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Ⅱ-2 乳癌領域

BRCA1/2 病的バリアントを保持する乳癌患者で挙児希望がある場合に,生殖補助医療(ART)は推奨されるか?

ステートメント

BRCA1/2 病的バリアント保持乳癌患者における妊娠に関して,流産,早産や奇形の増加は認めない,また母体の予後を悪化させない等の,安全性に関するエビデンスが報告されてきている。

BRCA1/2 病的バリアント保持者において,特に乳癌等に罹患した場合には,将来妊娠・出産を希望し,原疾患の治療により卵巣機能の低下が予想される患者に対して,妊孕性温存療法として胚凍結(パートナーあり),未受精卵子凍結(パートナーなし,若年者),卵巣組織凍結を行うことが考慮される。しかしながら,それらの安全性ならびに有効性に関してのエビデンスは限定的である。胚・未受精卵子凍結に関して, BRCA1/2 病的バリアント保持者では,卵巣予備能低下(卵胞数の減少)による採卵数ならびに凍結卵子数の低下に関する報告があるが,妊娠率や生児獲得率の低下につながる十分なエビデンスがあるとはいえない。

着床前遺伝学的検査(PGT-M)の選択肢が BRCA1/2 病的バリアント保持者にも生じ得るが,日本産科婦人科学会の見解における重篤性の定義からは,現時点で HBOC を理由とした申請が PGT-M の対象として承認される可能性は低い。

  1. 1本 FQ の背景

    近年の生殖補助医療(assisted reproductive technology:ART)の発達により,わが国の体外受精,顕微授精による児の出生はおよそ 11人に 1人(2021 年)となり1), ART による妊娠は以前よりも一般的になってきている。現時点において,胚凍結と未受精卵子凍結は「確立された治療法」とされており,卵巣組織凍結は「臨床研究段階の治療法」とされている。胚凍結はパートナーをもつ成人期以降の患者に対して行われるものであるが,パートナーがいない若年者の場合等は未受精卵子凍結が実施される。卵巣組織凍結に関しては,主に治療により妊孕性が低下/喪失することが予想される疾患がすでに発症しており,その治療開始までに猶予期間が全くない場合や経腟的操作のできない小児・思春期症例に対して適応される。悪性腫瘍に罹患した女性は治療により妊孕性が失われることが予測され,治療前に未受精卵子・胚,または卵巣組織を凍結,保存し,治療終了後に ART にて妊娠を図る方法が考えられる。日本産科婦人科学会は,この医療を悪性腫瘍の治療で発生する副作用対策の一環としての「医療行為」と位置付け,悪性腫瘍の治療を受ける時期に挙児希望がない場合でも,本人が希望する場合には実施を認めている。卵巣組織凍結による初の生児獲得の海外報告は 2004年であるが,それ以降生児獲得例の報告は増加しており,児の異常発生率に関しても通常のポピュレーションと明らかな差がないと推測されている。

    わが国においても,原疾患の治療により卵巣機能の低下が予想される患者に対する妊孕性温存療法は普及の一途を辿っており,主に日本産科婦人科学会において「医学的適応による未受精卵子,胚および卵巣組織の凍結・保存に関する登録施設」として認定された施設で公的助成を受けて実施されている。また,これらの妊孕性温存療法の均てん化を目的として,日本癌治療学会から「小児,思春期・若年がん患者の妊孕性温存に関する診療ガイドライン 2017 年版」2)が刊行され,本医療の安全性の確保と普及に寄与している。さらに 2019 年より,日本がん・生殖医療学会の事業として,オンラインレジストリ〔日本がん・生殖医療登録システム(Japan Oncofertility Registry:JOFR)〕が開始され,わが国での妊孕性温存療法の情報収集が本格化されている。

    2021 年4 月から厚生労働省により,「小児・ AYA 世代のがん患者等の妊孕性温存療法研究促進事業」が開始された。本事業は,将来子どもを産み育てることを望む小児・ AYA 世代のがん患者等が希望をもってがん治療等に取り組めるように,将来子どもを授かる可能性を温存するための妊孕性温存療法及び妊孕性温存療法により凍結した検体を用いた ART に要する費用の一部を助成し,その経済的負担の軽減を図るとともに,患者からの臨床情報等のデータを収集し,妊孕性温存療法および温存後 ART の妊娠・出産に至る割合等の有効性や,原疾患治療成績および ART の合併症等の安全性のエビデンス創出,長期にわたる検体保存のガイドライン作成等の妊孕性温存療法および温存後 ART の研究を促進することを目的としている。厚生労働行政推進調査事業費(がん対策推進総合研究事業)「小児・ AYA 世代がん患者等に対する妊孕性温存療法のエビデンス確立を志向した研究―安全性(がん側のアウトカム)と有効性(生殖側のアウトカム)の確立を目指して」研究班が主体となり,日本産科婦人科学会,日本泌尿器科学会,日本がん・生殖医療学会と国と自治体が協力し,地域がん・生殖医療ネットワークの整備されている地域において,妊孕性温存実施施設と患者が,日本がん・生殖医療学会の症例登録制度(JOFR)に参加することを条件としている。

    乳癌は成人女性のがん罹患率第1 位で,年間約1 万人の生殖可能年齢の患者が発症している3)。妊孕性温存を考慮する乳癌患者は,根治や長期予後が期待できるStage 0~Ⅲの患者である。これらの患者に対する標準的治療は,手術に加え必要に応じて集学的治療が併用されるために,手術の前後に施行される化学療法や内分泌療法による妊孕性低下が懸念される。化学療法では投与される薬剤の種類と量により卵巣毒性が懸念され,乳癌患者における化学療法導入前の妊孕性温存治療が考慮される。「小児,思春期・若年がん患者の妊孕性温存に関する診療ガイドライン 2017 年版」2)では術後化学療法の遅延はできる限り短くすべきとしており,可能であれば術後4 週間以内,遅くとも 8~12 週以内の開始が妥当としている。一方で,術前化学療法の開始遅延は容認されず,可及的速やかに妊孕性温存療法を行い,化学療法開始時期の遵守が勧められている2)。乳癌患者に対する内分泌療法の投薬期間は 5~10 年と長期にわたるため,内分泌療法終了時に患者の妊孕性が低下していることも十分考えられる。さらには,ホルモン受容体陽性乳癌では,卵巣刺激によるホルモン環境の変化が乳癌に対して影響を与える可能性も懸念される。以上のことを背景に,国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)革新的がん医療実用化研究事業「生殖機能温存がん治療法の革新的発展にむけた総合的プラットフォームの形成研究班」による「がん患者の妊孕性温存のための診療マニュアル」は,挙児希望を有する乳癌患者に勧められる妊孕性温存療法に関して,Stage 0~Ⅲの乳癌患者に対して妊孕性温存が考慮され,パートナーがいない場合は未受精卵子凍結保存,パートナーがいる場合は胚凍結保存を推奨するとしている。卵巣組織凍結保存は研究段階であるが,卵子または胚凍結保存までの時間的猶予がない場合や思春期前などで排卵誘発が困難な場合は,パートナーの有無にかかわらず施行可能施設において考慮されるとしている4)

    このような背景をもとに,すでに乳癌を発症した BRCA1/2 病的バリアント保持者に対する妊孕性温存療法は,わが国においてもある一定数実施されていることが推察される。 2020 年よりHBOC 診療が一部保険適用となったことに伴い,乳癌および卵巣癌患者における BRCA 遺伝学的検査が保険診療で広く行われている。さらには, BRCA1/2 病的バリアント保持者の実数が増加するに伴い,がん未発症での血縁者診断も増加している。こうした現状により,妊娠可能な若年時に BRCA1/2 病的バリアント保持者と診断されるポピュレーションが増加している。しかしながら,乳癌既発症の BRCA1/2 病的バリアント保持者に対する妊孕性温存療法の実数は不明である。また,一般的に「医学的な適応」はすでに発症した疾患を有する場合を対象としているため,乳癌未発症 BRCA1/2 病的バリアント保持者に対する妊孕性温存療法は,厳密には「社会的適応」となる可能性があり,妊孕性温存療法の実施に関して慎重な議論が求められる。

    また,このような ART の過程において, BRCA1/2 病的バリアント保持者に対する着床前遺伝学的検査(pre-implantation genetic testing for monogenic disorders:PGT-M)の選択も技術的には可能となっている。しかしながら,わが国における単一遺伝子疾患を対象とした PGT-M は,「重篤性」がある疾患を対象に日本産科婦人科学会で承認してきた経緯がある。「重篤性」の定義は,「原則,成人に達する以前に日常生活を強く損なう症状が出現したり,生存が危ぶまれる状況になり,現時点でそれを回避するために有効な治療法がないか,あるいは高度かつ侵襲度の高い治療を行う必要がある状態」となっており5),現段階で HBOC を理由とした申請が承認される可能性は非常に低い。一方で,海外の一部の国(米国,英国,ドイツ,フランス,オランダ等)では,成人発症の単一遺伝性疾患に対する着床前診断も「生殖における自由」として倫理的に許容されているが,複数施設での倫理委員会で承認されていることや,公的な委員会等で「重篤」な疾患であると認められていること等が条件となっている国もある。しかし,米国小児科学会等,一部の団体は,予防的介入医療がない成人発症疾患に対する児(胚)の遺伝子診断に対し,児の「遺伝情報から自由でいる権利」の侵害であり不適切だとして反対している。このような海外の状況もふまえ,前述の「重篤性」の解釈については,改めて現在のわが国における社会倫理観に鑑み,日本産科婦人科学会を含めた有識者において継続的に検討が行われているところである。

  2. 2解説

    BRCA1/2 病的バリアント保持者に対する妊娠の安全性

    乳癌治療後の妊娠についての安全性に関するエビデンスは依然少ないが, BRCA1/2 病的バリアント保持乳癌患者における妊娠に関する安全性のエビデンスが報告されてきている。 2020 年に報告された,1,252 人の BRCA1/2 病的バリアント保持乳癌患者に関する国際共同の多施設の後ろ向き研究では,10 年間での妊娠率は約20%であり,一般集団と比較して流産,早産や奇形等は増加しなかったことが示されている。また, BRCA1/2 病的バリアント保持乳癌患者における乳癌罹患後の妊娠が無増悪生存期間および OS において母体の予後を明らかに悪化させることがなかったことも示されている6)。また,ホルモン受容体陽性乳癌患者は,術後に内分泌療法を受けることが多く,その期間が妊娠率の低下につながることが懸念されている。国際共同多施設前向き試験である POSITIVE 試験では,術後内分泌療法を 18~30 カ月受けている42 歳以下の妊娠を希望する 518 人の患者において,ウォッシュアウトのための3カ月の内分泌治療中断を含めた最長2年の中断期間に挙児獲得を試みた。追跡期間中央値41 カ月の時点で,368 人(74.0%)の妊娠が報告された。追跡3 年の時点で内分泌療法中断群で 44 人〔8.9%(95%CI:6.3-11.6)〕の患者に再発がみられたが,その割合はコントロール群〔9.2%(95%CI:7.6-10.8)〕と比較して同等であった7)。追跡期間が短く,長期的な予後に関する報告ではないこと,再発リスクが低い患者がより妊娠を試みやすい healthy mother effect というバイアスが含まれる可能性には留意する必要がある。

    BRCA1/2 病的バリアント保持者に対する生殖補助医療(ART)の安全性

    BRCA1/2 病的バリアント保持者における ART の安全性に関して,メタ解析では,乳癌の家族歴を有する女性, BRCA1/2 病的バリアントを保持する女性において ART による乳癌罹患率の有意な増加は認めないとされている。 OR は,一般的な遺伝的素因がある女性で1.18(95%CI:0.96-1.45),乳癌家族歴のある女性で1.35(95%CI:0.97-1.89), BRCA1/2 病的バリアント保持者の女性で1.02(95%CI:0.74-1.4)であった8)。30 施設が参加した国際共同の多施設の後ろ向き研究による168 人の BRCA1/2 病的バリアント保持者における妊娠に関する報告では,自然妊娠した群(非ART 群)(146人)と比較して, ART を受けた群(ART 群)(22 人)において,出産年齢が高く(年齢中央値:39.7 歳vs. 35.4 歳),分娩時の合併症率が高いことが示されている(22.1% vs. 4.1%)。妊娠からの追跡期間の中央値は, ART 群で3.4 年(0.8~8.6 年),非 ART 群で5.0 年(0.8~17.6 年)であった。 ART 群で2 人(9.1%),非 ART 群で40 人(27.4%)に再発を認め, ART 群で死亡はなく,非 ART 群で10 人(6.9%)に死亡を認めた。結論としては, BRCA1/2 病的バリアント保持者のART に関して,母子に関する安全性の問題はないとしている9)10)。イスラエルからの単施設における後ろ向きの検討でも, BRCA1/2 病的バリアント保持者に対するART は,治療内容にかかわらず,乳癌リスクの増加とは明らかな関連はないとしている11)

    BRCA1/2 病的バリアント保持者に対する胚・未受精卵子凍結の安全性

    胚・未受精卵子凍結を実施する際,一度の周期で効率的に卵子を採取することを目的として,一般的には卵胞刺激ホルモン製剤などを用いた調節卵巣刺激(controlled ovarian stimulation:COS)を行う。その際,発育した卵胞から分泌されるエストラジオールや,採卵後に分泌されるプロゲステロン等が分泌されることから,特に乳癌患者において疾患が増悪する可能性が懸念されている。現在は,乳癌患者におけるエストラジオール値の上昇を抑制する目的にアロマターゼ阻害薬であるレトロゾールを併用したCOS が一般化しつつある。これまでのところ,アロマターゼ阻害薬併用の COS によって胚・未受精卵子凍結を実施した際,明らかな乳癌ならびに卵巣癌の発症リスク上昇や再発率の上昇は認められていない。ただし,そのエビデンスは限定的である12)~14)

    BRCA1/2 病的バリアント保持者に対する妊孕性温存治療・胚・未受精卵子凍結の有効性

    胚・未受精卵子凍結に関して, BRCA1/2 病的バリアント保持者では,複数のシステマティックレビューと臨床研究において卵巣予備能低下(卵胞数の減少)による採卵数ならびに凍結卵子数の低下が示唆されている15)~19)。カナダからの妊孕性温存治療を受けた乳癌患者 132 症例による単施設における症例対照研究では, BRCA1/2 を含めた乳癌関連遺伝子に病的バリアントを保持する 40 人の遺伝性乳癌患者と,92 人の非遺伝性乳癌患者において,採取された卵子総数,成熟卵子数,凍結保存された卵子数において有意差を認めなかった。この報告では,遺伝性乳癌患者群のほうが,得られた受精卵数〔5.15±6.6 vs. 2.90±4.2(P=0.054)〕および凍結胚盤胞数〔3.35±3.7 vs. 1.9±2.8(P=0.046)〕が多かったことも報告されている20) BRCA1/2 病的バリアント保持者の卵巣予備能に関するメタ解析では,41 歳以下の BRCA1/2 病的バリアント保持者は,41 歳以下の BRCA1/2 病的バリアント非保持者の女性と比較して抗ミュラー管ホルモン(anti-Müllerian hormone:AMH)値が低い傾向があることが報告されている。この傾向は, BRCA2 病的バリアント保持者には認められなかった。若年の BRCA1 病的バリアント保持者は,非保持者の女性と比較してAMH レベルが低いために,卵巣予備能が低下している可能性が示唆されている。一方で, AMH レベルの低下が妊娠率の低下につながるかに関しては十分なエビデンスがあるとはいえない21)。イタリアからの単施設の報告において, BRCA1 病的バリアント保持乳癌患者は卵巣予備能の低下および凍結保存に適した成熟卵子数の減少が確認され,早発卵巣不全のリスクが高いことが示された。一方で BRCA2 病的バリアント保持乳癌患者においてはこのような傾向は確認されなかったとしている19)。前向きのランダム化試験を行うことは不可能であり,このようなエビデンスが今後も蓄積される場合は BRCA1 病的バリアント保持者に対して,より早い段階での妊孕性温存療法や ART の選択肢を検討することが考慮されるかもしれない。 BRCA1/2 病的バリアント保持者の妊孕性温存療法・胚・未受精卵子凍結に関する知見は少しずつ蓄積されてきており,妊孕能を有する BRCA1/2 病的バリアント保持者に対して,遺伝カウンセリングとともに,生殖医療の専門家による正確な卵巣予備能評価と早期介入が必要とされている。しかしながら,本知見を否定する報告もあり22)23),確立した見解に至ったとはいえない。

    BRCA1/2 病的バリアント保持者に対する卵巣組織凍結

    女性における妊孕性温存手段の1 つとして卵巣凍結保存が選択できるが,その大きな特徴は卵巣を摘出して凍結保存するために手術が必要となることである。一方で,排卵誘発を必要としないために温存手術まで速やかに行うことが可能となる。いまだ臨床研究段階の技術であり,特に国内においては報告症例が少なく,その成功率に関する情報も少ない。現時点においては, BRCA1/2 病的バリアント保持者における卵巣組織凍結保存・移植に関する安全性と有効性の報告はない。しかしながら, BRCA1/2 病的バリアント保持者では,卵巣組織移植は潜在的に卵巣癌発生のリスクをもつことから,一般の乳癌患者の症例と比べても,適応とすることに反対する意見が多いとの報告もある。今後,慎重な議論が必要な領域と考えられる。また,卵巣組織凍結では,すべての症例において卵巣組織内に悪性病変が存在する可能性が否定できず(微小残存がん病巣),なかでも卵巣癌患者の場合にはそのリスクが高いことが指摘されている。そのため,特に卵巣癌既発症者で妊孕性温存を目的とした縮小手術(fertility sparing surgery:FSS)前の患者においては,微小残存がん病巣のハイリスクと考えられるため,卵子・胚凍結ならびに卵巣組織凍結ともにリスクの高い治療と言わざるを得ない。なお, ESHREの最新のガイドラインでは, BRCA1/2 病的バリアント保持女性における凍結卵巣組織移植を「弱い推奨」に位置付けており,胚・未受精卵子凍結が不可能であった場合にのみ,妊娠・出産後に卵巣組織を完全に摘出除去することを条件として許容する姿勢を示している24)

    ESHRE:The European Society of Human Reproduction and Embryology

    BRCA1/2 病的バリアント保持者における着床前遺伝学的検査(PGT-M)希望

    米国では HBOC を含めた,生命を脅かす疾患を成人期に生じ得る場合の PGT-M についても倫理的に正当化され得るという見解がある他,欧州においても,各国の基準に基づいて成人期発症疾患に対する PGT-M が実施されている25)。そのような現状において, BRCA1/2 の病的バリアント保持者を対象とした欧米における横断研究では, BRCA1/2 病的バリアント保持者の PGT-M の認知率は 6~7割で, PGT-M 受検希望は,2~4 割であった26)~30)。報告は限られているが, BRCA1/2 病的バリアント保持者に対して,体外受精およびそれに伴う PGT-M を行い,次世帯での病的バリアントに起因した罹患者を減少させることは費用対効果が高いとする視点からの報告もある31)32)。なお,わが国の BRCA1/2 病的バリアント保持者における PGT-M 希望に対する意識調査のデータはない。

    BRCA1/2 病的バリアント保持者における着床前遺伝学的検査(PGT-M)の生児獲得

    6 人の乳癌既発症者を含む,70 組の BRCA1/2 病的バリアント保持者カップル(うち男性病的バリアント保持28 組)において,145 周期(うち3 周期は保存卵子)に対し PGT-M を実施したベルギーとオランダにおけるコホート研究では,親と同じ病的バリアントを保持しない294 胚(/720 胚,40.8%)を得て36 人が出産に至った。妊娠後,未発症であった BRCA1 病的バリアント保持女性36 人のうち2 人が乳癌を発症した。よって,未発症病的バリアント保持者を対象とした PGT-M 後の生児獲得割合は良好(33/64 組,52%)であるが,がんの既発症者を対象とした実施例の報告はいまだ少ないのが現状である33)

    BRCA1/2 病的バリアント保持者の挙児および妊孕性温存に対する意向

    BRCA1/2 病的バリアント保持者および非保持者の妊娠期に関する意識調査の報告がされている。病的バリアント保持者は非保持者と同様に将来の妊孕性に不安を感じ,妊孕性温存を選択する傾向が認められたとしている。一方で,がんリスク遺伝性に対する懸念は病的バリアント保持者に多くみられ,一部の保持者では将来の妊娠を望まないという決断に影響を与えたことから, PGT-M を含む子孫への伝播を予防する戦略に関するカウンセリングの重要性が強調されている34)

  3. 3主な検索キーワード

    BRCA,breast cancer,fertility preservation,pregnancy outcome,ovarian function,embryo cryopreservation,oocyte cryopreservation,chemotherapy

  4. 4参考文献

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