Ⅱ-2 乳癌領域
乳癌未発症のBRCA1/2 病的バリアント保持者に対し,乳癌発症リスク低減を目的とした化学予防に関しては現時点では積極的に行うことを勧めるほどのデータはない。
乳癌に罹患したBRCA1/2 病的バリアント保持者への化学予防(対側乳癌発症予防)としてはタモキシフェン(TAM)の有効性が低いエビデンスレベルでBRCA1 ならびにBRCA2 に対して示されており,乳癌CQ5 で推奨を決定した。一方,今後保険診療で実施されるBRCA 遺伝学的検査が増えることによって乳癌未発症BRCA1/2 病的バリアント保持者が増加することが予測される。現在,海外ではBRCA1 病的バリアント保持者を対象としてデノスマブを投与する試験1)が,国内ではBRCA2 病的バリアント保持者を対象としてTAM 投与,MRI サーベイランス,リキッドバイオプシーを行う試験2)が実施されている。今後もBRCA1 とBRCA2 に分けた化学予防の開発が必要である。
乳癌発症予防を目的として実施された最も大規模な臨床試験はNSABP P-1 試験である。35 歳以上で乳癌のない症例に対しTAM の内服を5 年間行うことにより発症を予防できるかをプラセボ対象ランダム化比較試験で検討している。乳癌を発症した288 例のうちBRCA1 病的バリアントを認めた症例は8 例〔TAM5 vs. プラセボ3,リスク比(risk ratio:RR):1.67(95%CI:0.32-10.70)〕であり,BRCA2 病的バリアントを認めた症例は11 例〔TAM3 vs. プラセボ8,RR:0.38(95%CI:0.06-1.56)〕であった。未発症のBRCA2 病的バリアント保持者に対してはTAM 内服による62%の乳癌発症リスク低減効果が認められた3)。一方で,BRCA1 病的バリアント保持者ではTAM による乳癌発症低減効果は認められなかった。エビデンスレベルの高い研究はなく,未発症病的バリアント保持者に対して一律に化学予防を積極的に推奨する根拠はない。
生存期間について検討された試験はない。
NSABP P-1 試験では子宮内膜癌はTAM によるリスク増加を認めた〔RR:3.28(95%CI:1.82-6.03)〕。骨折の発症は32%減少し〔RR:0.68(95%CI:0.51-0.92)〕,脳梗塞〔RR:1.42(95%CI:0.97-2.08)〕,DVT〔RR:1.44(95%CI:0.91-2.30)〕,白内障〔RR:1.21(95%CI:1.10-1.34)〕,虚血性心疾患〔RR:0.91(95%CI:0.54-1.52)〕,肺塞栓症〔RR:2.15(95%CI:1.08-4.51)〕の発症率は既報と同等であった4)。
患者のQOL に関して検討された試験はない。
費用対効果に関して検討された試験はない。
以上より,これまでの研究では,BRCA1/2 病的バリアント保持者に対する乳癌発症リスク低減を目的とした化学予防に関しては現時点では積極的に行うことを勧めるほどのデータはない。現在実施されているBRCA1/2 病的バリアント保持者に対する化学予防についての研究の結果を待って,本FQ はCQ としてBRCA1 とBRCA2 を分けて推奨を決定する必要がある。
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