Ⅱ-2 乳癌領域
BRCA1/2 病的バリアント保持者が乳癌根治手術・リスク低減手術を受けるにあたり,患者が乳房再建術を希望する場合は一次(同時)再建を実施することを推奨する。ただし,若年の対象者も多いことから,再建方法についてはそれぞれの整容性,合併症等を考慮し,話し合いのうえで決定することが望ましい。
乳房再建術は2006 年に自家組織再建,2013 年に人工物再建が保険適用となり,早期乳癌患者への確立した治療である。そして片側乳癌発症患者へのCRRM・乳房再建術は2020 年から保険適用となった。米国においては2015~2019 年に,HBOC に限らず片側乳癌と診断された55,060 人のうち,4.8%がリスク低減乳房切除術を受け,その率は2016 年の3.4%から2019 年に6.8%と増加し,若年層では特に増加した。リスク低減乳房切除術の再建率も上昇している1)。わが国においても保険適用に伴い増加が想定されるBRCA1/2 病的バリアント保持者に対する乳癌根治手術・リスク低減手術と併用した乳房再建術の実施について検討する。
リスク低減手術は,通常,少なくとも若年成人(18~25 歳)の年齢範囲の後半まで延期されることが多く,患者の成熟度と自律性のレベルを考慮して,個々の患者に応じて考慮される2)。対側手術の適応について,手術合併症のリスクが高い患者(肥満,喫煙者,糖尿病等)については慎重に判断する3)。
乳房再建術については十分に確立され,経験のある形成外科医が行えば安全に行うことができるため,リスク低減乳房切除術を選択する女性の大多数は,一次(同時)乳房再建を選択している4)。
切除術式としてSSM,NSM が選択されることが多く5)6),再建対象としての皮膚欠損は少ない。両術式については乳癌BQ2 にゆずる。
乳房再建の術式は自家組織と人工物に大別される。自家組織は遊離皮弁や有茎皮弁による再建であり,より自然で長期の安定性があるが,入院期間,瘢痕増加,脂肪の厚み等の点で若い世代には受け入れ難いことがある。一方で人工物は永久的なものではなく,拘縮等の変形や劣化による破損が起こり得ること,極めて稀ではあるが乳房インプラント関連大細胞型リンパ腫の報告があることを考慮する必要がある。若年成人においては将来の破損,拘縮を想定し,その際の人工物の入れ替え,自家組織への変更も視野に入れた治療方針を考える必要がある2)。予防切除に伴う再建においては,多くの場合,両側手術となるため,人工物再建でも対称性を得やすく,その割合が高くなる5)。Muller らの19 報告をまとめた総説によれば,3,716 例の予防的NSM のうち85%は人工物,15%は自家組織で再建されている7)。米国の状況でも両側再建の80%は人工物で行われている1)。
人工物再建はエキスパンダーを挿入してスペースを確保したのちにシリコンインプラントに入れ替える二期再建が標準的であるが,皮膚欠損が少ないため,切除と同時にシリコンインプラントを挿入する一期再建も選択肢となる8)。また,特に中年以降で大きく下垂のある乳房では固定術を併用する術式も検討される9)。人工物を留置する層は大胸筋下(dual-plane もしくはsubmuscular)が一般的2)で,近年,欧米では人工物の皮下留置が見直されている10)ものの,わが国においてはガイドラインの推奨から外れている。自家組織のうち,穿通枝皮弁等の遊離皮弁再建をNSM と組み合わせる場合には切開線と吻合血管の検討が必要である。
脂肪注入は皮弁と人工物の補助的な役割をもち,今のところ保険適用外である(2024 年5 月時点)。乳癌の残存がないことが適応条件となるため,原則として一次再建には用いず,すでに再建された乳房の小修正等に用いられる。全乳房再建については自家組織もしくは人工物再建と組み合わせた段階的な治療を要し11),単独で用いるのは小さな乳房で他の方法が適さない,もしくは望まない場合に限られる12)。
わが国の予防切除のみの大規模統計はないが,治療的切除を含む人工物再建については国および学会での登録制で管理されている。2022 年の合併症全体は一次一期再建で11.8%となり,うち抜去に至ったのが3.9%,一次二期再建の一期目が10.4%(抜去3.5%),二期目が2.7%(抜去0.6%)と報告されている13)。
自家組織について,治療的切除を含む腹部皮弁再建のメタ解析を行ったMan らは6 報告のプール解析から皮弁全壊死率は深下腹壁動脈穿通枝皮弁(deep inferior epigastric perforator:DIEP)(n=1,920)で2.0%,遊離腹直筋皮弁(transverse rectus abdominus myocutaneous:TRAM)(n=3,165)で1.0%に生じ,腹壁弛緩はDIEP で3.1%,TRAM で5.9%に生じたと報告した14)。
予防切除・再建に関する報告として,Frey らは1,212 例のNSM を治療目的と予防目的で比較し,治療目的群は感染,インプラント喪失,再建失敗,および漿液腫の発生率が予防切除群より有意に高く,乳房皮膚壊死,乳頭壊死の割合は同等とした15)。Yoshimura らはわが国での10 例をまとめ,Grade 3 以上の重篤な有害事象はなく,再建を伴う予防切除術が安全に実施できると報告した16)。
一方,腫瘍学的な局所・領域再発率について,前述のFrey らは治療的NSM では2.0%,予防的NSM では0.1%と報告した15)。
Moberg らは自家組織再建と人工物再建の再建乳房に対する満足度を比較し,自家組織で満足度が高いとした5)。Kazzazi らは両側乳房切除術と乳房再建術を受けた患者を両側治療切除群,両側リスク低減乳房切除(bilateral risk-reducing mastectomy:BRRM)群,併用(片側治療切除+片側リスク低減切除)群に分類し,併用群をBRCA1/2 診断によりさらに分類し満足度を調べた。治療群,リスク低減群,併用群の順でスコアが下がり,BRCA1/2 病的バリアント保持者の併用群で最も低いとして,リスク低減手術を受ける患者にとって,術前の期待値の管理が重要であることを強調した17)。Salibianらは多職種によるカウンセリングによる包括的で継続的なサポートが必要であると述べている2)。
2020 年からHBOC に対するリスク低減手術として片側乳癌発症患者へのCRRM・乳房再建術と卵巣癌発症患者へのBRRM・乳房再建術は保険適用となっている。HBOC と診断されても乳癌,卵巣癌未発症の場合のリスク低減乳房切除・乳房再建術は保険適用外であり自費診療での実施となる。その場合は各医療機関での倫理審査委員会等で承認を受けたうえで実施する必要がある。
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