Ⅱ-2 乳癌領域
以下の基準に合致する乳癌患者に対し,BRCA遺伝学的検査を推奨する。
第一度近親者:同胞,両親,子,第二度近親者:おじおば,祖父母,おいめい,第三度近親者:いとこ,孫,大おじ大おば
遺伝性乳癌卵巣癌(hereditary breast and ovarian cancer:HBOC)診断が保険適用となる以前は,NCCN*ガイドライン1)に基づき,既往歴や家族歴から遺伝性乳癌が示唆される場合,遺伝診療部門にて遺伝カウンセリングを行い,BRCA 遺伝学的検査を提出してきたが,自費診療で約20 万円を超える検査費用は障壁となっていた。
わが国では,2018 年7 月にがん化学療法歴のあるBRCA1/2 病的バリアント保持かつHER2 陰性の手術不能または再発乳癌に対して,PARP 阻害薬オラパリブが保険収載されたことをきっかけに,コンパニオン診断としてBRCA 遺伝学的検査も保険収載された。
さらに2020 年4 月には,既往歴や家族歴等から示唆されるHBOC 診断を目的としたBRCA 遺伝学的検査条件が拡大し,リスク低減乳房切除術(risk reducing mastectomy:RRM)やリスク低減卵管卵巣摘出術(risk reducing salpingo-oophorectomy:RRSO),およびサーベイランスとしての造影乳房MRI も保険収載された。2022 年8 月からは,HER2 陰性で再発高リスク乳癌の術後薬物療法としてオラパリブが承認され,適応拡大している。
BRCA 遺伝学的検査提出にあたっては,BRCA1/2 の特徴,検査の目的や限界を説明したうえで,被検者の文書による同意が得られていることを確認し,BRCA 遺伝学的検査を行うことが推奨されている2)。HBOC の診断後,乳癌の術式やリスク低減手術またはサーベイランスのどちらを選択するか,血縁者への影響についても考える必要があり,意思決定支援の体制づくりを院内もしくは院外連携し整えることも重要である。
世界的には,HBOC を示唆する乳癌患者に対して,多遺伝子パネル検査(multi-gene panel testing:MGPT)が主流となっている(遺伝BQ2 参照)。NCCN ガイドラインでも,BRCA1/2 単独の記載は廃止され,高浸透性乳癌関連遺伝子(特にBRCA1,BRCA2,CDH1,PALB2,PTEN,TP53)に対する検査基準を提示している。今回は乳癌患者におけるBRCA1/2 単一の推奨基準と限定したが,対象者や検査方法について,わが国でも今後基準の見直しを予定している。
NCCN:National Cancer Comprehensive Network
HBOC は常染色体顕性遺伝形式をとるため,病的バリアントは,第一度近親者で1/2,第二度近親者で1/4,第三度近親者で1/8 と高率に引き継がれる。BRCA1/2 の病的バリアントを保持する血縁者がいる場合には,HBOC の可能性を考慮し,遺伝学的検査の実施を検討する。
(1) 年 齢
NCCN ガイドラインでは,BRCA1/2 の検査基準として45 歳以下での乳癌発症としていたが,現在,高浸透性乳癌関連遺伝子(特にBRCA1,BRCA2,CDH1,PALB2,PTEN,TP53)の検査基準を提示しており,乳癌既発症者に対しては50 歳以下としている(表1)1)。Myriad の98,979 人の乳癌患者データでは,乳癌ハイリスク7 遺伝子(BRCA1,BRCA2,PALB2,TP53,PTEN,CDH1,STK11)の年代別病的バリアント保持率は,26~30 歳が最も高く31.8%,31~35 歳13.4%,36~40 歳13.4%,41~45 歳8.4%,46~50 歳5.3%,51~55 歳4.1%と年齢を追うごとに減少した3)。ただし,高齢であっても乳癌発症は対照群より約5倍高く,遺伝性腫瘍関連遺伝子の寄与は若年にとどまらない。
Momozawa らの報告では,バイアスのない日本人乳癌女性における,乳癌ハイリスク11遺伝子の病的バリアント保持率は,39 歳以下15.5%,40 代6.5%,50 代5.3%,60 代4.4%で,BRCA1/2 の病的バリアント保持率は,49 歳以下で2,217 人中149 人(6.7%),50 歳以上で4,416 人中133 人(3.0%)であった(図1)4)。
ASCO*では,65 歳以下のT1-3 乳癌患者と,条件つきの65 歳以上乳癌患者に対して,BRCA 遺伝学的検査を推奨しており,その結果感度は98%になったと報告している。これまで,検査適応基準の閾値を10%前後の病的バリアント保持率として考慮しガイドラインが作成されることが多かったが,その判断基準に変化を認めた5)。また,ASBrS*では,全年齢における病的バリアント保持者のうち,13.1%がNCCN ガイドラインクライテリアに合致していないため,年齢問わず乳癌既往者すべてがBRCA1/2 やPALB2 を含む乳癌関連遺伝子検査を受けられるようにするべきと勧告している。しかしながら,検査対象者の増加により,費用の増大,遺伝カウンセリング等の検査体制への影響,高齢者の臨床的有用性等,検討すべき課題も指摘されている6)。
海外では遺伝学的検査受検前のリスク評価として,疫学データを用いたBRCA1/2 病的バリアント保持予測モデルが汎用されており,カットオフ値を 10%としたものがBRCA 遺伝学的検査の検査基準の1つとして従来使用されていた。
わが国ではこのような疫学データに基づくリスクモデルが存在しないため,日本人乳癌とがん非罹患者の大規模症例対照研究の結果を参考に,年齢のカットオフ値を45 歳と設定した。
年齢基準については,他ガイドラインの状況や国内での病的バリアント保持率・費用対効果等を吟味のうえ,わが国でも今後基準の見直しを予定している。
ASCO:American Society of Clinical Oncology
ASBrS:The American Society of Breast Surgeons
(2) サブタイプ
HBOC コンソーシアムのデータベースでは,BRCA1 病的バリアント保持者ではトリプルネガティブ乳癌(triple-negative breast cancer:TNBC)の発症が多く75.8%を占め,BRCA2 病的バリアント保持者では,luminal タイプが64.4%と多く,各々特徴がある7)。
実際に家族歴がないTNBC 患者において,BRCA1 病的バリアント保持率は,30~29 歳で21.1%,40~49 歳で7.4%,50~59 歳5.6%,60 歳以上は0%であった。luminal タイプ乳癌患者では,BRCA2 病的バリアント保持率は,29 歳以下が4.5%,30~39 歳6.1%,40~49 歳2.8%,50~59 歳2.6%,60 歳以上は0%であった8)。
(3) 多発乳癌
Myriad 社のデータ98,979 人の乳癌患者のうち10,220 人(10.3%)が多発乳癌患者で,その病的バリアント保持率は,BRCA1 が4.23%,BRCA2 が3.61%であり,単一乳癌患者と比較し有意に高かった〔BRCA1 はオッズ比(odds ratio:OR):1.96(95%CI:1.70-2.23),BRCA2 はOR:1.64(95%CI:1.42-1.89)〕3)。
HBOC コンソーシアムのデータベースでは,登録乳癌患者全体におけるBRCA1/2 いずれかの病的バリアント保持率は19.7%であったが,多発乳癌患者では,BRCA1 が40%,BRCA2 は18%であった7)。 乳癌診断後,20 年間の対側乳癌の推定累積リスクは,BRCA1 で40%,BRCA2 で26%であった9)。
(4) 卵巣癌,卵管癌および腹膜癌発症
HBOC における卵巣癌,卵管癌および腹膜癌発症リスクが高いことは既知である。乳癌既発症者の場合,BRCA1/2 病的バリアント保持率は,50 歳未満で4.7%,50 歳以上で2.2%に比べ,卵巣癌も重複発症すると50歳未満で 26.3%,50歳以上で 12.1%と格段に保持率が高い10)(卵巣癌 CQ1 参照)。
(5) 膵 癌
膵癌患者のうち2.5~5%で,BRCA2 病的バリアントを保持する11)12)。
膵癌はBRCA1/2 関連腫瘍の1 つとして考えられており,膵癌と診断されたすべての患者にBRCA 遺伝学的検査は意義がある。
(6) 男性乳癌
Momozawa らの研究では,BRCA1/2 を含む乳癌関連遺伝子の病的バリアントを男性乳癌患者53 例中13 例(24.5%),男性対照者12,490 例中129 例(1.0%)で同定している〔OR:31.1(P=1.64×10-14)〕。女性乳癌患者より男性乳癌患者は女性乳癌患者よりも病的バリアント保持率が有意に高く〔OR:5.3(P=7.93×10-6)〕,BRCA2 の病的バリアントの保持率は男性乳癌と有意に関連していた[男性乳癌18.9%,対照群0.2%〔OR:111.2(P=1.73×10-16)〕](表2)4)。
家族性乳癌の定義として,以下(野水分類)を広く使用してきた。
Myriad Table では,50 歳未満発症の乳癌家族歴が1 人いる場合,BRCA1/2 病的バリアント保持率は,患者本人の乳癌発症が50 歳未満で10.4%,50 歳以上で3.8%であるのに対し,乳癌家族歴が2 人以上いる場合は,50 歳未満で21.2%,50 歳以上で8.0%と家族歴の人数に比例して保持率が高い10)。また,HBOC コンソーシアムの日本人データにおいて,50 歳未満発症の乳癌家族歴が1 人いる場合,BRCA1/2 病的バリアント保持率は,患者本人の乳癌発症が50 歳未満で32.4%,50 歳以上で15.5%であるのに対し,卵巣癌家族歴がいる場合は,50 歳未満で44.3%,50 歳以上で25.0%と高い確率を示した。
BRCA1/2 病的バリアントを保持する乳癌患者の場合,第二度近親者までに,膵臓癌の家族歴を有する割合は,病的バリアントを保持しない乳癌患者より有意に高かった〔5.9 vs. 3.3%,OR:1.8(95%CI:1.1-2.9)〕14)。
(1) 手術不能・転移再発薬物療法
OlympiAD 試験は,アンスラサイクリン系およびタキサン系の治療歴を有し,生殖細胞系列にBRCA1/2 病的バリアントを保持する302 例のHER2 陰性転移性乳癌を対象とし,オラパリブ群と標準療法群を比較した国際共同第Ⅲ相試験である15)(治療推奨については乳癌CQ7 参照)。
この結果をもって,アントラサイクリン系抗悪性腫瘍薬およびタキサン系抗悪性腫瘍薬を含む治療歴を有する,BRCA1/2 病的バリアントを保持し,かつHER2 陰性の手術不能または再発乳癌に対して,PARP 阻害薬の1 つであるオラパリブの使用が保険収載された。
(2) 再発高リスク乳癌術後薬物療法
OlympiA 試験は,生殖細胞系列にBRCA1/2 病的バリアントを保持し,かつHER2 陰性の再発高リスク早期乳癌患者1,836 例を対象に,オラパリブ群とプラセボ群を比較した国際共同第Ⅲ相試験である16)(治療推奨については乳癌CQ8 参照)。
この結果をもって,BRCA1/2 病的バリアントを保持し,かつHER2 陰性で再発高リスクの乳癌における術後薬物療法としてオラパリブが保険収載された。臨床試験に組み込まれた再発高リスクの定義や背景等を熟知したうえで,適応患者の選択を行うことが望ましい。OlympiA の適応基準は表3 に示す。
2019 年6 月より,がん遺伝子パネル検査(腫瘍組織プロファイリング検査)が保険診療のもとで受けられるようになった。標準治療がない,または局所進行または転移が認められ標準治療が終了となった固形がん患者に対して行われ,治療につながる可能性は全体の1 割といわれている17)。組織での検査が困難な固形がんでも,リキッドバイオプシーが2021 年8 月より保険収載された。
BRCA1 およびBRCA2 は,開示すべき二次的所見に含まれており,がん腫瘍組織プロファイリング検査でバリアントが疑われた場合,生殖細胞系列での遺伝学的検査が推奨されている18)~20)。
HBOC を示唆されたクライエント3,251 人に対して生殖細胞系列MGPT を行ったところ,全体で9.1%(295 人)に病的バリアントが見つかり,BRCA2 2.2%(71 人),BRCA1 1.9%(64 人),CHEK2 1.4%(40 人)に次いで多かったのは,Lynch(リンチ)症候群に関与する遺伝子(MSH6,MSH2,MLH1,またはPMS2)0.9%(29 人)であった。CHEK2 のc.1100del は,白人において創始者的病的バリアントであり,白人で保持率が高い。単一遺伝子疾患が疑われる家系でも,医学的介入が必要な他の遺伝子の病的バリアントが見つかることは明らかであり,今後のMGPTの臨床適応について議論が必要である21)。
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