Ⅱ-1 遺伝子診断・遺伝カウンセリング領域
遺伝性腫瘍に関わる遺伝カウンセリングでは,クライエントに関わる遺伝性腫瘍の鑑別,評価を行い,その遺伝性腫瘍に関する情報提供を行う。さらには,遺伝性腫瘍の発症に関与する遺伝子の遺伝学的検査の内容とその後のサーベイランスやリスク低減手術等を含めた医学的管理の重要性を,クライエントが十分に理解し納得したうえで,自律的に意思決定するために必要な支援を提供することが推奨される。
遺伝カウンセリングで情報提供される代表的な事項として,
があげられる。
情報提供の際には,クライエントに様々な心理的反応があることにも配慮し,クライエントの心情に寄り添い安心できる場の提供となる心理的支援も重要である。
遺伝性腫瘍に関わる遺伝カウンセリングでは,来談に至るまでの経緯が多様である。例えば,既往歴,家族歴等から遺伝性腫瘍のリスク評価を行う従来からのアプローチに加えて,PARP 阻害薬の適応を判断するためにBRCA 遺伝学的検査を実施するケース,HRD 検査で遺伝性の乳癌・卵巣癌が推定されるケース,免疫チェックポイント阻害薬の適応を判断するためのマイクロサテライト不安定性検査やミスマッチ修復タンパク質の免疫組織化学検査からLynch 症候群が疑われるケース,CGP 結果から生殖細胞系列由来病的バリアントの存在が推定ないしは確定されるケース等,がある。遺伝性腫瘍の遺伝カウンセリングでは,これらの多様な経緯に対応し,かつ,クライエントおよび血縁者の知識や理解の各段階に応じた情報が,必要に応じて適切な職種の専門家を交えながら提供される必要がある。
遺伝性腫瘍の遺伝カウンセリングでは以下の事項(表1)等に関する情報提供を行う1)2)。これらは,クライエントの臨床的背景や検査実施状況等に応じた内容が求められる。遺伝カウンセリングの中で遺伝学的検査の実施を検討する場合,検査の対象となる遺伝子は状況により異なる(遺伝BQ2 参照)。
遺伝カウンセリングでクライエントの質問に対して的確な情報提供を行い遺伝学的検査に至ることは,個人および家系内のリスクに関する不確実性を解決し,将来の健康管理の意思決定を導くための情報を得る機会となる3)。
固形腫瘍患者集団を対象としてMGPT(76 遺伝子または83/84 遺伝子)が行われた研究では,遺伝性腫瘍の原因遺伝子に病的バリアントを認めた患者の約半数が既存のガイドラインで規定された遺伝学的検査実施基準を満たさないことが示されている4)5)。遺伝性腫瘍を積極的に疑わない患者でも遺伝性腫瘍の原因遺伝子に病的バリアントを認めることがあることを,クライエントおよび医療者が意識しておくことは重要である。
がん既発症者における遺伝性腫瘍の遺伝学的確定診断や,CGP 検査など,がん診療における多様な場面で遺伝子関連検査が提供される。特に,BRCA 遺伝学的検査は,保険診療として実施可能となって以降,広く行われるようになっている(遺伝BQ1 参照)。すなわち,腫瘍スタッフ主導による遺伝学的検査の流れも実臨床では重要である。遺伝医療専門家ではなく,腫瘍スタッフによりBRCA 遺伝学的検査を提供された乳癌患者・卵巣癌患者や腫瘍スタッフの経験を評価した研究によると,全体としては検査実施のフローは患者と臨床医の両方に受け入れられ,実行可能であることが報告されている6)。Royal Marsden Hospital の報告では,トレーニングを受けた腫瘍スタッフによるBRCA 遺伝学的検査説明時には,表2 の情報が提供されていた7)8)。
遺伝医療専門家が関与せずに遺伝学的検査が提供された,もしくは,フォローアップや家系員に対する検査のためのリソースや専門知識を備えていない施設で検査実施された際,特に以下に該当する場合は遺伝医療専門家への紹介が望まれる9)。
遺伝情報を知ることで社会的不利益を受けることを心配するクライエントに対しては,心配や不安を一緒に整理し,ともに解決策を見出していきたいことを明確に伝える必要がある。2023 年6 月には「良質かつ適切なゲノム医療を国民が安心して受けられるようにするための施策の総合的かつ計画的な推進に関する法律」(ゲノム医療推進法)が成立した。本法律では,生まれながらに固有で子孫に受け継がれ得る個人のゲノム情報の保護を十分に図り,当該ゲノム情報により不当な差別が行われることがないようにすることを,基本理念として記している。ゲノム医療推進法成立に先んじて発出された日本医学会・日本医学会連合・日本医師会の「『遺伝情報・ゲノム情報による不当な差別や社会的不利益の防止』についての共同声明」(2022 年4 月)を受け,一般社団法人生命保険協会,一般社団法人日本損害保険協会および一般社団法人日本少額短期保険協会は,生命保険の加入や支払いの審査で遺伝学的検査結果等の遺伝情報の収集や利用はしない旨を周知する文書を作成・公表している(2022 年5 月,7 月)。また,遺伝情報は,労働安全衛生法令において事業者が直接取り扱うことについて規定されていない健康情報であるため,事業者はあらかじめ労働者に利用目的等を周知し,本人の同意を得て収集する必要がある情報とされている。これらの事項も遺伝カウンセリングで提供される情報となる。
遺伝学的検査結果や遺伝カウンセリング記録は,本人の医療および血縁者の医療,さらには多職種連携にとって重要な情報となるため,他の検査結果や診療記録と同様に,原則として診療録に保管する。
家系内で遺伝性腫瘍の病的バリアント保持者が判明している場合,腫瘍未発症者に対して発症前診断を目的とした検査が提供されることがある。発症前診断については,家系内で認められている病的バリアントの特性や各種疾患ガイドラインを参照しながら,実施について検討することが重要である。また,幼少~青年期でのスクリーニングやがんリスク低減戦略がない疾患(例えば,成人期以降で発症するとされる遺伝性腫瘍で,成人期以前で特別な対策がないもの)では,未成年での検査は提供されないことが一般的である。BRCA1/2 においては,病的バリアント保持者での乳癌,卵巣癌の発症は20 歳以下では稀であること11)や自分の意思での受検が前提であることから,BRCA 遺伝学的検査の実施は一般的に成人年齢以降で考慮される。
遺伝学的検査結果の開示は,原則として検査を受けた本人に行う。また,血縁者への結果伝達は,クライエント本人から血縁者へ行われることを原則とするが,クライエントの状況によっては医療者から伝達することも必要となることがある。家族(代理人)に連絡をするのは,診療科担当医か,遺伝カウンセリングを担当する部門かは,医療者と患者や家族(代理人)との関係や,患者の病状の説明の必要性等を考慮し症例毎に判断することが求められる。そのため,解析結果を伝えてよい家族(代理人)の連絡先を同意書に記載してもらうことができるような様式を用意しておくことが望ましい12)。
遺伝カウンセリングでは,クライエント本人の感情的な反応,理解度,本人の置かれている状況や取り巻く状況,本人のコーピング手段などに,医療者が配慮しながらコミュニケーションをもつことが求められる。遺伝カウンセリングにおける心理的反応は人それぞれであり13),個別の応答に応じた心理支援が望まれる。未発症女性を対象にBRCA 遺伝学的検査後の心理学的反応を調査した研究によると,病的バリアント保持者への告知では心理学的苦悩に明らかな影響はないとされるが,結果説明後1~5年の長期の追跡では,不安と抑うつは増加し,長期にわたる苦悩は,検査時点におけるがん特有の苦悩,幼い子供がいること,乳癌か卵巣癌で親族を失ったこと等に関連しているとの報告もある14)。また,MGPT の結果を開示した3カ月後における心理的苦痛を調査した研究では,遺伝性腫瘍に関する病的バリアント保持者は病的バリアント非保持者よりも心理的苦痛を有意に強く感じていることを示していた15)。同時に,高いがん発症リスクの遺伝性腫瘍責任遺伝子に病的バリアントを保持する人と中程度リスクの遺伝性腫瘍責任遺伝子に病的バリアントを保持する人では心理的苦痛に有意差がないことから,がん発症リスクの大きさに関係なく遺伝性腫瘍の診断を受けた個人が心理的苦痛を感じていることが示唆されている15)。曖昧な結果の場合は心理的苦悩の原因となり得るとの報告16)もあり,各検査結果に応じて,遺伝カウンセリングで留意すべき支援内容は異なってくる。検査結果を聞いたときに想定される自分自身に起こる気持ちの変化やそれに対する具体的な対応方法等を,検査前の遺伝カウンセリングでクライエントに考えてもらう予期的ガイダンスや話し合いを取り入れながらの情報提供も有効な方法として考慮される12)。
具体的な医学的管理としてリスク低減手術が考慮される場合は,医学的なメリットの理解とともに,クライエントによっては女性特有臓器を失うことによる喪失感を強く感じる可能性があることやリスク低減手術後の必要なヘルスケアも念頭に,十分な心理社会的支援を行う必要がある(遺伝BQ3参照)。当事者会での情報交換等もクライエントにとっては意思決定や生活の質の維持に有用である。HBOC 診療の保険制度での枠組みについては,同じ遺伝学的検査でも検査の目的によって保険外診療での対応が余儀なくされている現状があり(2024 年5 月時点),改善が強く求められる。とりわけ,がん未発症者では時宜を逸しない適切なタイミングでの遺伝カウンセリングの障壁ともなっており,予防可能な疾患を見逃す事態にもなることから早急な改善が求められる。
cancer predisposition syndrome,genetic counseling,genetic testing
上記キーワードでの検索にハンドサーチを加え,参考文献を抽出した。