Ⅱ-3 卵巣癌領域
BRCA1/2 病的バリアントを有し妊孕性温存を希望する卵巣癌患者に,卵巣温存の術式や化学療法の省略が推奨されるかどうかに関するエビデンスはないのが現状である。
「卵巣がん・卵管癌・腹膜癌治療ガイドライン2020 年版」1)では,妊孕性温存を希望する患者に,ⅠA 期かつ組織学的異型度が低い非明細胞癌の場合は,妊孕性温存治療を推奨している。BRCA1/2 病的バリアントを有する卵巣癌患者に卵巣温存の術式や化学療法の省略が推奨されるか検討する。
卵巣癌の妊孕性温存治療に関する34 報告,のべ1,092 人を解析したシステマティックレビューによると,再発率はⅠA 期ではGrade 1 が7%,Grade 2 が11%,Grade 3 が29%,ⅠC 期ではGrade 1 が11%,Grade 2 が11%,Grade 3 が23%であった2)。また別の報告では,ⅠC 期の明細胞癌とすべてのⅠ期Grade 3 症例は特に予後不良であることが示された3)。これらの報告が根拠となり,「卵巣がん・卵管癌・腹膜癌治療ガイドライン」では,妊孕性温存を目的とした卵巣温存の術式が適応される病理組織学的な条件として,「ⅠA 期(腫瘍が一側の卵巣に限局)かつ組織学的異型度が低い(Grade 1/2)非明細胞癌の場合は,妊孕性温存治療を推奨する」,「ⅠC1 期(腫瘍が一側の卵巣に限局し,手術操作による被膜破綻)かつGrade 1/2 の非明細胞癌の場合,あるいはⅠA 期の明細胞癌の場合は,妊孕性温存治療を提案する」としている1)。卵巣温存の術式が適応されるためには,上記の病理組織学的条件を満たすことに加えて,患者本人が妊娠可能な年齢で妊孕性温存を強く希望している,患者と家族が卵巣癌,妊孕性温存治療,再発の可能性について十分理解している,治療後に長期にわたる厳重な経過観察に同意している,等の臨床的条件も満たす必要がある。
「卵巣がん・卵管癌・腹膜癌治療ガイドライン」では,卵巣温存の術式について,「妊孕性温存における基本的な術式として,患側付属器摘出術+大網切除術+腹腔細胞診に加えて腹腔内精査を実施することを推奨する」,「進行期決定開腹手術として,症例に応じて進行期決定のために対側卵巣の生検,骨盤・傍大動脈リンパ節生検(郭清),腹腔内各所の生検を実施することを提案する」としている1)。卵巣予備能低下および術後癒着による不妊症を避けることを考慮し,肉眼的に正常な対側卵巣生検の省略は許容される。また,リンパ節郭清は転移の確率が低いと判断された場合には,生検にとどめることは許容される。一方,漿液性癌と明細胞癌ではリンパ節転移がそれぞれ30%前後4)~6)と数%から30%近く4)~7)と報告されており,この2 つの組織型ではリンパ節郭清の省略は奨められない。
また,卵巣温存の術式を施行した卵巣癌に対する初回化学療法について,「術後の初回化学療法は,標準術式を行った場合と同様に対応することを推奨する」としており1),手術によって確定したⅠC 期とⅠA・ⅠB 期の高異型度の非明細胞癌または明細胞癌に対して,術後化学療法を行うことを推奨し ている。
わが国の卵巣癌におけるBRCA1/2 病的バリアント保持率に関する大規模調査(Japan CHARLOTTE study)では,Ⅰ期の236 例中3.4%でBRCA1/2 病的バリアントを認め,高異型度漿液性癌,類内膜癌,明細胞癌がそれぞれ2.1%,0.8%,0.4%であった8)。これらの症例の一部は妊孕性温存治療を推奨または考慮する病理組織学的条件を満たしていると考えられる。一方,Japan CHARLOTTE study では研究対象の平均年齢が56.9 歳で,41 歳未満は全体の6.4%であったことから,これらの症例の中に卵巣温存の術式が適応される臨床的条件も満たす症例が含まれていた可能性は低い。このようにBRCA1/2 病的バリアントを保持する卵巣癌患者で,本FQ に該当する症例は稀であると考えられる。実際,本FQ を検討するにあたりシステマティックレビューを行ったが,BRCA1/2 病的バリアントを保持する卵巣癌患者に対する卵巣温存の術式や初回化学療法の省略に関する研究結果は報告されていない。したがって,BRCA1/2 病的バリアントを保持する卵巣癌患者に対し,「卵巣がん・卵管癌・腹膜癌治療ガイドライン」で示される妊孕性温存治療が適応可能であることを支持する根拠に乏しい。
BRCA1/2 病的バリアントを保持する卵巣癌患者に対し,妊孕性温存治療を検討するにあたり,以下の事項に留意が必要である。第一に,BRCA1/2 病的バリアント保持者において卵巣予備能低下,不妊,早発卵巣不全との関連性を示唆する報告が複数出されている9)~12)。第二に,温存した対側の卵巣に対する採卵は,対側卵巣に転移があった場合,腹腔内に播種させるリスクがある。また卵巣組織内に存在する微小残存がん病巣の懸念があることから,卵巣組織凍結については極めて慎重な姿勢と倫理的な議論が必要である。第三に,体外受精によって得られた胚の遺伝子や染色体を解析して診断する着床前遺伝学的検査は,遺伝性疾患の遺伝を回避する生殖オプションの1 つであるが,対象が限定されていることを知っておく必要がある。日本産科婦人科学会の見解では,「原則,成人に達する以前に日常生活を強く損なう症状が出現したり,生存が危ぶまれる状況になり,現時点でそれを回避するために有効な治療法がないか,あるいは高度かつ侵襲度の高い治療を行う必要がある状態」にある場合を検査の対象としており,現段階でわが国においてBRCA1/2 病的バリアント保持者が対象に含まれるとは考えづらい13)。BRCA1/2 病的バリアントを保持する卵巣癌患者に対して妊孕性温存治療を検討する場合,これらについても十分に議論を行ったうえで,個別に適応について検討する必要がある。
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