いことはリスク因子として「確実」という評価である6)。一方,BRCA1/2 病的バリアント保持者を対象にしたエビデンスについては,「リスク上昇」と「リスク低下」の相反した結果が示されていることから評価は困難である。
授乳歴については6件の報告があった。北米,ヨーロッパ,イスラエルの多国間の多施設共同症例対照研究(BRCA1 病的バリアント保持者685 ペア,BRCA2 病的バリアント保持者280 ペア)において,BRCA1 病的バリアント保持者を対象にした解析で,授乳歴がない群に比べ授乳歴が1年以上の群で有意なリスク低下を観察したが,BRCA2 病的バリアント保持者を対象にした解析では有意な関連はみられなかった50)。その後,7カ国に拡大した多国間の多施設共同症例対照研究(BRCA1 病的バリアント保持者1,243 ペア,BRCA2 病的バリアント保持者422 ペア)においても同様の結果が観察された51)。その他,ポーランドのBRCA1 病的バリアント保持者を対象にした症例対照研究25),先行研究の中では最大規模の症例数を含む多国間の多施設共同症例対照研究(BRCA1 病的バリアント保持者1,847 ペア,BRCA2 病的バリアント保持者714 ペア)においても,同様にBRCA1 病的バリアント保持者のみで授乳期間が長い群でのリスク低下がみられた29)。一方で,英国,フランス,オランダにおけるBRCA1/2 病的バリアント保持者を対象としたコホート研究43)やフランスにおけるBRCA1/2病的バリアント保持者を対象としたコホート研究45)では,いずれの病的バリアントにおいても授乳歴との間に有意な関連は観察されなかった。
WRCF/AICR の報告書によると,授乳は「ほぼ確実」な予防因子である。国立がん研究センターの研究班では「可能性あり」との評価であるが12),日本乳癌学会の診療ガイドラインでは「確実」と評価されている6)。前述のBRCA1/2 病的バリアント保持者を対象にしたエビデンスについては,「リスク低下」か「関連なし」であり,必ずしも一致した結果とはいえないものの,概して一般集団を対象にしたエビデンスと矛盾しない結果と考える。
WCRF/AICR の報告書では,BRCA1/2 病的バリアント保持者の卵巣癌に限らず一般的な卵巣癌のリスク因子として肥満は「ほぼ確実」な因子と評価されているが,アルコール摂取や身体活動については評価が定まっていない。また国際がん研究機関の評価によると喫煙は卵巣癌(粘液性)の「確実」なリスク因子である。生殖に関連する因子としては,出産歴あり(出産数が多い),授乳歴あり,経口避妊薬の使用者は,卵巣がんのリスク低下に関連するといわれている。前述の乳癌と同様に,特に変容可能な生活習慣に関するリスク因子として,体重・肥満度,身体活動,アルコール摂取,喫煙を取り上げ,さらに生殖に関連する因子として,経口避妊薬,出産歴,初産年齢,授乳についてレビューを実施した。その結果,各項目について0~10 件程度の報告があった。研究デザイン上の特徴とそれに伴う結果の解釈における注意点は,乳癌の項(前述)を参照されたい。
体重・BMIに関しては3件の報告があった。多国間の多施設共同症例対照研究において,18歳時,30歳時,40歳時のBMI と卵巣がんリスクとの間に有意な関連はみられなかった52)。同様に18~30 歳の間,30~40 歳の間,18~40 歳の間の体重変化との間にも有意な関連は観察されなかった。BRCA1/2 病的バリアント保持者22,588 人(うち卵巣癌2,923 例)を対象とした大規模国際共同研究〔Consortium of Investigators for the Modifiers of BRCA1/2(CIMBA)〕において,BMIは卵巣がんリスクとの間に有意な関連は観察されなかった53)。しかし,閉経前女性を対象にした解析および非漿液性腺癌(粘液性腺癌,類内膜腺癌,明細胞腺癌,その他の組織型)を対象にした解析において,BMIの増加に伴う有意なリスク上昇がみられた。また,多国間の多施設共同研究によるBRCA1/2 病的バリアント保持者を対象としたコホート研究においても,18歳時のBMI との間に有意な関連はみられなかったが,体重変化については,±5kgを基準とした場合に20kg以上の増加がみられた群では,卵巣がんリスクの有意な上昇を観察した54)。
身体活動に関する文献は確認できなかった。
アルコール摂取に関する文献は確認できなかった。
喫煙についてはこれまでに2件の報告があった。ポーランドのBRCA1 病的バリアント保持者を対象にした症例対照研究においては,喫煙と卵巣癌リスクとの間には有意な関連は観察されなかった25)。一方,多国間の多施設共同研究によるBRCA1/2 病的バリアント保持者を対象としたコホート研究においては,喫煙期間が10年以上,pack-years が4.3以上の群で有意なリスク上昇が観察された23)。
経口避妊薬の使用に関しては10件の報告があった。このうち1件の研究では,経口避妊薬の使用歴と卵巣がんリスクとの間に有意な関連は観察されなかった55)。一方,残りの9件では,使用歴がない群に比べてありの群において有意なリスク低下がみられた23)56)~63)。比較的多くの症例を含む多国間の多施設共同症例対照研究(症例数1,329例)では,BRCA1/2 病的バリアントのうちいずれのバリアントにおいても,使用歴がある群において有意なリスク低下が観察された。また,BRCA1 病的バリアント保持者の解析では使用期間1年以上の群において,またBRCA2 病的バリアント保持者の解析では使用期間が3年以上の群で有意なリスク低下がみられた61)。この研究からさらに症例を追加した最近の研究(症例数1,650例)でも,病的バリアントによらず使用歴がある群における有意なリスク低下を認めた63)。
国際がん研究機関による発がん性評価に関する報告書では,経口避妊薬の使用は卵巣癌の「確実」な予防因子と評価されていることから,BRCA1/2 病的バリアント保持者を対象にしたエビデンスの結果は,一般集団を対象としたエビデンスの評価結果と一致していた38)。
出産歴および出産数に関しては9件の報告があった。初期の北米の症例対照研究において,出産数の増加に伴い卵巣癌リスクの有意な上昇がみられた42)。多国間の多施設共同症例対照研究では,BRCA1 病的バリアント保持者の解析において出産歴がある群の有意なリスク低下と出産数の増加に伴う有意なリスク低下が観察されたが,BRCA2 病的バリアント保持者の解析では出産歴がある群で有意なリスク上昇がみられ,出産数との間には有意な関連は観察されなかった59)。多国間の多施設共同のBRCA1/2 病的バリアント保持者コホート研究では,出産歴との間に有意な関連はみられなかったが,出産歴がある群においては出産数の増加に伴い有意なリスク低下が観察された60)。スペインのBRCA1/2 病的バリアント保持者コホート研究では,BRCA1 病的バリアント保持者の解析では出産歴がある群で有意なリスク低下がみられたが,BRCA2 病的バリアント保持者の解析では有意な関連はみられなかった44)。比較的多くの症例を含む多国間の多施設共同症例対照研究(症例数1,329例)では,BRCA1 病的バリアント保持者の解析において,出産歴との間に関連はみられなかったが出産数の増加に伴う有意なリスク低下が観察された61)。また,BRCA2 病的バリアント保持者の解析では出産歴と出産数のいずれも有意な関連は観察されなかった。さらにこの研究に症例を追加した最近の研究(症例数1,650例)でも,BRCA1/2 病的バリアント保持者は出産歴との間に有意な関連はみられなかった63)。その他,残り3件においては,出産歴および出産数に関して有意な関連は観察されなかった25)55)62)。このように「リスク上昇」と「リスク低下」の相反する結果が示されていることから評価は困難である。
初産年齢については5件の報告があった。このうち4件の研究では,初産年齢と卵巣癌リスクとの間に有意な関連は観察されなかった42)60)~62)。一方,スペインのBRCA1/2 病的バリアント保持者コホート研究では,BRCA1 病的バリアント保持者の解析において,初産年齢が5歳増えるごとに有意なリスク低下がみられた44)。ただし,BRCA2 病的バリアント保持者の解析では有意な関連は観察されなかった。
授乳歴については6件の報告があった。このうち3件の研究では,授乳歴と卵巣癌リスクとの間に有意な関連は観察されなかった25)60)62)。McLaughlinらによる多国間の多施設共同症例対照研究では,BRCA1 病的バリアント保持者の解析において授乳歴がある群における有意なリスク低下がみられたが,BRCA2 病的バリアント保持者の解析では有意な関連は観察されなかった59)。その後,研究を拡大し,症例数を増やした研究により,いずれの病的バリアント保持者の解析においても授乳歴がない群に比べて,12カ月以上の授乳歴がある群では,有意なリスク低下が観察された61)。さらにこの研究に症例を追加した最近の研究(症例数1650例)でも,いずれの病的バリアント保持者においても授乳歴ありの群では有意なリスク低下を認めている63)。
これまでのところ文献データベース検索により確認できた文献は,前立腺癌のリスク因子に関する研究1件のみであった。米国で実施されたBRCA1/2 病的バリアント保持者42人(うち前立腺癌既往者13 人)を対象にした調査において,身体活動,コーヒー摂取,アスピリンの服用は前立腺癌のリスク低下と有意に関連していた64)。一方,喫煙と飲酒との間には有意な関連は観察されなかった。
BRCA1/2 病的バリアント保持者を対象にリスク因子を検討した研究の中では,乳癌に関する研究が最多であるが,評価の観点からはまだ十分とはいえず,各研究における対象者数も少ないことから,解釈には限界がある。しかし,体重・肥満度(体重増加ありでリスク上昇),身体活動(活動度が高い群でリスク低下),経口避妊薬の使用(使用者でリスク上昇),授乳歴(ありでリスク低下)については,一般集団を対象としたエビデンスの評価結果に矛盾しない結果であった。一方,アルコール摂取(摂取群でリスク低下)は,一般集団を対象とした研究結果と異なる可能性が示唆され,また喫煙,出産歴,初産年齢は,結果が一致していないことから評価は困難であった。ただし,アルコール摂取および喫煙については乳癌以外の疾病予防も考慮して,「節度のある飲酒」,「タバコは吸わない」ということが大切である。
乳癌に比べてBRCA1/2 病的バリアント保持者における卵巣がんのリスク因子に関するエビデンスは乏しく,特に生活習慣に関する因子については評価が困難であった。また,生殖に関連する因子のうち出産歴では,結果が一致せず評価が困難であった。一方,経口避妊薬の使用者における卵巣癌リスクの低下は多くの研究で一致して観察され,一般集団を対象にしたエビデンスの評価結果とも一致していた。
現時点では,前立腺癌のリスク因子に関する研究が1 件存在するのみであった64)。