Ⅱ-4 前立腺癌領域
前立腺癌が未検出であるBRCA1/2 病的バリアントの男性保持者に対して,40 歳からのPSA によるサーベイランスを行うことを条件付きで推奨する。
推奨のタイプ:当該介入の条件付きの推奨
エビデンスの確実性:弱,合意率:91%(11/12 名)
推奨の解説:BRCA2 病的バリアント保持者から発生する前立腺癌は若年から発生し悪性度が高いことが知られており,BRCA1/2 病的バリアント保持者における前立腺サーベイランス法の確立が急務となっている1)2)。前向き研究(IMPACT study)の中間報告にて,40 歳でのPSA によるサーベイランス開始とPSA が3.0 ng/mL を超えた時点での前立腺針生検の組み合わせにより早期前立腺癌の検出率が上昇することが明らかとなったが,生命予後の観点からの報告はまだなされていない3)。そのためBRCA2 病的バリアント保持者においては,40 歳からPSA 測定を開始し,その値の推移を注意深く見守りながら,侵襲を伴う前立腺針生検や局所療法については個別に話し合うことが推奨される。
BRCA1/2 病的バリアント保持者からは一般集団に比して前立腺癌が検出される頻度が高いことに加えて,BRCA1/2 病的バリアント保持者に発生する前立腺癌は若年で発生し悪性度が高いことが知られており,BRCA1/2 病的バリアント保持者に対する前立腺サーベイランス法の確立が急務となっている1)2)。
BRCA1/2 病的バリアント保持者と非保持者での「前立腺癌検出率」「前立腺癌死亡率」「費用対効果」「有害事象」を評価した。
「前立腺癌検出率」「前立腺癌特異的生存率」「費用対効果」「有害事象」について,定性的なシステマティックレビューを行った。
BRCA1 病的バリアント保持者376 人と,BRCA2 病的バリアント保持者447 人を,5.3~5.9 年フォローし,BRCA1/2 病的バリアント保持者から前立腺癌が検出されるリスクを算出した観察研究から,45~54 歳のBRCA1 またはBRCA2 病的バリアント保持者における前立腺癌の標準罹患比がそれぞれ9.56(95%CI:2.39-38.2)または14.7(95%CI:5.43-39.8)と,BRCA1/2 病的バリアント保持者では若い年齢層においてすでに前立腺癌の罹患リスクが高い傾向にあり,この罹患リスクがBRCA2 病的バリアント保持者において加齢とともにさらに高まる傾向にあることが示された1)。また,2005 年から開始された前向き研究(Identification of Men with a genetic predisposition to ProstAte Cancer:Targeted screening in men at higher genetic risk and controls study:IMPACT study)では,40~69 歳の男性が,BRCA1 とBRCA2 の病的バリアントのそれぞれの有無により4 群に分けられ,年に1 度のPSA 測定を行い,PSA が3.0 ng/mL を超えた場合に前立腺針生検が行われているが,2019 年の中間報告にてこのサーベイランス法により早期前立腺癌の検出率が上昇することが報告された3)。以上から,前立腺癌検出率は特にBRCA2 病的バリアント保持者において高いと考えられる。
BRCA2 病的バリアント保持者に発生する前立腺癌は悪性度が高いことが知られるが,前立腺癌特異的生存率をBRCA2 病的バリアント保持者と非保持者で比較するためには,1%程度のBRCA2 生殖細胞系列病的バリアントを伴う前立腺癌患者と,残りの99%程度のBRCA2 生殖細胞系列病的バリアントを伴わない前立腺癌患者を比較するコホートが必要となり,このことは前立腺癌の経過が他がん種と比べて長いことと相まって,前立腺癌特異的生存率を評価するうえでの障壁となっている。BRCA2 生殖細胞系列病的バリアントを伴う前立腺癌患者の12 年生存率が61.8%に対して,BRCA2生殖細胞系列病的バリアントを伴わない前立腺癌患者のそれが94.3%であったとする報告でも,研究に組み入れられた BRCA2 生殖細胞系列病的バリアントを伴う前立腺癌患者が26 人程度と少なく,踏み込んだ議論は少なくともIMPACT study の最終報告の後になることが想定される4)。
BRCA1/2 病的バリアント保持者と非保持者で,前立腺サーベイランスやそれに続く治療介入にかかる医療コストについて比較した研究はなかった。
BRCA1/2 病的バリアント保持者と非保持者で,前立腺サーベイランスに関連する有害事象について比較した研究はなかった。
IMPACT study にて,40 歳以上の男性にPSA 測定を行いPSA が3.0 ng/mL を超えた場合に前立腺針生検を行うサーベイランス法が早期前立腺癌の検出率上昇につながることが示されたが,前立腺針生検の合併症および手術と放射線療法等の局所治療がもたらし得る排尿障害や勃起不全等の後遺症が壮年期から中年期の男性に与え得る身体的,精神的苦痛を考慮すると,前立腺針生検へと進むPSAのカットオフ値の設定については2030 年まで行われるIMPACT study の最終報告を待つ必要がある3)。現時点では,BRCA1/2 病的バリアント保持者に発生する前立腺癌の悪性度が高いことを念頭に置きつつ,40 歳から外来で簡便に測定可能なPSA 値の推移を注意深く見守りながらMRI や前立腺針生検を行うタイミングを当事者とよく話し合うことが推奨される5)。
本CQ の推奨決定会議参加対象委員12 名の内訳は,乳癌領域医師2 名,婦人科領域医師2 名,遺伝領域医師2 名,遺伝看護専門看護師1 名,認定遺伝カウンセラー2 名,患者・市民3 名であった。推奨決定会議の運営にあたっては,事前に資料を供覧し,参加対象委員全員がEvidence to Decision フレームワークを記入して意見を提示したうえで,当日の議論を行った。推奨決定会議には参加対象委員全員が参加した(⑥のみ離席者があり11 名で投票を行った)。
BRCA1/2 病的バリアントと前立腺癌の関連を考慮し,本CQ の優先度が高いと考えている委員がほとんどであった。
前立腺癌があった場合,その進行をPSA 測定により検知できるとの意見が多くあげられた。
PSA 測定自体には不利益が少ないとの意見が多かった。
PSA測定の後に侵襲的な検査や治療を行うかが明確でないため,エビデンスの確実性は弱となった。
PSA 測定の後に侵襲的な検査や治療を行うかについては,患者の価値観の多様性が存在することが想定されるとの意見が多かった。
PSA 測定の後に侵襲的な検査や治療を行うかが明確でないものの,PSA 測定自体は望ましいとの意見が過半数を占めた。
採用研究が存在しなかった。
PSA は外来採血にて簡便に測定できる項目であるため,容認性があるとの意見が過半数を占めた。
PSA は外来採血にて簡便に測定できる項目であるため,実行可能性があるとの意見が過半数を占めた。
PSA 測定の後に侵襲的な検査や治療を行うかが明確でないものの,もし前立腺癌があった場合にその進行をPSA 測定により検知できる可能性があるため,本CQ は条件付きで推奨するとの結論に至った。
NCCN*,EAU*,ESMO*のガイドラインでは,BRCA1/2 病的バリアント保持者に対して(ただしEAU はBRCA2 病的バリアント保持者に対してのみ),40 歳からPSA によるサーベイランスを開始することを推奨している 5)~7)。それぞれの推奨度は,NCCN がカテゴリー2A(低いエビデンスレベルながら妥当性に関しては異論がない),EAU が推奨度強,ESMO がエビデンスレベルⅢ(前向き研究によるエビデンス)/推奨度B(概ね推奨される)となっている。
NCCN:National Comprehensive Cancer Network
EAU:European Association of Urology
ESMO:European Society for Medical Oncology
BRCA1/2 病的バリアント保持者に対する前立腺サーベイランス法の確立には,前立腺針生検や局所治療へ進むPSA のカットオフ値の設定を含めたPSA によるサーベイランス後の層別化法の開発が急務であるが,これには2030 年まで行われるIMPACT study の最終報告や,基礎科学によるBRCA1/2 欠失下の前立腺腫瘍化機構の解明を待つ必要がある。同時に今後実臨床で遭遇する機会が増えていくであろうBRCA1/2 以外のDNA 修復遺伝子の病的バリアント保持者についても,前立腺のサーベイランス法やマネージメント法の確立を急ぐ必要がある。
外部評価では,内容に関する大きな指摘はなかった。
BRCA2,BRCA1,prostate cancer,patient preference,patient satisfaction,germline variant,IMPACT study,PSA screening,cost
文献検索式,エビデンス総体評価シート,システマティックレビューレポート,Evidence to Decisionフレームワークは,JOHBOC ホームページに掲載。